第6話 「光と闇」
精密検査が終わってリュートとアギトは客間に案内されたが、勿論見張りの兵士が常備している。
ドアの前に二人、部屋の窓に一人ずつ。軟禁されてる気分になってくる。
検査の結果が出るまでは、まだまだ犯罪者扱いらしい。
リュートは窓に目をやり、若い男の兵士が中の様子をたまにチラチラと覗いてくるが、これといって奇異な目で見てきたり、異物を見るような目つきではなかった。
あまり気にしないように、リュートはこの建物のメイドが持ってきた軽食をつまんでは、むしろアギトの機嫌の方に神経質になっていた。
「なんか、さっきから随分と不機嫌だよね」
もぐもぐとサンドイッチをつまみながら、リュートが恐る恐る聞いてみる。
ヘタに刺激して、また暴れだして、兵士が駆け込んで牢屋に逆戻りだけはまっぴらごめんだったからだ。
ぶすっとふてくされた表情で、アギトはイライラと質問に答える。
「てゆうか、お前は気にならねぇのか!?」
逆質問された。
「え? 何が?」
これといって、兵士に囲まれて軟禁状態なのは確かに全く気にならないといったら嘘になるが、別にそれは今となっては仕方のないことだし、とリュートは考えを巡らせる。
「検査の結果が出るまでは僕たち、この世界では一応犯罪者扱いにされてるし」
「それだっ!!」
え? 何が?
リュートはアギトの着眼点が全く予測出来ずにいた。
「精密検査!! 何だよあれ!!? オレはてっきり魔法で宙に浮かされたり、魔法の水晶玉か何かでオーラを見たり、精霊みたいなのが出てきて力を計る試練みたいなのが来る!! って思ってたのによ!!」
一応、話が終わるまで黙って聞く。
「それが何だよっ!? 身長測って、体重測って、視力検査、そんでもって体力検査っ! 一番納得いかねぇのが注射器使って血液採取!? 学校の身体測定かっちゅーーのっっ!!!」
まぁ確かに、リュートも緊張してた割に普通の身体測定させられた時には拍子抜けした。
アギトに賛成するわけでもないが、異世界というのだからもっと自分達の想像を超えるような不可解な測定の仕方があっても良さそうだと、批判した瞬間もあった。
「もしかしてここ、異世界でも何でもないんじゃねぇの!?」
挙げ句、アギトはそんなことまで口に出す。
散々ここが異世界だと豪語していたのは言うまでもない、アギト本人だというのに。
「実はオレ達が廃工場から落ちてった時、あの光は実はどっかからヘリコプターでライトを当てて自分達が光ってたって勘違いしてた。んで気を失っている所に、そのヘリコプターには謎の組織が乗っててオレ達をどっか知らない場所へ拉致したんだよ。目を覚ましたオレ達をどこかから監視カメラで見張っててオレ達が慌てふためく様をどっかのモニタールームで見て、柿の種食いながら 笑って見てるに違いねぇ!!」
「もういいから黙っててくんない?」
呆れてものが言えなかった。
これはきっと現実逃避だ、憧れの異世界が自分の想像してたものと余りにかけ離れていたものだから認めたくないんだ。
「せめてっ、せめて水晶玉使ってオーラ見てくれよぉっ!!」
くぅっと、膝をついて悔しそうに床を叩く。
「そういえばアギトってFFより、ドラクエ派だったもんね」
そんなアギトを放っておいて、リュートの脳裏にふとある疑問がよぎった。
「そういえば検査結果って、どれ位かかるんだろう?」
アギト達が軟禁されてる建物には、様々な設備があった。
ここ、二人の精密検査を実施して研究している研究室も、その一つである。
中にはファンタジーな異世界に似つかわしくない、試験管や測定機、まるで理科の実験室のような道具がたくさん置かれていた。
そこでは、オルフェ大佐を中心にミラ中尉と数人の白衣を着た研究員が、アギト達の測定結果を審査
しているようだ。
オルフェは二人から採取した血液を、薄っぺらい紙にほんの少しだけ浸す。
すると、その紙は最初はほのかに光り出し、そして今度はボッと火が点いて燃えだした。
火が点いた瞬間ピンセットでつまんでいた紙を薄い小皿の上まで持っていき、紙はそのまま灰になって燃え尽きる。
「ふむ、あのアギトとかいう少年の属性は、『光』と『火』みたいだな」
そう呟くと、オルフェは手元にあった書類に検査結果を書き込んでいく。
「ではレム属性になりますね、我々レムグランド側の勢力ということが判明ですか。大佐と同じ属性ですね」
と、ミラ中尉が淡々とした口調で言葉を返した。
「嫌悪感は否めませんね」
ミラの言葉に、オルフェは肩を竦めてがっかりとした態度を見せ付けた。
そんなオルフェの態度には全く我関せずといった表情で、ミラはひとつの問題点を指摘する。
「アギト君がレム属性となると、彼が光の戦士ということになりますが。ザナハ姫の落胆した顔が目に浮かぶようです」
「それ以前に、このリュートという少年の属性。実に面白い検査結果が出ましたよ?」
そう言うと、ミラの心配を他所にリュートの血液でさっきと同じ作業を行なうと、オルフェはすでにリュートの結果を出していた。
見ると、検査紙が真っ黒に変色していてそれがヒラヒラと風になびくように宙を舞っていた。
「これはっ!」
ミラはヒラヒラと舞う試験紙を、空中で手に取ってじっとよく観察する。
そしてオルフェがリュートの検査結果を口にした。
「リュートという少年の属性は、我々レムと敵対するアビスグランドの属性。『闇』と『風』を持っている。つまりこっちの少年は我々の宿敵となる相反する存在、闇の戦士ということになりますね」
オルフェの顔は相変わらずの笑顔だったが、その中には微かだがほんの少しだけ陰りが見えた。
軟禁されている部屋の中で、アギトはまだウダウダと文句を言っている。
リュートはすっかりそれに慣れて、部屋の中にある家具や装飾品なんかを物色していた。
「別に魔法で出来た物とか、変わった物とかそういったのはないね。タンスに、テーブル、イス、ベッド、花瓶に……あ、花は見たことない種類だな」
そう言って花びらに触れようとしたら、花弁がもぞもぞと動きだして何かをペッと吐き出した。
ハエの死骸。
「食虫植物!?」
何か気に入らないことでもして、威嚇されたということなのだろうか?
リュートはちょっとヘコんで、もうその花には二度と近寄ろうとはしなかった。
なんだかテンションが下がったリュートはベッドに腰かけると、ウダウダと床で奇妙な動きをするアギトに向かって、諦めたように言葉をかける。
「ねぇ、もう異世界でも何でもいいじゃない。何がきっかけでここに来たのか、どうやってこの場所に来たのかもわからないんじゃ考えても仕方ないよ。正直僕は認めたくないけど、確かに現実に考えてみたら不思議な出来事だらけだもん。とにかく光の戦士でもそうでなくても、何とかあの人達に協力してもらって帰り方だけでも教えてもらおうよ!」
「いや、方法ならーーある!!」
「は?」
そう言うとアギトは突然バッと飛び起きて、キラキラした瞳でこちらに視線を投げかけてくる。
こんな瞳をしたアギトは、何かとんでもなく面倒臭いことを考えている時だけだ。
リュートはあからさまにイヤな顔を全面に、アギトにもわかりやすいように表現する。
「思い出してみろよ!! 確かにあん時は色んなことが次々起こってよく思い出せなかったけどよ!! よ〜く考えてみりゃ簡単なことだぜ!!」
さっぱり意味がわからなかった、そもそもあの時は高い場所から落ちて行く感覚と恐怖感しか思い出せない。
「全くわかんないんですけど?」
「だーかーらーっ!!
廃工場のてっぺんから落ちて行く時、オレ達は何をしてたと思う!?」
「落ちてった」
「それは状況だろ、そうじゃねぇって!! あん時オレ達は、右手と左手をつないだだろっ!!?」
「だから、僕そういう趣味はないんだって言ったじゃないか」
「いい加減殴るぞ。手をつないだ瞬間、オレ達のつないだ手から光が出てきて、とにかく光ったんだ!! まずそこが現実にあり得ねぇことだろ!! それがきっかけだったんだよ!! オレ達が手をつないだことによって何かの力が働いて、異世界へ飛んで行く現象が起きたってことだよ!!」
「でも、別に手をつないだのがきっかけっていったって、普通に生活してれば今までだって何度も手が触れ合う瞬間はたくさんあったよ? なんであの時だけ光ったっていうのさ!?」
リュートの疑問にアギトはなぜか少し照れくさそうな、バツが悪そうな表情になっていた。
「何?」
怪訝に思ったリュートが聞く。
「自分から言っておいて何だけどよ。『手をつないだ』とか『手に触れた』とかさ。この表現、禁止な? なんかサブイボが出てきちまった」
急に話題がそれて、リュートの視線が冷ややかになる。
その冷たい視線に居心地が悪くなったアギトは必死に話題を戻そうと、なぜだか焦る。
「つまり、あん時みたいにすれば同じ現象が起きるかもしれないだろ!? こっちに来てから、『それ』してねぇから」
そう提案されても、リュートは半信半疑だった。
そんなことで全ての説明がついたことにはならない。
大体手と手をつないだだけで、自分達の世界と異世界を行ったり来たりできるなんて、そんな手軽な条件だと、普段の生活においても気を使って仕方がないだろう。
利き手同士が触れ合わないようにする為、それこそ気が気でならない。
ゴネるリュートを他所に、アギトは思い立ったら即行動とでもいうように自分の右手でリュートの左手を強引に掴んだ。
「あっ!!」
実際本当にこの世界では何が起きるかわからないのに、アギトは何の躊躇もなくリュートの手を取り、リュートは咄嗟に抵抗しようと思ったが、遅かった。
アギトの右手と。
リュートの左手。
なんだ、何も起きないじゃないか、と安心した瞬間だった。
ゴォォッッ!!!
つないだ手から竜巻のようなものが巻き起こる!
しかし廃工場から落ちた時の風の比ではなかった。
あの時は小さな台風程度の、優しく包み込むような柔らかい風だったが、今巻き起こっている風は荒々しく、唸りを上げて手と手をつないだ二人をそのまま乱暴に引き裂こうという勢いだった。
そして廃工場で見た時は光を放っていたのに、二人の手から、正しくはリュートの左手から一方的に真っ黒い、ドス黒くて気味の悪い『闇』が溢れだす。
その『闇』が、強風になびかれて部屋中にどんどん広がっていく!!
止められない、というか止め方なんてわからないっ!!
「アギト、アギトっ!! これ絶対ヘンだよ、どうなってるのっ!!?」
しかし、アギトの返事はなかった。
凄まじい黒い風で視界が悪くなる中、何とか目を凝らしてアギトの方に目をやる。
「……っ!!?」
アギトは目を呆然と見開いて、まるで目を開けたまま失神したように!
意識がないように見えた。
そしてだんだんと、アギトの顔が蒼白になっていく。
しかしリュートにはなんだか、なぜだか力がみなぎってくる感じだ。
まるでアギトの生気を、リュートが無理矢理吸収しているかのような感覚だった。
リュートはわけがわからず、本能的に直感する。
この黒い風を早く止めないと、アギトが危険な状態に陥るかもしれないっ!!
だがどうしたらいいのかわからないっ!
リュートは何の意識もしていないのに、黒い風だけが独自に意思を持って暴走するかのようだ。
「誰かっ、誰かーーっ!!」
リュートは力一杯、必死に叫んだ。
窓の外から中の異変に気付いていた兵士は、すでにどこかへ行った後のようだった。
「誰かっ、助けてぇーーっ!! アギトをっ、アギトを助けてぇーーっっ!!!」