第77話 「暗闇の夢」
商店街で色々と聞きこみをしていたら、あっという間にお昼になっていた。
さすがにあれから数時間経っているので、ノキア食堂に行ってもチャイナ連中はいないだろう・・・と、アギト達はお腹がすいてきたので、再びノキア食堂へと向かった。
これまでいくつかの店を回り、店主や客・・・ジャックの知り合いだという道行く人と会話をして・・・、この国の人々がそれなりに気さくで明るく、感じの良いイメージを持てたので、アギト達はとりあえず安心していた。
勿論、市民の中には嫌な感じのする人だっていた。
アギト達を見て、あからさまにケンカごしで突っかかって来る男がいたからだ。
当然その場はジャックが治めて事なきを得たが、突っかかって来た男の目はまるで「クスリでもやっているのか?」とアギト達が
思う位に、イカれているように見えた。
そんなハプニングもあったが、それでも市民の大半は比較的良いイメージの人の方が多くいたように感じられた。
アギト達が朝にノキア食堂へ寄った時は、チャイナ達に気を取られて、感じの良かった食堂のおばちゃんとあまり話しが出来な
かったのが心残りだった。
アギト達はそのおばちゃんがジャックの若い頃を良く知っていそうだったので、ジャックについて何か面白い話が聞けないか・・・という楽しみがあった。
当然、そんなことを企んでいるのは、ジャックには内緒だった。
再びジャックに案内されて、懐かしく感じてしまうようなのれんを見つけて、がらがらっと食堂に入った。
「おお、また会ったのう!!」
ドアにもたれながら、崩れ落ちる・・・。
「なんでまだいるの・・・、あれから何時間経ってるんですか。
ていうか、他にすることはないんですか・・・?」
足腰が弱ったみたいに、もはや立つだけで必死なリュートが崩れ落ちたアギトの代わりに質問する。
ザナハやジャックもはぁ〜・・・とあからさまな溜め息をついて、空いてる席に座った。
「今は食休みじゃ、食材がなくなったとかで・・・余達もそろそろ出ようかと思っておったのじゃよ。」
「どんだけ食ってんのよ・・・。」
呆れた表情のザナハが、肘をついて苦笑する。
「それじゃ、今は買いだしに行ってるのか?」
ジャックが厨房をのぞいて、いつものおばちゃんがいないことに気付く。
奥からだんなさんと思われる料理人のおじさんが、大声で「すいませんが、今準備中でさぁ!!」と言っているのが聞こえた。
「なんだよ・・・、それじゃ今来ても昼メシ食えないんじゃんか!!
お前らのせいだぞ、チャイナ共!!」
「僕らに言われても。
龍神族の腹を満たせる程の食材を貯蔵していない、この食堂の不手際じゃないですか。」
悪びれた様子もなくイフォンが責任転嫁した。
この様子じゃ何を言っても無駄だと思ったアギト達は、準備中なら居ても仕方がないと・・・店を出ることにした。
わざとサイロン達に聞こえるように大きな溜め息をついて、店を出ていこうとした時・・・サイロンが扇子を持って声をかけた。
「これ、もし他の食事処を探しておるようならメインストリートにある『暗闇の夢』という名の料理屋に行ってみよ。」
「・・・そこに何があんだよ?・・・うまいのか?」
「余の知る、レムグランド三大美食店の内の一つに数えられておる。
貴族ご用達の高級レストランテだがのう、まぁ・・・ザナハ姫のエスコートならば入店出来るじゃろう。」
「意味ありげな表現だなぁ・・・、でも行ってみたいかも。」
他に特別行きたい所があるわけでもなかったので、とりあえずサイロンの言うレストランへ向かうことになった。
一応教えてもらった礼・・・というのも変だが(もとはといえば、サイロン達が食材を食べ尽くしたせいでもあるからだ!)、会釈だけして、店を出て行った。
メインストリートへは、ジャックに代わりザナハが案内することになった。
ジャックが軍人時代には、メインストリートのある場所へはあまり足を運んだことがなかったので、サイロンの紹介した店がどこに
あるのか知らなかったらしい。
元々、ジャックが軍人をしていたのは数十年前らしいので、足を運んでいたとしても街並みはすっかり変わっていて、どのみち案内できなかったかもしれないと、こぼしていたが・・・。
市民達で賑わう商店街とは打って変わって、高台の方まで歩いてきたら景色が一気に変わった。
道は綺麗に舗装されており、建物の雰囲気もまるでイギリスに来たように高級感溢れるレンガ造りになっている。
道を歩く人々も、普段着や作業服の市民とは違い・・・ドレスやスーツを着た紳士淑女が優雅に歩いていた。
急に雰囲気ががらりと変わったので、なんだか自分達がものすごく場違いなところへ来てしまったと思ってしまう。
一応お姫様であるザナハは、こういった雰囲気に慣れている為かあまり気にしていないようだったが、ジャックの苦手そうな表情にはアギトもリュートも、思わず共感してしまう。
「そうそう、昔からこんな感じだったからメインストリートには足を踏み入れようとしなかったんだよなぁ・・・。
こういう上品な場所ってのは、どうも昔から苦手で・・・。」
まるで全身にじんましんができたみたいに、ジャックは頭や背中をぼりぼりと掻きながら、拒否反応に必死で耐えていた。
その気持ちがわかるリュートは、なんだか可哀相になって笑いながら、早いところ店を探そうと回りをきょろきょろしてみる。
するとザナハが、指をさした方向にレストランっぽい看板を掲げた店が目に入った。
いい加減、この世界の文字が読めないことに不便さを感じてきたアギト達だったが、それでもなんだか難しそうだったのであまり
覚えようという気にはならなかった。
「あれよ、看板に『暗闇の夢』って書いてある!!」
そんなことよりもまずは空いた腹を満たす方が先決だと、男連中はさっきまでの拒否反応が吹っ飛んでしまい、瞳を輝かせて店まで
殆ど全力疾走するように走って行った。
店の入り口のドアを開けて中へ入ろうとする。
すると、中からウェイターらしき男が行く手を遮りお高く止まった表情のまま片手を前に差し出し、ストップをかける。
お腹が空いて短気になっていたアギトは、ウェイターに向かって睨みつける。
「その手は何だよ!?オレ達客だぞ、お金だってちゃんとあるし・・・なんで入ったらいけねぇんだよ!!」
しかしウェイターは視線だけ動かし、その様子が見下している姿そのもので・・・ものすごく感じが悪かった。
それを見かねて、ザナハが前に出てきてウェイターに命令する。
「あたしはジャザナハウル・ヴァルキリアスよ。
この人達はあたしの大切な友、いかなる理由があろうとも友に対する無礼は許さないわ。
お金はちゃんと払うって言っているんだから、ここを通しなさい!」
「申し訳ありません姫様、我が店の規律として・・・正装されていない者の入店はお断りしているのです。
他のお客様のご迷惑になりますので、正装されてからお越しくだされば歓迎いたします。」
男は無表情で、国の姫に対して・・・まるで用意された台詞をそのまま告げるように、冷たくあしらった。
その言葉と態度に、今にもブチキレて暴れだしそうだったザナハをなだめるため、リュートが制止する。
「ザナハ・・・、ここは一旦出ようよ。」
勿論、気分が悪くなかったわけではない。
自分だって感情のないあのウェイターの顔に、一発ぶちかましてやりたい気分だった。
しかしこんな所で問題を起こすわけにもいかない・・・、はらわたが煮えくり返る思いを必死で堪えて二人の手を取り、店を出る。
「なんだよあのおっさん!!感じワリーー!!」
地団駄を踏んで、アギトが余計にイライラする。
思った通りだ・・・とでも言うように、ジャックはがっかりしたように溜め息をつく。
かくいうザナハも、接客する立場にあるウェイターのあの態度に腹が立ち、怒りの衝動が込み上げているようだった。
とりあえず、ここで腹を立てていても仕方がないと・・・リュートが別のお店を探そうと口を開きかけた時だった。
「あーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!?」
リュートの突然の絶叫に、3人は飛び上がる程びっくりして振り返る。
「ど・・・どうしたんだリュート!?オレまだ何も悪いコトしてねぇぞっ!?」と、これはアギト。
「なんだっ!?金でも落としたのかっ!?」と、ジャックが地面に目をやりながら叫ぶ。
「あたしまだ何も壊してないわよっっ!?」と、これは勿論ザナハ。
殆ど全員が同時にリュートに話しかけたので、誰が何を言ったのかその場にいた全員がわかっていなかった。
しかし、リュートはそれすら聞いていない様子で『暗闇の夢』のガラス越しにうつる、食事中の人間を指さしていた。
先程入店拒否された店の中で、どこかの貴族が食事してるんだろう?と、アギトは面白くなさそうに視線をやった・・・瞬間。
「あーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
アギトの目にうつったのは、男女のカップルだった。
女性は、おそらく20代前半だが化粧はものすごく濃くてキャバ嬢メイク、ダークブラウンの巻き髪、首にはキラキラと輝くネックレスをしており、胸の谷間が見えるようになっているドレスを着ていた。
そして男の方は、金髪のロングストレート、縦長のメガネをかけており、上品だがどこか皮肉のこもった笑みを浮かべ、軍服を
着こなしている。
「・・・・・・オルフェじゃん。」
しぃ〜〜んと、全員固まった。
「なんでオルフェがこんなとこでケバ嬢とメシ食ってんだよっ!?
あいつ今、本部で仕事してたんじゃなかったのか!?・・・あっ、今のエビ美味そう!!」
アギトがあまりの怒りと、空腹と、混乱により・・・リュート達が止める間もなく、ガラスにへばりついていた。
店の中では優雅なひと時を送っているオルフェだったが・・・ケバ嬢の悲鳴により、それは台無しになってしまう。