第74話 「資金調達」
窓の外からは眩しい太陽が昇って部屋の中に陽が射す・・・、天気がいいのか小鳥が元気にさえずっているのが聞こえる。
とてもさわやかな朝のはずなのに、今この部屋ではかなり重たい沈黙が走っていた。
顔を引きつらせながら冷や汗を大量に流すリュート、何が起こっているのか今ひとつ理解できていないアギト、修羅場を前に複雑
そうな表情になっているジャック、なんで誰も何もしゃべらないのか意味がわからないザナハ。
アギトとリュートが硬直したままなので痺れを切らし、ザナハはリュートの方へ歩み寄り回復魔法をかけようとする。
「ほら、どこ怪我したのよ!?変な顔してないで早く見せて。」
ザナハに促され、リュートはアギトの方を気にしながら怪我をした右足を出した。
青く腫れ上がっている足を見て、ザナハは真剣な表情へと変わり呪文の詠唱を始める。
「ファーストエイド!」
ザナハの手元から淡い光が輝いて、その光はリュートの足の患部を包み込み・・・そして痛みが和らいでいく。
この空気すら消し去ってくれたらいいのに・・・と、リュートは心の中で思った。
ザナハがリュートの怪我を癒している間、アギトは後ろからその光景を眺めながら・・・先程の証言を詳しく聞くことにした。
「なぁ・・・、さっきザナハが言ってたのって・・・なに!?」
アギトの言葉にどきんっとしたリュートは、口ごもる。
ザナハは「え?」と振り返り、面倒臭そうに答えた。
「別にあんたには関係ないじゃない。
ただリュートがあたしの部屋で、ずっと話を聞いてくれてたのよ!!
話し終わるまでずっといるって約束したのに、あたしがいつの間にか眠っちゃって・・・目が覚めたらいなくなったのよ。」
そう言いながら、じろりとリュートを睨む。
リュートはたじろぎながら・・・、ザナハの説明の内容が少し変わっていることに気が付いた。
話しを聞いていたのではなく、ザナハが泣いていたので・・・泣き終わるまで側にいるって言ってたはず。
ザナハ的にはアギトに、自分が泣いていたってことを知られたくないみたいだ・・・。
真実を隠したままさらりと説明し終えたところは・・・、さすが女の子だ・・・口がうまい・・・と、リュートはドキドキしながら感心した。
しかし感心している場合ではない、これはこれで先程の自分の嘘がアギトにバレたことが明らかになってしまったのだ。
自分はそっちの言い訳を考えなくてはいけない。
しかし頭がてんぱって、うまい言葉が出てこない・・・。元々嘘をついたり言いくるめたりするのは得意じゃないからだ。
口を金魚みたいにパクパクさせながら、リュートは何か言おうとしたが・・・諦めた。
アギトはザナハを・・・そしてリュートを交互に見て、どっちが本当のことを言っているのか品定めしているように見える。
3人の間に奇妙な空気が流れているのをジャックが見かねて、間に割って入る。
「まぁまぁ!!
そんなことは今更どーでもいいことじゃないか、気にするなアギト!な!?
ザナハも、リュートも!!
人間一度は過ちを犯すもんだ、しかしこれから先を真っ当に生きればそれでいいじゃないか!!
お前達は仲間だし、良き友人同士でもある!!
反省する者はしっかり反省して、綺麗さっぱり水に流して、な!?
今日はせっかくの自由行動なんだ、こんなことで楽しい時間を台無しにするのはもったいないからなぁ!!」
ジャックの仲裁には、かなりところどころ引っかかるものがあり、3人共笑顔がひきつる。
しかしこれでも一生懸命仲裁しようとしてくれているので、3人同時に溜め息をつき・・・苦笑する。
実際のところ何があったのかわからないままのアギトであったが、気持ちに変わりはなかった。
『リュートが何を隠していようが、親友を信じるって決めた』という心に。
そして、無理矢理納得しようとするようにアギトが重たい口を開いて・・・、場の空気を変えようとした。
「ったく、しょーもないことで時間食っちまったじゃねぇか!!
よし!!今すぐリュートも準備して、メシ食って、早いとこ城下町に行こうぜ!!
・・・っと、その前にオルフェにおこずかいもらいに行かねぇとな・・・。オルフェも軍部にいんのかな!?
それじゃみんなでメシ食いに行った後、軍の本部にいるオルフェんとこ行っておこずかいもらってから城下町に行こう!!」
少し不自然なノリは否めなかったが、アギトが無理矢理水に流そうとしているので・・・まだ罪悪感は残っているがアギトの気持ち
を無駄にするまいと、リュートも賛成してベッドから下りて準備をする。
「それじゃあたしは先に食事を済ませておくから・・・、門の前で待ち合わせね!」
ザナハはそれだけ言って、さっさと部屋から出て行ってしまった。
すっかり3人が和解したと満足気なジャックは、自分もひげを剃って来ると言って部屋から出て行く。
部屋の中に二人だけ残されて、一瞬奇妙な空気が漂った。
「アギト・・・、ありがとう。・・・ごめんね。」
「な〜に謝ってんだよ!!オレ達、親友だろ!?親友が親友のことを信じなくってどうするよ!?」
リュートの方に顔を向けることはなかったが、アギトがそう言ってくれて・・・リュートは心の底から嬉しかった。
そう・・・アギトの言う通りだ。
ザナハのことは好きだけど・・・、それ以上にアギトは自分にとってかけがえのないたった一人の親友なんだ・・・。
もうこれからは・・・アギトに変な嘘はつかない。
もし何かあっても、アギトのことを信じて・・・打ち明けるようにしよう・・・、リュートは心の中でそう誓った。
着替えも済んで、食事も済んだ。
アギト、リュート、ジャックは、オルフェがいるであろう軍の本部へと向かった。
ジャックが言うには軍関係者以外は立ち入り禁止になっているそうなので、兵士に言付けを頼んで本人を呼んでもらうか、必要なお金だけをオルフェから頂戴するか・・・しかないらしい。
ミラを見つけられれば事はすぐに片付くのだが、ここではオルフェとミラはかなり優秀な軍人で帰ってくるなり、仕事を大量に押し
つけられているそうだ。
考えてみれば、首都に来てからというもの・・・オルフェとミラとはあまり一緒に行動していなかったことに気付く。
何かにつけて仕事が忙しいとか、たまっているとか、色々と走り回っているように見えた。
洋館にいた頃のオルフェは毎日暇そうだったのに・・・と、アギトは両手を頭の後ろに組んで洋館時代のオルフェに呆れていた。
ジャックが兵士に話しをして、ジャックのことを知っている兵士だった為、オルフェの執務室まで案内してくれるらしい。
ファンタジーの世界なのに、軍本部の建物や設備はかなりしっかりしていて、まるで本当の基地に来たみたいだった。
アギトとリュートははぐれないように、あまり他所見することが出来ないままついて行った。
兵士がとあるドアまで来て、ノックする。
「オルフェ大佐、ジャック様と戦士お二人をお連れしました。」
ドアを開けずにそう告げると、中から懐かしい声が聞こえる。
「わかった、入れ。」
「失礼します!」と、兵士がドアを開けて中へ入るように促してくれる。
中へ入ると、綺麗なふかふかの絨毯が一面に敷き詰めてあり、壁には資料が大量に並べられた本棚や書籍棚、数々の勲章や表彰状、
全く散らかっていない・・・綺麗さっぱりとした部屋だった。
まるで社長の机みたいな大きい執務用の机にいたオルフェが、3人を目にして相変わらずのオートスマイルで出迎える。
「御苦労、彼らは私の客人だ。」
そう一言だけ言うと、兵士はびしぃっと敬礼して部屋から出て行った。
腕を後ろに組んで優雅につかつかと歩み寄ったオルフェが、話しかける。
「どうしました?今日一日は自由行動の日ですが、まさか本部を見学しに来たというわけではないでしょう?」
こいつのいけしゃあしゃあとした台詞・・・、二人が何をしにここへ来たのかすでにわかっているというような感じだ。
「しらばっくれんなよ、わかってんだろ!?」
「さぁ〜・・・、私には異世界のお子さんの考えがいまいちわかりかねますが・・・!?」
最後まで知らないフリをするつもりなのか・・・、メガネの位置を直すフリをして受け流す。
アギトは単刀直入に右手を差し出した。
「金くれ!!」
ふぅっと、皮肉めいた笑みを浮かべて「やはりそう来たか・・・」と言わんばかりに肩を竦める。
「もう少し言い方・・・というものがあるでしょう。」
そう言われて、アギトは悪魔の微笑みを浮かべて両手を口元に持って行き、両足を内股にしてブリッコのような体勢を取った。
そして瞳に星を一杯に浮かべて、上目遣いでオルフェに媚を売るように見つめて、おねだりしようとした瞬間だった。
「やめなさい、気持ち悪い。
これを持ってさっさとどこへなりとも行ってしまいなさい、私は忙しいんです。」
アギトのブリッコ攻撃だけで見るに堪えかねなかったのか、オルフェはまるで汚物を見るような視線で眉間に縦シワを寄せながら
ポケットから紙幣数枚と、コインを何枚か渡してアギトを一瞥した。
アギトはもらったお金を見て、ジャックに確認させる。
「ん〜・・・、2350ガロか。
子供のこずかいにしては、かなり多めだぞ。いいのかオルフェ?」
「早く仕事を片付けたいですから・・・。
いいですか、明日の早朝には馬車でここを出発して洋館に帰りますから・・・今日一日でしっかりこの町を見て回るんですよ?」
『は〜〜〜い!!』と、二人は現金に返事・・・もとい、元気に返事をしてお礼を言って・・・執務室から出て行った。
ジャックにおこずかいを二等分してもらって、二人はもらったお金をポケットにしまう。
ほくほくとした笑顔で、早速ザナハと待ち合わせをしている門まで向かった。
「これだけあれば、どれ位買い物とか・・・食べ物とか買えるのかなぁ!?」と、アギトがジャックに聞く。
「お菓子の相場が大体10〜100ガロ位だから、今日一日遊び回るにはそれだけあれば十分楽しめるんじゃないか!?
お土産でも1000ガロあれば、かなり高価で上等な物も買えるぞ。」
「どうしようかなぁ・・・、物にもよるけど・・・やっぱり形として残せるような物が欲しいなぁ〜。」
二人は笑顔で、今から城下町のどんな所を見て、何を買おうか、何をしようか、色んなことを思い描いた。
異世界の城下町を自由に見て回るなんて、滅多に出来るようなことじゃない。
リュートはまるで海外旅行にでも来たような気分で、どんなお土産を買おうか、何を買って食べようかという想像をしていたが。
アギトは、この町にはどんな冒険者がいるのか、色んな職業の冒険者がギルドに集まって情報交換をしているのか・・・とか。
ゲームの中にある町に見学しに来たみたいな感覚で、リュートとは違う意味での楽しみ方を想像していた。