第73話 「苦しい嘘」
不慮の事故とはいえ、リュートに怪我をさせてしまったかもしれないと・・・アギトは、急いで一番近くの部屋にいるドルチェの部屋へ向かった。
ドルチェの部屋は、斜め向かいだ。
とりあえずドアをノックする。
コンコン・・・。
(・・・返事がねぇな、やっぱまだ朝の5時だから・・・さすがにまだ寝てんのかな!?)
もう一度、念の為ノックしてみる。
コンコン・・・。
やはり返事がない・・・。
テンションが高いアギトは・・・、ものすごくキレやすかった。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンっっ!!!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンっっっ!!
これでもかという程のノックの嵐に、ドアが開いたのはドルチェの部屋ではなく、ジャックの部屋だった。
「・・・ったく、何してんだよ朝っぱらから・・・。
ん?なんだアギトじゃないか、こっちの部屋まで響いて眠れんだろうが・・・。どうした!?」
大きなあくびをしながら、ジャックが不精ひげを生やしたまま出てきた。
一向に出てこないドルチェに完全にイラッときていたが、その怒りをジャックにだけはぶつけないように軽く深呼吸をする。
「あ〜・・・いや、ちょっと回復魔法使えるヤツに用があるだけなんだけどさ・・・。
ドルチェのやつってまだ寝てんの!?」
「いや?
確か夕べは部屋には戻らず、研究所の方へ行っているはずだ。
元々ドルチェは研究所で生活しているようなもんだからなぁ・・・、客間を与えられたのは一時的なもんだよ。」
「は?・・・意味わかんねぇし。
でもそれじゃドルチェは、その研究所ってとこまで行かないと捕まんねぇってことかよ・・・。
結構急ぎなんだけどさぁ!!・・・それじゃミラは今どこにいるか知ってる!?」
頭をぼりぼりとかきながら、ジャックはまだ眠たそうな目をこすってワケもわからず答える。
「あ〜・・・、多分軍部じゃないか?」
「だから・・・その軍部ってどこ!?てか、今この城内に回復魔法使えそうな人っていないの!?」
「なんだ・・・、誰か怪我でもしたのか!?一体どうしたっていうんだ。」
アギトの慌てぶりにさすがに普通じゃないと悟ったジャックは、アギトに向かって訊ねる。
ジャックにそう聞かれ、自分がリュートに怪我させた・・・と正直に話すのは少々気が引けた・・・しかし黙っているわけにもいか
ずアギトは、今さっきあった不慮の事故をバツの悪そうな顔で話した。
理由を聞いたジャックは深く溜め息をつくと、わざとらしく視線をそらすアギトを見て叱る気にもなれなかった。
「はぁ〜〜・・・、何やってんだお前達わ。
仕方無い、オレがドルチェかミラを連れて部屋まで行くから・・・お前はリュートについてろ、わかったな?」
そう言って、ジャックは一度部屋に戻って普段着に着替えると急いで二人のどちらかを探しに行ってくれた。
とりあえずはこれで大丈夫だと、アギトはリュートの状態を見てみようと部屋に戻る。
ドアノブに手をかけようとしたその時、リュートの機嫌がピークで最悪だったことを思い出してピタリと手が止まる。
しかしここで躊躇っていても仕方がない・・・と、はぁ〜〜っと深呼吸をしてから・・・気を引き締めて、部屋へと入った。
ドアを開けるとベッドの上でリュートが大人しく座っていて、緊張した表情で部屋に入って来たアギトを見据えていた。
アギトは「さわらぬ神にたたりなし」と言わんばかりの態度で、ひきつった作り笑いをしながらジャックに呼んで来てもらうように
お願いしたことを、リュートに話そうとした。
しかし言葉をかけようとした瞬間に、リュートの方が大声でアギトに向かって突然謝った。
「ごめんっアギトっっ!!」
コロコロと態度が変わるリュートに、アギトはワケがわからずきょとんとした顔で「は・・・?」と、声を洩らした。
リュートが自分に向かって頭を下げている・・・、なんで?
怪我を負わせたのは自分なのに・・・、どうして被害者の方が謝っているんだろう!?ワケがわからん・・・。
固まったまま対応に困っているアギトにリュートが間髪入れずに、心境を明かした。
「僕・・・実は寝不足で一睡もしてなくて、ようやくベッドに入って寝ようとした矢先にアギトのハイテンションを見せ付けられた
から、ちょっと機嫌が悪くなっちゃって・・・っ!!
そんな状態の時に、コレでしょ・・・!?だからあんなこと言っちゃって・・・、本当ごめん・・・。」
リュートの謝罪に、しばしの沈黙。
寝不足・・・?
そういえば自分が目を覚ました時、リュートはベッドで寝ていなかった・・・。
今までどこに行ってたんだ!?
自分はてっきり、城下町見学が待ち切れなくて朝早くに起きて城内を散歩でもしているのかと・・・・・・。
一晩中どこで何をしていたんだ!?
「リュート・・・、今までどこ行ってたんだよ?」
アギトの当然の疑問に、リュートはドキンっとした。
色々な考えが頭の中を駆け巡って行く・・・。
(僕は殆ど一晩中ザナハの寝室にいたんだけど・・・、それってアギトに話してもいいことなのかな・・・?
いや、別にやましいことは何もしてないし・・・むしろ潔白だよ!?
隠すような後ろめたいことは何ひとつしてないよ!?・・・でも仮にもアギトとザナハは婚約者同士・・・。
親友が、自分の婚約者と一晩明かした・・・って、思いきり怪しくないかな・・・?
いやいやいや・・・っ!だから・・・っ!!僕まだ12歳だし、そんなやらし・・・やましいことなんて出来るわけないしっ!?
そう!ザナハがお兄さんと喧嘩してて、それで泣いてるところにたまたま出くわして・・・それで慰めるために一緒にいただけ
なんだから・・・、変に隠しだてする方がよっぽど後ろめたいって思われるよねっ!?
だから別に話したって・・・どうってことないよ、ねぇ・・・?)
まるで鼓動が早くなるのを確認するかのように首筋の脈に左手で触れて・・・、冷や汗をたっぷりかきながら、リュートは瞳孔
開き気味で言い訳を考えていた。
そして発した言葉が・・・。
「あ〜〜〜〜・・・・っ、修行・・・。」
しぃ〜〜〜ん。
さすがに一晩中修行していたなんて、苦しいにも程があったのか!?とリュートはヘタな言い訳に後悔した。
しかし、ここで言い変えて本当のことを言ったらどうして最初に嘘をついたんだと・・・責められるのかしれないと思った。
最初に口に出してしまったものは、仕方がない・・・ここはひとつ修行していたことを貫こうと、リュートは罪悪感を抱きながら
そう決めた。
それにしてもアギトの反応が鈍すぎる・・・、やはり嘘だと見抜かれてしまったのだろうか!?
こういう時に限ってアギトは結構勘が鋭かったりする。
ハラハラしながら、返ってくる言葉を待つ。
いや・・・、出来ればスルーしてほしい・・・そう願うリュートであった。
アギトはつかつかとリュートの側まで歩み寄り、そしてじっ・・・と、リュートを真剣な眼差しで見据える。
まるでリュートの心の内を全て見透かそうとするような、そんな熱のこもった真剣な眼差しを向けられ、リュートは胸が痛くなる。
耐えきれなくなって視線を逸らしそうになった、・・・瞬間だ。
「お前やる気満々ぢゃねぇかっ!!!」
感動したように瞳の中に映る星を輝かせ、アギトはなぜかテンションが更に上がっていた。
もういい加減アギトの心境がわからなくなってきた・・・と、リュートは唖然とする。
「・・・何が?」
自分から嘘を言っておいてアレだが、リュートはアギトが何を思い何を感じたのか一応聞いておくべきだと・・・、呆れた表情を
出来るだけ隠せるように、聞いてみた。
「最初はファンタジーの世界に全く興味ないって感じがしたし、むしろ自分は闇の戦士だからそんなに強くならなくてもいいや〜
みたいな感じしてたからさぁ、どうしたらお前のやる気を引き出せるのか悩んでたんだよなぁ〜!!
それがどうよ!!?
ジャックに会ってから、お前ってばみるみるやる気だしてきてさぁ、今ではオレと同じ位に勇者らしくなってきてねぇか!?
やっと自覚が出てきたってことなんだろ!?
それを親友であるこのオレが喜ばずにいられるかよ!!」
アギトの言葉に・・・、呆れている冷徹で冷静な自分と・・・、純真なアギトに嘘をついて罪悪感たっぷりの自分が共存していた。
どうしてアギトはこんなに簡単に、自分がついた明らかに怪しい嘘を信じてしまえるんだろう!?
リュートは悩んだが・・・、その答えは結構すぐ近くにあったりした。
「それじゃ別にオレのウザったらしいスペシャルハイテンションにマジギレしてたワケじゃねぇんだよなっ!?
お前の機嫌が超絶に悪かったのは、修行で疲れていたせいなんだよなっ!?
修行で疲れて帰って来たから、オレのテンション見てちょっとだけキレメーターが上昇したんだろ!?
オレ・・・そんなに悪くねぇよな!?」
もしかして・・・、自分の機嫌が悪かったのを「修行」のせいにしようと・・・、してる?
確かにアギトからしてみれば、自分がどうして疲れきって帰ってきたのか、知らなくて当然だ・・・。
むしろ部屋に戻った時のアギトの最初の台詞は確か・・・。
『城下町見学に行く気満々じゃねぇか!!こんな朝早くから起きて、もう準備万端ってか!?』だった・・・。
恐らくアギトは自分が部屋にいなかったのは、見学に行くのに待ち切れなくて早くに起きて準備をしていて・・・多分その辺を
うろうろしていたと・・・そう思っているのではないだろうか!?
勿論、それはあくまで自分の想像の域でしかないが・・・そう考えれば、自分の機嫌が完全に悪くなるタイミングといえば・・・。
あのアギトによる「超絶ハイテンション」プラス「右足着地事件」以外に考えられない・・・。
・・・確かに、機嫌が完全に悪くなった瞬間はアギトのハイテンションを見たから・・・というのは、まぎれもない事実だが。
アギトにとっては右足に着地して、突然自分がキレ出したようにしか見えなかったはず・・・。
自分のせいだって思うのは、自然の流れになる・・・。
そこに「修行」というキーワードが出てきて、修行の疲れが機嫌を悪くさせた・・・という流れを作って、アギトはその嘘に乗った
・・・ということにならないだろうか!?
そうでもなければ、アギトのこの不自然な信じ方の説明にはならない・・・。
リュートはごくり・・・と、自分の後ろめたい嘘がバレていないことを・・・願うしかなかった。
一方アギトは・・・。
なんだ・・・!?
リュートはなんであんなすぐバレるようなウソをつくんだ!?
明らかに間が長かったし・・・、しかも一晩中修行なんて有り得ねぇし・・・っ!
目は泳いでいるわ、冷や汗かいてるわ、しかもリュートが何か言い繕ったり嘘をついたりしらばっくれてる時には、決まって左手で
首筋に触るんだ・・・!!
ぜってぇ何か隠してる・・・っ!!
でも一体このオレに何を隠すっていうんだ!?
一応、右足着地事件をうやむやにする為にリュートの嘘に乗ってはみたが・・・、ものすご気になるじゃねぇか!!
どうする!?いっそ問いただしてみるか!?
い・・・いや、せっかく和解したばかりなんだ・・・いちいち蒸し返すのはどうだろ!?
もししつこく聞いて、更にリュートの怒りが爆発したりしねぇかな!?
いつもはオレの方がキレキャラなんだけど、実は一番キレたらタチが悪いのはこのリュートなんだよなぁ・・・。
まぁ・・・リュートのことだ、もしかしたらオレに心配かけないようにとか、そんな理由で嘘をついたのかもしんねぇな・・・。
そう信じるしかないんだけど・・・、オレだってリュートに隠し事一杯してるし・・・。
隠してるっつーか、言っても大したことないし・・・リュートに実害があるわけでもないようなことばっかだし・・・。
リュートだって人間なんだ・・・っ!
いくら親友といっても、隠し事のひとつやふたつあったって不思議じゃないよな!?そうだよな!?・・・そうだよねっ!!?
親友からモロに隠し事をされたことにショックを受けて、しかしそれでも親友を理解してやろうと・・・無理矢理そう自分に言い
聞かせるアギトだった。
二人ともお互いに冷や汗をたっぷりかいた顔を見合わせて、乾いた笑いを漏らしながら即座に話題を変えようと必死になった。
そしてドアのノックの音が聞こえて、アギトとリュートはやっとこの重たい空気から解放された!!と、喜んだのも束の間だった。
がちゃっとドアが開いてジャックが顔をのぞかせる。
「待たせたな、リュートの右足の具合はどうだ!?」
そう言ってドアを大きく開けて、ジャックが回復魔法を使える人物を中へ招き入れた。
「もう〜、何やってんのよ!?
一晩中ついててくれるって言ったくせに、ジャックの頼みでメイドが起こしに来て・・・目が覚めたらリュートはいないし!
何があったのか聞いたら、あんたが怪我したって言うじゃない。
あたしを一人残して部屋を出てったから、バチでも当たったんじゃないの!?」
・・・全部バレた。
ジャックは、一応ドルチェやミラを探したが忙しいということだったので、仕方なく王族の近衛兵にザナハを連れて来てくれるよう
に頼んでいた・・・。
近衛兵がメイドに伝えて、メイドがザナハの部屋まで言ってジャックからの伝言を伝える。
目を覚ましたザナハはそこで初めて、リュートがいなくなっていることに気が付く。
ジャックに呼ばれて・・・、この部屋まで足を運んで・・・、現在に至る。
リュートは完全に全てバラされたことに「ひぃぃ〜〜っ!!」と顔面蒼白になって、硬直している。
その横ではアギトが、たった今の証言を分析中だった。
ザナハの言葉をうまく飲み込めていないアギトとは反対に、ジャックはすぐさま理解していた。その辺はやはり無粋な大人だった。
最初は驚き戸惑って・・・、すぐさま理解し、そして自分の弟子が大人への階段を一歩踏み出したことに、ニヤニヤしていた。
しかしそのすぐ後に、アギトとザナハの一応婚約者同士・・・という関係を思い出し・・・複雑な表情へと変わる。
「こりゃ・・・、もしかして修羅場ってやつか!?」