第72話 「朝の悲劇」
うっすらとカーテンの隙間から朝日が射し込む・・・、そして窓の外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。
ザナハにバレないように、そっとポケットから銀時計を取り出して時間を見る。
・・・4時。
(本当に一晩中泣いちゃったよっ!!結構ぶっ通しで泣いてて、今やっと落ち着いたとこなのにっ!!
てゆうかザナハ体力あり過ぎだってばっっ!!
仮にもお姫様で、僧侶で、神子なのに・・・この体力はジャックさん並なんじゃないのっ!?)
リュートは思っていた。
こういう場合1〜2時間もすれば泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまって・・・そこへリュートがそっとベッドに横にさせて、
そのまま静かに部屋を出て行く・・・・・・、というのが定番のはずだった。
(いや・・・確かに誓ったよ!?守るって誓ったよ!?泣きやむまでずっと側にいるって約束したよ!?
でもだからって、ほぼ4時間ぶっ通しはさすがにないんじゃないかなぁ・・・!?
今すぐ部屋に戻んないとアギトに気付かれるって!!ザナハの部屋に一晩中いたのがバレる上に怪しまれるって!!)
とりあえず今ザナハはようやく泣きやんだところなので、リュートは今がチャンスだと言わんばかりに振りかえる。
背中にもたれかかったザナハは、ぐっすりと目の回りを赤くして・・・寝入っていた。
(寝てるーーーーっっ!?いつから!?・・・今!?)
まぁ、寝てるなら余計に部屋を出て行きやすいと察したリュートは、ゆっくりとザナハを起こさないように片手で体を支えながら肩を掴んで自分の背中から離すと、もう片方の手でザナハの頭を支えて持った。
眠りに入ったところなので、きっと首を支える力がないはずだ・・・そう見てリュートはザナハの頭ががくんっと下に落ちないように支えたまま、そーっとベッドの上に寝かせた。
ふぅっと息をついて・・・、それから一応テレビで見たことがあるようにベッドのシーツを体にかけてやる。
全ての動作が「ザナハを起こさないように」ということを最優先事項として行動した為、ものすごくスローになっていた。
お陰でひとつひとつの動作にものすごく神経を使ったので、まるで一仕事終えました位の勢いで一気に疲労がたまった。
リュート自身は一睡もしていないので、鏡で自分の顔を見なくてもどうなっているかは大体わかる。
これ以上ここにいても、他の人達に変に勘繰られるだけだと思ったリュートは、ザナハには悪いがさっさと部屋を出て行った。
ドアもそーっと開けて、ぱたん・・・と静かに閉める。
完全にドアが閉め切られた瞬間に、大きな溜め息をつく。
(いや、違うよ!?
この溜め息は別にザナハの面倒が疲れたとか、しんどいとか・・・そんなんじゃないからっ!!
一安心したっていう溜め息だからっ!!)
心の中で、一体誰に向かって弁解をしているのか・・・リュート自身もワケがわからなくなった状態で、きっと寝不足で疲れて
いるんだと言い聞かせ、少々足元がふらつきながらリュートは部屋へ戻ろうとした。
しかし・・・、しばらく廊下を歩いて行って・・・突然とんでもないことに気が付く。
「ここまで・・・、どうやって来たんだっけ!?」
リュートは、ザナハの部屋までは殆ど彼女に連れられるままについて来ただけだった。
あの時は夢中で・・・ザナハの悲痛な泣き顔を見て動揺していたこともあって、回りの景色にまで神経が行き届いていなかった。
ここにザナハの部屋があるということは、この地帯は王族ゾーンに違いない・・・とリュートは推察して、余計に焦った。
王族ゾーンということは、一般人立入禁止区域となる。
そんなところに、一般人というよりむしろ敵方の属性を持った人間がうろついていたら、思いきり怪しまれるに決まっている。
しかもこんな明け方に、一人で・・・。
リュートはとにかく寝不足で働き切れていない頭を、無理矢理働かせようと懸命に考える。
「とりあえずこんな所でおろおろしていたら、それこそ怪しまれるから・・・ここはいっそ堂々としていよう!
何か聞かれたら今までザナハ姫と部屋で話していて、今帰るところです・・・とでも何でも言えばいいよね・・・!?
あながちウソでもないし、それにザナハの客人であることはここの兵士もすでに承知のはずだし・・・。」
そう言い聞かせて、なかば開き直ったような態度でリュートは適当に城内を歩き回った。
そこら辺を適当に歩き回っていればきっと、昨日アギトと探検した場所まで出てこれるはずだから・・・、回りの景色を
しっかり見てなきゃ。
4〜5分程歩いていたら銀色の鎧で全身を纏った兵士が立っていたので、リュートは挙動不審になりそうな態度を懸命に我慢して
目の前を通り過ぎようとした。
しかし、ウソがつけない性格のせいか・・・しっかりと目は泳いでいた。
ドキドキと心臓が爆発しそうな位にビビって、脈打つ首筋を左手で押さえて、冷や汗をかきながら通り過ぎた・・・その時だった。
「おい。」
ドッキーーーン!!と、心臓が口から飛び出しそうになるのを・・・何とか飲み込んだ。
全身もびくんっと跳ね上がったようにビクついていて、もし自分が兵士だったら完全に怪しい奴だと認定している。
リュートは恐る恐る振り向いて、完全にひきつった笑みを浮かべながら、ぎくしゃくと振り向いた。
頭の先から足の先まで鎧で覆われた兵士は、頭の部分だけをギギギッとリュートの方に向けて、声をかけた。
その動作や見た目から・・・、ただ「不気味だ」という感想しか思い浮かばなかった。
「そちらは国王陛下の私室である。
一般通路に戻りたければ、反対方向へ進め。」
頭部全体を覆うヘルメットをかぶっている為、顔は見えなかったが兵士はリュートに普通に声をかけていた。
自分は全く怪しまれていないのかと、逆に自分の方が訝しんでいた。
「え・・・?」
思わず声に出てしまう。慌てて口を押さえても遅い。兵士は頭をこちらへ向けたまま、漏れた声に答える。
「お前はザナハ姫の客人であろう。
それにその青髪・・・戦士と見受ける、今回は見逃すが今後は勝手にこの区域に侵入しないことだ、いいな!?」
それだけ言って、兵士は再びギギギッと正面を向いて・・・ぴたりと動かなくなった。
あんなに全身鎧だらけでかなり重いし暑いはずなのに、その兵士はそれっきりピクリとも動かなくなったので、本当は中身は
人間じゃないんじゃないか?・・・と、疑いそうになる。
通り過ぎながらリュートは横目でちらりと見ていたが、やはりこれといった反応はなかった。
実は見えないだけで、あの鎧の下では自分のことをものすごく睨んでいたらどうしようと怖くなったので、急いで戻った。
とりあえず道なりに走って行ったら、アギトと探検した時に「この先立入禁止」の看板を見つけて文句を言っていた場所へと戻って
きていた。
ここまで来れば、あとは何とか部屋まで辿り着けそうだ・・・。
ほっと安心して・・・リュートは時間を気にしながら、部屋まで全速力で戻りたかったが今はその体力が残されていなかった。
寝不足ってこんなに体力を消耗するんだ・・・と、つくづく痛感しながらウォーキング程度のスピードで早歩きした。
ようやく部屋まで辿り着いて、リュートは急に安心感からか・・・一気に疲れが押し寄せてきた。
「あぁ〜・・・もうダメ、限界・・・!
部屋に入ったらとりあえず寝よう・・・!!」
ぐったりとしたままドアを開けて、中に入る。
そして、リュートの疲労はピークを迎えた。
「おっっっはよーーーーーーー!!
なんだよリュート、今日の城下町見学行く気満々じゃねぇかっ!!オレよりもこんな早くに起きて準備万端ってか!?」
めまいがした。
寝不足でくらくらする頭に、アギトのこのテンションはキツ過ぎる・・・。
ベッドの上でジャンプしながら昨日の疲れはなんのその・・・というハイテンションで、アギトの方がすでに準備万端だった。
リュートはクマと真っ赤に充血した目をアギトの方に向けて、そしてまたすぐに視線をそらし・・・自分のベッドへと歩んでいく。
まるでゾンビみたいな動作で歩いて行くのを見たアギトが、まだベッドの上で跳ねながら何度も何度も話しかけてくる。
「なぁ、リュートってばよ!!
このベッド、上に乗ってジャンプしたらものすげぇ跳ね上がるぜっ!?
思いきり勢いつけたら、よくテレビで見る体操選手みたいな技が繰り出せそうな感じだぜっ!?なぁってば!!
ほらほら、面白いんだってば!!お前もやってみろって、これがまた楽しいんだって!!」
アギトの言葉が頭の中まで届かず、騒音のように感じているリュートは少しイラッとしながらベッドに入る。
リュートが再びベッドに入って寝ようとしたのをアギトは見逃さず、ベッドの上でジャンプした勢いのままリュートのベッドに
飛び移った!!
「シカトすんなぁーー、おらーーーっっ!!」
アギト自身は、冗談半分のつもりだった。
今日は楽しいオルフェ公認の自由行動、そして城下町探検ツアー!!
しかし・・・、飛び移った先はリュートのベッドというよりも・・・リュートの右足の上だった。
ぐきぃっ!!
「ああああああぁぁぁっっーーーーーっっ!!!」
着地と同時にリュートの絶叫・・・、そして着地した場所の安定が悪く・・・バランスを崩したアギトもベッドから転げ落ちる。
リュートはリュートで突然の右足の激痛に、眠気も吹き飛んでしまい硬直してしまっている。
アギトは背中から落ちて後頭部を床に少しだけ打って、いてて・・・と頭をさすっていた。
ベッドの下からアギトの顔が見えて、リュートはふつふつとわき上がって来る怒りを、思い切りアギトにぶつけた。
「朝っぱらからうるさぁーーーいっっ!!
アギトが僕の右足の上にいきなり乗って来たから、捻挫したみたいにものすごく痛いじゃないかぁっっ!!」
リュートの激怒した姿を初めて見たアギトは、どうしてリュートがこんなにも機嫌が悪いのか全く意味がわからず、ちょっとだけ
落ち込んでいた。
「そ・・・、そんな怒んなよ・・・!オレが悪かったってば・・・。
い・・・今すぐミラかドルチェ連れて来て右足診てもらうから・・・、な?・・・じゃ、行ってくるから・・・待ってろ?」
リュートの激怒という初めての体験に、完全にヘコんだアギトはこれ以上怒らせないようにしているせいか、ものすごく低姿勢で
部屋から出て行ってしまった。
そんなアギトの姿を見て、リュートは痛む足を押さえながら・・・自分に腹が立った。
自分が寝不足なのは、全部自分のせいなのに・・・。
それに朝早く起きて、城下町の探検に行こうと言い出したのは・・・自分なのに・・・。
何アギトに八つ当たりしているんだろう・・・、あんなヒドイ態度を取って。
いくら疲れてて、眠たくて、そのせいでイライラしていたからって・・・、何も知らないアギトにあんな態度を取って怒鳴りつける
なんて・・・、僕ってなんて最低な人間なんだ・・・。
アギトが戻ってきたら、すぐに謝らなきゃ!!
リュートは一人ぼっちになった広い部屋の中で・・・、急に静かになった部屋で、心の底から反省した。