第70話 「明日の計画」
その後、アギト達は特に扱いが良くなったわけでもなく相変わらず、普通の客人とされているだけだった。
しかし正直なところその方が、気がラクだった・・・というのが本音である。
もしアギトとザナハの婚約のことで、晩餐会とか言って映画によくある長〜〜〜〜いテーブルのある所で食事させられた日なんて。
考えただけでも嫌気がさしてくる。
美味しい料理が食べれるのはいいが、いちいち気難しそうな国王の機嫌取りをしたり、食事のマナーなどに気を遣いすぎて、恐らく
食事どころではなかったはずである。
アギト達は、昨晩と同じように洋館にあったような食堂で、兵士達に混じって食事をしていた。
オルフェの提案により明日は自由行動ということもあって、アギトとリュートは二人だけでのびのびと城内を散歩している。
思えばこんなにゆっくりと、異世界にある建物を見て回る余裕なんて・・・実際にはなかったのが実情である。
ザナハやオルフェの命もあり、ある程度の場所なら歩き回れるようになっていたが、やはり制限される場所もあるにはあった。
それでも・・・、どこも豪華で、直接見たことがないようなものばかりで、特に不満はなかった。
建物の作りは一言で言えば、中世の大聖堂とか・・・ヨーロッパ系の建物に近かった。
大理石や、石造、噴水、大きな柱、そのどれもに感動し・・・口をぽかんと開けながら見上げたりしていた。
そうこうしている内にすっかり夜は更けてしまって、アギトとリュートは部屋に戻ることにした。
「あ〜〜〜〜、何度見ても飽きねぇな〜〜!!
やっぱオレこういう中世ヨーロッパ系の雰囲気が一番大好きだなぁ。
ファンタジー系のRPGって殆どそういう時代っぽい雰囲気で作られてるし・・・、まぁここは異世界なんだけど・・・。
今度来る時はぜってぇデジカメ忘れないようにしないとな!!
イフリートとツーショット撮れるかなぁ!!」
無邪気に笑いながらアギトが夢を膨らませる。
本当にアギトは、こういう・・・自分の趣味の世界に浸れる時が一番幸せそうだな・・・と、リュートは思った。
それに比べて、自分はつくづく夢がないなぁ・・・という気持ちになる。
イフリートといったら確か炎の精霊だったはず。
そんな存在と並んだら・・・全身大火傷位じゃ済まない上に、デジカメが壊れそうだ・・・なんて心の中でつっこんでいた。
勿論そんなことを言ってアギトの夢を壊す程、ヤボではない・・・と思う。
リュートは調子良く「あはは〜〜」と笑ってやり過ごす。
本当・・・こういう作り笑いをするところは、オルフェといい勝負だ。
自分もオルフェのことをどうこう言える立場ではないと、最近よく思うようになっている。
でも、それは自分がアギトのことを面倒臭がっているとか、ウザイとか・・・そういう意味でこんな態度をしているわけではない。
まぁ・・・恐らくオルフェの場合はそういう意味で、ああいう態度を取っているのは間違いないだろうが・・・。
リュートの場合は、アギトと自分があまりにも正反対な為に、色々刺激されるからそれに圧倒されてどういう態度を取っていいのか
わからなくなって・・・こんな曖昧な作り笑いになってしまうのだ。
アギトはいつも自分のわからないことを、常識のように口にしたり・・・聞いてきたりする。
そしてリュートがわからなくて質問したら、子供のように生き生きした表情になって説明し出す。
その時のアギトがとても無邪気で、無垢で、純粋で、真っ直ぐで・・・。
回りが見えなくなる位に一生懸命説明してくれるから、そんな風に夢中になれるアギトのことを見ているのが自分も好きだった。
自分には何かひとつのことに夢中になったり、特別興味があったり、特に専門知識があるわけでもない。
自分にないものをアギトがたくさん持っているから、リュートはアギトといても・・・何も退屈しないのかもしれない。
夢中になってお城の中にあるものを見て回るアギト・・・、もう部屋に帰ろうと言った時はまた子供みたいに膨れていた。
部屋に戻って、リュートはアギトの体調や具合のことが急に気になった。
いくらミラから回復魔法をかけてもらったからといっても、あの巨大なドラゴンとなったサイロンと一戦交えたのだ。
疲労はあるだろうが、怪我の方はどうなのか・・・。
「アギト、ミラ中尉に治癒魔法をかけてもらった怪我は、本当にもう大丈夫なの!?
また痛くなったりとかしてない?」
「ん?いや、別に全然平気だぜ!?
まぁ足の怪我を思い出したら、それだけで激痛が蘇りそうだけどよ・・・。全然、ピンピンしてるぜ!!」
そう言って、ベッドに座って怪我をしていた方の足を上下左右にぷらぷらと振ってみせる。
本当に大丈夫そうだ・・・と、安心したリュートは明日のことをアギトに話そうかどうか迷っていた。
別に特別気にすることはないが、一応ザナハはアギトの婚約者なわけだから・・・断っておくべきか・・・!?
黙って行ったら後が怖いということは・・・リュートが一番わかっていたことだ。
しかし・・・改めてよく考えたら、これはもしかしてデートの誘いになりはしないだろうか!?と、気になり始めた。
本心はそうじゃない、本当に心から仲間としてザナハともっと仲良くなりたいし、話したいこともあるかもしれないから明日一日
城下町を一緒に見物したいだけなのに・・・、あれからずっと考えていたら・・・妙に意識し過ぎてしまって恥ずかしくなる。
今までこんな思いをしたのは勿論初めてだし、女の子の誘い方なんて全く知らない。
ザナハを誘おうと決心した時から、だいぶ時間の方が経ってきて、なんだか気持ちの方がだんだんとしぼんできていた。
挙句には、もうドルチェでもジャックでも誘ってグループで見物した方が楽しいかもしれない・・・と思い始める。
別に明日が自由行動最後の日というわけではないはずだ、これからだってもっと仲良くなる機会は訪れるはず。
気持ちが萎えてきたせいか、ラクな方へラクな方へと・・・気持ちが切り替わっていっていた。
そして、完全に未知の体験に対して敗北したリュートは、アギトに向かって明日どこを見学しようかという話題を切り出していた。
「ねぇアギト、明日は朝早くに起きて・・・まずどこ行く!?
お城の中はもうだいぶ見て回ったから、今度は城下町の方を探検してみない?」
「そうだなぁ〜!
オレもそう思ってたんだ、やっぱ絶対見ておきたいのが『武器屋』『防具屋』『道具屋』『酒場』だな!!」
「え・・・、酒場って・・・僕達まだ未成年じゃないか。
子供は入れないんじゃないかなぁ・・・、入れたとしても酒場で何を見るのさ!?酔っ払いの親父しかいないよ、きっと。」
「バッカだなぁ〜〜、酒場っていったら冒険者や傭兵のたまり場って相場が決まってんじゃん!
それに情報が行き交う場所としても有名じゃんか、もしかしたらそこで『冒険者ギルド』とか募集してるかもな!!」
アギトが何を言っているのか、今いちよくわからないリュートだったが、どうせゲームの中と照らし合わせて話をしているんだと
容易に推察できた。
まぁとにかく自分はこういった世界にある町の、どこをどう見て回ったらいいのかポイントがわからないから、結局はアギトに
任せるしかなかった。
「ねぇ、パーティー全員で見学できるのかなぁ?」
「あ〜、どうだろ!?
確かオルフェはミラに捕まって、本部での仕事があるとかどうとかで・・・、明日は軍部に缶詰らしいぜ?
多分明日付き合ってくれそうなのは・・・、ジャックにドルチェにザナハ位か!?」
ザナハの名前が出た途端、ついさっき折れた心が復活しそうになったが、すぐにまたフタをした。
「その3人なら城下町に詳しいのかな?
とにかく誘えるだけ誘って見学してみる?この町に詳しい人の解説があった方がわかりやすいだろうし。
何より僕達・・・、この世界のお金は一銭も持ってないからね。」
現実を口にする。
そう・・・、異世界に来る度になんとなく思い出すことだが・・・二人はこの世界に来てからというもの、一度も買い物をしたこと
がなかったし、この世界の通貨もお目にかかったことがなかったのだ。
レムグランドに来てからはいつも、森の中にある洋館にこもってばかりいたし、魔物を倒してもお金は落としてくれなかった。
それに洋館から出たと思っても、お店なんてひとつも見たことがない。
旅の行商人を名乗る者が・・・いた気はするが、金銭による売買は一度も交わしていない。
「オルフェのやつ・・・、明日おこずかいくれんのかなぁ・・・。」
アギトがぽつりとこぼした台詞が、リュートにはなぜか可愛く感じられた。
子供がお父さんにおこずかいをねだっているようで、そんな言葉を口にするアギトを見たのは初めてだったからだ。
まぁ・・・それを口に出したらアギトだけではなく、どこかで盗み聞きしてそうなオルフェから激しい反論が返ってきそうだが。
しかし・・・、アギトがお金のことを口に出したのは今聞いたのが初めてだったことに、突然気付く。
思い返せばアギトはいつもお金に余裕があった。
両親から毎月どれだけおこずかいをもらっているのかは、なんだか他人の一か月分の給料を聞くみたいで・・・聞きたくても
恥ずかしくて聞けなかったが、実際のところアギトが住んでるマンションからして相当な額のおこずかいをもらっていたはずだ。
この世界の通貨の相場がわからないからオルフェからは、はした金額程度しかもらえなさそうなのは・・・何となく想像がつく。
自分達の世界でいえば、おこずかいの相場がわからずに100円もらって喜ぶ子供と同じようなものかもしれない。
オルフェも・・・、この世界での100円しかくれなさそうだ。
おこずかいをもらう時には、絶対にジャックに同伴してもらおうと固く誓った。
オルフェの不正を未然に防ぐのだ。
まるで普通の子供が遠足を楽しみにする前日の夜みたいに、リュートも明日が楽しみで仕方がなかった。
こんなに明日が来るのを楽しみにして眠るなんて・・・、アギトと初めて友達になってから・・・それ以来じゃないだろうか!?
そんな風に思いながら寝たので・・・、ザナハだけ誘って城下町を散歩するという計画を、思い出すことは結局なかった・・・。