第69話 「喧嘩する程、仲が良い」
ドラゴン(サイロン)戦に勝利した直後に訪れた、新たな発見。
しかもそれはこのレムグランドに馴染みのないアギトとリュートの二人だけが、何も知らなかったことだった。
光の戦士、そして光の神子は互いに力を合わせて、このレムグランドという世界を・・・、ただ救うものだと思っていた。
しかし実際には戦士と神子が現われた時、互いの絆を深め合う・・・という意味も含めて婚約するという・・・。
それが代々、レムグランドで実際に行なわれてきた当然の掟らしい。
レムグランドの国王陛下がドラゴンとの決闘を行なった会場で、観戦に来ていた国民に向かって先行で発表した。
それを聞いた時、二人の戦士は当然ショックが隠せず・・・その場で固まったまま、特に目を瞠るようなリアクション
はしなかった・・・というより、出来なかったという表現の方が正しいのかもしれない・・・。
国王も発表直後、すぐに退場してしまったので・・・何とも温か味の無い婚約発表に終わっている。
しかしそれで良かったのかもしれないと、オルフェは心の中で思っていた。
もしアギトやリュートが真っ向からリアクションをしていたら、明らかに国王の怒りを買っていただろう・・・。
結局会場にいる時はそれだけで、全員複雑な心境のまま会場を後にし・・・再びジャックの部屋に当然のように集まっていた。
ザナハも一緒にジャックの部屋までついて来ていたが、部屋に辿り着くまで誰も・・・何も口にしなかった。
とにかく詳しくは落ち着ける場所に着いてから・・・という、暗黙の了解で皆それに従う。
廊下の途中で鎧を着た(城内を警備する)兵士の何人かに声をかけられたが、ザナハはアギト達のことを大事な客人として、
丁重に扱うように命令する。
彼らは・・・救済の旅を共にする仲間である為、無礼はせぬように・・・と。
それを城内の兵士全てに流すように取り計らった。
ザナハが命令したのに、なぜかオルフェの方が得意満面な顔をして頷いている。
「これで国王陛下とアシュレイ殿下の私室以外は、出入り自由になるはずです。
城内のことに関しては、一軍人である私の権限を超えますからね・・・今は姫の指示が出たので、もう大丈夫ですよ。」
そして全員はようやくジャックの部屋に辿り着き、とにかく一息つこうとした。
ミラが全員にお茶を入れて、配る。
アギトも、リュートも、ザナハも、気が抜けたような・・・、呆けたような・・・、何とも浮かない表情になっていた。
この空気をわかっているのか、それともワザとなのか・・・オルフェが手をぱんっと叩いて、話を切り出した。
「ほらほら、いつまで呆けているんですか?
私達には呆けている時間がないことを、お忘れにならないように。
とりあえず国王の至上命令である『ドラゴン対決』に関しては、アギトの勝利ということで一件落着しました。
不幸中の幸いとして、この短期間に皆さんのレベルも思っていたより早く上がって、予定通りに事が進みそうです。
この分だと炎の精霊イフリートとの契約にも、近い内に行けるようになると思います。
そこでモノは相談なんですが、折角首都に来たのだから一度町の中を観光してみてはどうかと、提案したいと思うのですが。
君達が本当によく頑張ってくれたとう、ご褒美も兼ねてのことなんですが、何より会場での悪い空気によって恐らくアギトと
リュートには、我がレムグランドの国民のことを少々誤解されているのかもしれない・・・と、そう思いまして。
町の中を歩き回り、国民と触れ合うことで、ぜひ知っていただきたいのです。
人間というものは何も、全ての人間がみんな良い人・・・というワケではありません。
中には誰かを蹴落として自分だけ利益を得よう・・・とか、好戦的な人間がいるのも・・・悲しいことですが事実です。
月並みな台詞ではありますが、レムグランドに住む国民の全てが先程のように非道な者ばかりではない・・・というのと
同じように、気さくで明るい常識的な人間もちゃんとこの国で生活しているということを、二人にはぜひわかって
いただきたいのです。
ですから明日一日だけは自由時間として・・・、城下町を自由に行動してもいいように配慮しようと思っています。
そして城下町の人々と触れ合って、ザナハ姫が救いたいと願う人達を・・・じかに見てください。」
一通り・・・、オルフェが独壇場の演説をかました。
勿論、アギトとリュートがジャックの部屋に着いて、すぐに聞きたかった内容はそんなことではない。
いつ来るか、いつ来るかと待っていたが、見事に一切触れて来ないで締めくくろうとしたので、二人は話が終わったと同時に
つっこんだ。
「いやいや、ちょっと待て!そうじゃねぇだろ!!
何、思いきりスルーして話を勝手に進めてんだよお前わ!!」
アギトがボロボロの衣服のまま、とりあえず真っ先に声を荒らげた。
そのすぐ後に、リュートもアギトと同じ意見なのか・・・全く腑に落ちないという表情で、改めて説明を求める。
「そうですよ大佐!
僕達は光の戦士と光の神子が婚約するなんて話、全く聞かされていないんですけど!
まずこれから説明してもらわないと、納得いきませんよ。」
二人の真面目な言葉に、オルフェは全く困っていない表情で・・・困ったような溜め息をついた。
その様子を、ミラ、ジャック、ドルチェも見ていたが・・・いつものことなので、あえてつっこもうとはしなかった。
「やれやれ・・・、その話題には触れないように計算ずくでスルーしたというのに。
二人とも相変わらず空気の読めないお子様ですね。」
「それはお前だろっ!!この世界で空気読めないランキング堂々第2位だ、お前わっ!!
つか何計算ずくでスルーしてんだよ!!あのまま触れない方が不自然だろうが!!そんなんで納得いくか!!」
アギトが右手を握り拳にして、ばんっとテーブルを叩いた。
さすがにラチがあかないと思ったザナハは、あからさまに大きな溜め息をついて面倒臭そうに説明しだした。
「はぁ〜〜〜っ、わかったわよもう!!話せばいいんでしょ、話せば!!」
「何明らかに面倒臭そうなんだよ、お前わ。
てかお前も絡んでんだぞ・・・もっと真剣に取り組め、この・・・っ。」
「アーギートー、それ以上は話が前に進まなくなるから、その辺でいい加減にしようねーー!?」
アギトが暴言を吐く寸前で、リュートがアギトのほっぺたを思い切りつねって制止した。
「ほげほげ〜」となりながらアギトはうっすら涙を浮かべて、とりあえず黙った。
リュートはザナハの方に向き直り、続けて・・・と視線で促して、アギトの方をじろっと睨んでいたザナハが気を取り直して語る。
「そもそもこのレムグランドでは、光の戦士と光の神子は代々救済の旅に出る時に婚約することで、絆を深め合ったらしいわ。
お互いの信頼関係を築くことは勿論、苦難を乗り越える為には・・・深い絆が何よりの力になったと言われているの。
だからこうして光の戦士として認められた時に、婚約も成立してしまう・・・というわけ。
全ては世界を救済する為・・・、レムグランドの減少したマナを再生させる、マナ天秤を安定させる為にね・・・。」
ザナハの簡潔とも言える説明に、二人はきょとんとしてしまっている。
理屈はわかるが・・・、何より肝心なことを聞いていないような気がするからだ。
先に口を開いたのはリュート。
「えっと・・・、とりあえずそれが掟として決まっていることは・・・まぁ、わかったとして・・・。
・・・で?
マナ天秤を安定させて、世界の救済が成功した後は・・・?
やっぱり、アギトとザナハって・・・結婚しなくちゃいけないの!?」
リュートの直接的とも言える質問に、アギトとザナハの顔は途端に嫌悪感で一杯になる。
そんな二人の顔を見てリュートは、何をそんなにお互いイヤがる必要があるんだろう・・・と、不思議に思った。
「結婚するワケないだろうが!!」
「結婚するワケないでしょう!!」
二人の声が綺麗にピッタリとハモる。
そんな二人の仲睦まじい姿を見て、オルフェは「若いっていいですねぇ!」と他人事のように笑顔でお茶をすすっていた。
ザナハの性格から、どうも噛み合っていないような気がしてきたミラが、見るに堪えかねて口を挟んだ。
「姫、アギト君とリュート君は異世界から来たばかりで・・・まだこの世界の常識や、習わしを知りません。
先程の説明は、戦士と神子が婚約する理由でして・・・二人の力を最大限に高める方法の一つとして記録に残っていたものです。
文献や古文書はレムとアビス・・・そして龍神族の3国間で分かれているので、今現在レムにある物だけが全てを物語っている
わけではありませんが・・・。
少なくとも、初代神子の時から残っている文献によれば・・・、『戦士と神子が互いに絆を深め合い心を一つとすれば、それは
大いなる力となるだろう』と、・・・こう記されていました。
そしてレムの戦士と神子が何代目かの時に、婚約という習わしが生まれました。
しかし・・・そのどれもが救済に失敗しており、最終的に戦士と神子が正式に結婚して、余生を送ったという記述はどこにも
残っていないのです。
ですからザナハ姫の救済が成功した後に、アギト君と必ず結婚しなければいけない・・・ということはないと思います。
それは当人同士の問題だと、私はそう思っていますよ。」
そうミラが締めくくった。
婚約が名目だけのものだとわかった途端、アギトはあからさまに安心しきった顔になって万歳をした。
しかし、アギトのこの態度と・・・ザナハの嫌悪感からして今のままじゃ、とてもじゃないが絆が深まりそうにないと思ったのは、
恐らくリュートだけではないだろう・・・、全員の表情を見てそれがリュート一人が感じたことではないと・・・確認した。
せっかくミラが綺麗に締めくくったにも関わらず、この綺麗な終わり方に不満を感じたのか・・・またオルフェが余計なこと
を言う。
「でも、旅が進むにつれて二人の心の距離がどうなっているのかは・・・、まだわかりませんよ!?」
誰もがもう見飽きてしまったオートスマイルを全開に、オルフェは再び二人の仲を険悪な方向に導いてしまう。
『それはないっ!!絶対ないしっ!!』
そしてまたもや二人の台詞は息がピッタリと合って、綺麗なハモりでオルフェに反論した。
声が揃った途端にカチンときたのか・・・また二人はお互い睨み合って、悪口雑言を口々に言い合う始末。
喧々囂々(けんけんごうごう)と罵倒し合う二人を見て、回りのギャラリーは頭が痛い・・・という風に他人のフリを決め込んだ。
頭を抱え込んだジャックが、肩を竦めてオルフェに問う。
「はぁ・・・オルフェ、せっかく上手い具合にまとまりかけたのに・・・余計なこと言いやがって。
お前この状況を楽しんでやってるだろ!?」
「勿論、他人の不幸は私にとってのヒマ潰しですから!」
まるで語尾にハートマークを付けたかのようなオチャメな口調に、ジャックはますます頭が痛くなる。
ドルチェは、相変わらず「我関せず」を貫いており・・・紅茶をおかわりしていた。
ミラはミラでジャックに賛成で、もう口を挟むことすら億劫になってしまっている。
止めどなく口喧嘩の嵐を繰り出し続けるアギトとザナハに、リュートは大きく溜め息をついた。否、つくしかなかった。
(二人の口喧嘩はいつものことだ。
でもよく「喧嘩する程、仲が良い」って言うけど、アギトとザナハも実は仲が良いんだろうか!?
僕の目からだと、アギトは照れ隠しでワザと憎まれ口を叩いているように見える。
多分ザナハのことをなんでそんなに悪く言うんだって聞いても、きっとその時にも憎まれ口を叩くに違いない。
変なところで素直じゃないし、なんとなくだけど・・・アギトってまだ恋愛感情に疎い気がする。
女の子を意識するよりも、まず自分の趣味とかを優先してそうだ・・・確実に!
それじゃ・・・ザナハはどうなんだろう!?)
そんなことを考えながら、リュートはちらりとザナハの方を見た。
まだ悪口の言い合いをしている・・・、二人とも飽きもせず、懲りもせずよくやる・・・と心の中で呟く。
ふとリュートは、口喧嘩をしている二人を見て・・・思ったことがあった。
そういえば・・・、僕はまだ・・・ただの一度もザナハと口喧嘩したことがなかったな。
他人と争うのを好まないリュートは、ザナハがキツイ口調で何か文句を言ってきたとしても、それを素直に聞くだけだった。
反論したことはないし、別に異論もない。
アギトが静止世界で修行に行っていた三日間の時も、ザナハとは以前に比べればだいぶ言葉を交わすようにはなっていた。
リュートにとってはそれだけでも大きな進歩だが、なんだかうわべだけの関係のような気がしてならないのは、きっと気のせいじゃ
ない・・・、そんな気がする。
自分だってもっとザナハと仲良くなりたいのに、話しかける言葉が見つからない。
そしてそれを、そのまま放置していた自分。
きっと・・・ザナハにとってリュートという存在は、救済の旅をする仲間であって・・・それ以上でも、それ以下でもない。
そんな位置関係であることを、十分に理解しているリュート。
所詮自分は、敵国の・・・闇の戦士だ。
レム側の人間にとっては、いない方がマシな存在に違いない・・・。
途端にマイナス思考が蘇るリュート、首を左右に大きく振って何とかマイナス思考を振り払おうとする。
違う・・・、オルフェが言っていたじゃないか!・・・と、無理矢理言い聞かせる。
自分の力だってレムに大きく働きかけるかもしれない、それにジャックだって師匠になってくれているじゃないか、と。
アギトに出会って、親友になって、異世界に来て、みんなに出会えて・・・自分は変われるってようやく思えるようになった。
実際、変わった。
初めてルイドが現われて、アギトを侮辱した時・・・自分は敵の首領相手にブチキレて反論していた。
人見知りの激しかった自分が、この世界でたくさんの人達と知り合って・・・普通に話が出来ている。
・・・恐らくその理由は、この世界の人達が自分のことを異物呼ばわりしなかったから、というのが大きいかもしれないが。
ジャックと対面して、初めて自分の気持ちをぶつけて・・・ハッキリ自分の意見が言えたこと・・・。
龍神族の若君であるサイロンにも、面と向かって反論したこともあった。
思えば、自分は・・・自分の世界では出来なかったこと、言えなかったことを・・・次々としているじゃないか。
そのひとつひとつが自分にとって大きな経験となり、やっと引け目を感じずにアギトの隣で笑っていられるようになっている。
そう、この世界での体験が自分を大きく成長させてくれているのは、事実だ。
自分にも出来るかもしれない・・・という気持ちを持たせてくれる。
だから、リュートは心に決めてしまった。
マイナス思考を打ち破り・・・、自分の可能性を信じられるように・・・、この時ほんの少しだけ・・・気持ちが大きくなっていた
かもしれない。
よし・・・、明日の自由行動の時には・・・!!
誘えるかどうかは・・・まだわからないけど、城下町を見て回るのに・・・ザナハを誘ってみよう!!
そう決心した時・・・、リュートは完全にアギトの存在を忘れていた。