第68話 「勝利者への褒美」
ドラゴン化したサイロンに、アギトは見事傷を付け・・・勝利を宣言した。
ゴングが打ち鳴らされた途端・・・アギトは喉が張り裂けんばかりに、絶叫に近い大声でザナハの名を口にした。
「ザナハーーーーっっ!!!
早くサイロンの口の中に、水でも何でもいいっ!!冷気とか・・・温度を急激に下げる魔法をかけてやってくれっ!!
このままじゃこいつ・・・ホントに死んじまうっっ!!」
そう叫ばれ、ザナハだけではなくリュート達も急いでアギトのいるグラウンドまで駆けだした。
同時に、ハルヒやイフォン・・・それにメイロンも駆け寄り、・・・そして主の姿に言葉をなくす。
「若様っ!!」と、ハルヒはサイロンの口元に手をやって名前を呼び続けた。
「兄様っ!!今すぐツボ押して、元に戻すヨ!!」
メイロンがそう叫んで、指の先にマナを集めようとした瞬間だった。
アギトはメイロンの手を掴み・・・、それを止めた。
「何するネ!?兄様殺す気アルか、人間っ!!?」
「今はダメなんだ・・・!
あれだけ大きくなった消火まんを、喉に詰めたまま元に戻してみろ・・・っ!!
サイロンの体は・・・っ!!」
そう言いかけて、言葉を止める。
それ以上は言わなくてもわかるだろう・・・と、アギトは口をつぐんだ。
メイロンは泣きながら、アギトに握られた手に目をやる・・・。血まみれの手・・・、サイロンの血・・・。
涙を浮かべてその恐怖に、メイロンはハルヒに抱きついた。
その様子を見ていたイフォンが、サイロンの口の前に立って糸目で閉じていた瞳を見開き、鋭い眼光が光る・・・。
「僕がやるよ・・・。」
そう言って、イフォンは呪文の詠唱を始め・・・両手にかざした先から冷気が集まりだす。
コォォォッとその冷気が、回りの空気をも徐々に冷やしていくのがわかった。
氷の属性による魔法・・・。
「アイスニードルっ!!」
空中に集まった冷気の塊が、針のような形に固定されて・・・その無数の氷の針がサイロンの口の中、消火まんに命中する。
続いてザナハも水の魔法「アクアエッジ」を唱え、同時にドルチェはケット・シーの回復魔法でサイロンの傷を癒す。
ミラはアギトの傷を「ヒール」で癒していた。
次から次へと繰り出される魔法、リュートやジャックは心配しながら声をかけるしかできなかった。
かくいうオルフェも・・・、自分が水や氷の魔法が使えることは伏せておかなければいけなかったので、もっと歯痒かった。
会場の観客達は・・・あっけない勝敗、そして決闘終了後・・・即時回復という展開に、多少の不満を募らせていた。
ドラゴンとの死闘を見に来たはずなのに・・・。
命がけの決闘を観戦したかったのに・・・。
・・・もっと血が見たかったのに。
やがてそんな不満が会場中に蔓延していき、誰から始めたというわけでもなく・・・だんだんとブーイングの声が響く。
「こんなのは決闘じゃないだろぉーーっ!!」
「決着が着くのが早すぎるんだよ、もっと死に物狂いで戦えーーっ!!」
「それでも光の戦士かよぉっ!!」
回りのヤジに皆が眉をひそめる。
さすがのオルフェも・・・、腕を後ろに組み背筋をぴんとした姿勢で、余裕そうに立っているがその顔には怒りが見えた。
リュートはアギトの側に寄り添って、怒りを噛み殺しながらアギトをなだめるように、いや・・・自分を抑えるように囁く。
「あんなのは無視だ、アギトは立派に戦って勝ったんだ・・・!!
ただ見ていただけのあいつらの野次なんか・・・、聞く価値ないんだからね・・・っ!?」
ジャックもリュートの意見にうんうんと頷き、醜いものを見るような目つきで怒りをあらわにしていた。
「あいつらはこの闘技場で行なわれる死闘を腐る程観て来たからな、感覚が麻痺してるんだ・・・。
とにかく国王の言う勝利条件は満たしたんだ、誰にもそれを咎める権利なんてねぇ!!」
ミラは必死でアギトの傷口を癒す・・・、出血が止まり、傷口がみるみる塞がって行くのを見るのは不思議な光景だった。
一番酷かった足を治癒した後、今度は背中の治癒に入った。
「サンキュ・・・ミラ。
もう足の方は感覚がなくなってたんだけど、傷が治ってようやく動かせるようになったぜ。」
「大佐からちゃんと防御の方は教わったんですか?
今度修行する時は、マナで防御面を強化する方法を学んで・・・私達にラクさせてくださいね?」
そう冗談を言って、ミラは額に汗を流しながら・・・懸命に「ヒール」をかけ続けた。
すると、サイロンの方に変化があったようだ。
イフォンとザナハによる冷却魔法で、どうにかサイロンの口から取り出せる位に収縮させた消火まんを取り出す。
そしてメイロンは、ハルヒに抱えられながらマナのツボをつん、つんと突いた。
それに呼応するかのように、やがてサイロンの体は空気がしぼんでいくように、だんだん小さくなっていく。
ハルヒはメイロンを地面に着地させて、持ってきたカバンから大きなシーツを取り出した。
「とりあえずこんな開けた場所で若を着替えさせるわけにはいかない。
抱えられる位の大きさになったらシーツで全身をくるんで、中へ戻り・・そこで服を着せる。」
イフォンもそれに反論はないのか、へばって地面に座り込んでいた。
アギトがサイロンの様子を見て、大丈夫かどうか聞いた。
「なぁ・・・サイロンのやつ窒息死寸前だったと思うんだけど、人工呼吸とか心臓マッサージとかしなくても平気なのかよ!?」
アギトの言葉に、ハルヒは睨みつけたような顔のまま・・・答えた。
「それは大丈夫だ。
龍神族の生命力は人間の想像すら超える、今気絶されているのも・・・延命の為に自ら仮死状態に入られているだけだ。
しばらくすれば目を覚まし、何事もなかったかのように振舞われるだろう。」
それはそうだ・・・、とアギトは納得した。
馬鹿とイカれた奴はものすごく頑丈に出来ているのが、セオリーだと・・・。
その時・・・、観客達のヤジを完全に無視していたアギト達の所へ、物を投げだす観客が出てきた。
それが・・・、サイロンの体めがけて投げつけられた!
「・・・っ!!」
ハルヒの顔色が一気に変わる、いつも他人事のようにしていたイフォンでさえ、怒りで瞳孔が開いていた。
自分の兄に物を投げつけられ・・・、メイロンは目にたっぷりと涙を浮かべながら観客達の方を睨み、悪態をついていた。
そして兄の盾になろうと、メイロンは小さい体で精一杯かばおうとした。両手を振って、やめさせようとした。
「お前達・・・何するネっ!!
兄様お前達に何かしたかっ!?・・・兄様は人間恨む良くない言って・・・っ、龍族なだめてきたヨっ!!
その恩忘れて・・・っ、ひっく・・・っ!何様の・・・っ、つもりアルかぁっ・・・!!
やめてぇーーっ、やめてヨーーーっっ!!」
「くそ・・・っ、貴様ら・・・っ!!」
しかし、そんな彼らのことなど物ともせず・・・観客達は自らの血に飢えた欲望を満たそうと、やりたい放題だった。
リュートは、信じられなかった。
ザナハが守りたいと言ったこの国、その国民が・・・健闘した者に向かって暴虐な行為をするなんて。
次第に怒りが込み上げてくる。
こんなものが・・・、ザナハの守りたかったものなんだと思いたくない。
アギトはこんな人間達を救う為に、命を賭けて戦うのか!?
その場にいた全員が、怒りに満ちた・・・。
・・・・・・瞬間だった。
「やかましいーーーーーーっっっ!!!」
アギトの覇気を帯びた怒声が、会場中を轟かせるように響き渡り・・・一瞬で全体が、水を打ったように静まり返った。
ミラの治療はまだ終わっていない、それでもアギトは怒りに満ちた形相で立ち上がり・・・会場全体を睨みつけた。
「そんなに文句があんなら降りてこいやっ!!
このオレが相手してやるから気が済むまで、殺し合いでも何でも付き合ってやるぜオラァーっっ!!!」
誰も・・・、何も言い返しはしなかった。
一気に熱が冷めたように、ヤジを飛ばしていた者達は沈み・・・結局アギトの言葉に乗ってくる者は誰一人としていなかった。
ちっ、と舌打ちして・・・アギトは剣を杖代わりにハルヒ達の元へと、歩いて行った。
「消火まん使うしかお前等の主人に勝つことは出来なかった、悪かったな・・・。
それと・・・オレが言う台詞じゃねぇけど、さっさと行った方がいいぜ。
あの国王は何考えてっかわかんねぇから・・・、今度何か言い出す前にトンズラぶっこいちまえ。」
アギトの満身創痍な姿、そしてさっきの台詞から・・・ハルヒはアギトという少年の心の内を見据えた。
そして・・・おそらく初めてハルヒは、アギトに向かって・・・ふっと、苦笑した。
「何を謝る、若様が望んだ戦いだ。
どんなアイテムを使おうと、その機転は間違いなくお前の実力・・・。
言葉に甘えて、行かせてもらう。・・・・・・またな。」
そう言って、ハルヒはサイロンを背負ったまま座りこんだイフォンを足で蹴り立たせ、そしてメイロンを連れてグラウンドを出た。
残されたアギトは、再び倒れこみ・・・それをオルフェが支えた。
ミラは駆け寄って、再び回復魔法を唱える。
リュート、ジャック、ドルチェ、そしてザナハが立ちすくんでアギトの様子を見守る中・・・司会者が空気を介せず進行する。
「ドラゴンとの決闘に見事勝利した、光の戦士アギトっ!!
ここで勝利者アギトに、国王陛下から有難いお言葉と・・・重大発表がございまぁーーすっ!!
それでは国王陛下、どうぞぉーーっ!!」
こんな状況で、何を今さら・・・という表情でリュートが国王の方に嫌悪感を抱いた瞳を向ける。
そして・・・さっきの司会者の言葉を聞いたザナハの顔色が蒼白になっていることに、気付いた。
「まずはドラゴンとの戦いに見事勝利したこと・・・、光の戦士の実力を皆の前にて見せつけたこと、誇らしく思う。
そちを真の光の戦士として認め、世界を救う為の救済に力を貸していただくよう、私自ら願い出よう。
よってその友好の証、そして代々定められてきた掟に従い・・・っ!!」
国王の言葉をさえぎるように、ザナハの顔色はみるみる変わっていき・・・国王に向かって叫ぶ。
「ちょっと待って、お父様・・・っ!!
そんな大事なことを、こんな場所で発表すること・・・っっ!!」
しかしザナハの言葉は、当然国王の耳には届いておらず・・・、無情にも言葉は続けられた。
「光の戦士アギトと、光の神子ザナハとの婚約を・・・正式のものとするっ!!」
「は・・・・・・?」
リュートだけが口をあんぐりとさせて・・・驚愕していた。
その様子から見て、恐らく知らなかったのはアギトとリュートだけだったと・・・容易に想像できた。
ザナハは顔に手を当てて・・・がっくりと肩を落としている。
ミラに回復魔法をかけられて横になっていたアギトは・・・、石のように硬直して・・・そのままショックの余り
失神しているようだった。
リュートは混乱する頭をムチ打ち、必死になって思考をフル回転させた。
どうしてこんなことに・・・!?
いや、それ以前になぜそうなる・・・!?
ぼんやりと・・・二人が初めて異世界に来たところまで、記憶を蘇らせようとした。
アギトに対して、最初から明らかな嫌悪感をあらわにしていたザナハ・・・。
『こんなのが光の戦士のはずないわっ!?
だって、異世界からやって来る光の戦士といえば、もっと凛々しくて、紳士的で、正義感に溢れているはずだものっ!!
こんな性格破綻者なはずないわよっ!!』
『あたしはあんたが光の戦士だなんて、絶対に認めないんだからっ!!』
多少の記憶違いはあるかもしれない、でも・・・確かザナハは当初、異常とも言える位にアギトに対して全く好感を持とうと
しなかった。
アギトにも勿論、多少の非があったのは認めよう・・・。
しかし・・・ザナハの、あの力一杯否定するところは、当初のリュートにも不可解に思っていた記憶があったのは確かだ。
「戦士と神子が婚約者同士になるのが掟で定められていたから・・・、あんなに拒絶してた・・・ってこと!?」
アギトはそのまま決闘による肉体的疲労と、今与えられた精神的疲労により魂が半分抜けている状態だった。
リュートは、まだ信じられないという風にザナハ・・・そしてアギトを交互に見つめた。
やっと鎮まったはずの胸の痛みが、再びちくりと痛み出した・・・。