第67話 「対ドラゴン戦、攻略法その2」
喉の奥で消火まんが大きく膨張して、呼吸困難に陥ったサイロンは暴れ回り、どうにかそれを吐き出そうとしていた。
アギトはサイロンの激しい動きに・・・なかなか近付けないでいる。
あんなに暴れ回る巨体に近付きでもしたら、即死は免れないだろう。
大きな体に踏み潰されるか・・・、滅茶苦茶に振り回している尻尾で一撃死か・・・。
「だけど近付かなきゃ、あいつに一太刀浴びせることなんて出来ねぇし・・・。
それにあんまりもたもたしてっと・・・、あいつ本当に窒息死しかねねぇ・・・っ!!早く何とかしねぇと・・・っっ!!」
そう焦るアギトだが、サイロンはなおも激しくのたうち回っている。
サイロンの尻尾が大きな岩に激しく叩きつけられ、粉々に飛び散り・・・その破片がアギトのいる方まで降って来た。
「おわぁーーっっ!!」
破片と言ってもアギト位の人間サイズでいえば、落石に近い大きさだった。
逃げ回るアギトだが、破片のいくつかがアギトの背中や足に直撃する。
戦闘テロップには「アギト 300のダメージ HP2880」と表示された。
なんとか岩の後ろに隠れて、息を整える。
「おいおい・・・300のダメージって、数値高過ぎじゃねぇのかっ!?」
そうぼやいて、岩が直撃した足を見る。
だぶだぶのズボンが真っ赤な血でぐっちょりとなっており、その出血量にアギトは「げっ!」と驚いた。
血を見た途端に突然、足や背中がズキンズキンと激しく痛み出して悲鳴が出そうになる。
「くそ・・・っ、痛ぇ・・・っ!!
早く・・・足の方だけでも止血しねぇと・・・っ!!」
そう考えるも・・・、とてもじゃないが怪我をした方のズボンを裂いて患部を見る・・・なんていう勇気がなかった。
一体自分の足や背中はどんな風になっているのか、考えただけでも恐ろしい。
決闘が終わればすぐに回復魔法か何かで怪我を治してもらえると確信しているアギトは、雑菌が入ろうが化膿しようが今はどうでも
いいと考えて、とりあえずもう片方のズボンの裾を剣で器用に切り裂いて、血でべっとりしたズボンの上からしっかりと巻いた。
力を込めて締め上げたら、その激痛に思わず唸る。
何度も「くそぉっ!」と呟いて、半泣きになりながら・・・なんとかぎゅっとくくりつけた。
背中も痛い・・・が、・・・こっちは恐らく打ち身や打撲で済んでいるだろうと、無理矢理決めつけた。
激痛で気を失いそうになりながら、アギトはオルフェからある回復アイテムをもらっていたことを思い出す。
「そうだ・・・、こんな時の為にオルフェが・・・っ!!」
アギトは腰に下げていた布の袋から、回復アイテムとか言われてもらった物を取り出した。
オルフェが「気休め程度にしかならないが、ないよりはマシだろう」とくれた薬・・・。
それは傷口に塗るタイプの、薬草を煎じてペースト状にした・・・ただの塗り薬だった。
塗り薬だと・・・さっき死ぬ思いで止血したばかりの布きれを、またほどいて・・・しかも患部をモロに見ないといけない。
しかし、これで魔法をかけたように傷口が治ってHPも回復するのならば、背に腹は代えられなかった。
なにより・・・こんな激痛を伴った足で、サイロンに一太刀浴びせる程の動きなんて取れるはずもない。
自分にも、サイロンにも時間が残されていないということを念頭に、アギトは止血した布を再びほどく。
そしてズボンをめくり上げ・・・、出血のひどい傷口をモロに見てしまった。
ふくらはぎの部分の肉が裂けており・・・そこから大量に出血している。
かろうじて骨は見えていないが、それでも何針か縫わなければならない程の大怪我であることに変わりはない。
「うわ・・・、マジかよ・・・っ!!」
こんな傷口に塗り薬なんて・・・シャレにならないと思いながら、アギトは人差し指に薬をたっぷり取って、そして傷口に塗る。
「ぐあぁぁーーーっっ!!」
染みる・・・っ!熱い・・・っ!!
それに余りの激痛に、全身から汗がどっと噴き出る・・・。
激痛を必死にこらえて、患部にまんべんなく塗りたくったら・・・、血でべっとりとした布はもういいと・・・痛みによる勢いで
剣を使わず両手で裾を裂いて、綺麗な方の布きれで再び激痛に耐えながら包帯を巻くようにして、しっかりと結びつけた。
はぁ・・・はぁ・・・と、息を切らしながら戦闘テロップの方に目をやる。
「アギト 10回復 HP2890」
「気休めにもなんねぇよっっ!!つーかない方がマシだぁーーっっ!!!」
あれだけ必死に、死ぬ思いで傷の手当をしたにも関わらず、たった10しか回復していないことに激怒して薬を放り投げる。
考えてみれば、所詮ゲームはゲームだ・・・現実とは違う。
大体アップル●ミ食べたり、○ーション飲む程度で、怪我が一瞬で回復すると言う方が、どうかしている。
「あーー、現実って夢がねぇ!!
どうせならゲームに近い異世界に迷い込みたかった、こんちくしょーーっ!!」
そうグチをこぼしながら、怒りから激痛を忘れるように努めようとしたアギト。
足をひきずりながら、アギトはサイロンの方に目をやった。
「・・・・・・っ!!!」
サイロンはグラウンドの真ん中で倒れており、ぴくぴくと・・・、もはや限界寸前だった。
このままではヤバイ・・・、しかし同時にチャンスだと思ってアギトは片足をかばいながらサイロンの方に駆け寄った。
観客席の、国王が笑いながらアギト達の戦いぶりを見物していた。
「あの小僧、なかなかしぶといではないか。
しかし・・・いくらドラゴンの動きを封じたといっても・・・、あのドラゴンの皮膚は鋼よりも硬くできておる。
あんなどこにでも売っているような剣で、傷のひとつもつけること・・・かなわんだろう。」
国王の言葉に、ザナハが「えっ?」と振り向いた。
「お父様!?
確かあの時、一太刀でも浴びせたらって・・・。
傷を付けろとは・・・一言も言っていなかったわ・・・!?」
ザナハの言葉に、前列に座っていたリュート達は・・・後ろを振り向かず黙って会話を聞く。
その顔は皆・・・国王の言葉を疑う表情になっていた。
国王は鼻で笑い、ザナハに告げる。
「ザナハよ・・・、何を言葉遊びみたいなことを言っておる!?
一太刀浴びせるということは、傷を付けるという意味だろう。
傷も付けられないで、光の戦士の力を図ったことにはならんからな・・・!」
「・・・っ!!」
国王の言葉に少なからずショックを受けたザナハは、そのまま座り直し・・・舞台に視線を戻した。
リュート達もその言葉に、静かに怒りを感じながら・・・それから必死でアギトを応援した。
アギトは動かなくなったサイロンに近付き、ふらふらになりながら剣を両手に空高く振り上げて・・・ドラゴンの背中に向かって
振り下ろした!!
ガキィーーン!!という、生物を斬りつけたような音とは程遠い・・・、金属同士が打ち合ったような音を立てたが・・・その背中
には傷のひとつすら付いていなかった。
しかし一太刀は浴びせることが出来た・・・!!
アギトは司会者がいる方向に目をやって、試合終了のゴングが鳴るのを待った。
その視線に司会者も気付いたのか、マイクを手にゴングは鳴らさず・・・痛烈な言葉をアギトに浴びせる。
「アギト選手!!
国王陛下のお達しによりますと、ドラゴンへの一太刀・・・それはすなわちドラゴンに傷を付けるという意味になっていまして、 勝利するにはドラゴンの体に一つでも手傷を負わせること!これが条件となっていまーす!!ファイッッ!!」
その言葉を聞いて、アギトの顔色が変わる。
決闘前と言ってることが違う!!アギトはサイロンの方に向き直り、なおもがむしゃらに剣で斬りつけた!!
しかしさっきと手応えは全く変わらず、傷どころか・・・むしろアギトの剣の方が刃こぼれしそうな感触だった。
アギトは足をひきずり、サイロンの頭がある方へと向かった。
サイロンは大口を開けたまま、喉の奥からは白い物体が詰まっており・・・それ以上膨張はしていないが喉を塞ぐには十分な大きさ
まで成長していた。
口からは泡を吹き・・・、目もうつろになり・・・白眼をむいていた・・・!!
窒息寸前かもしれない・・・アギトの心臓は、どくんっと早鐘を打って・・・サイロンの死が頭をよぎった。
自分は炎系の魔法しか使えない、サイロンもきっとそうだろう。
冷気を与えなければ、この消火まんを収縮させることは出来ない・・・サイロンを救う手立てが、自分にはない。
「くそぉっ!!くそぉーーーっっ!!」
やけくそになりながら、サイロンの首、背中、・・・顔以外に剣を振りおろした。
もしかしたら目なら傷つくかもしれない・・・でも、もし目を傷付けて回復魔法で治せなかったらどうしようという頭があった。
「落ち着け・・・っ!!とにかく焦ってちゃ、うまく考えがまとまらねぇ・・・っ!!
どこかにあるはずだ、ドラゴンの体で・・・傷をつけられるような場所が!!」
頭を押さえながら必死に考えを巡らせる、その焦りが・・・アギトの激痛を忘れさせた。
アギトはドラゴンの体をひとつひとつ頭の中で想像し、消去法で探り出そうとした。
「・・・・・・っっ!!」
ふっ・・・と、アギトの中に・・・まるで何かが降りてきたような感覚が起きた。
一瞬で頭の中が冴えわたり、そして・・・見つけた。
ドラゴンの体で唯一、傷をつけられそうな場所が・・・!!
アギトは即座にサイロンの体をよじ登った、背中より足の激痛が耐え難かったが、痛みを押して必死に登る。
顔の部分が一番凹凸があったので、顔から登り・・・顔から首を進んで行って、背中に辿り着く。
サイロンの体はだらんとしていて全身の力が抜けていた。
アギトは上からサイロンを見下ろすような位置で、ふぅーっと息を吐き・・・深呼吸した。
「ドラゴンの体で唯一・・・、ここだけは硬くないはずだよなぁ・・・。」
そう囁いて、アギトは思いきり剣を振り下ろし・・・サイロンの翼の「帆」の部分を斬り付けた!!
翼の内側、帆の部分ならば・・・風を受けやすくする為に、硬度がそれ程高くはないはずだと、アギトは考えたのだ。
ザクッ・・・という耳ざわりな音と、・・・ぐちゅっという鈍い感触に寒気を感じながら、剣を引き抜いた。
剣には真っ赤な血がぬるりと付いていて・・・、サイロンの翼からもどくどくと真っ赤な血が流れ出た。
アギトは血の付いた剣を空高く突き上げて・・・、そして司会者のみならず会場中にそれが見えるように高々と掲げた。