第65話 「決闘1時間前」
ドラゴンとの決闘が始まる、約1時間前・・・。
サイロンは、付き人のハルヒ・・・イフォンを連れてレッドドラゴンが捕獲されているという場所へ案内されていた。
そこは暗く・・・回りから様々な魔物や動物が捕獲され、闘技場の見せ物にされる為に檻に閉じ込められていた。
そんな光景をサイロンは、まるで醜いものを見るかのように眉根を寄せて・・・ミラに案内されていた。
「ここにいる動物達は皆・・・戦いに強制参加される相手役かのう?」
明らかに嫌悪を抱いた口調で聞くサイロンに、ミラは口調を落として答えた。
「はい、我が国では定期的にトーナメント方式の試合が行なわれておりまして、屈強な戦士が現れた場合にはこのように魔物を出場
させることもあります。」
「ふん・・・、野蛮な人間がすることじゃな。」
それだけ言ってサイロンは早く妹が捕らわれている場所へと急かした。
一番奥に、一際大きな檻が見えて・・・サイロンは小走りに駆け寄った。
その中にはすっかり衰弱し、怯えきった真っ赤なドラゴンが小さく丸まって・・・震えていた。
大きさで言えば、ライオン位はあろうか・・・。
幼いドラゴンといっても体長でいえば、やはり人間よりは大きなサイズだった。
「メイロン!!」
そう名前を呼んで、サイロンは檻にしがみつくように・・・ほんの少しでも近づけるように、跪いて顔を覗き込んだ。
「待ってください、今すぐ鍵を開けますので。」
そう言ってミラは檻の鍵を開けようとしていた。
するとドラゴンはサイロンの言葉に気付いて、瞳を潤ませながら「キューン・・・」と小さく鳴いた。
「なんということじゃ・・・、こんなに弱って・・・、こんなに怯えて・・・っ!!
可哀相にのう・・・、今すぐに出してやるから安心せいよ!!」
ガチャリと鍵が開いて・・・、ミラが大きな鉄格子のような檻の扉を開けて、後ろへ下がった。
ミラに向かってイフォンが微笑みながら囁いた。
「すみませんがしばらくの間、席を外してもらえませんか?
大丈夫、逃げたりしませんから・・・。」
イフォンの表情を読むように、ミラは見据える。
ハルヒも・・・、手には子供の衣服を持っているのか・・・鋭く睨みながら、ミラを見ていた。
檻の中に駆け込んだサイロンが、丸くなったドラゴンを抱き抱えるように優しく撫でながら、名前を何度も呼んでいた。
その姿を見て・・・、ミラは小さく溜め息をつくと一言だけ注意した。
「わかりました。
では、私はこの扉の前で待っていますから・・・済みましたら声をかけてください。
・・・・・・すみません。」
ミラは謝罪した。
ミラ自身もこんな暴虐、望んでいるわけではない、あんな光景を見せられては・・・。
こつこつとたったひとつしかない扉へ向かい、そしてバタン・・・と扉を閉めた・・・、カギはかけずに。
ミラが出て行ったのを確認して、ハルヒも檻の中へと入って行く。
「さぁメイロン、今ツボを押さえて人型にするからのう。
少し苦しいかもしれんが・・・我慢するんじゃぞ?」
そう言ってサイロンはドラゴンの背中を見つめ、そして指であちこち突くようにツボを押さえて行った。
ハルヒは大きな布をドラゴンにかぶせて、その大きな体がだんだんと縮んでいくように・・・しゅ〜・・・っと小さくなっていく。
「メイロン様・・・、お可哀相に・・・っ!
どれだけ怖かったことか・・・。
こんな暗がりにある、こんな鉄格子の中に監禁されて・・・っ!しかもこんな凶暴な動物や魔物がたくさんいる室内に一緒に
閉じ込めるなど・・・っ!!
レムグランドの人間を・・・、オレは許すことが出来そうにありません・・・っ!!」
ハルヒが眉間にシワを寄せて、怒りが込み上げてくるのを・・・ただ体を震わせて耐えるしか出来ない自分を憎んでいた。
イフォンはハルヒのそんな姿を見て・・・、いつもは笑顔で糸目になっている瞳から、鋭い眼光がのぞいていた。
「人間なんてこんなモンだよ。
そんなの最初からわかりきったことじゃないか・・・、人間がどうしようもなく愚かだから・・・。
だから僕達は天涯孤独になった・・・、姉さんも殺された・・・。
自分達の手で・・・自ら滅びの道を歩んで行っていることも知らないで・・・、愚かで馬鹿な生き物だ・・・っ!」
静かな口調で、イフォンも怒りをあらわにした。
大きな布の上からメイロンの体を優しくなでてやるサイロンが、二人に顔を向けることなく・・・言葉をさえぎった。
「憎しみの心を抱いたとて、何の解決にもなりはせん・・・!
ハルヒ・・・それにイフォンよ、怒りで我を見失うでないぞ・・・!?
メイロンはこの通り無事だったのじゃ、今はそれで良しとしようではないか・・・、のう?」
そう二人に注意するサイロンの体は・・・、震えていた。
サイロンが最も愛する妹、メイロン・・・。
サイロンが全てを賭け、全てを投げだしてでも守り抜くと決意したメイロンを・・・。
人間に捕らえられ、鉄格子に閉じ込められ・・・、これ以上ない恐怖を与えられ・・・、これ以上の怒りはない・・・。
大きな布の中から、小さくふくらんだ部分がぴくっと動く。
ハルヒは急ぎ、用意した子供用の衣服を手に・・・布の中から現われた小さな白い手を取った。
「兄様ぁ・・・、怖かった・・・っ!!」
布の中から聞こえた、幼く・・・つたない言葉遣いで、メイロンが一言そう言った。
サイロンが、その小さな手を取り・・・泣きそうな表情になって、メイロンに優しく声をかける。
「そうじゃろうのう・・・、すまんかった。
余が里を留守にしている間にこんなことになっておったとは・・・っ!!
怖かったじゃろう、寂しかったじゃろう!?
だがもう安心せい、今ここにはメイロンの味方しかおらん!!誰にもお前を傷つけさせはせんからのう!?」
サイロンの言葉を聞いて安心したのか、布の中から真っ赤な頭が現れた。
髪は膝まであろうかという位に長く、真っ赤な髪・・・。
頭にはサイロンのように鹿の角のようなものが生えており、金色の瞳をした三白眼、口元は三角形のように尖らせていた。
見た目で言えば10歳位で、まるでサイロンをそのまま小さくしたように、瓜二つだった。
ドラゴン状態から人間の姿に変わったので、何も身に纏っておらず・・・全裸だった。
ハルヒがメイロンをゆっくりと立たせて、服を着せていく。
子供用のチャイナ服だった。
メイロンが着替えている間、サイロンは愛おしそうに見つめながら、胸の奥に湧き上がる怒りを感じていた。
「おのれ人間め・・・、純粋な我が妹をこのような目に・・・っ!!
憎んでも、憎み足りんのう・・・、龍神族の里を侵してまでのこの罪・・・っ!!」
そうサイロンが言いかけた時、メイロンがもぞもぞと上半身の服を着るのに手こずって、もたもたとした口調で反論した。
「違うヨ兄様!!
わらわは里にいなかった!!」
ハタと・・・サイロンの目が点になる。
「はて?・・・どういう意味じゃ?」
扇子で顔を扇いで、訊ねる。
「わらわはいなくなった兄様を探しに旅に出たヨ!
レイラインの使い方よくわからなかったネ・・・、面倒臭いからドラゴン化して飛んで探したヨ!!
そしたら人間見つけて、道を尋ねたアル。
お菓子くれる言ってついて行ったら、こうなったネ!!」
ぼーーーーーん・・・。
メイロンにきちんと服を着せて、布をたたんでしまうハルヒ・・・しかしその顔は、ひきつっていた。
イフォンも、糸目に戻り・・・ぼーーっとした顔で、何も聞こえていないフリをした。
「メイロン・・・、余が何度も言った言葉、覚えておるか!?」
そう聞かれ、メイロンは右手をハイッと高く挙げて、元気よく答えた。
「知らない人間、ついていったらダメ言ってたヨ!!」
「それじゃどーーして、道を尋ねた人間について行ったのじゃっ!?」
そう聞かれ、メイロンはうーーーんと上を見つめながら考えた。
人差し指を三角形の口元に当てて、首を右に、左に、交互に動かしながら・・・やがて。
「その人、名前名乗ったネ!!
メイロンも名乗った、知らない人じゃなくなったヨ!!」
がっくりと肩を落とし、サイロンはだぁーっと流れる涙を拭って、ゆっくりと丁寧に再度教えてやる。
「あのなメイロン?
名前を名乗り合っただけではダメなのじゃ・・・、その人が良い人なのか、悪い人なのか、まだわからんじゃろうが。」
サイロンの言葉がまだわからないのか、ぶーっと口を尖らせて、反論した。
「お菓子くれる言うたヨ!!お菓子タダでくれるの良い人だと思ったネ!!人間は極悪非道アル!!」
まぁ・・・とりあえずはその判断で良しとしたのか、それ以上追及することも、注意することもサイロンは諦めた。
メイロンはハルヒと手をつなぎ、檻だらけの部屋を出た。
扉の前に待ち構えていたミラがちらりと目をやり、少し驚いた表情に変わった。
「その子が・・・、さっきの・・・!?」
「余の妹、メイロンじゃ。」
そう紹介するも、すっかり人間不信に陥ったのか、ハルヒの後ろへと隠れてしまう。
(・・・ものすごくそっくり)
心に浮かんだ言葉は飲み込み、ミラは代わりのドラゴンをどうするのかを尋ねた。
しかしサイロンは、企み笑いを浮かべるだけで・・・詳細を話すことはなかった。
その態度は、洋館にあった応接室で取引を交わした時と・・・全く同じ態度だった。
ミラは仕方無く、きちんと約束は果たしてもらうことを条件に、彼らを解放した。
ハルヒとイフォンは人間がたくさん集まる場所にメイロンを連れて行くのはどうかと思い、宿へ戻ろうとした。
しかしメイロンが、サイロンの側を離れたくないと言って聞かないので・・・結局、会場へ連れて行くしかなかった。
人間の姿をしていれば、恐らく大丈夫だろう・・・それに今度は自分達がついているのだから、もう怖い目に遭わせることなど
二度とさせやしない・・・と、ハルヒ自らサイロンに申し出て、許可された。
ハルヒやイフォンがいなければ、自分がドラゴン化して・・・再び戻った時に、観衆の面前で全裸になってしまうからだ。
戻る寸前に、二人に回収してもらい・・・服を用意させなければいけなかった。
そして決闘の時間は迫った。
サイロンは、一人・・・決闘の場となる舞台へと歩を進める。
光の戦士との戦い・・・、この戦いで再び人間共にドラゴンの恐ろしさを見せつけてやると・・・今、決めた。