第64話 「ドラゴン対決」
遂に光の戦士とドラゴンとの対決が始まろうとしていた。
アギトは観客の前に出て、紹介される為に袖の方で準備していた。
外からはものすごい歓声が聞こえてくる、おそらくよほど注目されているのか・・・まるで首都にいた人間全てがここに集結したような熱気である。
リュート達は一応関係者ということで、国王やザナハが座る観客席のすぐ下に席を設けられていた。
後ろを振り向くと、相変わらず笑みのひとつも浮かべていない国王に、浮かない表情のザナハ、そして腕を組んで見据えるアシュレイの姿がそこにはあった。
「ああして王族が並んでいるところを見たのは・・・、何年ぶりでしょうか。」
ふとオルフェがそんなことを言った。
その眼差しは、・・・何かを考えながらじっとアシュレイを見つめているようだった。
そして突然、会場内が割れるように・・・大きな歓声が全体を揺るがした。
驚いたリュートは、すぐに正面に向き直り・・・そして決闘の舞台となるグラウンドに目をやった。
そこはドラゴンとの対決の為に、本来なら石畳などが敷かれていたようだが、今は特別仕様ということでその上から土や岩が
敷き詰められて、まるで荒野か・・・荒れた山を思わせるような作りに仕上がっていた。
そこへ司会者らしき人物が出てきて、観客にお辞儀をする。
「それでは皆様、長らくお待たせいたしました!!
我らがレムグランドの希望の光、光の神子ザナハ姫と共にこの世界を安寧の地へ導く使命を持って現れた・・・!!
異界より来たりし、光の戦士・・・アギトーーーーっっ!!!」
ワァァァァーーーーーっっと、観客のテンションは最高潮に達して、アギトが現れた途端に割れるような拍手が一斉になった。
・・・やがて、グラウンドに現れたアギトを目で確認し始めた観客の拍手が・・・だんだんと小さくなっていく。
そしてざわざわと・・・、異様な空気が流れていった。
「え・・・っ?あのちっこいのが光の戦士・・・!?」
「うそ・・・、うちの息子より小さいわ!?」
「やだーーー、カワイーーー!!」
くすくすと・・・、色んな意味を含んだ笑いが会場を包んだ。
リュートがアギトの方に目をやると、あ・・・プルプル震えてる・・・!
アギトの仲間達は、観客の笑いを聞いてものすごくアギトが可哀相に思えてきた。
「アギト・・・、その怒りをドラゴンにぶつけて勝利するんだぞ・・・。」
ジャックの励ましは、その言葉の通り・・・観客に向けてキレるな・・と、そう言っていた。
リュートはちらりと横目で、王族組に目をやった・・・。
(笑ってない・・・っ!!誰一人として笑ってないよっ!!)
そしてすぐに正面に向き直って、両手を組んで・・・神に祈る仕草をした。
「アギト・・・気持ちはわかるけど、ここは我慢だからねっ!!?」
そう祈るのもつかの間、司会者は観客の笑いをものともせずに進行していった。
「皆様驚くことなかれ、ここにいる光の戦士アギトは確かに皆様が想像していた戦士のイメージとはあまりにもかけ離れているかも しれません!!
特に身長の辺りは・・・!!」
そう言って、観客は一斉に大声で大爆笑した。
司会者の悪ノリに、リュート達は心の中で「余計なこと言うなよ司会者!!」と、叫んでいた。
アギトの方もひくひくと笑いがひきつっており、その顔は明らかに怒りを一生懸命抑え込んでいる・・・という風だ。
「ここにいる光の戦士は、なんとレムグランドでも誉れ高い英雄・・・全ての女性を魅了する眉目秀麗な魔術の天才!!
ディオルフェイサ・グリム大佐の元で修行を積んだ、実力者でーーーーっす!!」
きゃあーーーっと、女性陣の黄色い声援が・・・オルフェ一人に向けられていた。
オルフェは完全な作り笑いで、片手を振って・・・適当に挨拶していた。
「私が主役ではないんですけどねぇ・・・、まぁこれも人徳と実力の差というやつですか。」
何も知らない女性の観客達は幸せ者だ・・・と、その場にいたオルフェを知る者たちは心の中で呟いていた。
そして乾いた笑いをもらしながら、再びグラウンドの方に注目した。
すると、司会者が何やらアギトに話しかけている様子だ。
「あの・・・、すみませんが戦闘テロップの方を表示して観客にもわかりやすく解説したいんですけど・・・。
何やらプロテクトがかかっているようなんですが、それ・・・解いてもらえないでしょうか?」
司会者がマイクに手を当てて観客に聞こえないように、小声でアギトに聞いた。
アギトは完全に笑いがひきつっていて、司会者の方を睨みながら答える。
「ドラゴンとの戦闘が始まったら解くことになってるから、・・・いいからさっさと進行しろよ。」
口調は完全に怒りを押し殺していた。
そんなアギトの態度を全く介せず、司会者は「そうですか」と一言もらして、仕方無く進行続行した。
「失礼いたしました。
ただいま戦士の戦闘テロップは未表示となっておりますが、ドラゴンとの決闘が始まり次第解除されるそうです。
これは期待が高まります、では・・・早速対戦相手に登場していただきましょう・・・!!」
司会者の号令に、突然辺りが静まった。
遂にドラゴン登場ということで、会場全体が緊張と恐怖に包まれる。
リュート達も、ごくりと唾を飲んだ。
すると・・・、アギトが出てきた場所とは真向かいの出入り口から・・・一人の男が姿を現した。
片手には扇子を持ち、上質な生地で出来たチャイナ服に身を包んだ赤い髪の男。
こめかみから後頭部にかけて、鹿の角のようなものが生えている。
「待たせたのう、皆の者よ・・・。
余が光の戦士の対戦相手、龍神族の次期族長・・・サイロンじゃ!!」
会場中がざわざわとざわめきだす、それもそのはず・・・発表されていた内容では対戦相手はレッドドラゴンのはずだった。
しかしそこに現れたのは、一人の優男・・・ドラゴンの姿なんてどこにも見当たらなかったからだ。
さすがの国王も、サイロンの登場に動揺・・・いや、怒りが隠せなかった。
「どういうことだ!?
我が配下の捕獲したレッドドラゴンの代わりに、最強と謳われる成龍を連れてくるはずだぞ・・・っ!!
どうせ手配するのに間に合わなかったと見えるが・・・、それならば先程の交渉は撤回だっ!
至急レッドドラゴンを連れ戻し、会場に引きずり出せっ!!」
両サイドに控えていた鎧の兵士にそう命令する国王、しかしそれをポーカーフェイスのままのアシュレイが制止した。
「待てよ親父、そう焦ることはない。
これはこれでなかなか面白い決闘になるかもしれんぜ?」
アシュレイの言葉に、ぴくりとなるが・・・一度ならず二度までも息子の言いなりになるのは不服と見たか、アシュレイを睨みつけ
威嚇した。
「黙れアシュレイ、お前とて国王命令に逆らうことは許さぬぞ!」
怒り心頭の国王に、オルフェが立ちあがり・・・恭しくお辞儀をして、国王をなだめた。
「陛下、しばし様子をうかがってはいかがでしょうか?
仮に他のドラゴンが用意出来なかったとあらば、私自ら出向きドラゴンを捕獲して参ります。
今は若君の器量がいかなるものか・・・、ひとつその手前を拝見しては!?」
オルフェの言葉に国王は図るような眼差しで、「仕方無い」・・・という風に、先程の兵士に向かって「もうよい」と一言言って、座った。
にっこりと微笑んだオルフェは一礼して、席に着いた。
一触即発・・・、リュートはほっと一息ついて・・・再びグラウンドの方へ目をやった。
この席は心臓に悪い、アギトは心配だし、ザナハも心配、オルフェの態度に、国王の威圧感、そしてアシュレイの存在。
リュートは始終ドキドキしっぱなしで、あちこちに神経がいっていた。
グラウンドに姿を現したサイロンが、司会者に目で合図して・・・自分を紹介しろと促した。
司会者もある程度は話を聞いていたがまさか人間が現れるとは思っておらず、最初戸惑ったがすぐに気を取り直した。
「え〜・・・、皆様・・・大変驚きを隠せないことと思いますが・・・、当初レッドドラゴンの予定としておりましたが、
手配側のミスにより対戦相手の変更が急きょございました。
そこで審議の結果、幼いレッドドラゴンの代わりに・・・最強という名に自信を誇る別の成龍が交代するはずだったのですが。
どうやら・・・光の戦士と対戦するのは、こちらにおわす龍神族の青年・・・ということになりますが。」
司会者の説明に、当然観客は納得がいかず観客席から、色んな物が投げられ、飛んできた。
「話が違うぞーーーっ!!」
「オレ達はドラゴンを見に来たようなモンだぞ、こらぁーーっ!!」
「ドーラーゴン!!ドーラーゴン!!」
会場中からドラゴンコールが繰り返された。
完全に光の戦士よりも、ドラゴンが目当てというのがハッキリしたアギトは、なおも屈辱に耐えていた。
サイロンは会場中の空気など全く相手にしていないのか、更に司会者を促した。
「え・・・?え〜・・・、それでは対戦相手のサイロン氏の戦闘テロップですが・・・。」
そう言って司会者はサイロンの側にある、うねうねと動く白い文字に目をやった。
「えっと・・・、サイロン氏のレベルは・・・52、HP2850 MP380・・・、えっ!?・・・微妙ですっ!!」
更に観客からブーイングの嵐・・・。
アギトも呆れてものが言えない・・・、というより本当にサイロンを相手に戦うのか!?と、その顔は不満そうだった。
「そんなことよりも、さっさと試合開始の合図を出さんか!!
余はゴングの音を聞かんと闘争心が高鳴らんのじゃからのう!!」
そう言われ、司会者は困ったように・・・国王の方に目をやった。
国王も心の底から不満と怒りに溢れていたが、仕方無く試合開始を促すように首を縦に振って合図した。
「そ・・・それでは、試合開始でーーーっす!!レディーーーーーゴッ!!」
そう叫んで、ブーイングの嵐の中・・・司会者は逃げるようにグラウンドの隅っこの安全圏内に移動した。
カーーーーン、と会場中に甲高く響き渡るゴングの音に・・・遂に決闘が始まった。
アギトは頭をぼりぼりとかきながら、片足を放り出してサイロンに一応聞く。
「あのさー、本当にオレと戦う気か!?
せっかくオルフェから対ドラゴン戦の攻略法を、死ぬ気で習得したってぇーのに。」
アギトの言葉にも全く動じず、サイロンは扇子をびしぃっと突きつけてアギトに進言する。
「そんなことより、ほれ!
さっさと戦闘テロップを表示させんか、ここは戦いの場といっても死闘という名の戦場ではない。
観客にもわかりやすいように、司会者が説明や解説の為に参考にするんじゃからのう。」
そう促され、アギトは遂にやれやれ・・・と腹をくくって、両手を組んで・・・まるで忍法でも発動させるような仕草をした。
オルフェから教えられたプロテクト魔法の解除呪文。
「・・・プロテクト解除、ディスペル!!」
ふわ・・・っと、アギトの全身から緑色の光が取り巻いて・・・上空に向かって消えていった。
リュートはそれを見て驚いた。
「え・・・、アギトってかけられた魔法を解除する、呪文を使えるんですかっ!?」
「いいえ、基本的にアギトの能力は私同様、回復や補助系の魔法が一切使えません。
しかしあれは魔法薬や魔法陣の力でプロテクトしたものですから、今の解除魔法はいわば・・・魔法薬の効果を消す合言葉
のようなものなんですよ。」
オルフェがそう付け加えた。
リュートは試合が始まった緊張感で、オルフェの説明の半分以上を理解できたわけではないが、これでようやくアギトの
レベルがハッキリすることだけは理解できた。
司会者が観客に説明する為に、アギトの横に浮かび上がった文字を読み上げる。
「え〜・・・っ、光の戦士アギトのレベルは・・・38、HP3180、MP150・・・。
えぇっ!?微妙っ!!
うわビックリ、微妙・・っ、微妙です!!てゆうか微妙なレベル対決で、アギト選手・・・サイロン氏を大きくリード!!」
観客席からまたしてもブーイングが飛び交い、更に色んなゴミなどが投げ込まれた。
しかし、その反応はリュート達も同じだった。
「え・・・っ、38って・・・えぇっ!?
ちょっ・・・大佐!?レベル38って、どういうことですか!?この世界ではレベル38でドラゴンに匹敵するんですか!?
ってゆうより、あんだけもったいつけたアギトの自信たっぷりな態度って、今思い出したらものすごく恥ずかしいんですけど!」
思っていたより低かったレベルに、リュートはオルフェに向かってどういうことなのか説明を求めた。
オルフェはメガネの位置を直しながら、その問いに答える・・・いつものオートスマイルで。
「確かにレベルで言えば、めちゃくちゃ低いですね。
しかし・・・何もドラゴンと戦うのに馬鹿正直に真正面から立ち向かう、命知らずな人間なんていませんよ。
たかが半年足らずでドラゴンと匹敵する強さを身につけられるような・・・そんな知れた力なら、最初からドラゴンが
世界最強なんて謳われることなんてありません。
どれだけ修行しても、どれだけ血の滲むような努力をしても、生物史上最強と謳われるドラゴンとの間には、決して越えられぬ
壁・・・、格の違いがあります。」
オルフェが淡々と、現実を説明した。
「それじゃ・・・アギトはなんであんなに自信たっぷりにドラゴンを倒す気満々でいたんですか!?
そのこともアギトには話さなかったんですか!?」
「ある程度はオブラートに包みながら説明しましたよ?
あまり絶望的な内容ばかりを先に話してしまっても、修行に身が入らなくなってしまいますからね。
ですから・・・、アギトにはドラゴンにレベルで勝つ方法ではなく、やり方次第でいくらでも戦局が見つけられることを叩き
込みました。
いわば・・・ドラゴン必勝法、というやつですかね!?」
そう言って、笑顔満面に人差し指を立てながら・・・オルフェはアギトの勝利を確信してるような口ぶりだった。
リュートは満悦に微笑むオルフェに、本当に大丈夫なんだろうかという不安を拭い去れないまま、グラウンドに目をやる。
アギトは拍子抜けした・・・という態度で、とりあえず腰の剣を抜いて構えた。
サイロンはそれを見て、楽しそうに微笑む。
「では・・・、こちらも戦闘モードといこうかのう!!」
そう叫んで・・・サイロンは扇子を腰の帯に差して・・・両足を肩幅くらいに広げ、構えた。
「・・・・・ん!?」
何が起こるかわからないアギトは、サイロンの行動に見入っていた。
ごごごごっ・・・と、サイロンの回りから異様な空気がうごめきだして、サイロンのマナが急激に高まっていくのがわかる。
ぽつぽつと真っ赤な顔をして踏ん張るサイロンの額から、血管が浮き出る。
「龍神族の殆どは体内のマナを目でとらえることが出来る・・・、お主は失神していたから知らぬだろうがな。
そしてその体内に無数にあるマナのツボを正確に刺激することによって、更にマナを高めたりすることが可能なのじゃ!
龍神族はそのツボを刺激して、マナ循環を最大限に活性化させることにより・・・本来の姿を取り戻す・・・。」
そう言いながら、サイロンの体がみるみる変貌していくのが・・・ハッキリとわかる。
せっかくの上質な生地が裂け、そこから見えた皮膚はもはや人間のものではなかった。
どんどん巨大化していくサイロンの姿に・・・、アギトは驚愕し・・・後ろに後ずさって行く。
「こ・・・これはっ、一体どういうことでしょうかっ!?
サイロン氏の肉体が・・・、どんどんドラゴンの姿へと変わっていきます!!す・・・すごい!!
皆さんご覧いただいているでしょうか!?ドラゴン・・・、ドラゴンです!!
正真正銘、誰が何と言おうと・・・本物の成龍、巨大なドラゴンが今・・・目の前にその恐ろしい姿を現しております!!」
興奮する司会者の言葉に、会場中が・・・サイロンの変わり果てた姿に、全員言葉をなくしていた。
アギトの目の前に現れた巨大なファイアドラゴン、朱色の肌はごつごつとした皮膚をしており、太くて長い尻尾。
一振りしてすぐ側にあった岩が粉々に砕ける破壊力、大きな翼をばさりと仰げば、突風のような勢いで飛ばされそうになる。
グルルル・・・と、ノドを鳴らしてアギトを見据えるその目は・・・わずかにサイロンの面影があった。
そして司会者は、ドラゴン化したサイロンの横にある戦闘テロップを読み上げた。
「ファイアドラゴン、レベル・・・150、HP9999、MP999・・・っ!!
最強っ!!まさに最強です!!こんなテロップ今まで見たことがありませーーーんっ!!
闘技場の司会をずっとしてきましたが、こんな戦闘テロップは今の今まで読み上げたことがありませーーーーーんっ!!」
「勝てるかぁボケーーーーーーーっっ!!!!」
ドラゴン化したサイロンのレベルを聞いて、アギトは真っ先に自分の死をイメージさせられた。