第63話 「決闘前の迷い」
アギト達は真昼までしばらくジャックの部屋に待機していた。
アギトはザナハに叩かれた頬をさすりながら、まだ納得いかない表情で黙りこくっていた。
リュートもそれを横目で見ては、アギトのことを気にかけていた。
いつも暴力的で・・・って言ったらザナハに怒られるかもしれないが、そんなザナハが握り拳ではなく平手打ちで叩いた。
そんな小さなことにリュートは気づいていた、恐らくあれは本気でアギトに対して怒りのまま感情をぶつけたわけではない。
多分・・・あくまで推測に過ぎないが、ザナハは本気でアギトのことを心配していたんじゃないかと思った。
そして、自分の兄がアギトを本当に殺してしまうんじゃないかと・・・、それが怖かったんだと・・・。
しかし今のリュートにはザナハに励ましの言葉も、慰めの言葉も、かけに行くことが許されない。
ザナハは仮にもこの国の姫という身分だ、きっとザナハがいる周辺には屈強な護衛の兵士が見張っていて近づくことすら出来ない
だろう。
何もしてやれない自分の無力さに、リュートは情けなくなった。
そんな時、話題を変えようとしたジャックが、突然みんなに話しかけた。
「とにかくアギトはドラゴンとの対決に集中しないとな・・・。
ドルチェ、サイロンが言う最強のドラゴンっていったら・・・どんなドラゴンになるんだ?」
そう聞かれてドルチェは、すぐさま答えた。
「龍族最強のドラゴンは、代表的なところでいえば・・・3体。
1体は、現族長であるゴールドドラゴンのパイロン。全てにおいての能力値がMAXに近い。」
「・・・それはないよな。
わざわざこんな余興に、いくらサイロンの頼みがあったとしても族長が出てくるはずがない・・・。
ゴールドドラゴンが出てくることは、まずない・・・な。」
続けてドルチェが答える。
「2体目は、次期族長であるファイアドラゴンのサイロン。炎系の生物で言えば大佐に匹敵する程に、最強・・・。
・・・馬鹿なのが玉に瑕。」
全員が大笑いした・・・が、ドラゴンの話をしているのにことごとく龍神族の名前が出てきて、複雑になってくる。
「3体目は、ご意見番であるエンシェントドラゴン。IQが非常に高く、世界の理であり・・・叡智の象徴。」
恐らくこれもない・・・と全員が思った。
「多分、サイロンさんにとって連れて来やすいドラゴンにすると思うんだけど・・・?
まさか身分的にもトップクラスのドラゴンを、連れてくるとは思えないし・・・。」
リュートがそう言うと、更にドルチェは考えて・・・思い付く限りのドラゴンの名を口にした。
「大空を支配するワイバーン、上空高く舞い上がり・・・とても素早く、口から炎を吐いてくる。
大地の破壊者であるブラックドラゴン、巨体でありながらその俊敏な動き、絶大な破壊力を持つ尻尾に注意が必要。
万能タイプのシルバードラゴン、普段は穏やかだが同族の危機は決して許さない、最もバランスの取れた戦闘能力を持つ。」
次々と色んなタイプのドラゴンが出てきて、なんだか聞かなければよかったと・・・後悔し始めた。
あのサイロンのことだ・・・、きっと空気を読まずに全員がドン引きするようなドラゴンを連れてくるに違いない・・・。
「はぁ〜・・・、ついでにサイロンからどんな種類のドラゴンを連れてくるのか聞いておけばよかったなぁ。」
頭をかいて、深い溜め息をつく・・・。
ジャックはなんとかアギトにアドバイスがしたかったのか、役に立てない自分に・・・困ったような表情になっていた。
「・・・サイロンさんの性格なら、聞いても答えてもらえなかったと思うけどね。」
アギトがいなかった応接室での取引でも、サイロン自身が言っていたことだ。
先に話してしまってはつまらない、楽しみに待っていろ・・・と。
あの言葉は恐らく・・・、絶対空気が読めていない!・・・と、リュートは確信して頭を悩ませた。
「それよりもアギト?
アギトは大佐から一体どんな修行してもらったの?聞いても全然話してくんないし。
どれ位の実力を身に付けたのかわからないと、僕達もアドバイスのしようがないからさ・・・。」
ふいに話題を振られて、アギトはまるで聞いていなかったという風に、えっ?と顔を上げた。
「戦闘テロップが見れなくなる、プロテクトの魔法がかかってるってミラさんから聞いたよ?
そこまでもったいぶることないじゃないか・・・。」
「あぁ・・・、オルフェのやつが本番まで隠しとけって言うからさ・・・。」
これだけ話題を振っても、心ここにあらず・・・といった様子だ。
さすがに困ったリュートは、思い切ってぶっちゃけた。
「ザナハ姫のことはそんなに気にする必要ないんじゃない?」
突然リュートが核心をつくような話題をぶり返して、ジャックが驚く。
アギトも・・・ぴくりと明らかに反応していた。
「僕はアギトのしたことが間違ってるとは思ってないよ、むしろアギトが言わなかったら僕が言ってたかもしれなかったし。」
それは・・・虚勢だった。
あの時は叫びたくても、叫べなかった。
体が動かなかったし、見事にタイミングを外していた・・・、アギトが言わなかったとしても、本当に出ていけたかどうか・・・。
それでもアギトの迷いを振り払うには、こう言うしかない・・・リュートはそう信じた。
「ザナハだってさ、アギトのことが本当に心配だったんだよ。
だってアシュレイ殿下は・・・自分のお兄さんなんだよ?あの時・・・本当にツラかったのは誰だと思う?
もし本当にアシュレイ殿下がアギトに傷を負わせていたら・・・、自分のお兄さんが傷つけたことになる・・・。
ザナハにとって・・・お兄さんも、アギトも・・・、どっちも大切だから・・・ああするしかなかったんだよ。」
慰めながら・・・、なぜだろう・・・少しだけ胸がちくりと痛んだ・・・。
ザナハがアギトのことを大切だと、アギトにそう言ってやる度に・・・ノドの奥が痛くなる・・・。
おかしな自分だ・・・、親友を慰めて自分が傷つくなんて・・・。
リュートは複雑な気持ちに駆られながらも、アギトの肩に手を置いて・・・精一杯、元気が戻るように言葉をかけた。
「アギトはザナハに・・・、自分が光の戦士だと認めてやるんだって・・・言ってたじゃないか!!
これはそのチャンスだよ・・・ついでにあの国王にも、アシュレイ殿下にも!!
自分がこの世界を救う光の戦士だ!!って、いつものようにアピールしなよ・・・、それが僕の知ってるアギトでしょ!?」
そう言って、リュートは笑顔を見せる。
精一杯・・・アギトがいつもの調子を取り戻せるように、笑顔を作る・・・。
アギトはようやく、ふっ・・・と自嘲気味に笑って、そして・・・顔を再び上げた時には、いつもの自信に満ちた笑顔に
なっていた。
それを見て、リュートはほっとする・・・、だがこれは本心からだ。
「オレってば何を気にしてたんだか!!
そうだよな、あのゴリラ姫に殴られることなんざ今に始まったことじゃねぇし!!
いよーーーっし!!元気復活、戦闘する気満々だぜぃ!!
見てろよみんな!!オレがどんだけあの陰険メガネに地獄を見せられたか・・・っ!!
それをドラゴンとの決闘で、存分に見せてやるからなぁっ!!」
拳を上に突き上げて、アギトは自分の志気を高めた。
それを聞いて、ジャックもドルチェも、そしてリュートも安心した。
しかし、一体どんな修行をしたのか、させられたのか、それにどれだけ強くなったのか、どんな技を覚えたのか・・・!?
それはいまだに全く謎のままだった。
だがオルフェがアギトの戦闘テロップを隠すところや、アギトがこれだけ自信満々に言い放つところから見て、相当レベルが
上がったのだと・・・思うしかない。
レベルでいうとどれ位アップしたのかが、リュートは気になった。
リュートは現在、この首都に到着するまでに更に少しだけレベルが上がり、レベル20にまで到達していた。
数日でここまでレベルを上げたのだ、半年分だと・・・一体どれ程のものなのか・・・!?
ドラゴン相手にもこれだけ自信を持っているのだから、恐らくレベル50以上になっているのか!?と推測した。
そうなったら、アギトに並ぶどころの問題ではない・・・追いつくには今度は自分にも龍玉を売ってもらわなければ・・・。
やがて、時計の針は刻一刻と昼に近付いていた。
ドアをノックする音が聞こえ、開けたらミラが立っており、全員を・・・アギトを会場に連れに来た。
「準備はいいですか?」と、ミラが確認の為にアギトに聞いた。
アギトはいつものだらっとした服装に、胸元には銀色のプレート、腕には丈夫ななめし皮の籠手、腰には両刃のソード。
ひとつひとつチェックするかのようにアギトは自分の全身を見て、やがて返事した。
「あぁ、いいぜ!!そんじゃ行こっか!!」
アギトの迷いのない覇気のある返事に、ミラは笑顔になり・・・全員を連れて、そしてドラゴンとの決闘が行なわれる闘技場まで
案内することになった。
緊張してないと言えば、嘘になる・・・。
心臓なんかさっきからものすごいドキドキしていて、飛び出しそうだ。
なんたって、今までゲームとか・・・マンガや映画でしか見たことがない伝説上のドラゴンと、1対1で戦うって言うんだから。
それがどれだけ大きなドラゴンか・・・目の前にしたことがないから、想像なんて出来ない。
どれだけ早いか、どれだけ強いか、口から火を吐くなんて・・・本当に避けられるのか・・・そんなことが頭の中をぐるぐる駆け巡ってばかりだ・・・。
でもやるしかない・・・!!
あの横暴な国王を始め・・・、その息子のクソ王子に・・・目にもの見せてやるんだ!!
大丈夫・・・、オルフェとの修行は絶対無駄に終わりなんてしない。
あの・・・なんでも計算ずくで、戦闘のプロであるオルフェからドラゴン必勝の方法を伝授されたんだ・・・っ!!
オレは・・・、ぜってぇーーーに、勝つっっ!!
時計の針は真上を指し・・・、遂に・・・ドラゴンとの対決が、幕を開けることとなった。