第61話 「謁見」
リュート達は結局、洋館にいる時とたいして変わらないことしか出来なかった。
王宮の中だったので常にミラと一緒に行動しなければならなかったし、もし単独で城内をうろうろしようものなら即刻、城内を巡回している兵士に呼びとめられる。
謁見の間に入れないことは勿論、王族の私室近辺は完全に立入禁止区域となっていた。
よってリュート達の出入りが許可された場所はミラの付き添い必須で、大浴場、食堂、教会などの施設・・・その程度だった。
首都に到着したのが夕方ということもあり、城内ではすでに夜間扱いになっていた為、城内を見学することも出来なかった。
結局・・・リュートはみんなと食事して、お風呂に入って、用意された部屋で休むだけだった。
部屋はアギトとの相部屋だ。
筋肉痛がもう少しでおさまるのか・・・、アギトに元気が戻ってきていた。
暴れたり走り回ったりは出来ないみたいだが、歩いたり座ったり・・・大人しくする分には支障がないようだ。
「さすがお城にある客間って言うだけあって豪華だよなぁ!!VIPルームみてぇじゃん!!」
アギトはベッドに座りながら部屋中を見回していた。
リュートは落ち着きの無い感じで、そわそわしている。
「明日には王様と謁見しなくちゃいけないんだよね・・・、緊張するなぁ。」
「そっか?オレ達は世界を救う勇者みたいなもんなんだから、堂々としとけばいいんだよ!!」
その王様にドラゴン対決されそうになっているのは、どこの誰だろう・・・というツッコミは止めておいた。
折角アギトが明日の決闘で緊張せず、楽しそうにしているのに・・・そこに水を差すのは良くないと思ったからだ。
それに・・・ドラゴン対決での八百長試合のセッティングをすると言っていた、肝心のサイロン達は無事に首都に到着しているの
だろうか?
あれから一向に何の連絡もないから、だんだんと不安が増していってた。
サイロンは決闘に関しては全部任せておけと笑顔で言っていた、自分達はその言葉を信じる他ない。
しかし首都に入っても、城内で多少きょろきょろしたけど・・・それらしい人物は一人も見当たらなかった。
サイロンのあのチャイナ服は、遠くからでもよく目立つ・・・、見逃すなんてことはまずないだろう。
うだうだ考えていても仕方ないか・・・と、リュートはアギトを激励した。
「とにかく明日は頑張ってよね、アギト!!修行の成果をみんなに見せるチャンスでもあるからさ!!」
そう気軽に言ったはずなのに・・・、アギトはものすごく神妙な面持ちになって・・・声を落とした。
「何ノンキなこと言ってんだよ、明日は死ぬ気で頑張るに決まってんじゃねぇか!
オレだけじゃねぇ・・・お前の命だってかかってんのに負けるわけにはいかねぇだろ・・・。」
真剣な表情で向かい合って・・・、アギトと自分との間に奇妙な温度差があるのに気が付く。
「・・・え?どうしたの、そんな突然マジになって・・・?」
するとアギトの表情に怒りとは言い難い・・・、複雑な表情になってなおも真剣な口調で言い返す。
「お前、自分が処刑されるかもしれないってのに・・・っ!
ハッ!・・・そうか、それだけオレの力を信じてくれてるってことか・・・。
オレってダメだな・・・いっつもお前の気持ちをわかってなくて・・・、お前がそうやって笑顔になって、笑ってられる位に
オレのことを・・・それだけ信じて、命をかけてくれてんだよな・・・。」
切なそうな笑みを浮かべて、アギトはすっと視線を逸らした・・・。
アギトのこの表情、台詞、リュートは眉根を寄せて・・・ある推測をした。
(まさか・・・、大佐・・・アギトに八百長試合のことを、話してない!?)
もしそうだとするなら、この不可解な態度にも納得がいく。
アギトは本気で自分がドラゴンに勝利しなければ、リュートが公開処刑されると・・・信じ込んでいる!!
サイロンが裏で手を回していることを知らない・・・、もしかしたらその決闘するドラゴンの正体がサイロンの妹であることも
知らないのかもしれない・・・。
オルフェの考えが読めた、サイロンが言っていた『ゆるい戦いを見せたら嘘だとバレる、真剣に戦うことを希望する』という言葉。
まさにその言葉の通りに事を運んだのだ。
アギトに安全圏が確保されていることを話してしまえば、その戦いは自然と手抜きしていることがバレてしまう。
そうなっては全ての計画が水の泡だ・・・、そこでアギトに緊迫感を持ち続けてもらう為には・・・八百長のことを何も話さない
・・・ということにしておけば、何も知らないアギトは死に物狂いで修行に励んでいただろうし、決闘にもそれこそ死に物狂いで
力を出すことだろう。
そう、・・・全てオルフェの策略だったのかもしれない。
リュートはそう察して、それ以上はヘタな台詞は口走らないように心掛けた。
アギトに口裏を合わせて、とりあえず今はオルフェの策略に乗ってるフリをした。
リュートに不安が増えた。
サイロンの計画、アギトの決闘、謁見、・・・明日は胃が痛くなることばかりだと、リュートはすぐに寝付けなかった。
翌日、朝の7時頃にミラが起こしに来てくれて着替えを済ませて、そして食事もみんなと済ませた。
1時間位の自由時間があったが、特にうろうろするでもなく・・・みんなジャックの部屋に集まってダベるだけだった。
リュートは前もって、アギトが何も知らないことをみんなに耳打ちして、全員で内緒にするように手を回しておいた。
自由時間の間は、アギトへのドラゴンへの対策とか・・・修行内容とか、そういったものばかりだった。
やがてオルフェが謁見の間に来るようにと、呼びに来た。
どうやらオルフェの方も、すでに筋肉痛の方はおさまっていたようだった。
今見せてる作り笑いには本当の余裕のようなものが感じられたからだ。
全員、正装しているわけではないが・・・汚くなければそれで構わないとオルフェが言って、みんなそのままの姿で向かった。
オルフェを先頭に、ミラ、アギト、リュート、ドルチェ、そしてジャックが並んで謁見の間の両開きの扉の前に立った。
両脇には完全に鎧で武装した兵士が立っていた。
アギトは「すげぇ〜」と興味津々でその鎧の兵士をじっと見つめていた。
熱い視線を送られても、兵士はぴくりとも反応しなかった・・・そこはさすが王宮の兵士だと思った。
やがて両脇に控えていた兵士が、「どうぞお入りください」と告げて、そして扉を開いた。
扉が開かれて中へ通されると、そこは本当にものすごく広い空間になっていて、ヨーロッパにある大聖堂のような感じだった。
赤いカーペットがまっすぐと、玉座に向かって敷かれており、その上をゆっくりとついて行くように歩いた。
足がもつれそうになったが何とかこらえて、リュートはドキドキしながらうつむいて歩いた。
とてもじゃないが、アギトのように物見遊山の如くあちこちきょろきょろ眺める余裕はなかった。
一番大きくて王様が座る玉座、両サイドには恐らく王妃とか・・・王子とか、姫が座る少し控え目なイスが置かれていた。
勿論玉座には、頭に黄金に輝く王冠をかぶり、マロンペーストの髪色にセミロングのウェーブがかった髪形、いかつい表情には
見る者を射竦ませる程の鋭い眼光が光っており、髪色と同じ色をした髭が更に威厳を増していた。
豪華な衣装に身を包み、とりあえず白いタイツははいていなかった。
その向かって右側には、お姫様の如く・・・少しきらびやかな衣装を身に纏ったザナハが座っていた。
そして左側には・・・、誰も座っていない。
確かザナハには兄がいると聞いたような記憶があるのだが、その席に王子が座っていないことに少しだけ疑問を感じた。
アギトとリュートはマナーを知らない為、ひたすらドルチェやジャックのマネをした。
ちらちらと仕草のひとつひとつを観察しながら・・・、少しタイミングがずれたりしたが、何とかごまかし抜いた。
オルフェが恭しくお辞儀をして、王様に挨拶した。
「昨日お話した光の戦士と、闇の戦士の二人をお連れしました。
この度は国王陛下の催される余興に参加させるべく、このオルフェ・・・光の戦士にドラゴンに勝るとも劣らぬ実力を、
この短期間の内に習得させて参りました。
それではご紹介させていただきます、こちらが我がレムグランド国に栄光をもたらすべく異界より現れた光の戦士、アギトに
ございます。」
そう言って、オルフェはアギトの方に視線を送った。
アギトもその言葉と視線に応えて、片足をついていた姿勢から立ち上がり、横にいるミラに小声でアドバイスされながら前に出る。
そしてオルフェがしているように頭を下げて、自由時間の時に教えてもらった台詞を棒読みでしゃべった。
「ご紹介に預かりました、わたくしが光の戦士こと・・・アギトと申します。
偉大なるガルシア国王陛下の催される余興に参加させていただき、誠に恐縮でございます・・・。」
さすがのアギトも・・・、国王の威圧感、そしてオルフェの視線「無礼なマネだけはするな」という無言のプレッシャーに・・・、
大人しく礼儀正しくする他なかった。
アギトの言葉に、国王はじっと見据えて、やがて口を開いた。
「そちが光の戦士か。想像していたより小さく・・・まだ子供だな。」
「・・・ぐっ!」
身長のことを言われ、キレたい気持ちをぐっと抑える。
どうか・・・、どうか王様相手にキレたりしませんように!・・・と、神に祈る気持ちでリュートは心の中で叫んだ。
「このような小さな子供がドラゴンに勝利する姿・・・、まこと楽しみじゃ。
して、それではその奥におる・・・もう一人の青い髪をした子供が・・・、闇の戦士だな?」
突然自分のことを指されて、びくっとするリュート。
緊張はピークに達して、心臓は早鐘を打ち、心拍数がどんどん上昇して、もう何が何だかわからなくなってきていた。
ミラに促され、リュートもさっきのアギトと同じように立ち上がり、お辞儀をして・・・それから目を合わせないような感じで
指名に応えた。
「はい、わたくしは彼と同じくこちらの世界へ来た・・・闇のマナを持つ闇の戦士にございます・・・。」
国王はアギトの時よりも・・・、じっとリュートを見据えていた。
やはり敵国の戦士ということで怒りや憎しみでも感じているのだろうか・・・?!?という不安に駆られた。
一息ついて、国王がオルフェに向き直って話しだした。
「この者が我が国に加担するという話、事実なのじゃなオルフェよ!?」
「はい、嘘偽りなく・・・彼は我々と共に使命を果たす約束を交わしております。」
「お父様本当よ、リュートは嘘はつかないわ!それはあたしも保証する!!」
二人の必死・・・とも取れる台詞に、リュートはもしかしたら少しでも処刑を免れるように説得してくれているのだろうかと、
そんな風に聞こえた。
国王はまたも黙って、二人の戦士を見つめたままだった。
そこに・・・・・・、突然この沈黙を破る侵入者が現れた!!
バターーンと、両扉の扉を勢いよく開け放って、兵士が止めるのを二人の青年によって取り押さえられる。
こちらに向かって歩み寄る威風堂々としたその姿・・・、何者をも恐れず、我が道の如く突き進むその空気の読めない態度!!
沈黙を破ること、この人物の右に出る者なし・・・!!
アギト達よりも少し前に出て・・・国王の正面に立ち塞がる、その傍若無人な偉人こそ・・・っ!!
「謁見中、邪魔するぞ。
ガルシア王よ、この龍神族・次期族長の許可もなくドラゴンを狩ったその真意・・・今ここでお聞かせ願いたいんだがのう!?」
その不敵な笑みと共に現れた人物こそ、まぎれもなく龍神族の若君・・・サイロンに間違いなかった。