第60話 「首都到着」
首都までの道のりはそれ程険しいものではなかった。
なだらかな道を、ただ延々と走り続ける・・・。別に崖を通るでもなく、吹雪にさいなまれるでもなく、ましてや盗賊に襲われるでもなかった・・・、魔物の襲撃にはあったが。
首都に近付くにつれてその魔物の数も減って来ていた、ミラが言うには魔物はレイライン上から出現することが多いらしい。
首都周辺にはレイラインがないので、魔物の出現が減少するのはそのせいだと言っていた。
そして魔物がどこからやってくるか・・・、それはアビスからレイラインを使って・・・と言ってもレベルの低い魔物に限定されるので「レイラインを使用する」という表現より「レイラインでの移動に巻き込まれた」という表現の方が正しい。
魔物はマナの塊で出来ているらしいので、マナの凝縮された力場であるレイラインに侵入すると、まれに移動することになる。
そうやってアビスから迷い込んだ魔物が、レイライン周辺に出没するという。
リュートはてっきり、首都に近付くにつれてどんどん魔物のレベルが高くなってきて、更なるレベルアップにつながるものだと思っていたが、そう都合良くはいかなかった。
森にいた頃よりもめっきり魔物の数は減ってきて、街道に出た頃には散歩する村人なんかを見つけたりしていた。
「思っていたより平和そうだね・・・。」
そうぼそりと呟くリュートに、ドルチェが無表情のまま話しかけてきた。
「今でこその平安。
アビスとの道がつながっていた頃には、レム中に魔物が溢れ・・・人々は恐怖に満ちていた。」
アビスとの道・・・、リュートはオルフェやミラが言う「先の大戦」というのを詳しく聞いたことがなかったので、どれだけ酷いものだったか想像もつかない。
しかしアビスとレムの間に道が出来たということはすなわち、光と闇・・・どちらかの神子が上位精霊と契約したことになる。
その契約によって異世界間に道が出来、戦争をする軍人だけではなくアビスに生息する魔物までがレムに侵入してきた。
闇の神子の戦死、そして龍神族の仲介があって休戦条約が成されて、異世界間の道が閉ざされたことによって魔物も減少した。
「でも・・・、ザナハ姫が上位精霊と契約を交わすことによって・・・その道は再びつながるんですよね?
それじゃまた戦争が起きて、アビス人だけでなく・・・魔物までレムに侵入してこれるようになるんじゃないですか?」
リュートが、ドルチェ・・・そしてミラに話しかけた。
「それも姫様が上位精霊に力を借りて、マナ天秤の傾きを安定させるまでのことです。
マナ天秤を平衡に保ち、レムとアビスのマナのバランスが安定さえすれば・・・それで私達の使命を果たせたことになります。
マナ天秤を作用するのは相当数のエネルギーを必要としますので、その時点で精霊との契約が解消されます。
元々・・・上位精霊との契約内容はマナ天秤に手を加える為の力を貸してほしい・・・というところにありますからね。
マナ天秤を正常な位置に安定させることで、契約成立・・・ということになるのです。」
「その間、戦争状態になるかもしれないけど・・・それまで持ちこたえればいい・・・ってことなんですね。」
「そうです、その為に国力を強化して・・・道がつながっている間、国民を守る為に全力を注がねばなりません。」
リュート達は、時々そんな話をしては静かになったり、休憩して食事をとったりしていた。
そんな中でもアギトとオルフェの死ぬほどツライ筋肉痛はとどまるところを知らず、相変わらず苦しそうだった。
休憩でみんなが馬車から外に出て、食事をしていた時・・・リュートはオルフェの様子をうかがった。
しかし・・・一見すると、全く通常通りと変わりなかった。
相変わらず涼しい顔で、余裕の笑みさえ浮かべている程だ・・・それでもやはり立ち上がったり歩いたりする時には、
眉根を寄せていたが・・・。
あれがいわゆる痩せ我慢・・・というやつだろうかと、リュートは思った。
3度の食事と夜間以外は馬車は走り続けた。
そしてそれを何度か繰り返して、何度目かの朝・・・ようやく周辺に建物が増えてきて、目の前に大きな建物が見えてきた。
予定よりも早く到着した、恐らく魔物との戦闘にそれ程時間がかからなかったし、それに天候にも恵まれたせいだとミラが言った。
いいのか悪いのか、アギトとオルフェは結局首都に到着しても筋肉痛に苦しむことになったが・・・。
それでも早く到着するのに越したことはない、今はノームデイの夕方だった。
明日のレムデイの・・・真昼には、ドラゴンとの決闘が待ち受けている・・・。
しかしリュート達は、そのドラゴンとの決闘にはすでに・・・裏で手を回してあるからそれ程心配もしてなかった。
そのせいか・・・、リュートはそんな決闘のことはあまり頭にはなく、目の前に広がる光景に目を見張っていた。
遠くからでもわかる、城塞都市・・・というものを初めて見た!・・・と、リュートは溜め息をもらしていた。
本格的な映画のセットみたいに、とてもリアルで、大きくて、荘厳で、圧巻された。
巨大な門の前で馬車は一度立ち止まり、ミラが出て行って中に入る手続きみたいなことをしていた。
リュートは馬車の窓から頭を出してその様子を見ていた。
すると門番らしき兵士は先頭車両にザナハ姫が乗っていることを察して、恭しく敬礼していた。
そして中に入る許可が通ったのか、ミラが馬車に戻って来て・・・それから門が開き、馬車は中に入って行った。
重々しい門をくぐっていくと、そこはまるで中世の街並みに迷い込んだような、そんな光景が広がっていた。
リュートは中世ものの映画とかをあまり見たことがなかったが、大体の想像はつく。
ここは多分、色んなお店がたくさんある繁華街・・・というやつだろう。
首都にやって来た旅人達を迎える為の宿屋、道具屋、武器屋、防具屋、酒屋などが立ち並んでいた。
お店も豊富で、果物屋、肉屋、魚屋、パン屋、・・・中には占いの店みたいなものまであった。
多くの国民や旅人で賑わっていて、店先には色んな人達で溢れていた。
「さすが首都だなぁ・・・、人がたくさんいる!!」
思えば、リュートはレムグランドに何度か足を運んではいたが、いつも森の中に建つ洋館の周辺しか出歩いたことがなかったので、
洋館に勤める兵士や使用人しか、この世界の人間を知らなかった。
村人や町の住人、商人など・・・これだけの人数を見たのは本当に初めてだった。
大通りの真ん中を馬車は進む、別に道路や信号で区切られているわけではないが回りの人達はそれぞれ馬車に気付いては
道を開けていた。
多少曲がりくねってはいたが、奥の方にある王城へと・・・馬車は真っ直ぐ向かっていた。
リュートは王城を目の前にしてようやく胸がドキドキしてきた。
もしかしてこの後、このレムグランドの王様と「謁見」というやつをするのだろうか!?
頭に浮かぶのは、ものすごく荘厳かつ美麗な大広間・・・「謁見の間」に呼ばれて、そしてレッドカーペットのような上等な絨毯の上を歩いて行き・・・玉座に座る国王の前で片足をついたような姿勢で、跪く・・・。
これ位は何かの映画で見たことがある・・・、日本式でも、洋式でも、それはあまり変わらないだろう。
謁見風景を想像すると、急にものすごく緊張してきた・・・お腹が痛い、吐きそうだ。
(あ・・・でも、僕はこの世界では反勢力の属性だから・・・歓迎されてないし、謁見には呼ばれないかも・・・)
今回ばかりは、のけ者でもなんでもいいからそんな堅苦しい場には参加したくないと・・・心から思った。
王城の前まで来ると、ようやく全員馬車から降りることになった。
再びミラが手続きをし、身の証を立てて、許可が下りる。
今度ばかりは姫という身分のザナハが先頭に立って、兵士全員が敬礼した。
迎えられた状態で城の中へと入って行く・・・、この辺はさすがにお姫様だ・・・威厳のある堂々とした態度にリュートは
思わず関心する。
リュートはアギトを支えながら、ついて行くだけだった。
兵士と何か話をしていたミラが戻って来て、リュート達にこの後どうするのかを説明した。
「とりあえず今日のところは全員、客間で休んでいただくことになりました。
それぞれに部屋が与えられているので、そこで今日はゆっくり体を休めてください。
それから・・・、アギト君とリュート君はお互い心配でしょうから同じ部屋にしておきましたよ。
心細いかもしれないので全員、客人は部屋の位置を固めておきました。
残念ながら、姫様とは一旦ここで別れることになります。
国王陛下との謁見は明日の朝になっていますので、姫様とはまたその時に顔を合わせることになるでしょう。」
ミラはそれだけ言って、全員をその客間という所へ案内した。
ザナハとはそこで別れた、そのまま自分の部屋へ戻るのか・・・父親である国王陛下に会いに行くのかリュートにはわからないが、
言葉を交わすこともなかった。
オルフェは痩せ我慢しているのか・・・国王陛下に報告することがあるらしく、今まで以上の作り笑いでどこかへ行ってしまった。
残されたアギト、リュート、ドルチェ、ジャックは、ミラに案内されて客間へと歩いて行った。