第59話 「静止世界からのお土産」
遂にアギトとオルフェが、静止世界から帰って来た!
リュートは急いで駆け寄りアギトの顔を・・・、まるで長い間会ったことがないように見つめていた。
実際・・・、これ程の日数を空けて離れていたことはなかった。
初めて異世界に行って・・・そして帰ってきた日から、アギトはリュートの家に住んでいたので殆ど毎日、いつも一緒だった。
リュートにとっては三日ぶりでも、アギト達の時間は半年分を過ごしている・・・。
やはり少し雰囲気が変わったように見えた。
以前までの華奢な子供ではなく・・・、どこかたくましくなって、そして威圧感みたいなものが感じられた。
アギトもリュートを見て、そして自信に満ちた笑顔を見せた。
「アギト・・・っ!!
随分見違えたよ・・・、なんだか雰囲気も違うし・・・、成長したって感じ!!」
「そうだろそうだろ!!」
うんうん・・・と、リュートの言葉に大きく頷く・・・。この辺は以前と変わっていないように見えた。
「・・・でも身長は全然伸びてないんだね?」
そう言って、リュートは自分とアギトの間に手の平で・・・背の高さをはかるような仕草をした。
「放っとけ!!つーか言うと思った!!ぜってぇー言うと思ったんだソレ!!」
大振りの剣を両肩に乗せて、反論した。
このノリも全然変わっていないと・・・、リュートは笑った。
「それよりも、今日は何曜日ですか?
私の計算だとウンディーネデイの夜だと思うのですが・・・、まだ時間は残っていますよね?」
少しやつれた感じがするオルフェがリュートに訊ねてきて、リュートはその通りだと答えた。
「良かった、どうやら出発までには間に合ったようですね。」
リュートは、向こうでどんな修行をしたのか聞きたくてウズウズしていた。
しかし二人は異なる世界から帰ってきたばかり・・・、きっと疲れているだろうと気を使ってリュートは質問するのを我慢した。
そして地下室の出入り口である扉の方まで、導こうとした時だった・・・・・・。
ドサッ・・・!!
二人は安堵の表情になったかと思ったら、そのまま崩れるように倒れてしまった!!
「アギト・・・?・・・大佐っ!!」
リュートは急いで駆け寄って、アギトの体を起こした。
一体何があったと言うのだろうか・・・、やはり相当厳しい修行をして・・・肉体の限界を超えているのだろうか!?
「アギト、どうしたのっ!?どこか痛いのっ!?
・・・まさか、どこか怪我でもしてるんじゃ・・・っ!?」
そう叫んでアギトの腕、胸元、足などに目を滑らせるが・・・、どれも小さな傷だらけでこれといった出血はどこにもなかった。
「アギト・・・、それに大佐っ!何とか言ってくださいよっ!!」
これ以上何を叫んでも、回復魔法を使えない自分は何の役にも立たない・・・。
そう悟ったリュートはザナハかミラを呼んでこようと思った。
「待っててアギト、今すぐに・・・っ!!」
そう言いかけた時だった・・・。
アギトが口をパクパクと・・・何かを伝えようとしている、苦痛にあえぎながら・・・何かを・・・!!
リュートは半泣きになりながらアギトの口元に耳を近づける。
「筋肉痛が・・・っ、ものすご・・・いてぇ・・・っっ!!」
そのままリュートはアギトを支えていた両手を離し、アギトの後頭部は硬い石の床に打ちつけられた・・・。
そういえば・・・、静止世界に行く前に大佐かサイロンが・・・何かそれらしいことを言っていたような気がした。
静止世界では時が止まった状態だから、その時間差分・・・元の世界に戻った時に全身にものすごい付加がかかると・・・。
それは死ぬより辛い筋肉痛として・・・現れるとか・・・なんとか・・・。
「つまり二人とも、今ものすごい筋肉痛なわけだね・・・!?」
はぁ〜〜っと、大きく深い溜め息をついて・・・一気に緊張の糸が途切れた。
そしてリュートは、こんな状態の二人をたった一人で抱えることは不可能なので、とりあえずジャックやミラを呼びに行った。
二人はすぐさま自室のベッドに横になって、リュート達の世界でいう・・・サロンシップらしきものを全身に貼っていた。
オルフェにはミラが、アギトはリュートが看ていた。
「全く・・・、明日には首都へ出発する為に馬車に乗り込まないといけないのに・・・何やってんだか、二人とも。
まだ荷物の準備はメイドさん達がしてくれたからいいようなものの、その筋肉痛・・・いつまで続くわけ?」
呆れた口調でリュートがアギトのベッドに腰かけながら、ばしっと太ももをしばいた。
「いっで!!リュート・・・、お前・・・覚えて・・・ろよぉっ・・・!!
確か・・・オルフェのやつから聞いた気が・・・するけど、・・・向こうに行った・・・日数分は、苦しむ・・・って!!」
「・・・半年間っ!?」
「んなわけ・・・ねぇだろっ!!・・・こっちの世界の時間で、・・・三日位・・・かな!?」
「それじゃあドラゴンとの決闘ギリギリじゃないか!!その間、何も出来ないってこと!?」
レムグランドの首都まで、馬車を急いで走らせても4日はかかると聞いた。
予定では明日のシルフデイの早朝から出発して、ドラゴンと決闘する当日であるレムデイの朝には到着する予定だ。
ドラゴンとの決闘は、真昼に行なわれるとミラから聞いている。
「まぁ・・・、決闘当日に苦しむって事態だけは何とか回避できそうだけど・・・、かなり厳しいなぁ・・・。」
腕を組んで、唸る。
つまりその間は、リュート達はアギトがどれだけ強くなったのか・・・、全く知ることが出来ないということだ。
それにこんな状態だと、馬車の中でも恐らくずっと寝たきりになるだろう。
せっかく自分が強くなったところをアギトに見せたかったのに・・・、と残念がった。
しかしそんなことを残念がっても、仕方がない。
とにかく二人が無事に戻って来て、それにドラゴンとの決闘も上手く事が運ぶはずだから、たいして心配はいらなかった。
「それじゃ、ゆっくり休んでて。
明日からは僕がちゃんと面倒みるからさ、アギトはしっかり筋肉痛の痛みに耐えてよね!」
それだけ言って、リュートは汗臭くなった服を着替えて・・・そして自分のベッドに入って、すぐに眠ってしまった。
毎日地獄の訓練をしている間、リュートはその疲労からものすごく寝つきが良くなっていたのだ。
リュートの寝息を横で聞いて、アギトは一人・・・唸った。
「痛くて・・・、ゆっくりなんて眠れる・・・かよぉっ!!」
しくしくと・・・、半べそをかきながらアギトは全身の筋肉痛を我慢して、結局眠ったのは3時間位だけだった。
翌日、シルフデイ。
遂に首都へ出発する朝が訪れた、全員地獄の訓練のおかげでゆっくりと睡眠はとっていたようである・・・二人を除いて。
オルフェはジャックに、アギトはリュートに肩を貸してもらい、馬車へと乗り込む。
「はぁ・・・、全く情けないですね。」
小さく溜め息をもらしたミラは、馬車の席を割り振った。
「とりあえず、先頭を走る馬車には姫と、大佐、そしてジャック先輩が乗ってください。
後ろの馬車にはアギト君と、リュート君・・・ドルチェと私が乗ります。」
馬車は全部で3台、先頭車両には先程のメンバーが、2台目にはアギト達のメンバー、3台目は荷物や付き人が乗った。
馬車はゆっくりと走りだした、新幹線や飛行機という早い乗り物を知っているアギト達にとって、馬車はものすごく遅く感じた。
「・・・確かにこれじゃ、4日はかかるかも。」
外を眺めながら、溜め息をもらしてリュートが呟く。
隣では、アギトがう〜んう〜んと唸っている、そんなアギトの様子を見てリュートはオルフェの状態が気になった。
「ミラさん、そういえば大佐の具合はどうなんですか?やっぱりアギトみたいに相当苦しそうでした?
僕、大佐がものすごく苦しんでいる姿なんて、見たことないし・・・全然想像出来ないんですけど・・・。」
確かにそれは事実だった。
いつも余裕の笑みで、人を食ったような態度をしたオルフェが・・・、唸って苦しそうな表情を浮かべているところなど。
「まぁ・・・、アギト君程ではありませんでしたけどね。一応大佐もいい大人ですから。
ただ・・・。」
何か不審な点や、心配事でもあるのだろうか?・・・と、リュートは「どうしたんですか?」と不安そうに尋ねる。
ミラは眉間にシワを寄せて、まるでうっとうしそうな表情で・・・ぼやいた。
「ただ・・・、自分の不調をいいことに我が儘言いたい放題で・・・、身の回りのことを全部面倒臭がって全てメイドに押し付け
ていたんです・・・!
しかも男の使用人ではなく、わざわざ若いメイドを指名して・・・っ!!
あれは完全なセクハラです・・・っ!!・・・一度軍部に報告しなくては・・・っ!!」
ミラが片手をぐっと握り締めて、ものすごく力を込めて・・・怒りが湧きあがっているのが、見てすぐに理解できた。
「はは・・・、大佐らしいですね。」
リュートはその一言で終わらせた、これ以上怒りを突いても・・・火の粉が飛び散るだけかもしれないと思ったからだ。
馬車は時々停止して、道を塞ぐ魔物に立ち往生した。
その度に馬車の中からジャック、ミラ、リュート、ザナハ、ドルチェが修行の成果とでも言うように、ことごとく撃退した。
リュートは自分自身、本当によくここまで成長できたものだと・・・信じられなかった。
以前までは敵を前にしても、ただおろおろするばかりで、すぐにアギトを頼っていた。
でも今は、勿論仲間の協力あって・・・というのもあるが、きちんと自分の身を自分で守れている・・・それが嬉しかった。
敵を倒したら、みんなから喝采にも似た言葉が返ってくる・・・、ザナハも「よくやった」と、笑顔を見せてくれる。
この姿をアギトやオルフェに見てもらえないのは残念だったが、二人がこんな状態の時こそ自分が頑張らなければと力が入る。
「まぁでも・・・、この辺りに生息する魔物は・・・確かレベルが1〜10までしか現れないんだよね・・・。」
そう呟いて、リュートはふと・・・戦闘に参加している仲間の戦闘テロップを眺める。
ジャックはレベル55、HPなんて5500もある・・・。
ミラはレベル50、ザナハはリュートと同じ位だったのに、レベルがすでに20を超えていた。
恐らくアギトやリュートがリ=ヴァースへ帰っている間の差だろう、それに精霊と契約した時にも相当レベルを上げたはずだ。
ドルチェなんかレベルが30に至っていた。
昔のドラクエでいったら・・・、上手くプレイすればジャック、ミラ、ザナハ、ドルチェだけで魔王を倒していそうな勢いだ。
リュートは、やはりいくら強くなったといっても修行期間がそんなになかったので、現在レベル15になっていた。
それでも・・・10以下だった頃に比べたら短期間でよく成長したものだと・・・そう無理矢理納得させた。
残念なことに、ちらりとリュートが目をやると・・・オルフェとアギトのレベルを見ることが出来なかった。
・・・どういう意図で、どういう仕組みになっているのかわからないが、二人はパラメーターを隠すプロテクトの魔法を
かけているようだと・・・ミラが教えてくれた。
「そんな魔法があるなら、こんな戦闘テロップの意味なんてないじゃないか・・・。」
そう呟きながら、最後の1匹を倒して・・・そして再び馬車が進む。