第57話 「静止世界」
アギトは診察室で簡単に診てもらった。
特にこれといったことはなかった、ただ聴診器で心音とかを聞いて、ノド、目を見られる。
あちこち触られてくすぐったかったが・・・、それだけだった。
本当にここはファンタジーらしくない、至って普通の病院そのものだった。
そういう点にアギトは、ちっ・・・と舌打ちして上着を着る。
完全に医者ルックとなったオルフェは、アギトのカルテらしきものに何か書いて・・・振り向いた。
「どこにも異常は見られませんね。
マナも随分回復して安定しているようですし、いいでしょう。
では早速行きますよ。」
そう言ってさっさと白衣を脱いで、診察室を出て行こうとした。
「な・・・なぁ、今からそこ行って修行すんのか?」
「まぁ・・・、話しをしてからですけど。そうですね、修行もそこでします。」
「遠いのか?それなら何か荷物でも準備した方が・・・っ!」
慌てて後をついて行きながらアギトがそう言うが、オルフェはにべもなく言い放った。
「荷物は必要ありません。
すぐまたここに戻るようなものですから。」
それだけ言うと、すたすたと行ってしまった。
「だーかーらーっ!
何か説明してくれてもいいじゃねぇか、この陰険メガネーーっ!!」
オルフェが十分遠くに離れてから・・・、アギトはそれ程大きくもない声で・・・そう言った。
オルフェが向かった先は地下室だった、それもいつもアギトとリュートが異世界間を出入りする魔法陣がある部屋へ。
この道は、石の通路がまっすぐと魔法陣の部屋に続いているだけで・・・道が分かれていることもなく、他には何もないはず。
「なぁ、魔法陣のある部屋で何するんだ?
あそこは反属性同士のマナを持つ人間同士でないと、何も起きないんじゃねぇの?」
「行けばすぐにわかりますよ。」
アギトの質問には、いつも曖昧に答えるだけで・・・それ以上詳しいことは何も話してくれなかった。
「ちぇっ・・・、ちょっとヒント位言ってくれてもいいじゃん。」
そうグチるが、オルフェはなおも無視して先を進んだ。
やがて魔法陣のある部屋に辿り着いて、・・・多分ミラから前もって借りたのか、魔法陣の部屋に入る為の錠前を開ける為の
鍵をさして、がちゃっと・・・鍵を外し、扉を開ける。
二人が中へ入ると、自動で点灯するランプに次々と明かりが灯っていく。
そのまま二人は魔法陣の中心へと進んでいった。
オルフェは突然、魔法陣に右手で触れて何かをぶつぶつと呟きだした。
すると魔法陣全体がうっすら光って、そしてまたすぐに光は消えた。
「今のは?」
アギトは何度かこの魔法陣で異世界間を往復してきたが、オルフェの今の行為は初めて見た。
「この魔法陣には、必要時以外に作動しないようにいつもロックをかけているんですよ。
私でなければ再びロックを解除することが出来ないようになっています。」
「へぇ〜・・・、そんなことする必要があんのか?」
この魔法陣はいわば、アギト達がこの世界へ来る為のゲートのような役割がある。
自分達以外の者がここを何人も出入りするようには、とても思えなかった。
「リ=ヴァースからの訪問者だけとは限りませんからね。
条件さえそろっていれば、ここから他のレイラインへ移動することも可能なんですよ。
さぁ、これを持っていなさい。」
そう言ってオルフェから渡された物は、黄金色に輝く石のような・・・半分に割った物体を渡された。
「これ何?」
「それはものすごく貴重な代物なので、なくさないようにお願いしますよ?
もう半分は私が持っています。それを持ったまま魔法陣の中心に立ちなさい。」
「え・・・、でもオルフェはオレと同属性・・・、おわぁっっ!!!」
言いかけた途端、二人が中心に入ってすぐに魔法陣が輝きだした。
それは今までとは全く違う輝き、何が起こるかわからず・・・咄嗟にオルフェにしがみついていた。
「やれやれ・・・、野郎に抱きつかれる趣味はないんですけどねぇ。」
メガネの位置を直しながらオルフェが肩を竦めた。
「オレだってないわっ!!
つーか好き好んでテメーに抱きつくかってーのっ!!」
そうすごんでみても、足は少しだけ震えていた。
というか、足元からものすごい勢いで風が巻き起こっているので踏ん張らなければ、ふわぁーっと浮かびあがりそうな感じがした。
「なにっ!?オレ達どこに飛ばされるんだっ!?頼むからひとつだけでもヒントくれよぉぉおっっ!!」
完全にオルフェの足に掴まっている状態で、アギトは少し半泣きになりながら叫んだ。
どこへ飛ばされるにしても、このメガネと一緒だなんて本気でお断りだった。
アギトの悲痛の叫びに、オルフェはにっこりと完全な作り笑いでヒントを言った。
「私達の向かう場所は・・・、誰もいない洋館です。」
・・・それだけだった。
「ヒントになってねぇぇぇっっっっーーーーーーーーーっ!!!」
まるで掃除機に吸い込まれるように・・・、アギトはオルフェにしがみついたまま、キレのないツッコミを叫んだ・・・。
「うぅ・・・っ。」
目が回る・・・、回転するタイプのイスで思いきり座りながら回したみたいに、頭がくらくらした。
どこかに倒れているのだろうか・・・、とにかく床が冷たい。
ぱちっと目を開けて、自分が石の床に寝転がっていることに気が付く。
ゆっくり起き上がって回りを見回すと、オルフェもすぐ横で回りを・・・というより手の平に持っていたさっきの物体を
眺めていた。
立ち上がって、よく見回したらさっきの魔法陣の部屋だった。
下を見ると石の床に描かれた魔法陣、模写する位に覚えているわけではなかったが、アギトの目には全く同じに見えた。
それに部屋の壁に一定の間隔で設置された魔法のランプ・・・。
さっき入って来た扉の位置・・・、どこからどう見てもさっきの魔法陣の部屋だった。
「なぁ、オレ達どっかに移動したんじゃなかったっけ?
それともレイアウトが全く同じな、別の場所の魔法陣なのかな?」
オルフェはさっきの黄金色の物体を握り締めたまま、アギトの方へ歩き出し話しかけた。
「アギト、さっきの石を見せてください。」
「ほい。」
オルフェに手渡して、アギトは意味もわからずつまらなさそうに、きょろきょろ回りを眺めていた。
「はい、これは大事に持っていなさい。」
それだけ言ってすぐに返した。
返されても、何のアイテムなのか、いつ使うのかもわからないのに・・・と、アギトは口を尖らせてそれをポケットにしまった。
「ついて来なさい。ここから出ればすぐにわかりますよ。」
そう言われて、黙ってついて行く。
どうせ何か質問しても話してくれそうにないと、もういい加減わかったからだ。
部屋を出て、真っ直ぐと続く石の通路、やがて上へと続く階段がある。
上まで上がり、1階の廊下に出る。
「なんだよ、オレ達がいた洋館じゃんか。
オレってば、てっきりさっきの魔法陣で別の世界とか、違う地域とかに移動したんだとばっかり思ったぜ。」
そう言って、廊下にある窓に向かって外を眺める。
外は森だった、アギトがいた洋館に間違いなかった。
「早く、ついて来なさい。」
それだけ言ってオルフェはまた、すたすたと歩き出したのでアギトは小走りについて行った。
しばらく歩いて、洋館の中身、いくつもの部屋、位置関係、何から何まで見たことがある光景だった。
しかし・・・、突然ある違和感に襲われた。
(・・・なんだろ、何か・・・静かだ。)
物音ひとつしない、するといえば自分達が立てている物音や足音だけだった。
回りから普通にしていた、物音、生活音、人の気配、それに外から聞こえてきたはずの兵士たちの号令の声や、鳥のさえずりさえ。
まるで耳が不自由にでもなったみたいに・・・、何の音も・・・何の気配も感じなかった。
自分達以外、全てが消滅したかのような感覚だった。
急に寒気がして、アギトははぐれないように・・・オルフェの後にぴったりとついて行った。
オルフェが「ここです。」と言って案内した部屋は、オルフェの自室だった。
扉をしっかりと観察すると、明らかにドアを新しく取り替えたのがハッキリとわかる。
これはアギトとミラがこの部屋に押し入った時に、ミラがドアを壊して・・・、それから急いで修理させたものだった。
ここは間違いなく、まぎれもなく、アギト達がいた洋館の、オルフェの私室に間違いないはずだ。
全く状況がわからないまま、アギトは部屋の中に通されて・・・そして見覚えのある丸テーブルの横に置いてあるイスに座る。
オルフェもイスに座り、それからようやく・・・、やっと事のあらましを説明する気になったようだった。
およそ30分は経っただろうか?
いや・・・、実際に言えば、実質のところは30分も経っていないはずだ。
なぜならこの部屋・・・いや、この「世界」では・・・時が止まっているようなものだから・・・。
「・・・静止世界!?
えぇっとつまり、オレの大好きなマンガで言うところの『精神と時の部屋』・・・的なモンかな・・・!?
この変な石っころの力で、洋館にあった魔法陣からこの世界に移動して・・・、ここで半年修行してレムグランドに戻れば、
向こうではたった三日しか経っていないと・・・?
んで?向こうに戻ったらこのオレが・・・、そのドラゴンと死闘を繰り広げるという予定が待っていると・・・!?」
アギトはひくひくと・・・、完全に笑顔がひきつったまま・・・今オルフェから聞かされたことを反芻した。
オルフェはどこから持ってきたのか、優雅にお茶をすすりながら平然と頷いた。
「だぁぁぁーーーっっ!!
なんじゃそら、初耳だっつーのっ!!
ここで短期間修行ミッションモードは別にまぁ良しとして、そのドラゴンとの死闘っていうのは一体どういうことだよっ!?
世界を救う旅と関係ないように聞こえたんだけど、・・・なんでっ!?
なんで世界を救うのに全く関係ないことを、わざわざ命を張ってまでしなくちゃなんないわけっ!?王様バカかっ!?」
頭を抱えて拒絶反応たっぷりの絶叫をあげながら、アギトが文句を言いまくった。
無理もない、無理矢理命がけで会得したマナのコントロールの修行で昏睡状態に陥り、やっと回復したと思ったらこの展開だ。
文句位は言いたくなる。
出来ることなら拒絶したい、拒否したい、否定したい。
しかしオルフェは全くその拒絶反応を相手にせず、冷たく淡々と話を続けた。
「至上命令なのだから仕方がありません、これはもう決定事項です。受け入れなさい。
その決闘に少しでも勝機を見出す為に私達はここで半年間みっちりと修行します。あぁ面倒臭い。
さっき話した通り、この龍玉が完全になくなるまでは元の世界に帰りません。半年間はイヤでも二人きりです。あーいやだ。
それから大変なのはドラゴン対決だけではないのですよ。
もしその決闘に敗北するようなことになれば、闇の戦士であるリュートが処刑されてしまいます。
リュートの命を救うためにも、君にはドラゴンに勝つ位の戦力を上げてもらわなければいけません。」
「・・・・・・・は?」
アギトの拒絶反応が止まった。
今、よく聞き取れなかった・・・というようにアギトはぱったりと動きを止めて、もう一度よく聞こうとした。
「今、なんつった?」
オルフェは溜め息をついて、・・・それからアギトの瞳をしっかりと見据えてもう一度言ってやった。
「君がドラゴンに敗北した直後、リュートが公開処刑されてしまいます。
もちろん、ドラゴンとの対決に引き分けや降参はありません、リュートの処刑の前には君もすでに死んでいますけどね。」
大きく開いた目で、オルフェを見据える。
オルフェには次に起きる展開の予想はついていた、ジャックにもされたことをまたされるのかと・・・溜め息をもらす。
「・・・オルフェから見て、半年修行した場合・・・オレがドラゴンに勝つ見込みはどれ位あんだよ・・・!?」
意外な反応に、オルフェは少々調子が外れた。
しかしそれでも顔には出さずに質問に答えた。
「まだきちんとした修行をしたわけじゃありませんが、そうですね・・・。
本当の意味で、死に物狂いで修行に励めば・・・もしかしたら、ドラゴンに1メートル程のかすり傷を負わせることは出来る
かもしれないと思いますよ?」
それを聞いて、アギトは肩を震わせていた。
まさか泣きだすわけじゃないでしょうね・・・?という風に、オルフェは眉根を寄せた。
子供の面倒を見るなんて面倒臭いし、見る気もない。それどころか・・・泣きべそかいた子供程、うっとうしいものはない。
オルフェの表情は明らかに、そう言っていた。
「へっへっへっ・・・、上等じゃねぇか・・・1メートル!?
その1メートルで片目潰して、更にそのドラゴンを追い詰めてやろうじゃねぇか・・・っ!!」
それはやめた方がいい・・・、なぜならそのドラゴンはあの龍神族の馬鹿の妹なのだから・・・、という言葉は飲み込んだ。
しかし・・・、この反応なら大歓迎だ・・・とばかりに、オルフェの表情が笑顔に変わる。
「いよーーーーーっし!!
このオレが今までの光の戦士に成しえなかった伝説を、塗り替えてやるぜっ!!
オレはドラゴンを倒す位に強くなって、そんでリュートも処刑なんてしなくて済むっ!!」
テーブルの上に片足を乗せて、カッコつけてそう叫んだ。
「まぁ、せいぜい頑張ってください!
それから・・・、いくらここが別空間の洋館だからといっても、テーブルに足を乗せるのはやめなさい。」
さりげなく冷たい口調で注意するオルフェに、とりあえずテーブルから足をおろして、身を乗り出してアギトが聞いた。
「なぁなぁ、この龍玉ってアイテムなんでもっと早く出してくんなかったんだよっ!?
オレはこういうのを待ってたんだって!!
やっぱ普通異世界に来たら、主人公たちの身体能力が異常に上昇してるのが普通・・・っていうか、法律上そうじゃん?
主人公に魔王倒せとか、世界を救えって言ってる時点でパラメーター上げてくれるのがこっちの世界での筋だろ!!
これからこの龍玉で修行すれば、オレ達はそれこそ年内にはレベル120位にまでなってんじゃねぇのかな!?
な?オルフェもそう思うだろ!?」
オルフェは肩を竦めながら、困ったような笑顔を浮かべて返事した。
「それはどうでしょうねぇ・・・。
例え若君が龍玉をたくさん持っていたとしても・・・、それをたくさん購入していたら大変ですよ?
その度にリュートの身柄は、向こうに確保されっぱなしになってしまいますからね。」
「・・・・・・・・は?」
またもよく聞き取れなかった。
「なんだよ・・・それ?」
アギトの顔から、また笑顔が消えた。
「ですから、その龍玉の代金はリュートのレンタル料だと言っているんですよ。
リュートはね・・・、アギト・・・君の為に龍玉の対価になることを選んだんです。
龍神族の若君は、あのルイドの親友・・・。
リュートの身柄を借りるということは、恐らくルイドとの接触・・・、十分考えられることですね・・・。
まぁ・・・、すでに取引が成立した今となっては・・・後の祭り、ですけど。」
それを聞いた瞬間、アギトは踵を返して部屋を出て行こうとした。
突然立ち上がり、オルフェの怒声が響く。
「どこへ行くつもりなんですかっ!?」
振り向き、怒りに満ちた表情でアギトが答える。
「んなの決まってんだろうがっ!!
この龍玉を返して、その取引とやらを無効にさせんだよっ!!なんでリュートが売買されなきゃなんねぇんだっ!!」
リュートは人間なんだぞっっ!!・・・オレの、親友なんだっ!!」
「そんなことをしたって何の解決にもならない事位、君にも十分わかっているでしょう!!」
「それでもこんなことが許されるかっ!!
オルフェにとってリュートはその程度なのかよ、あぁっ!?仲間でも何でもねぇのかよっ!!」
はぁーっと溜め息をついて、オルフェは立ちあがったまま・・・片手をテーブルにつき、頭を押さえた。
「やれやれ・・・、私はどうしていつも軽薄に見られがちなんでしょうねぇ・・・。
自分ではそんなつもりはないんですけど、よっぽど信用がないらしい。」
オルフェのがっかりとした態度を見て、アギトは少しだけ我に帰り、少しだけ・・・罪悪感を感じた。
「君のさっきの台詞、全く同じことをジャックにも言われましたよ・・・。
リュートが生きようが死のうが関係ないのか・・・ってね。
もちろん、そんなことは露とも思っていません。リュートも私達の仲間です、れっきとした・・・ね?
しかし、この龍玉がなければ君がドラゴンに勝利する方法など・・・皆無です。
リュートはアギトの為を思い、最も最善と言える行動を取ったのです。
君はそれを嘆くのではなく、怒るのではなく、・・・誇りに思うべきですよ?
それだけリュートも・・・、君のことを最も大切な親友として・・・自分に出来ることを選択したんです。
そして君が・・・その行為に報いる為に出来ることは、龍玉を突き返すことではありません。」
そう促され・・・、アギトはぼそりと口に出す。
「強くなって・・・、ドラゴンに勝って・・・、処刑を阻止すること・・・。」
「その通りです。
私が静止世界に来てから話したのはね、君がレムグランドでこの話を聞いたら・・・真っ先にリュートに文句を言いに行くと
思ったからなんですよ。
しかし静止世界にいれば、私が一緒でなければレムグランドへは戻れない。」
そう指摘され、アギトは黙っていた。
だからすぐここへ来たのか・・・。
これから先、決心が揺るがないように・・・修行に専念できるために・・・。
アギトは肩を落とす・・・。
自分なんかより、よっぽどリュートの気持ちを汲んでやっていたのは・・・このオルフェだ。
自分は親友のくせに、リュートの気持ちをこれっぽっちもわかっていなかった。
それだけ自分のことを・・・一番に考えてくれていたなんて・・・!!
これからは・・・もう揺るがない!!
「強くなってやろうじゃねぇか!!
ルイドの野郎が・・・リュートに手を出せなくなる位、鬼強くなってやるぜっ!!」
その言葉を聞いて、オルフェは満足そうな・・・満面の笑みを浮かべた。