第56話 「アギト、目覚める」
体が重い・・・、何だか12時間位ぶっ通しで眠ったみたいだ・・・。
ぼんやりとそんなことを思い浮かべながら、アギトは重たいまぶたをこすって・・・おもむろに片目を開けた。
うっすらと光が差し込んでいるのがわかる。
両目を開けて、しばらくぼーっとする・・・、見たことない天井だった。
少なくともリュートの家ではない。
リュートの家の天井なら、仰向けで寝ていたら真っ先に紐がぶら下がった電気があるはずだ・・・。
それに寝心地も全く違う・・・ふんわりとしていて、体が沈みそうになる。
それじゃあここは間違いない・・・異世界レムグランドの、リュートとの相部屋だ。
そう理解して、隣にあるはずのベッドに目をやる。
しかし、そこには小さな棚と、丸い小さなイスが1つだけ・・・あるだけだった。
あれ・・・?となる。
それじゃここは自分の部屋か?・・・それも有り得ない。
自分の部屋なら目の前に25型の「小さな」液晶テレビがあるはずだ・・・。
それに床一杯にゲームのコントローラーやら、ソフトやら、攻略本やらが散らかってるはずだ。
なのにこの部屋はものすごく殺風景で、がらんとしていて、まるで病室のような感じだった。
頭がまだ寝ている状態のせいか、ロードに時間がかかるアギト。
とりあえず起き上がって、ベッドから下りて・・・部屋の窓の方へ歩き出す。
外を見れば一目瞭然だ。
建物やビルとかがたくさん建っていたら、ここは自分達の世界、地球、リ=ヴァースに間違いない。
もし森の中なら・・・、異世界レムグランド。
ビンゴ・・・、やっぱりここはレムグランドだった。
下を見ると見なれた格好の兵士が、見張りに立っていた。
この洋館の回りは、レベルこそ低いものの魔物が徘徊するという危険な土地だ。
魔物の侵入、襲撃に備えて兵士が巡回したり、見張りに立ったりしているのだ。
自分がどこにいるのかようやく理解したアギトは、とりあえずものすごくお腹が空いていることに、まず気が付いた。
ずっとお腹の虫が食事を求めてアギトに訴えている。
お腹をさすってアギトは部屋から出て行き、食堂へと向かった。
ベッドの側に置いてあったスリッパを履いて、ぺたぺたとマイペースに歩いて食堂を目指す。
洋館の中はなぜか、しぃーんとしていた。
誰もいないことはないと思うが、アギトが食堂に向かっている間・・・誰とも、メイドとも会わなかった。
あまり気にせず食堂に入り、いつものように厨房の前に立つメイドに向かって料理を注文した。
真っ先に食べたかったのはライスと目玉焼きだった。
本当ならアギトはハンバーグとかカレーライスが大好物だが、起きたばかりでそんな重たい物を食べる気にはなれなかった。
メイドに向かって注文しようとしたら、メイドはアギトを見るなり驚いて、そして嬉しそうに涙を浮かべる程の笑みが現れた。
「え・・・、なに!?」
何が起こっているのかわからないアギトに、メイドはまるで重病患者を扱うような仕草で近くの席に座らせた。
「アギト様、ようやくお目覚めになられて本当によかったです!!
さぁ・・・こちらでゆっくりなさってください、食事なら大佐から聞いている物を食べるようにと言われているので。」
妙に優しいメイドの態度に、何がなんだかわからない。
一体自分がどうしたというのだろうか?
しかし・・・、大佐と言うと・・・。
オルフェが用意させている食事なんて・・・、全くもって気が進まない。
以前出されたお子様ランチをまだ根に持っているアギトは、出てくる食事の他にも絶対追加注文してやると思っていた。
メイドは厨房に行って、そしてすぐに戻って来た。
「え・・・もう?」
余りに料理の仕上がりが早過ぎる・・・。
アギトの前に出された物・・・、それは・・・。
「オートミール・・・、ビーンズに、何かの葉っぱ・・・それにこれは・・・ミルクかっ!?
何じゃこりゃあっ!!こんなんで足りるかよ、あのクソメガネ何考えてやがんだっ!!
完全にダイエットメニューじゃねぇか!!」
テーブルを勢い良く殴りつけようと思ったが、・・・怒りが絶頂になった瞬間アギトは目まいがした。
立ちくらみしたようにふらっと目の前が真っ白になって、そしてそのまま倒れそうになった所をメイドが慌てて体を支える。
「・・・なっ!?」
自分の身に何が起こったのか、理解できない。
「アギト様は丸二日も寝ておられたのです・・・、無理もありません。
今は体調が万全ではないので大佐から身体に負担がかからないようにと、このような質素ですが栄養価の高い物を用意された
のですよ?
大佐はアギト様のお体のことを一番に考えて、手配されております。
どうかご不満もあると思いますが、これだけを召し上がってください・・・。」
メイドが優しく、なだめるように、アギトの体を支えながらそう言ったので、アギトは逆らうわけにもいかなかった。
仕方なくスプーンを持って、味気のない食事をした。
アギトが自分の力でイスに座り、自分の力で食事を始めたのでメイドはようやく安心すると、持ち場へ戻ることなく食堂から
出て行ってしまった。
(一体何だってんだ!?
てゆうか、何があったのか全然思い出せねぇんだけど・・・まさかこれって記憶喪失とかいうやつか!?
すげーー、オレ記憶喪失になったのなんて初めてじゃん!!本当に何も思い出せねぇわ!!
あ・・・でも、自分のこともここがレムグランドってのもちゃんとわかってるし、記憶喪失とはちょっと違うか・・・。
それじゃ記憶混乱とかかな?
とにかく思い出せるところまで思い出さねぇと・・・、なんだかあのメガネが妙にオレに優しいのは気持ち悪い、キモイ!
え〜っと、ここにいるってことは・・・オレとリュートは金曜の晩にレムグランドへ異世界間移動をしたってことだよな。
何事もなく無事に着いたはずだ、そんで・・・そん時に出迎えたのが確か、ジャックだけだっけ?
そのまま腹が減ったから食堂でメシ食って、あ・・・そん時にザナハとドルチェが来たんだったな・・・。
それから確か修行の話になって、オルフェに一刻も早く修行をつけてもらいたくて、オルフェの私室に行ったんだった。
そんで・・・?何か色々あって二人で外に行って・・・?
・・・水、・・・湖、・・・滝か!?そうだ・・・確かずっとザナハが禊してたっていう滝にオルフェと行ったん
だった・・・!!それからここで訓練するって言って・・・。)
アギトのスプーンを持つ手が止まった。
思い出した、全てではないが・・・大体の流れが。
眉根を寄せて、アギトは自分の手の平を見つめる・・・。
そして自分の心音を聞くように、静かに・・・一点を見つめて、一瞬自分の中で何かが揺らめいたのがハッキリとわかる。
「これが・・・、マナ?」
それ以上は怖くなった、自分一人でこれ以上集中するのが怖い・・・、何が起きるかわからない。
もし何も知らない、恐怖も何も知らない好奇心の塊だった昔なら・・・きっとこの先を試していただろう。
面白半分に、興味本位で。
しかし、さっきのメイドの言葉を思い出し・・・急に寒気がした。
(オレ・・・、二日も昏睡状態だったってことか!?
あの時・・・溺れ死ぬって実感した時に、掴み取った炎のマナ・・・。
そっから全然記憶がないし、爆睡したみたいに夢も何も見ないでずっと寝てて・・・数時間程度だって感覚しかなかった。
それが・・・オレはマナを発動させて、二日も意識を失っていたことになるんだ・・・。)
やがて食堂の扉が開き、オルフェがメイドに連れられ・・・入って来た。
いつものように胸を張り・・・両手は後ろに組んで、そしていつものようにその顔にはオート仕様の笑顔が満面に現れていた。
「かなりの寝坊ですね、もうみんなとっくに訓練に入って地獄の毎日を送っているというのに。
君は一人、いびきをかいてぐっすりと気持ちよさそうに・・・いやぁ、平和そうで何よりですねぇ!」
早速飛んで来るイヤミの嵐・・・っ!!
(くそっ、こいつ・・・相変わらずだこのヤロー・・・っ!!)
そう思うだけで、決して口には出さなかった。
オルフェは歩み寄り、向かいの席に座ると確かめるようにアギトに問いかけた。
「それで、体調の方はどうですか?
まだ貧血に似た目まいや、立ちくらみなどはしますか?」
テーブルに肘をつき、両手を口の前に組んで、オルフェが・・・心配そうな顔ではないが・・・聞いてきた。
「さっきちょっと目まいはしたけど・・・、今は別に?」
「食欲の方はどうですか?」
「う〜ん・・・、こんなんじゃ足りない位なんだけど・・・。」
「自分ではそう思っても、恐らく胃の方が拒絶反応を起こしてしまう可能性があります。
今は消化の良い食事だけにして、徐々に量を増やしていきましょう。」
それだけ言うと、オルフェは席を立って出て行こうとした。
アギトは慌てて呼び止めて、これから自分がどうしたらいいのか聞いた。
「食事が終わったら一度、診察室で軽く診てみましょう。
身体的な異常が見られなかった場合は、そのまま私と一緒について来て欲しい所があります。
安心してください、もうあんな無茶はしませんから。
その先で君に大事な話をしますので・・・それが終わったらすぐにでも修行に入りますから・・・覚悟しておきなさい。」
厳しい表情でそれだけ言うと、オルフェはそのまま食堂を出て行ってしまった。
食堂には、アギトだけになった。
「みんな・・・、修行に・・・っ!」
独り言を呟いて・・・、それからアギトは残りを全部たいらげて、ミルクも一気に飲み干し、急ぎ診察室へと向かった。