第50話 「交渉」
再び龍神族の若君であり・・・、闇の国の首領ルイドの親友でもあるサイロン達の登場に全員が息を飲んだ。
サイロンはアギトを見るなり、彼の体から急激に放出されているマナに関心を抱いているようだった。
顔を覆い隠すように扇子でひらひらと扇ぎながら、サイロンはアギトに顔を近づけて・・・それから目を細めて、また離した。
「マナが大幅に減少しているのに、随分と血色が良いようじゃの。
どれだけのマナを持っているのやら・・・、これも戦士としての資質じゃな。」
それだけ言ってサイロンは踵を返し、部屋から出て行こうとした。
「ど・・・、どこに行くんですか!?」
叫んだリュートが、サイロンを引きとめる。
扇子で口元を隠したまま振り返り、鋭い三白眼の瞳がリュートを見据えた。
「余は招かれざる客だからの、もう帰るのじゃ。
ここに立ち寄ったのは、この洋館から奇妙なマナの渦が空高く舞い上がっているのを見ての。
原因が何なのか見学しに来ただけのことなのじゃ、原因がわかった今・・・ここにいても仕方なかろう?」
「そんな・・・、助けてくれるんじゃなかったんですかっ!?」
リュートが必死で叫ぶ姿に、サイロンは背を向けて・・・興味なさそうに答えた。
「なぜ余が助けなければならぬのじゃ、そんな義理はなかろ?」
「だって・・・、マナが見える人にしかアギトを助けられないって聞いたし・・・それが出来るのはあなただけだっ!!」
「そのようじゃな。」
なおも背を向けたまま・・・、サイロンは立ち止まってリュートに返答する。
「・・・・・どうしたら、アギトを助けてもらえますか?」
リュートの興奮はおさまり・・・、落ち着いた口調で尋ねた。
その様子を回りの者は黙って見守る。
しかしその言葉を聞いたサイロンは、くるりと勢い良く振り返り・・・待ってましたとばかりに微笑んだ。
「余達は旅の行商人、どんな商品でも扱い、どんな依頼でも・・・まぁ内容によっては引き受けよう。
それが余の為、客の為!!
『日々是平穏』は、本日も明るく元気に営業中じゃ!!」
しぃ〜〜〜〜ん・・・。
サイロンの手の平を返した態度に、リュートは顔をひくひくと引き攣らせながら・・・疑念の眼差しで見据えた。
「・・・・・・つまり、お金ですか?」
「単刀直入過ぎるぞ、小童!!
ここは『どんなことでもしますから、助けてください』じゃろ。」
言葉を訂正しようが・・・、最終的にはお金に結びつくんだろうと・・・全員察した。
しかし、このサイロンのノリを更に上回る強者がいた・・・。
「どんなことでもしますから、助けて下さい若様。」
完全な棒読み台詞で、膝をつくオルフェ。
そこには、屈辱も、プライドも、感情も、何も感じられない・・・、まさに氷のような冷たさで言い放った。
その言葉の裏には・・・、いや・・・誰がどう聞いてもハナから『どんなことでもする気はない』と理解させた。
「その言葉、しかと聞いたぞ!?」
扇子でびしぃっとオルフェを指して、サイロンは上質な生地で出来たチャイナ服の袖をめくり上げ、アギトの前に立った。
「やっぱりただの馬鹿か・・・?」
というジャックの言葉に、ハルヒがぎろりと睨んでいた。
だがリュートには、そんなやり取りは目に入っていなかった。
サイロンの行動を目に焼き付けるかのように、しっかりと見据えて・・・決して目を離さなかった。
サイロンは、アギトのシャツを脱がせて上半身を裸にした。
そして抱えるように起こすと、片手でアギトを支えながら・・・もう片方の手で、何やらツボでも押さえるようにアギトの
背中を指先であちこち突いていた。
「ふむ・・・、興奮した火の属性が暴れておるな。」
そう独り言を言いながら、今度はアギトの上半身を起こしたままで胸の辺りのツボを押しだした。
すると一瞬アギトが「うっ」とうめいて、リュートはびくっとした。
だが声を出したのはそれっきりで、また再びぐっすり眠るように寝息をたてながら・・・眠っていた。
「よし、ひとまずはこれで大丈夫じゃろう。
あとはたっぷり睡眠を取って、目を覚ましたらたっぷり栄養のある食事をすることじゃ。
そうすれば消費したマナが再び体内に循環していくはずじゃ。」
あまりにあっけない解決に、リュートは目が点になった。
「えっと・・・あの、それだけですか?」
リュートが呆気に取られていると、後ろからハルヒが眉間にシワを寄せながら説明してくれた。
彼が自分に対して怒っているのかと思ったが、この顔はどうやら元々こうらしい。
「若は指先に濃度の高いマナを宿らせて、彼の体内のツボに正確に流しこんだ。
体内に流れる人体のレイラインは肉眼で確認することが出来ない、しかし若にはそのレイラインのツボを正確に見る能力を
持っている。
簡単そうに見えるが、実は相当なマナのコントロールと・・・特別な目があって初めて出来るものだ。」
そう教えてもらい、リュートは初めてこの龍神族の男のことを「凄い」と認識した。
しかし忘れてはいけなかった・・・、この男は敵であるルイドの親友・・・つまりは自分達の敵であることに変わりはない。
サイロンは指を組んでポキポキ鳴らすと、一仕事した後のように背伸びをした。
「さぁ〜〜〜て・・・、では報酬をもらう為、一度きちんとした場に行くとしようかの?」
後ろの付き人二人が、サイロンに向かって一礼し・・・それから部屋を出て行った。
オルフェはチェスとグスタフに、サイロン達を応接間に案内するように命令し、そしてアギトの様子をうかがった。
「・・・私にはマナの循環は見えませんが、恐らく若君の言う通り・・・マナの放出は抑制されているのでしょう。」
そう一言言うと、オルフェは全員部屋に出て応接間へ行くように促した。
恐らくオルフェなりに気を使って、アギトを静かに寝かせつける為に・・・、配慮したのだろう。
「それでは、あとはメイドに交替で看病させましょう。」
そう言ってミラは席を外す。
「ザナハ姫、ジャック、それにドルチェ・・・。
大切な話があります、本当はアギトにも聞かせるつもりでしたが・・・こんな状態では無理でしょう。
これ以上時間を先延ばしにすることはできませんから、ついでです。
若君達も交えて、話したいと思います。」
オルフェはそう言うと、全員を引き連れてアギトが寝ている部屋を後にした。
最後尾をついて行きながらリュートは不思議に思う。
どうしてサイロン達にまで聞かせる必要があるんだろうか・・・?
オルフェなりに何か考えがあるのだとは思うが、サイロン達は仮にも敵・・・聞かせる道理はないと思った。
応接間に全員集まり、これまでにない多人数での話し合いの場となった。
勿論、豪華なソファーには龍神族の三人組が座っている。
理由はどうあれ、一応彼らは客人扱いだったからだ。
そして向かいのソファーには、オルフェにザナハ、それにリュートが座っていた。
さらにその横に、イスを持ってきてジャックとドルチェが腰かけていた。
サイロンは相変わらず大きな態度で、扇子を扇いでいた。
「さて、先程の報酬に関してじゃがのう?」
満足気に切り出すサイロンに、オルフェが口を挟んだ。
「その前に・・・、実は若君にお聞きしたいことがあるのですが・・・よろしいですか?」
メガネのブリッジを中指で押さえて、何かを含んだ笑みを浮かべ・・・オルフェがそう話しかけた。
その姿にリュートは背筋が凍る、この仕草をした時のオルフェは・・・確かに何か企んでそうでちょっと怖かったからだ。
「なんじゃ?・・・苦しゅうない、申してみよ。」
「では・・・。
実は数週間前に、闇の国アビスグランドからルイドがこの地に訪れたことは・・・、龍神族の若君なら勿論ご存じかと
思われますが・・・どうでしょうか?」
まずはオルフェが確認をするように、サイロンに訪ねた。
一呼吸置いて、サイロンがそれに答える。
「勿論知っておるとも!余達は情報通でもあるからのう、それ位初めてここに来る前から・・・とうの昔に知っておるよ。」
扇子で口元を隠しながら、サイロンが答える。
「恐れながら確認の為お訊ねしますが、アビスの者がレムに訪れるには龍神族の方々の許可がなければ侵入できない法律と
なっております。
無論、その時もルイド自身がその許可を正式に受けて降り立ったと言っておりました。
失礼ですがその許可を成されたのは・・・、若君ですね?」
オルフェが突然何を言い出すのかと、サイロンは眉をしかめた。
そして怪訝な表情になりながらもその質問に正直に答える。
「そうじゃ、それのどこが不満じゃ?
余は確かにルイドにその許可を申請した・・・、じゃが勿論その為の条件もきちんとつけておる。
いかなる理由があろうと、他国へ降り立った場合には敵対行動や威嚇行為、その他諸々・・・そういった争いの元となる行為は
一切禁ずるとな。
その条件はどんな人物であっても遵守しなければならない・・・、あやつもそれを承諾して降り立っておる!」
サイロンの断言に対して、オルフェの顔に凍った微笑が浮かび上がる・・・。
「その時・・・、ルイドは数多くの魔物を召喚し我々の兵士を混乱に陥れました。
確かに死傷者は一人も出ませんでしたが・・・、これは条約違反・・・ということになりませんか?
現にその魔物から外傷を受けてはいませんが・・・、特殊能力による被害には遭っています。」
その台詞に、リュートはなるほどと思った。
ザナハも気付いたらしい、確かにリュート達が初めて異世界に訪れた時に、闇の首領であるルイドが光と闇の戦士を見に来たと
言って、二人の器を図る為だと・・・大量の魔物を召喚して、兵士や使用人を襲わせていた。
これは明らかに敵対行動や威嚇行為につながる行為だ・・・!
「そうです、僕達はその魔物達に襲われて被害を受けました!!」
リュートもオルフェの言葉に乗ってみた。
しかしザナハだけは、バツの悪い顔になってなぜか乗ってこなかった。
それはリュートとドルチェがよく知ることだが・・・、どちらかといえばルイドが召喚した魔物よりもザナハによる身内攻撃の
被害の方が甚大だったからだ。
オルフェからそう詰め寄られて、サイロンは・・・初めて余裕がなくなった表情になっていた。
「・・・・・・・・・、それはまことかの?」
三白眼の瞳が、大きく見開いて・・・リュート達を見据える。
どうやらその事実を、サイロンは知らないようだった。
オルフェは続け様に攻撃する。
「これは3国間に取り交わされた休戦条約に大きく反するものであり、我々レムグランド国はこの暴虐とも言える行為に対して
強く非難いたします。
よって・・・、その許可を直接下された仲介人である若君に対し・・・レムグランド国第一師団長のディオルフェイサ・グリム
の名の元に・・・、これを強く抗議いたしますよ?」
後半に、オルフェは笑顔でごまかすような口調で言い放った。
その崩した口調に・・・、サイロンが悟った・・・、オルフェが何を言いたいのか・・・。
「あーあーわかったわかった!!つまりは、こういうことじゃな!?
ルイドの仕出かした罪の清算を、さっきのマナの件でチャラにしろということじゃろうがっ!!?」
腕を組んで、すっかり拗ねてしまったのか・・・ふてくされた顔でぷいっとそっぽを向いてしまった。
「お話のわかる柔軟な発想の持ち主で、私も助かります!!」
両手を合わせておねだりしたような仕草で、オルフェが悪魔の微笑を浮かべていた。
そんなオルフェを・・・、回りの者全員が「こいつだけは敵に回してはいけない」と、自己防衛本能に追加で書き込んでおいた。