第49話 「危険な状態」
リュートは重たい足取りで部屋に戻っていた。
何も考えられない・・・、ジャックやザナハの元へ戻るという考えもなかった。
ただ・・・さっき言われたオルフェの言葉だけが、ぐるぐるとリュートの思考を支配していた。
残された時間は本当にあとわずかだった、そんな短期間で巨大なドラゴンとどうやって戦えと?
リュートは無意識に専用に用意されたアギトとリュートの部屋へと、辿り着いていた。
がちゃりと扉を開けて中に入る、静かな部屋・・・いつもなら疲れきったアギトが自分のベッドに駆け寄っているところだ。
扉を閉めて、リュートはそのままベッドに体を沈める。
ふわふわと柔らかいベッド、自分の家では敷布団なので・・・これ程柔らかくはなかった。
「大佐は明日、アギトにも話すって言ってた・・・。
・・・アギトはどう思うだろう?
実際にドラゴンと戦うことになるのは・・・アギトだ、僕はアギトを応援することしか出来ない・・・。
まだレベルも10以下だし、魔法だって使えない、武器だって使いこなせているわけじゃないのに。
ゲームなら時間を気にすることなく、プレイヤーがもう十分だと思えるまでレベルアップの為に・・・何度だって、
エンカウントを起こして能力を伸ばすことが出来たのに・・・。
僕達はこうやって寝ている間にも・・・、どんどん時間が過ぎて行って・・・ドラゴンと戦う期日が迫って来てる・・・。
・・・僕は明日、アギトに何て声をかけたらいいんだろう?
アギトなら出来るよ?
なんとかなる?
死ぬ気でやれば大丈夫?
・・・どれもその場しのぎで、全然励ましにも・・・何にもなってない・・・。」
リュートは小声で呟くように・・・、知らされた真実に絶望を感じながら・・・いつの間にか眠りについていた・・・。
翌日、いつものように朝6時にメイドがリュートの部屋に無断で入って来て、カーテンをしゃっと開けて・・・朝の準備をする。
リュートは眠りが浅かったせいか、メイドが部屋に入ってくる前からぼんやりと目が覚めていた。
ただ・・・起き上がる気になれなかった。
しかしいつまでもそうしているわけにはいかない、リュートはそう思って気だるい体をゆっくり起こして、顔を洗う。
夕べはそのまま着替えもせずに、眠ってしまったのかと・・・リュートはリュックから適当に服を取り出して着替えた。
部屋から出ると、そのままアギトが眠る部屋へと向かう。
朝はメイドや使用人達が慌ただしく仕事をしていて、すれ違い様リュートに挨拶してきたが・・・リュートの目には入ってない。
リュートの耳には聞こえていない、気が付くことなく小走りに・・・ひたすらアギトの眠る部屋へと向かった。
息を切らして、そしてドアをノックする。
中から女性の声で「はい」という返事が聞こえたので、リュートは誰かが付き添って看病していたのかと思った。
そしてカギのかかっていないドアを開け、中を覗き込む。
ベッドにはアギトが静かに寝息を立てながら・・・、穏やかな表情で眠っていた。
そしてその横には、恐らく一晩中付き添って寝ずに看病していたのか・・・ミラが疲れた顔をして、リュートに微笑みかけていた。
「あ・・・、ミラさん。
もしかしてずっと看病してくれていたんですか?」
そうリュートが言いながら、アギトの眠るベッドの横まで歩いて行った。
「ええ、私にはこれ位のことしか・・・出来ませんから。」
その言葉を聞いて、リュートは瞬時に夕べのオルフェの言葉を思い出していた。
「僕が代わってもよかったのに・・・、僕だって・・・短期間でアギトを強くすることなんて、出来ませんから・・・。」
リュートの自嘲気味に囁いた言葉に、ミラはぴくりと反応したが・・・何も言わなかった。
「ミラさん、ここは僕が看てますから・・・少しだけでも休んでください。
とても疲れた顔をしていますし、・・・それに今度はミラさんが倒れたりしたら、大変ですよ。」
精一杯の笑顔を作って、ミラに言葉をかける。
「アギトは山を越えて、もう大丈夫なんですよね?あとはゆっくり眠って目を覚ますだけだって、聞きましたから。」
ミラはその言葉に・・・オルフェと話して大体の話は聞いたのだと・・・、察した。
「アギト君は深い眠りについているだけで、心配はいりません。
それでは・・・、すみませんが少し看ていてください・・・すぐに戻りますから。」
そう言って立ち上がると、リュートの肩にほんの少しだけ・・・そっと優しく手を触れて行ったのがわかった。
リュートはみんなの気持ちに・・・、胸が痛々しくうずいたのがわかった。
リュートは何をするでもなく、ただじっとアギトのベッドの横にあったイスに座って・・・アギトをじっと見つめていた。
最初は励ましの言葉を考えたり・・・その言葉で眠っているアギトに話しかけたりしていたが、それも1時間位で終わってしまう。
あとはただぼーっと、アギトの穏やかな表情を眺めていただけだった。
するとたくさんの足音がこの部屋に近付いてくるのがわかった。
何事だろうと思い、リュートは怪訝になりながら扉の方に向かって・・・そっとドアを開けて外の様子をうかがった。
そこにはオルフェを先頭に、ミラ、ザナハ、ジャック、ドルチェという、そうそうたるメンバーが勢ぞろいで向かって来ていた。
そのあまりの威圧感にリュートは戸惑って・・・、オルフェの表情からようやくみんなに真実を話すんだと悟った。
リュートを見てオルフェが声をかける。
「アギトはもう目覚めましたか?」
そう聞かれリュートは首を振った。
「いえ・・・、まだぐっすりと寝息を立てて寝ていますけど・・・?」
その言葉に一体何がいけなかったのか、オルフェは一瞬で笑顔の消えた怖い表情へと変わった。
びくっとしてリュートは思わず後ずさりしてしまう。
早歩きになったオルフェはそのままリュートを押しのけ、ベッドで眠るアギトに真っ直ぐ向かって行った。
ドア付近で立ちすくんでいたリュートからは、オルフェがアギトに何をしているのかはわからなかった。
なんだかまぶたを開いて瞳孔を確認するような仕草をしたり、そしてシャツをめくり上げて手の平でどこか異常がないか、
さすっているように見えた。
心音を聞く為に胸に耳を当てたり、腕を取って脈を見たり、その姿はまるで重症患者を診る医者のように思えた。
「中尉、アギトはずっとこの様子で眠っていましたか?」
そう聞かれ、ミラもすぐ横に待機しており・・・いつもの凛とした声ですぐに返事をした。
「はい。外傷はなかったので体内の細胞を活性化させ、疲労を和らげる治癒魔法を行なっていました。
しばらくして血色が良くなったので、後は安静にして眠らせていましたけど。
・・・・・・何か問題でも。」
そう言ったミラの顔は、不安そうな表情に変わっていた。
全員がオルフェの言葉を・・・、不安そうな表情で待っていた。
「おいオルフェ、一体アギトはどうしちまったんだよ!?どこか悪いっていうのか!?」
我慢しきれずジャックが口を挟む。
みんなに聞こえない位の小さな溜め息をもらして、オルフェが厳しい表情で全員の方に向き直り、答えた。
「私は人間の体内を巡るマナの循環を見て取ることは出来ませんが、恐らく・・・。
アギトはマナの解放に無理矢理、全精神力を使って強制的に覚醒させた為に・・・、体外へ放出するマナの勢いを
抑えることが出来ずにいる状態かもしれません。」
リュートには全く意味がわからなかった。
アギトはマナのコントロールをするのに、成功したんじゃなかったのか!?そういった疑問がよぎる。
「マナを持つ人間は、無意識の中でも微量にマナを体外へ放出しているように出来ているんです。
マナのコントロールが出来る人間は、その放出するマナを自在に操れるようになります。
マナを完全に体内に留めたり、一気にマナを大量に放出したりなどね。
今のアギトの状態は・・・、生死の境を彷徨って強制的にマナの流れを掴み取った。
そのマナ濃度があまりに大きかった為に、最初の覚醒で・・・クレハの滝の水を一瞬にして干上がらせる程の威力を放った。
普通ならばその放出はその一瞬で終わるはず・・・、しかしアギトは放出することが出来ても今度は抑制することが出来なく
なっているようです。
目に見えないギリギリの濃度で、アギトの体内のマナは・・・恐らくずっと放出している状態なのかもしれません。
マナが必要以上に放出され続けると、身体機能が著しく低下していきます。
見た目には普通に眠っている状態でも・・・、アギトの体は確実にマナを消費して衰弱していってるのです。
この状態が長く続けば、今度は見た目にも異変が現われて・・・手の施しようがなくなってしまいます!!」
その言葉を聞いて、リュートは血の気が引いた・・・息を荒らげてオルフェに詰め寄る。
「そんなっ!!もう大丈夫だって言ってたのに・・・っ!!
それじゃ早く何とかしてください、アギトのマナが放出されてる状態だって言うのなら・・・それを早く止めてください!!」
そう叫んでしがみつくリュートに、オルフェはただただ自分が無力である・・・という苦渋の顔を滲ませて・・・、
悔しそうに答えた。
「他人のマナの循環を操作出来るのは・・・マナの循環が目で見える、特殊な人間にしか・・・出来ないんです。」
オルフェの服を掴んだ手の力が緩む・・・、意味がわからずリュートは回りの人間の顔を・・・順番に見て行く。
その誰もが・・・、自分にそんな能力は備わっていないという表情で・・・、みんなリュートから顔を背けて行った。
みんなが自分の無力さに打ちひしがれている時、リュートはあることを・・・ふいに思いだした。
「そうだ・・・、ザナハはっ!?」
突然そう叫んで、リュートはザナハに駆け寄った。
ザナハも一体何を言われるのかわからず、不安な顔のまま顔を上げた。
「ほら、僕が闇のマナを暴走させた時のこと・・・覚えてない!?
あの時も確か僕の闇のマナが暴走して抑えられなくなって・・・、ザナハがそれを抑えてくれたじゃないか!!
今度も同じようにしてくれれば、アギトだって・・・っ!!」
リュートの提案に、光が射した・・・と思われた。
しかしその案もオルフェの冷たい一言で否定されてしまう。
「あれは目に見える程の暴走したマナを、相反するザナハ姫のマナで相殺させただけです。
アギトと姫の属性は同属性、相殺させるどころか・・・更に勢いを増す状態にしてしまうだけです。
残念ながら・・・。」
そう言いかけて・・・、オルフェはそれ以上のトドメはささなかった。
あまりのショックにリュートは遂に立つ力さえ失い、その場に倒れこんだ。
ジャックが慌ててリュートを支えようとするが・・・、リュートは座りこんだまま・・・立つ気力さえ失っていた。
「・・・それじゃ、アギトは・・・どうなるの・・・。このまま・・・・・・死ぬんですか。」
その問いには、誰も・・・答えなかった、答えられなかった。
重たい空気が部屋中にこもって行く、絶望だけが・・・・・・全員の心を支配していた。
「やぁ下々の者よ、久しいのう!!」
大きく能天気な声が・・・、絶望に押し潰された部屋の空気を払拭させた、・・・というより殺意を与えた。
後ろには大きな斧を背負った金髪の若者に、女性のような風貌をした美少年がひれ伏していて、更にその後ろには
オルフェの部下であるチェス少尉と、グスタフ曹長が困った顔でおろおろしていた。
「す・・・すいません、玄関先で押し売りをお断りしたんですが・・・っ!!」と、煙草をくわえたままチェスが言った。
「笑顔のまま勝手にどんどん入って行くもんですから・・・、龍神族の若様なのでこれ以上の無礼は出来ず・・・。」とグスタフ。
しかし二人の言葉にも、室内の絶望にも全く介せずに龍神族の若・・・サイロンが扇子を片手にすたすたと進んでいく。
「ち・・・っ、ちょっと!!勝手は止めてくださいって言ってるのに・・・っ!!」
そう言って肩を掴もうとしたチェスの腕を、金髪の若者・・・ハルヒが無愛想な表情でそれを止めた。
サイロンの迷いのない歩みに、全員が黙って道を譲るしか出来なかった。
扇子をばっと開いて、サイロンが首を傾げながら・・・その三白眼がアギトを見据える。
「おうおう・・・、こんなにマナを垂れ流しおって・・・。
こやつバカじゃろ?こんなに放出し続けたら死んでしまうぞ?」
その言葉を聞いて、全員の目の色が変わる。
その目は・・・、ただ一点だけに・・・サイロンだけに注目していた。
「馬鹿様にバカって言われちゃ、おしまいですね。」
「馬鹿バカ言うなっ!!」
美少年・イフォンの言葉に、ハルヒがすかさずゲンコツでばきぃっと・・・彼の後頭部を殴りつけた。
イフォンはその勢いで前のめりになるが・・・、いつものことなのかすぐに体勢を整えて頭を押さえながら痛がった。
そんなどつき漫才に唖然とした顔で見ていたのは、状況を何も知らないチェスとグスタフだけだった。