第44話 「クレハの滝」
アギトとオルフェは洋館を出て・・・、どこかへ向かって暗い森の中を歩いていた。
途中に見張りの兵士に遭遇したりして敬礼してきた。
オルフェが「異常はないか」と聞いて、兵士が「はっ」という会話しか、アギトは聞いていなかった。
軍人というものは長々と無駄話はしないんだろう・・・と、ぼんやりとそんなことを思うだけだった。
ただ・・・、そんな兵士とのやり取りではなく・・・もっと気になることがあった。
一体、どこ行くのオレ達!?
確かに修行をつけてほしいと願い出たのは、他の誰でもない・・・アギト本人だった。
しかしアギトは、いつものように・・・というか普通なら「訓練所」という名前からいってもわかるように、洋館の中にある
訓練所で修行するものと思っていた。
それを・・・、なぜにこんな森の中へどんどん進んでいくのか・・・不安で仕方なかった。
アギトはびくびくしながらも、黙って師匠であるオルフェについて行くしかなかった。
オルフェは両手を後ろに組んで、すたすたと黙って歩き続ける。
一体何を考えているんだろう?
今日のオルフェは本当にいつもと全く態度が違っていた・・・、いや・・・アギト自身オルフェとそんなに長い付き合いをしている
というワケじゃなかったから、正直オルフェがどんな人物なのかよくわからなかった。
いつものオルフェ自体、一体どんなキャラをしているのか?
もしかして、いつものオートスマイル全開のオルフェの方が作られたものであり・・・こっちの不機嫌全開な方がいつものオルフェ
だったりしないか?
そんな不毛なことをぐるぐると考えて、アギトは頭がこんがらがってきた。
ハッ!!
もしかして・・・、ストレス発散でアギトをぼこぼこに拷問する為に、断末魔が他者に聞かれないようにわざわざ深い森の中へ
導いているのか?
そんな妄想もしてしまう。
しかし・・・、こんな不機嫌なオルフェとこんな深い森の中を突き進んでいたら、誰だってマイナス思考全開になる
のは当然ではないだろうか・・・。
アギトは覚悟を決めた。
死ぬ覚悟?・・・いや、違う。
生きる覚悟だ、オルフェに土下座してでも、靴の裏を舐めてでも、懇願して醜く生き延びる・・・そんな覚悟を・・・。
(はっはぁー!プライドなんざこの際クソ食らえだ、オレは生きてやる・・・生き延びてやる!!
オルフェにどんな拷問を受けようが、オレは再び洋館に・・・無事に生還してやるんだ!!)
そうやって、アギトの妄想は目的地に到着するまで・・・延々と続くのであった。
辿り着いたのは、大きな滝だった。
上の方から大量の水が流れ落ちていて、それが下の・・・大きな水たまりみたいなところへ落ちて、ちょっとした湖状態だった。
滝の方へ少しでも近づくと、細かい水しぶきがかかる。
「ここはクレハの滝といって、以前までザナハ姫が禊の為に訪れていました。
ここで精神統一をし、集中力を高め、身を清める・・・。
自分の内に眠るマナを研ぎ澄ませるのに、これ以上最適な場所は・・・他にはないでしょう。」
聖なる地・・・みたいなものか、とアギトは思った。
それじゃここで、・・・恐らくあの滝のすぐ下にある岩場で・・・よく坊主とか修行僧とかがやるような滝打ちでもさせられる
のかと・・・推察した。
あそこで滝に打たれながら、精神統一をしろと?
なんてベタな・・・と、アギトはへっ・・・と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
オルフェは両手を後ろに組んだまま、アギトの方へと向き直り・・・説明しだした。
「アギト、君は私が最初に述べた通り・・・魔術の才能が全くありません。
才能というよりも、扱い方やマナのコントロールが他の者に比べると上手く出来ない・・・という意味で言ったんです。
マナ指数が800台の人間には特別な資質が備わっています。
ですから、訓練次第では魔術の才能を大幅に高めることも・・・不可能ではないんですよ。」
そう言われて、アギトは喜びを隠せなかった。
才能がないと言われて・・・自分は全く魔法が使えないんだと思っていたからだ。
「それじゃあさっ、オレもオルフェみたいにとはいかなくても・・・炎の魔法を使ったり出来るようになんのかっ!?」
両手を握って、力が入る。
オルフェはアギトの興奮を横目で見て、メガネの位置を中指で直しながら小声で言った。
「まぁ・・・、魔術を中心とした訓練をすれば・・・の話ですけどね。
可能と言えば可能です。」
「そっかぁ〜〜っ!!
くううぅぅっっ・・・、それ聞けただけでやる気満々になってきたぜっ!!」
湧き上がってくる興奮を抑えられずに、アギトは更にオルフェに詰め寄った。
「んで?
ここで一体どんな修行をするんだ、やっぱり滝に打たれながら精神集中とかでもしたらいいのかな!?」
ここにきて、ようやく・・・、初めてオルフェが笑顔を見せた。
少しぎこちない笑顔のような感じがしたが・・・それでも笑顔が見れただけでいつものオルフェに戻ったのかと、安心した。
「少し違いますね。
そんな面倒臭いことをしなくても、一発で集中力を高めることが出来る方法があります。」
そんな方法があるのか?・・・と、アギトは期待に溢れた顔になりながら・・・その方法とやらの説明を聞く姿勢で待った。
わくわくしながらオルフェの指導を待っていたアギトに、オルフェは人差し指と中指を立てて自分の顔の前に当てると、
念を送るみたいな仕草をした。
そして何と言っているのかはアギトには全くわからなかったが、ぶつぶつと何か呪文の詠唱のようなものを囁いて・・・次第に
オルフェの人差し指と中指の先から・・・鉛色をした小さな光が収束していった。
2本の指の先に、その光が集まってやがて・・・鈍い光を放つ。
そしてトンっと、鉛色に光った指の先をアギトの額にこずくように・・・押し当てた。
瞬間・・・、アギトは突然膝をついて・・・地面にへたれこむ。
「んな・・・っ!?」
突然、見えない大岩か何かが自分の上に乗っかったような・・・全身にものすごい重さを感じて立っていられなかった。
そしてすぐにその重さに耐えきれず、アギトは四つん這いのような体勢になって・・・オルフェを見上げるように見つめた。
「オル・・・フェっ、これなんだよ・・・っ!?」
苦しそうに、アギトは必死にその重みに耐えようと体に力を入れるが・・・思うように動けなかった。
オルフェはアギトを見下ろしたまま、淡々と話しだした。
「それは土属性の魔法で、重力を操るものです。
本来戦場で使用する時は加減も容赦もない重力が、敵を押し潰して圧迫死させる。
しかし・・・、沈むだけなら・・・その程度に加減された重力で十分です。」
「・・・しず・・・むっ?」
オルフェの言葉が端端にしか聞こえない・・・、自分の体を支えるだけで精一杯だったので全てを把握することが出来なかった。
そう言うとオルフェは、アギトの耳元に口を当てるように近づいた。
これから言うことだけは・・・、しっかり理解して聞くように・・・それだけ重要なことを話すようだった。
「アギト・・・、君はこれから自分の体内にある炎のマナを発動させるのです。
精神を集中させ、マナを感じ取りなさい。
そうしなければ・・・、君はそのまま湖の底に沈んだまま・・・溺死してしまいますから。」
・・・それだけだった。
それだけ言って・・・、オルフェは容赦なく・・・・・・、アギトを湖へと蹴り飛ばしてしまった。
「うああああっっ!!!」
ごぼごぼごぼっ・・・・。
急激に重たくなったアギトの体は・・・、まるで全身に重たい石を大量にくくりつけられたように・・・どんどん湖の底へと
沈んで行った。
手足をバタバタさせて、水をかきあげて、泳ごうとするが・・・沈む勢いには全く歯が立たなかった。
どんどん息が苦しくなってくる・・・!
たくさん空気を吸いこんで飛び込んだわけではなかったから、すぐに酸素不足に陥った。
ちくしょう・・・っ、ちくしょおぅっ・・・!!!
なんで・・・、オルフェのやつオレを殺す気かっ・・・、こんなことして魔法なんて使えるわけがないだろぉっ!!
集中とか・・・それ以前の問題じゃんか・・・、こんなの・・・っ、出来るわけがない・・・っっ!!
ぶくぶくとアギトのはきだした空気が、水面に上がってくる。
どんどん沈んでいって、もう影もなかった。
ここの湖はかなり深い・・・、沈みきってしまったら・・・そう考えると溜め息すら出てこない。
「マナは生死の境を彷徨って・・・、やがて死に直面した時にその流れを掴み取る。
かつての私がそうであったように・・・。
アギト・・・、君は精神統一とか集中力とか・・・そういった地道なものには向かないタイプの人間です。
恐らく、集中力を高めろと言って何時間も座禅を組ませたところで・・・、元々集中力のない君には時間の無駄でしかない。」
そう独り言を言って、オルフェはゆっくりと湖に近付いて行く。
そして湖を見下ろし・・・、アギトを見守った。
「アギト・・・、君には間違いなく炎のマナが宿っています。
そのマナを感じなさい、そしてコントロールする術を学ぶのです・・・!!
そうしなければ・・・、本当に溺死してしまいますよ。」
やがてアギトが沈んだ位置から・・・、空気がぼこぼこと上がってくることはなかった・・・。
勿論、アギトが浮かび上がってくることも・・・・・・。