第42話 「弟子として・・・!」
ヴォルトデイ、夕方6時。
アギト達は何の問題もなく、前回同様に廃工場から移動したので無事にレムグランドの魔法陣に到着した。
見覚えのある部屋・・・間違いなく洋館の地下にある魔法陣の部屋、そのものだった。
「よぉ久しぶり!」
しかし今回は出迎えがあった。
「ジャックさん!!お久しぶりです!!」
リュートが駆け寄る。
「あれ・・・ジャックだけか?」
アギトもたくさん詰め込んだリュックを手に、ジャックの元へ歩み寄る。
「オレのお偉いお師匠様はいずこにおられるのかな?」
イヤミたっぷりに言い放つ。
「あははは・・・、お前も相変わらずキッツイなぁ・・・。
オルフェなら私室にいるんじゃなかったかな、確かお前の修行メニューを必死で考えてるようだったぞ。」
それを聞いてアギトは、げっ・・・となった。
「あのおっさんが・・・、必死で!?
なんかイヤガラセの為に地獄のメニューでも編み出してんじゃねぇだろうな・・・。」
「あのやる気ゼロの大佐のことだもんね・・・。」
それは十分にあり得るかも・・・という口調でリュートが呟く。
「まぁそんなことより、疲れてないか?
確か今日は学校とかいう所から、直接こっちに来たんだろ。食事の用意も整ってるようだから食堂に行こうか。」
そう言うと、ジャックは親切にも二人の荷物を持ってくれた。
疲れているだろうと・・・、今日だけは特別だと言って・・・。
それは同時にこれから厳しい訓練が待っているから覚悟しておけ・・・と、暗黙に言われているような気がした。
地下から出てきて、早速せっかちなお腹の虫が泣いているので食堂に直行した。
「あれからジャックはずっとこの洋館に住んでんの?」と、アギトが素朴な疑問をした。
「あぁ、一度家まで馬車で帰って身の回りの物を荷造りしたりしてたが、・・・基本的にはここで生活してたぜ?
あとは・・・そうだな、久々に軍に戻ったから兵士に挨拶回りするのとか・・・、指導してほしいっていう兵士に囲まれて
訓練に付き合わされたり・・・、家に帰る時間は見事に削られてずっとこの洋館だな。」
頭をかきながら、これまでの5日間を説明した。
「やっぱり僕の他にもジャックさんに訓練してほしい人はたくさんいるんだ・・・。」
「なんだリュート、早速嫉妬してんのか!?」
アギトがからかいながら、にしし・・・っといじわるそうに笑った。
「そんなんじゃないよ!
でも・・・、そうだなぁ・・・。僕より先に訓練をされたっていうのには・・・ちょっと悔しいかな?」
「あはは、すまんすまん。
その代わりここから先はお前専門の師匠として、散々イヤって位に訓練させてやるから安心しろや・・・な?」
「そ・・・っ、それはそれで・・・、ものすごく怖いんですけど・・・。」
リュートはたじたじになって、冷や汗をかきながら苦笑する。
アギト達が大声で笑いながら歩いていたら、食堂にはすぐ到着した。
食堂の扉を開けて、中から美味しそうな匂いが鼻に入ってくる。
「ん〜〜、相変わらず美味そうな匂い!!」
そう言いながらアギトは、適当に空いている席に座ってメニューから注文する料理を選んだ。
「あら、あんた達もう来たの!?
今日はやけに早いんじゃない?」
元気な声が聞こえてきて、振り返るとそこにはすっかり元気そうなザナハ姫、それにドルチェが一緒にいた。
「ザナハ姫、それにドルチェも・・・、久しぶりです。」
リュートにとったら、もう長い間会話をしていないような感覚になっていた。
最初の頃に比べたら随分と明るくなったリュートを見て、ザナハも笑顔になって挨拶をした。
「ザナハでいいわよ、堅苦しいのは嫌いなんだから。
あ〜〜、それよりあたしもお腹空いちゃったぁ!!ドルチェ、ここに座ったら?」
そう言って、ザナハとドルチェはアギト達の隣の席に陣取った。
「お前そういえば体調の方はもういいのかよ?」
アギトがふとそんなことを聞いてきたので、ザナハは顔をしかめたが・・・すぐ調子を取り戻して一応答えてやった。
「ミラが言うには、あたしと契約を交わした精霊が・・・随分と体に馴染んできてるみたいなんだって。
禊をした時には、自分の体内のマナと精霊の特殊なマナを・・・融合に近い状態に溶け込ませるから、集中力とか
ハンパないのよねぇ・・・。
だから禊の後ってものすごく疲労がたまっちゃって・・・、たまに発熱とかしたりしたけど・・・。
それがマシになって、体調も安定したから・・・もう禊をする必要はなくなったって。」
そう言いながらメニューを見て、ザナハは料理を頼んだ。
アギト達も一応注文する料理が決まったので、一緒に注文した。
「え・・・、精霊と契約した後ってそんなに大変なのか!?
おいおい・・・、次はオレの番なんだぜ!?・・・大丈夫なのかよ。」
急に不安がよぎる。
「大丈夫なのかよ・・・って、そんなのあたしはわかんないわよ。それはあんたの問題でしょ?」
リュートはどきんとした。
ザナハがこんな口調になり始めた時には、決まってアギトが喧嘩を買う前振りだと・・・相場は決まっていたからだ。
しかし、アギトは相当契約後の副作用みたいなものが気になっているようだった。
「あ〜〜、マジかよ・・・。
確かオレってオルフェから魔術の才能ないって言われたばかりだったんだよなぁ・・・。
オレは認めたくねぇけど!?そんなの有り得ねぇけど!?伝説の勇者ってのは努力して栄光を掴み取るモンだし!?」
自分に言い聞かせるようにアギトは頭を抱えながら、ぶつぶつと呟いていた。
「そうだぞアギト、みんな努力して技術を身につけるもんだ。」
「ジャック元・少佐は、魔術の才能皆無のまま・・・。」
ドルチェが余計なことを口走る。
ひくひくしながら、ドルチェの頭を力一杯撫でながらジャックがひきつった笑顔で補足した。
「ドルチェ・・・、それはお前・・・オレが魔術に関してのみ、努力しなかったからだぞ!?
オレは物理戦闘技術をマスターするのに、全てを費やしたからであってな!?決して努力して魔術を体得出来なかったわけ
じゃないんだぞ!?そこんとこイイか!?ん?
だからアギト、心配するな!!お前は大丈夫だ、オレが保証するぞ!?」
なんだかうさんくさい励まし方だと思いながら、アギトは横目で疑惑の眼差しを送る。
「そうだよ、あの大佐が何とかするって言ってアギトを弟子にしたんだから・・・何とかなるんじゃない?」
「だぁぁぁもぉっ!!お前ら他人事だと思ってぇーーっっ!!」
頭を抱えて爆発したアギトは、パニックになってこの話題はもうヤメだと叫んだ。
やがて、料理が運ばれてきたことにより・・・事態は自然に収拾された。
みんな食事に夢中で、一言二言会話が出るが・・・それ以外はみんな、結局は食事に専念していた。
「そういえば・・・、師弟関係になってるのは僕とアギトだけなのかな?」
リュートが思いついたことを聞いた。
「ううん、あたしもミラに弟子入りしてるわよ。
あと・・・、そうね・・・ドルチェも確かオルフェの弟子になってたわよね?」
そう言われて、ドルチェはあまり食が進んでないのか・・・元々小食なのか、ちびちびと食べながらこくんと頷いた。
「はぁっ!?
弟子って何人でも、とっていいのかよっ!?」
「まぁ・・・、別に限定とは言ってなかったよね?」と、リュートが付け足した。
「姉弟子・・・、敬ってへつらえ。」
「お前はそんな言葉どこで覚えたぁっ!?」
ドルチェの初めての暴言に、アギトが口の中に含んでいた食べ物を飛び散らかして吠えた。
「んもぉ、きったないっ!!最低!!」
そう非難の声を浴びせながら、ザナハがナプキンで飛び散った何かの食べカスを拭き取った。
「そんなことよりもっ!!
今日は何もしないのか?訓練とか修行は明日から?」
アギトがナプキンで適当に口の回りを拭き取りながら、ジャックに聞いた。
「オレの方は明日から始めようと思っているが、オルフェの方はどうなのかな?
別に相談し合って決めているワケじゃないからなぁ、それはオルフェに聞いてみたらどうだ?」
「ちぇー、結局そうなんのかよぉ。」
ぶちぶち言いながら、アギトは皿をかきこんで全部たいらげた。
「明日からかぁ・・・、あのジャックさん。
僕、武器の名前とか戦い方とか・・・ものすごく基本的なことから教えてもらわないとダメなんですけど・・・。」
リュートは自分の無知さを白状した。
自分はアギトみたいに、ファンタジーの世界に詳しくない・・・この世界で常識と思われてることもわからないはずだと思った。
「あぁそうみたいだな、だが大丈夫。
超初心者からでも始められるところからメニューとして組んでるから、安心しろ。
ただし、努力は相当してもらわないとダメだからな?・・・その辺は、恐らくアギトと変わらんだろう。」
「はい・・・、ありがとうございます。」
そう言ったものの・・・、ジャックの筋肉を見ていたら相当ハードな肉体改造コースが待っていそうだと、覚悟した。
「はぁ・・・、オレの方はワケのわからん魔術書とか・・・古文書とか・・・。
筆記的なことばっかやらされそうだなぁ。」
アギトは正直、最初はリュートの方が羨ましいと思っていた。
確かに魔法を自在に操れるような、いかにもファンタジーな能力に憧れていたが・・・本当は勇者を影ながら支える戦士とか
剣士といった役回りになりたかった。
そういった職業を目指すならば、ジャックに師匠になってもらうのが一番ベストだっただろう。
しかし・・・、今ではそれもどうかと思い始めていたのも事実だった。
いざ敵を前にした時、その命を奪うことが自分に出来るのか・・・まだ自信がなかった。
スライムとか、植物とか、昆虫類の魔物は以前に何度か戦って、だいぶマシにはなってきていた・・・。
しかし・・・、それが血を噴き出しそうな生き物・・・ましてや人間相手になったら・・・?
そう考えると、すぐに武器を持って戦うのにはためらいがあった。
それなら・・・例え、嫌いな机に向かって勉強するタイプでも・・・、その間は命を奪うような行為に至らなくて済むかも
しれないという・・・弱気な発想をするようになっていた。
ダメだダメだっ!!そんなことで、この世界の光の戦士なんてやっていけるはずがないっ!!
もっと割り切れっ!!命と命の奪い合いをする戦いなんだ、殺らなきゃ殺られる世界なんだっ!!
何の為にオルフェに殴られてまで教えられたんだよっ・・・。
そう言い聞かせてアギトは、突然立ち上がった。
あまりの突然さに、回りにいた全員がビックリしていた。
「ど・・・、どうしたのアギトっ!?」
まだ食事を食べ終えていないリュートが、アギトに声をかける。
「オレ・・・、オルフェに修行つけてもらいに行ってくる!!」
そう言うと、ドルチェを無理矢理掴んで食堂から出て行った。
「あ・・・っ、ちょっ・・・!!今からっ!?
てゆうか、ドルチェまでどうする気なんだよーーっ!!!」
リュートの叫び声が聞こえたのか、遠くの方から微かにアギトの返事が聞こえてきた。
「オルフェの部屋に案内してもらうんだーーーーーっっ・・・・・。」
あとは・・・、もう聞こえなくなってしまった。
しぃん・・・と、静まり返る。
「あいつ・・・、正真正銘の馬鹿?」
馬鹿を見るような目つきでザナハが一言・・・そう冷たく呟いたのを・・・聞こえなかったことにしたリュートとジャックだった。
どどどどどっと勢い良く走って行きながら、腕を掴んで連れて来たドルチェに道案内をさせていた。
「右。」と言われれば、右に曲がり・・・。
「左。」と言われれば、左に曲がった。
そしてようやく「到着。」という言葉が聞こえた。
ぜぇぜぇと息を切らしながら、アギトはドルチェに訪ねた。
「ここがオルフェの私室か?」
「そう。」
ドルチェは短く返事をすると、アギトをじっと見つめた。
その視線に気が付いてアギトはようやく無理矢理連れ回したことに気が付く。
「あ・・・、あぁ・・・サンキュな?
無理矢理引っ張って・・・、その・・・悪かったな。」
そう照れくさそうに礼を言っても、ドルチェは「別に。」と・・・相変わらず一言で短く返事をした。
「えっと・・・、もういいし。
メシ食ってる最中だったろ・・・、食堂に戻ったら?」
ちょっと今の言葉はキツ過ぎたかな・・・と思いながら、ハラハラしながらドルチェの様子をうかがった。
それでも・・・ドルチェは魂のない人形のように、小さくこくんと頷くだけで・・・そのまま来た道を引き返した。
とりあえず・・・大丈夫だよな?と思いながら、アギトはオルフェの私室のドアの前に立って、大きく深呼吸をした。
思い切ってノックしようとした途端だった・・・。
「んもう・・・大佐ったら・・・、優しくしてってお願いしたじゃないですかぁん!!」
・・・中から妖しい声が聞こえる。
アギトの顔は一気にデッサンの狂った顔に変わり、ひくひくとひきつりながらドアに耳をくっつける。
「ダメ・・・、そこはダメよぉ〜〜っ!!」
変な汗が出てきた・・・、アギトは顔だけでなく耳まで真っ赤になって顔面の痙攣は治まらない。
なんだかこれ以上、ドアに耳を付けるのがイヤになってきた・・・、というかこのドアですら汚らわしく思えてならなかった。
(何やってんだよ、あのクソメガネ・・・っ!!
今日はオレ達がここに来る日だってわかってんだろぉっ!?
それを・・・、誰だか知らんが・・・何キモイことしてんだよっっ!!
・・・声からして、あれはミラじゃないよな・・・?
じゃあ誰だ?女性兵士か?それともメイドか?・・・どっちにしても気持ち悪ぃ。
明日から部屋起こしに来るの、メイドじゃなく男の使用人にしてもらお・・・。
しかし・・・この状況、どうするっ!?
このまま黙って戻るのはあまりにもカッコ悪過ぎねぇか?
かといって、部屋に押し入るのも・・・モロに目撃しそうで、気が進まねぇし・・・。
そんじゃミラにチクっちゃおうか!?・・・いや、今から探しに行ってる間に事が終わってたら
オルフェのやつがしらばっくれて、オレが変なヤツ扱いされる可能性がある・・・っ!!
その場合、ミラを帰した途端にオレが地獄を見るハメになるのは・・・自然の摂理じゃね?
・・・どうする?・・・どうするっ!?)
「あら、アギト君いらっしゃい・・・。どうしたんですか?そんな所で?」
ミラだった。
(ラッキーーーーーっっ!!現行犯なら言い逃れ出来ない上に・・・っ)
そう考えた瞬間だった。
(出来ない上に・・・、オルフェが逆に殺される?)
顔面が蒼白になる・・・。
(それはマズイ・・・、オルフェが殺されたら・・・いや、かろうじて瀕死の状態だったとしても・・・、そうなってしまったら
オレの修行がお預けになってしまわないか?
ここは・・・っ、可愛い弟子は・・・、師匠の延命を最優先するべきじゃないか?
例えキモイ師匠であっても・・・、例え汚らわしいエロ師匠であっても・・・っ!!?)
そう結論して、アギトはあからさまに怪しい態度でうろたえた。
「えっと・・・ミラ、久しぶりじゃんか!!なに、どうしたの?仕事中?ここには怪しいヤツいないから見張りしなくても
全然大丈夫だぜっ!?
だからここは通り過ぎても全然支障はないから、安心してくれ・・・な?」
そのアギトの態度に、凝視したミラの顔から・・・完全に笑顔は消えていた。
「そこ・・・大佐の私室ですけど、大佐に用事でもあるんですか?」
ぎっくーーんと、アギトは飛び上がった。
本当に・・・、人間って・・・心の底からピンチになったら・・・、本当に飛び上がるものなんだと、人体の不思議に触れた。
アギトは上手い言葉を考えたが、何も用意されていない状態で・・・嘘の言葉は何ひとつ出てこなかった。
そんな時・・・、完全に死を予感する声が響いた。
「あぁん大佐〜〜っっ!!そこ・・・、そこよっ!!ビンゴ〜〜っ!!」
ぴきぃっと、ミラの何かがキレた音が・・・アギトにも聞こえた気がした。
両モモに装備していた二丁の拳銃を両手に構えて、片足で思いきりオルフェの私室のドアを蹴破る。
「ミ・・・、ミラ・・・さんっ!?」
そのままネコのようなものすごい身のこなしで、部屋の中に入って行き・・・、そこで二人はモロに目撃してしまった。
部屋の中央に置いてあったイスに座った、メイド服を着た女性に・・・、オルフェが指圧マッサージをしている姿を・・・。
大きな物音を立てて入って来たミラとアギトを見て、オルフェはきょとんとした顔で二人を見据えていた。
「・・・どうかしたんですか、二人とも?」
マッサージに悶絶の喘ぎ声を上げていたメイドは、恥ずかしそうな顔を真っ赤になりながら両手で隠した。
『いえ・・・、別に・・・。』
ミラとアギトの声は、まるで息を合わせたかのように・・・ピッタリと綺麗にハモっていた。