第41話 「GWまでの準備」
アギト達はあの後、何の問題もなく元の世界へと到着した。
戻ってすぐガキ大将の家へと向かって、ちゃんとうまく事を運べたかどうか確認をした。
もう夜も遅かったということで、回りの視線に気を配りながら辿り着く。
どすどすと足音を立ててガキ大将の部屋へと進んで乱暴にドアを開けると、怯えた顔をしたガキ大将と・・・腰巾着の二人が
アギト達に注目した。
とりあえずこの3人に、自分達がいない間どんな感じだったか話を聞いて・・・多少怪しまれていたが、何とか大丈夫だったと
いう返事が返ってくる。
アギトは疑いの目を向けながら・・・ガキ大将を解放した。
これでもうこの3人に用はない・・・、これからはオルフェが調合した魔法薬を使えばこんな面倒臭いことをする必要が
なくなる・・・。
アギト達にとっては、それが一番重要だった。
出来ることなら本気でこれ以上こいつらに関わるなんて、全くの御免だったからだ。
「御苦労さん」とそれだけ言い残し、二人は急いでリュートの家へ帰った。
家に帰るなり、おばさんの説教を食らってしまった。
せめて毎日電話の一本でもしなさいとか・・・、そういった内容だった。
とりあえず自分達が全く別の世界に行っていたことには、全く気付いていないようだった。
怒られながらそれだけが唯一の救いだと思って、二人は大人しく叱られた。
このお説教も今回で最後だ。
これからはこの魔法薬で自分達の存在を忘れさせるのだから、安心して異世界に旅立てる・・・そう思った。
結局説教が長引いて晩御飯も食べられず、疲労しきった体のまま二人は明日の学校に備えて眠ることになった。
毎日学校には普通に、何事もなかったかのように通った。
そして休み時間には、どういったタイミングで学校の先生に薬を飲ませようかという相談をしていた。
リュートが提案した内容で、ほぼ決まりだったが。
「食後に催眠状態になるんだから、他の生徒が見ているところでは危険だよ・・・。
放課後とかに先生に、何か重要な話があるとか言って呼び出す。
そしてその時に、まぁまぁ一杯どうですか・・・っていう風に魔法薬入りのジュースを飲ませる。
暗示をかけるのはこのタイミングしかないんじゃない?」
とりあえずそれで決定した。
「命令内容はどうする?」
「何か・・・毎回飲ませるのも面倒だよなぁ・・・。
一回で済ませられねぇのかな?例えば『今後ずっとアギトとリュートが登校していない場合は、自動的に存在を忘れること』
みたいな感じでさぁ?
そしたら持続効果は半永久的に続くんじゃね?
「そういえば・・・、その場合のクラス全員の反応までは考えてなかった・・・。」と、リュートが青ざめて気付く。
「・・・大丈夫だろ?クラスのやつらみんな、オレ達に特別関心があるわけじゃねぇし?
ガキ大将達だってどちらかといえば、オレ達が登校してこない方が安心してるはずだし・・・。」
「じゃ、早速今日の放課後に・・・さっきアギトが言った命令で試してみようか?
大佐が期間をハッキリ伝えておかないと、効果は半永久的に持続するって確かに言っていたし・・・。
さっきの命令なら、可能性としては十分効果が期待できると思うしね・・・。」
そう決定すると、二人は早速実行に移した。
この現実世界と異世界との二重生活を続けることによって、二人はだんだんと嘘やしらばっくれるのが上手になってきており
リュートは、あまり素直に喜べないとがっかりしていた。
そして・・・、その不本意のまま培った能力は・・・教師に暗示をかけさせるのに成功した。
アギト達は同じ方法で、リュートの家族全員に早い目に魔法薬を仕込むことが出来た。
その日の夕飯に、リュートが全員のお茶碗が誰のものか把握していたので『お手伝い』と称して1滴ずつ魔法薬を混入させた。
勿論・・・アギトとリュートのお茶碗には入れないように注意して・・・。
その後、二人以外の全員が催眠状態に入る。
家族だけはよく考えて命令しなければならない。
「次に訪れる金曜日の晩から、アギトとリュートが再び姿を現すまで・・・二人の存在を完全に抹消すること。」
これは、ゴールデンウィークの間に万が一・・・戻ってこれなかった時の為の、二重対策だった。
魔法薬の効果を直に確認することが出来ないのが心残りだが、まさかワザと学校を休んで先生の様子を観察するような大胆な
行動は、さすがに出来なかった。
とりあえずは、連休前の仕込みを終えたことで二人は次の作業に移った。
ミラから受け取った「マナマテリアル」を使って、他のレイラインを探すことだ。
もうさすがに廃工場からダイブするのは、嫌気がさしていた。
二人は学校が終わるとすぐに、外を徘徊してマナマテリアルが熱を帯びる場所を探した。
ちなみに、こっちの世界に戻ってきた時にマナマテリアルを調べたら、レムグランドで魔法陣が描かれていた場所で調べた時より
更に熱を帯びていて、持っていられない位の反応を示していた。
つまり廃工場のレイラインは相当なマナが凝縮されていることになる。
・・・しかし、レムグランドで調べた時のような反応は全く起きることがなかった。
どこへ行っても氷のように冷たいまま・・・、マナマテリアルは何の反応も示さなかったのだ。
もし次にレムグランドへ行く日までに他のレイラインが見つからなければ、アギト達は再び廃工場から行く覚悟をしておいた。
最悪の状況を想定しておいた方が、心の準備が出来ている分・・・ショックも小さいはずだと思ったからだ。
そして何の反応も示さないまま・・・、アギト達は金曜の朝を迎えていた。
リュートの両親にバレないように、荷造りは毎日少しずつアギトのマンションで行なっていた。
食事の心配はなかったとしても、インスタントラーメンやこちらの世界にしかなさそうなモノはリュックに詰めた。
もしかしたらホームシックのように、こっちの世界のジャンクフードが恋しくなるかもしれなかったからだ。
あとは着替えなどを中心に詰め込む。
「まぁ、向こうで何か足りないと思ったらまた戻って買い込んですぐ戻れば、問題ないよな?」
アギトがそんなことを言う。
確かにそうだ、異世界間の移動はそう滅多に使用してはいけないと言われたが・・・絶対使ってはいけないと、キツく言われた
わけではない。
リュートもとりあえずはラクに考えるようにして、夕方のことを考えていた。
当たり前だが何事もなく授業を終えて、アギト達はそのままおばさん達に何の挨拶もしないまま廃工場へと向かった。
魔法薬の効果がすでに現われていたとしたら今、家に戻るのは危険だし・・・どうせアギト達が帰らなくても魔法薬の効果が
現われてすぐに存在など忘れてしまうのだから・・・心配はしていなかった。
多少の心残りはあるが・・・、どうせたったの16日間の辛抱だ。
そう言い聞かせて二人はいつものように・・・、廃工場の最上階を目指す。
ひとつ安心したのが、もう廃工場の回りには警官が配備していなかった。
もう捜査を諦めたのだろうか?・・・最初から誘拐犯など存在しないのだから、それも時間の問題だと思っていた。
それはそれで二人にとっては好都合。
回りの目も気にせず廃工場の階段を上り切って・・・、相変わらず慣れない高さにめまいがする。
二人はこれも一瞬だけの恐怖だと・・・、ごくんとツバを飲んで・・・そしていつものように向かい合って利き手を握る。
大きく深呼吸をして・・・、高鳴る心臓に足がすくみながらも二人は・・・またも倒れこむように飛び降りた。
あぁ・・・、いつになったらカッコよく飛び降りられるんだろう・・・。
そう心の中で呟きながら・・・、二人は光に包まれて・・・落ちていく・・・。
光が地面に近付く前に、まばゆい光は収束して・・・そして二人の体ごと消えてなくなってしまった。