第36話 「チャイナ三人衆」
ジャックの家から洋館に到着するまでの時間が、行きよりも随分早く感じられた。
恐らくそれはジャックがパーティーに加わったことによって、戦闘時間が大幅に短縮されたからだろうとオルフェが言った。
行きは・・・、オルフェはあまり戦闘に参加してくれなかった。
アギトとリュートの力を計るため、戦闘能力を高めるため、修行のためと色々言い訳していたが、結局は自分が面倒臭いだけなん
じゃ?と、アギトは確信的にそう思って疑わなかった。
しかしオルフェとは対照的に、ジャックは積極的に戦闘に参加した。
魔物のレベルがかなり低いせいか、ジャックは丁寧に解説しながら指導付きの戦闘を行なっていたのだ。
アギトは剣を振る時に、大きく振り過ぎるためにスキができやすい・・・とか。
リュートは慎重になりすぎて、かえってタイミングを逃しがちだ・・・とか。
そんなジャックの指導に、アギトはオルフェに文句を言った。
しかしオルフェはまたも・・・。
「接近戦はジャックの十八番。
私は遠距離の魔術師タイプなので、しばらくはジャックに近接戦闘の基本を学びなさい。」と、言い訳するだけだった。
ぶちぶち文句を言いながらアギトはジャックにグチって、結局・・・洋館に到着するまでの戦闘は全てジャックが指導していた。
アギト達は、洋館〜ジャック家の踏破記録を更新した。
ようやく帰って来て、アギト達は疲労がたまってすぐに地面にへたり込みたかった。
オルフェは「若いのに情けないですね」と、余裕の表情で洋館に入っていこうとした。
しかし、すぐに足を止めて・・・いつもと様子が違うことに瞬時に気が付いた。
「・・・おかしいですね、見張りの兵士がいません。」
アギトとリュートはどきりとした。
見張りの兵士がいなくなったことは、以前にもあった。
その時は敵の首領がレムグランドに侵入してきて、魔物の群れに襲われたことがあったからだ。
オルフェとジャックが先頭になり、ゆっくりと回りの気配に気を配りながら洋館へと歩いて行った。
その時、洋館の正面玄関の方から騒がしい声が聞こえてきた。
一行は草陰に隠れながらじわじわと距離を縮めて、正面玄関の方へと注意を払った。
正面玄関には見張りの兵士であろう数人が固まって、何やらもめているように見えた。
見たところ、戦闘にはなっていない様子だったので・・・オルフェは溜め息をついて、すっと立ち上がった。
その顔は、これまで見てきたオルフェのものではなく『レムグランド国の大佐』の顔になっていた。
両手を後ろに組んで、すたすたと正面玄関の方へ歩いて行った。
アギト達も黙ってオルフェの後を付いて行った。
あと数メートル・・・というところで、人垣の中から攻撃でも受けたのか・・・兵士が吹っ飛んできた。
その瞬間、人垣を作っていた兵士が全員武器を手に、警戒しだした。
ワーワーと騒ぎになっているところへ、オルフェが一喝した。
「何事です!!」
その声に、全員が石のように固まって・・・一斉にオルフェの方へと振り向いた。
オルフェの姿を確認して、その場にいた兵士全員が一斉に敬礼の姿勢を取った。
オルフェは不快な表情を浮かべて、人垣の中心へと進んで行った。
その時、兵士の一人がオルフェにこの騒ぎの報告をした。
「失礼いたしました大佐。
実はこの洋館に不審な人物が足を踏み入れたので警告をしたのですが、その警告を無視して進入してきたので・・・。」
それを聞いて、オルフェは兵士とは明らかに異なる格好をした・・・男3人の姿を確認した。
一人は、オルフェと同じ位はありそうな長身で軽装な格好をしており、そのスマートで筋肉質な体格から戦士と思わせる青年が
不機嫌そうな視線でこちらを見据えていた。
金髪で髪は短く、背中にはジャックの武器と比べても相違ない程の大きく巨大な斧を背負っていた。
もう一人は、女性と見間違う程の美少年で、ストレートにレザーカットで整えられた茶髪。
その衣装は男性用のチャイナ服に、洋式のマントを着こなしていて・・・両手には大きな杖を持っていた。
こちらの方の青年は始終笑顔でニコニコしていたが、時々開く糸目の瞳からは鋭い眼光が光っていた。
そして・・・二人にガードされているような位置で、恐らく高貴な身分を思わせる男性が余裕の笑みを浮かべていた。
真っ赤な髪をして、全身チャイナを思わせる衣装・・・しかしその生地は美少年のものとは似て非なる高価なものだった。
まるでラストエンペラーのような豪華さで、黒地に金の刺繍が施されていて遠くから見てもすごく目立つ衣装だった。
片手には扇子を開いて、ヒラヒラと扇いで・・・涼むためだけではなく表情を隠す為にも用いるのか、口元を覆い隠していた。
その目は余裕の笑みを浮かべてはいたが・・・、兵士達を見据える時にはその三白眼が射るような迫力を放っていた。
そして・・・赤い髪のこめかみ部分から後頭部にかけて見える茶色くて長い物体、まるで鹿の角のようなものが確認できた。
オルフェはそのチャイナ三人衆を目にして、そういうことか・・・というような冷たい表情で立ち塞がった。
オルフェの姿を確認した赤い髪の男は、満足そうな笑みを浮かべてオルフェの方へ向かって歩み寄って来た。
それを瞬時に察して回りの兵士が再び武器を手に威嚇しようとする、が・・・オルフェはそれを片手で制止した。
赤い髪の男が前に出てきた時に、付き人のような二人はそのままひざまずいてひれ伏した。
変わらず扇子で扇いでいる男に向かって、オルフェは恭しくお辞儀をすると・・・迎えるようにこう言った。
「これはこれは、龍神族の若君ともあろうお方が・・・このような変鄙な所へ、何用でしょうか?」
アギトとリュートは兵士達の間からそれを聞いて、えっ!!?と驚いていた。
「いやなに・・・小耳に挟んだ情報で、最近このレムグランドに戦士が異界から現われたと聞いてな?
興味津々で見に来ただけじゃ。」
そう言って、男は扇子をたたんでびしぃっと・・・アギトとリュートの二人に向かって指をさすように扇子をつきつけた。
ビビって、二人は兵士の間に隠れようとする。
「お主らじゃな?異界から来た戦士・・・というのは。」
にこりと微笑むが、その笑みは誇り高い貴族のような・・・決して相手にスキを見せないような笑い方をしていた。
二人の様子を見て男は扇子の先をガクッと下に傾けた、まるでその仕草はがっかりしたような仕草によく似ていた。
また扇子を広げてぱたぱたと扇ぎながら、男はこともなげに言い放った。
「なんじゃ・・・、異界から来た戦士というからどんなものかと思ったら、。
鼻水をたらした普通の小童ではないか・・・。」
その挑発に見事にカチンと来たアギトは、兵士を押しのけて赤髪の男に向かって行った。
「ンだとくるぁーーーーっっ!!!!」
即座にアギトの攻撃に反応して、後ろにひれ伏した男二人が武器を構えた。
同時にアギトが飛びだした瞬間に、アギトの襟首を掴まえたジャックが寸での所で制止して・・・アギトは空中を
ばたばたしていた。
ジャックに掴まれたまま、アギトは空中でまだ悪口雑言を叫んでいた。
そんなアギトを見て、面白く思ったのか赤髪の男は高笑いをした。
「あっはっはっ!!どうやら今回の戦士は随分と血気盛んなようじゃのう!!」
何をどう満足したのかはわからないが、アギトは高笑いされて気分を一気に害された。
オルフェも、ジャックも、これといって攻撃を仕掛けようという態度は・・・一切出してはいなかった。
まるで・・・手を出したらいけないような、そんな風にリュートには見えた。
扇子を再びびしぃっと閉じて、空中に浮いたままのアギトに向かって不敵な笑みを浮かべながら男は言った。
「余は龍神族の長の嫡男であり、名をサイロンと申す。
中立国の代表が故、態度には十分気をつけるがよい・・・のう?・・・小童?」
ぺしぺしと扇子で頭を叩かれ、アギトは屈辱で頭に血が昇っていた。
しかし、そんなアギトの代わりにリュートが激昂した。
「何が中立国の代表だ!!
どうせお前達がルイドにこの国へ侵入する許可をしたんだろっ!?
都合の良い時だけ中立国だとか何とか言って、休戦条約を結ばせたんならちゃんと役目を果たしてから偉そうにしたら
どうなんだっ!!」
リュートの思いがけない猛撃に、アギトは調子に乗ってぶら下がりながら興奮した。
「そうだいいぞ!!いけぇっリュートォーー!!」
しかしその勢いもつかの間、サイロンの付き人の美少年の方がリュートに向かって豪語した!
「無礼者っ!!
若はこう見えても、身分を笠に着て偉そうにふん反り返るしか能のない馬鹿なお方だっ!
その馬鹿を侮辱するなら容赦は・・・っ!」
そう言いかけた途端に、もう一人の金髪の付き人が思いきり美少年の頭を殴りつけた。
「お前が無礼だ!!」
「まぁまぁ、ハルヒもイフォンもそれ位にせい。」
サイロンは自分の付き人に馬鹿呼ばわりされているのに、全く気付いていないのか・・・高笑いのままだった。
ぜぇぜぇと息を切らしながら、ハルヒと呼ばれた戦士の青年はイフォンの首根っこを掴まえて立たせた。
そんなどつき漫才を見せ付けられて、回りの人間はどう対処していいのかわからないような空気になっていた。
気を取り直したのか、サイロンは本題に戻った。
「大佐殿、余は戦士二人と話がしたくてここまで来た。
良ければ屋敷に招いてはもらえないかのぅ?」
サイロンの申し出に、「なんて図々しい態度だ!」と言わんばかりに・・・アギトはオルフェに視線を向けて「断れ〜断れ〜」
と念を送った。
オルフェは3人を見据えて、ふぅっと溜め息をもらすと返事をした。
「こちらとしても、先程からの非礼を詫びなければいけません。
どうぞ中へお入りください、すぐに部屋とお茶を用意させましょう。」
そう言うと、兵士が敬礼をして3人を洋館の中へと招いてしまった。
「かたじけないのぅ!!」
そう高笑いしながら、サイロンはその場からいなくなって・・・一気に静けさを取り戻した。
アギトはようやくジャックから地面に下ろされて、すぐにオルフェの元に駆け寄って文句を言った。
「なんであんなヤツらを丁寧に迎えてんだよっ!!」
アギトの言葉を軽く受け流すように、オルフェは困ったような表情で言葉を濁そうとした。
しかしジャックが余計なことをまた口走った・・・いや、恐らくいずれはわかることなので今話しただけかもしれない。
「アギト、リュート、冷静に聞けよ?
あの3人・・・いや、サイロンと呼ばれる龍神族の若君はな・・・あのアビスグランドの首領、ルイドの親友なんだよ。
だからヘタなマネは・・・。」
と、言いかけたがアギトは後半の方は聞こえていなかった。
その顔は明らかに、怒りと・・・嫌悪感が現われていた。
「じゃ・・・さっきリュートが言ったのは、あながち間違っちゃいないってことなんじゃねぇのか・・・!?」
「ま・・・、そういうことになりますね。」
オルフェがメガネの位置を直しながら、そう答えた。