第35話 「まるで親子」
翌日・・・、長時間歩き続けて更に魔物との戦闘もしたものだから、軽い筋肉痛になっていた。
外から鳥のさえずりが聞こえてきて、カーテンから漏れた光が顔に射す。
アギトは「う〜〜ん」と寝返りを打ちながら二度寝をしようとした・・・が、ベッドの横でごそごそと動く気配が気になった。
「アギト、もう朝です。早く起きなさい。」
と、すぐ近くでオルフェの声がしたので何事かと思い慌てて飛び起きた。
オルフェはすでに着替えを済ませており、荷造りも終えて、部屋を出ようとしていた所だった。
「全く・・・、私は君のお守り役ではないんですけどね。」
そうグチりながら、オルフェは「早く準備を済ませて下へ来なさい」と一言だけ告げるとさっさと部屋から出て行ってしまった。
「・・・あぁそっか。
ここってジャックん家の客室だったっけ??」
まだ頭が起きていなかったアギトは、そういえばリュートはどうしたのだろうと空いてるベッドを見た。
しかしシーツが綺麗にされていて部屋に戻ったのか、戻ってないのか・・・よくわからなかった。
大きなあくびをしながらアギトは、のろのろとベッドから下りて着替えを始めた。
部屋から出てきて階段を下りて行くと、すでに全員テーブルについていて適当な会話をしていた。
オルフェとジャックが温かそうなコーヒーを飲みながら、しゃべっていた。
アギトは、オルフェが誰かと親しそうに話している姿をあまり見たことがなかったので、かなりの違和感を感じていた。
テーブルについているのは、オルフェとジャック・・・それにまだ眠たそうなジャックの娘メイサとドルチェだけだった。
アギトは不思議に思ってリュートを探す。
するとリュートはキッチンで、ジャックの奥さんの朝食の準備を手伝っていた。
それを確認してとりあえずちゃんといたことにほっとすると、そのままアギトもテーブルの方に向かってイスに腰かけた。
そういえばリュートは殆ど毎朝のように母親の朝の仕事を手伝ってたっけ・・・、と思い返しながらまたあくびをした。
「よぉ、おはようさん。」
そうジャックに挨拶されて、アギトは眠そうな目をこすりながら「おはよう」と返事をした。
「よく眠れたか?昨日は長い道のりで疲れていたんだろ?」
朝からテンションが高そうな笑顔で、アギトはほんの少しだけ面倒臭いと思いながら答えた。
「あぁ・・・、めっちゃぐっすり眠れたと思う。」
「私はあまり眠れませんでしたね、アギトのおかげで。」
コーヒーを飲みながらアギトの方を振り向きもせずに、オルフェがグチっぽく言った。
「あ?オレが何したって?」
朝からムカつくなぁ〜と思いながら、オルフェの言葉にかみつく。
「君、いびきと歯ぎしりがヒドすぎます。
一度医者に診てもらった方がいいんじゃないですか?あ・・・その場合は頭の方の検査もついでにしてもらったらどうです?」
「あ〜ハイハイ、オレは朝っぱらからアンタのイヤミに付き合える程そんなにテンション高くねぇの。」
片手をプラプラと振って、アギトは軽く受け流すように心掛けた。
「それよか、リュートの奴さぁ・・・あいつちゃんと部屋に戻って寝たのか?
オレ部屋に入ってソッコー寝ちまったから、部屋に来たのかどうか全然覚えてねぇんだよな。」
誰ともなくアギトが尋ねて、二人とも答えた。
「あぁ、リュートなら少しオレとしゃべって・・・それからちゃんと部屋に戻って休んでいたよ。」と、ジャック。
「そうですね・・・確か11時位でしたか・・・、リュートが部屋に入って来たのは。」と、これはオルフェ。
「ふ〜〜〜ん、それならいいけど。」
アギトはそれだけ言って、他に話したいことも特になかったので正面に座っているメイサをぼ〜っと眺めていた。
そんな時、後ろにあるキッチンの方から香ばしい匂いが鼻をついて、アギトのお腹がぐぅ〜っとなった。
アギトはキッチンの方を振り向いて、奥さんと・・・リュートの様子をうかがった。
それにしてもリュートは、よく朝から朝食の準備とか手伝えるなぁと感心していた。
しかも他人の家で食器やフライパンとかがどこに置いてあるのかもわからないはずなのに・・・、ちゃんと奥さんの指示通りに
動いているのが不思議だ・・・という視線で、アギトはぼんやりとそんなことを考えながら見つめていた。
「これも習慣かねぇ。」
不意にジャックがそう呟いた。
誰に向けて言ったのかはわからない、でもアギトは何だか自分に向かって言われたような気がしたので真っ直ぐ座りなおした。
ジャックの方を見ると、視線はキッチンの方を向いて面白そうに笑っていた。
アギトは全く意味がわからず、なんとなく適当に相槌を打った。
「リュート、大家族なんだってなぁ。
毎日のように母親の仕事を手伝っているんだそうだ、だからじゃないか?
ああやって手伝いが出来るのは・・・。」
そういうジャックの言葉に、アギトは何だか居心地が悪くなってきた。
それって・・・、自分も手伝いに行って来いと遠回しに言っているんだろうかと疑った。
「別にリュートのマネをする必要なんてないと思いますよ?
かえって邪魔になり、朝食が遅れるのはたまったもんじゃありませんから。」
オルフェの言葉に「どういう意味だ!」と反論しながらも、心のどこかではその言葉に少しだけほっとしていた。
「わっはっはっ、そうだなぁ・・・人には向き不向きがある。
アギト・・・君は多分キッチンには向いてないんじゃないか?オレと同じで!」
「あ〜・・・でも、オレもそう思う。何したらいいかわかんねぇし、料理なんて全く興味ないからなぁ・・・。」
頭をぼりぼりとかきながら、アギトは視線を泳がせて・・・白状した。
「料理は面白いですよ?
どんな調味料を入れたらどんな味になるのか・・・、そういった未知のものに挑戦する楽しみがあります。
・・・実験と同じですね。」
そう言って微かに笑みを浮かべるその顔は、何かを企んでいるような感じがして背筋がぞっとした。
アギトの表情を察したのか、ジャックはアギトに耳打ちする。
「わかっているとは思うが、こいつの手料理は進んで食わない方が身のためだ!・・・いつ実験台にされるかわからんからな!」
と、言われてアギトは大きく首を振って、うんうんと頷いた。
「失礼ですね二人とも、もし実験台にするつもりなら・・・ちゃんと同意書と一緒に遺書も書いてもらいますよ。
法律で義務付けられていることは、私だって守ります。」
「いやだから・・・遺書って・・・。」
絶対にオルフェの手料理は食べない・・・と、アギトは堅く心に誓った。
そしてようやく朝食が運ばれてきて、アギトは一気にテンションが上がった。
昨晩あれだけ死にそうになりながら大量の料理をたいらげたというのに、翌日にはまたお腹がすくなんて・・・と思いながら、
アギトは待ってましたとばかりに全員が席に着くのを急かすような気持ちで待っていた。
朝食を食べながら、ジャックは話を切り出した。
「実は夕べリュート・・・そしてミアと話してな、この子の師匠を引き受けることにしたよ。」
それを聞いて、アギトは両手をあげて喜んだ。
「やったじゃねぇかリュート!!これでオレ達レベルアップしまくりだぜ!!」
手放しに喜ぶアギトに、オルフェは複雑そうな面持ちで溜め息をついていた。
「それではジャックが我々の元にいる間は、ここは部下に護衛させておきましょう。」
オルフェの言葉に、アギトはなんで?という疑問が浮かんだ。
それを察して、オルフェは丁寧に説明した。
恐らくここで受け流して説明しなかったら、後でもっと面倒臭いことになるとわかっていたからだ。
「ジャックは仮にも先の大戦の英雄です。
そのジャックが再び我々と行動を供にするということは、アビスの手の者がジャックの弱みにつけこむ可能性だって
十分にありえるでしょう。
それに・・・、ジャックは随分と特別視されているようでしたから・・・、念のためです。」
オルフェの煮え切らない回りくどい説明に、アギトはイラッとしていたが・・・ジャックは沈痛な面持ちになっていた。
「特別視って・・・、誰にですか?」
リュートが素直に聞いてみた。
オルフェが本当に話したくないことであれば、一切話題に入れてこないはず・・・口に出したということは聞かれる覚悟をして
いるからと、リュートは思ったからだ。
しかしそれにはオルフェではなく、ジャックが答えた。
「・・・ルイドにな、なぜかオレは気に入られているらしい。」
「え・・・、なんで?」と、アギトが驚きながら聞いていた。
「それはわからん、ただ・・・初めて戦場で対面したのに、向こうはオレのことを知ってる風でな?
まぁ部下から色々話しを聞いていたんだろうが、それにしてはオレの技とか・・・オレの戦法とか・・・あまりに詳しいから
ずっと妙に思っていたんだ。」
「そこで私達は、ルイドがジャックのファンであると推測したんですよ。」
・・・と、オルフェが冗談っぽく・・・いや、完全に冗談を言った。
「この人、誰からも好かれやすいタイプですからねぇ〜〜!」
奥さんには冗談が通じなかったのか・・・、ころころと上品に笑いながら嬉しそうにそう言った。
そこでルイドに関する話題は途切れてしまった。
場を取り繕うように、ジャックが話題をシリアスモードに戻そうとする。
「とにかく・・・、ミアも承諾してくれたことだし・・・メイサのことは心配だが、しばらくの間だ・・・。
オレはリュートの師匠として、ついていくことに決めた。」
そう締めくくって、アギト達は目的を無事に達成することができた。
ジャックの家を出発して、洋館へと戻る一行。
アギト達は奥さん、それに二人の娘のメイサに別れを告げた。
ジャックは家族に挨拶を済ませて・・・、ようやく出発することになった。
また6時間もかけてあの道を戻るのか・・・と、アギトがあからさまにイヤな顔をしてリュートが励ましていた。
全員で無駄話をしながら歩き、アギトがふとあることに気が付くのは・・・すぐだった。
リュートがものすごいジャックに懐いている・・・。
あんなに人見知りが激しくて、控え目なリュートが随分と積極的にジャックに話しかけるなぁ〜と不思議そうに見つめていた。
その視線に気が付いて、リュートは「どうしたの?」という鈍感な反応をした。
「いや・・・、なんかお前ら随分打ち解けてねぇか?って思ってさぁ・・・。」
なんか嫉妬されてると思われたくなかったので、アギトは目を泳がせて赤くなった顔を悟られないように顔をそむけた。
「あ、やっぱりそんな風に見える?
昨晩僕、ジャックにたくさん話を聞いてもらってね・・・それでこの人が師匠で良かったなぁ〜って思ったんだよ!!」
「は?答えになってねぇって・・・。」
そう言うアギトに、リュートはぷくっと膨れてジャックの側を離れてアギトの側まで走って行った。
小声でリュートは耳打ちした。
「だーかーらー!!
ジャックみたいな大人、初めてだったんだよ。
なんかね・・・、変かもしれないけどジャックといると・・・まるでお父さんと一緒にいるみたいで、何だか安心するって話!」
「はぁ?
おじさん身長160ないし、頭だって薄いじゃん!!」
「外見の話してるんじゃないでしょ!!てゆうかそれほっといてくれる!?」
リュートはアギトの不機嫌さに感づいて、大きく溜め息をもらすと落ち付いた口調でアギトをなだめようとした。
「アギト・・・、僕とジャックは師弟関係になれたんだよ。
本当は僕ね、ジャックの家に到着するまでの間ずっと・・・アギトと大佐のことが羨ましかったんだからね?」
突然自分とオルフェの話題に切り換えられて、アギトは動揺した。
「なんでオレとオルフェのことが羨ましいんだよ!?
全然ワケわかんねぇし、羨ましがられるような素敵な体験なんてこれっっっぽっちもなかっただろうが!!」
毛嫌いするようにアギトは、顔一杯に大嫌いという感情を無理矢理押し出した。
「確かに、内容的にはものすごく重たいものばかりで・・・アギトがツラそうだったのは、見ててわかったよ。
まぁ・・・全然僕に関係ないことじゃなくて、僕にも言えることだったから余計にアギトのツラさがわかったんだけど。
でも、大佐としゃべってる時のアギト・・・すごく楽しそうだったのは本当だからね?
僕の目から見たら、まるで親子喧嘩してるみたいで・・・すごく新鮮だったし、アギトにとってプラスになってたから・・・
僕は嫉妬してたのずっと我慢してたんだから、変につっかかるのはお互いもうやめよ?」
リュートにズバリ言われて、アギトは反論しようにもなぜか出来なかった。
すると後ろの方からオルフェの声が聞こえてきた。
「私の子供なら、もっと賢い子が生まれてくるはずですが・・・。迷惑この上ないですね。」
そう言われてブチィッとキレたアギトは、オルフェの方に全力ダッシュで向かって行き口答えする。
「何人の話勝手に聞いてんだよ!!てゆうかオルフェなんかオレの親父になり得るワケねぇじゃん!!
オレだってオルフェみたいな親父なんて願い下げだっつーーーーのっ!!」
指でさしながら、アギトがものすごい剣幕でまくし立てた。
二人の口喧嘩に、ジャックとリュートは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ほら・・・、そういうところが親子みたいって言ってるんじゃない・・・。」
しかしこれはものすごく小さな声で・・・、絶対二人には聞こえないように、小さく囁くように呟いた。