第32話 「ジャック家、到着」
あれからパーティーの雰囲気は最悪だった。
再び歩き出してからというもの、アギトは当然落ち込んだままうつむきながらも何とかついて来ている状態であり、オルフェは
必要最低限のことしか話さなくなり、ドルチェは元々無口な方なので、当てにならなかった。
かくいうリュートも、他人に対して空気を読んで自分が率先して場を盛り上げる・・・という経験があまりなかった。
いつも自分は隅っこに留まり回りの人間に全て任せっきりだったのが事実だったからだ。
考えてみれば、いつもバカなことを言って場の雰囲気を盛り上げていたのは・・・内容はどうあれ、いつもアギトだった。
そのアギトがこんな状態になっては、リュートが何とかするしかない・・・、と妙な責任感が出てきてしまう。
そう考えながらも、心の中では「早くジャックさんの家に到着しないかな・・・。」という弱気なことばかりを繰り返していた。
歩いていたら、道の真ん中に何かが立ち塞がっていた。
リュートはどきんとした、・・・また魔物!?
よく見ると、その魔物はくねくねと動きながらこちらを見据えているだけだった。
緑色の草の塊に、黒い目のような点が2つ付いていて、かさかさくねくねうごめいていた・・・そんなものが3匹も。
その魔物を見て、ドルチェが説明する。
「あれはプチプリ・・・、レベル1で特殊攻撃はなし。魔物の中でもスライムより弱い魔物・・・。」
「プチプリですか・・・、相手のレベルが自分達より強ければ積極的に襲って来ない魔物ですが・・・、こちらにはレベル1の
人間が二人いますからね。
通り過ぎようとした瞬間、襲いかかってくる可能性は十分にあります。
・・・ここは念のため、始末しておいた方がいいでしょう。」
そう言うと、ウルフの子供と戦った時のように右手から光と共に武器が現れた。
どういう仕組みになっているのかわからなかったが、オルフェはわざわざ武器を持たなくても魔法で取り出し可能のようだった。
武器を携えて、オルフェはちらりと横目でアギトを見た。
アギトは魔物の存在に気付いていないのか、全員が立ち止まったから自分も自然に立ち止まっただけのように見えた。
オルフェの視線を察して、リュートは腰に付けていたナイフを取り出し構え・・・そしてアギトに戦闘だと教えようとした。
「アギト・・・。」
そう言ってアギトの肩に触れて、注意を促した。
アギトはリュートの言葉に気付いて前を見る・・・、武器を構えたオルフェに、こちらを見つめるドルチェがいた。
そしてその先にいる緑色の草の魔物、プチプリに気が付いた。
「また・・・、魔物か。」
そうぼそりと呟いて、アギトもオルフェの方をちらりと見た。
オルフェはいつの間にか、前を向いていた。
覇気のない顔で、アギトは鞘から剣を引き抜く・・・、と。
剣の切っ先に先刻戦った際の血の跡がこびり付いていて、紫色の血が固まっていた。
「・・・っ!!」
あの一件以来・・・、剣を抜いたのは初めてだった。
手入れをしておくのを忘れていた・・・、イヤな記憶が蘇る・・・。
それでもアギトはイヤイヤながら武器を構えた。
「戦う気がないのなら下がっていてください、邪魔です。」
「!!!!!」
オルフェの冷たい一言が、アギトを硬直させた。
「大佐・・・っ!!」
リュートは反論しようとした、しかしオルフェは背中を向けたまま言葉を続けたので・・・それ以上反論出来なかった。
「ジャックの家に到着するまで、君は戦闘に参加しなくてよろしい。」
「なんだよ・・・っ、オレだって!!」
アギトは再び力を込めて、剣を構える・・・が、震えていた・・・。
剣が重たくて震えているわけではない・・・、確かに剣の持つ意味・・・その重みは十分、痛いという程に感じているが・・・。
まだ、迷いがあった。
「そんな震えた構えで、敵と戦えるとでも思っているのですか?」
オルフェはこちらを見ていない、背中を向けたままなのに・・・言い当てた。
わかっていたのだろう・・・、アギトの迷いを、心情を・・・。
しかしアギトはプチプリの方に目をやって、力強く剣の柄を握り締めて・・・。
「うああああぁぁぁっっ!!!」
走って、プチプリの1匹に狙いを定めた。
上から下へ振り下ろす形で、アギトはプチプリに向かって斬りつけた。
「ギィィィッ!!」
甲高い悲鳴で、プチプリは光となって消えて行った。
仲間の1匹がやられたのを悟って、他のプチプリがアギトめがけて襲いかかってきた!!
アギトは振り向き様、もう1匹・・・、そしてもう1匹も同じように剣を振り下ろして始末した。
「はぁっ・・・、はぁ・・・っ!!」
そんなに激しい動きはしていないはずだが、アギトは息が上がっていた。
どうだ!という風に、アギトはオルフェの方を睨んだ・・・というよりも、オルフェの反応をうかがっているようだった。
オルフェは溜め息をつきながら、光を右手に収束させて武器を収めた。
リュートも、プチプリ全滅に一息ついてナイフを腰のベルトに備えつけた鞘に収めた。
オルフェはアギトの方へすたすたと歩いて行き、メガネの位置を直しながら落ち着いた口調で言った。
「まだまだ型がなっていませんね、まずは剣術の基礎から教え込む必要がありそうです。
あと、例え敵がレベルの低い弱い魔物とはいえ一人で斬りこんでいくのは、もうよしなさい。
弱くても・・・囲まれて数で襲われたら非常に危険な状態になり、回りの味方に迷惑がかかる。」
オルフェの戦闘のアドバイスとも取れる言葉に、アギトはぽかんとしながら話を黙って聞いた。
「武器の手入れの仕方、剣術の基礎、チームワーク・・・。
これからの訓練はそういったものを中心に叩きこみますから、覚悟しておきなさい。
・・・いいですね?」
それだけ言って、オルフェはまたすたすたと先を進んでいった。
その背中を見送って、アギトは肩を震わせながら大声で叫んだ。
「おすっっ!!!!」
リュートは、オルフェの背中からでも・・・オルフェがアギトの返事を聞いて苦笑いしながら、溜め息をついたのがわかったような
気がした。
リュートはほっとして・・・、ほんの少しでも場の空気が良い方向へと変わったような感じがして安心した。
アギトは剣をしゃーっと鞘に収めて、ふぅっと小さく息を洩らすと・・・オルフェの後を付いて行った。
リュート、そしてドルチェも後に続く・・・。
オルフェは先頭を歩きながら、心の中で思っていた。
(血の通っていない植物系のものならば、武器を向けられる・・・ということですか。
ウルフの子供であれだけの反応を示したとなると、動物系・・・しかも自分達の世界にも存在しそうな、似た動物相手だと
情が現われてしまうようですね。
この調子では・・・、戦争が始まって人間を相手にした場合のことを考えると・・・、頭が痛くなってくる・・・。)
オルフェはそれ以上先の推測は、やめることにした。
理論派なオルフェにとって、頭で考えるより先に感情と体が動くタイプのアギトとは、どうも合わない気がしてならなかった。
その点を考えると、アギトはジャックによく似たタイプだと思った。
(ジャックと弟子を交換したいものですね・・・。)と、心の中でグチをこぼしてみるが・・・それはどうにもならない
ことだった。
そもそも師弟配分をしたのは、他の誰でもない・・・自分自身だった為、他に方法がないことも十分承知していた。
アギトの師になり得る人物は自分しかいなかったし、リュートの師に最も最適なのもジャック以外考えられなかった。
はぁ・・・っと、溜め息をついたオルフェにアギト達は不思議そうな顔で眺めていた。
その後も・・・、先刻のようなわだかまりはなくなったものの・・・再び魔物が現れたりして、アギトはこれを何とか撃退して
いた。
その度に、オルフェのイヤミが飛んできたり・・・何かと言い合いになったりしたが、アギトの暴言が柔らかいものへと変わって
いたことにリュートは気が付いた。
ほんの少しだけかもしれないが、アギト自身オルフェに対して師と仰ぐ心が芽生えたのだろうか?・・・と思った。
ともかく、場の雰囲気は洋館を出た当初のものに戻ってくれたので、リュートにとっては安心この上なかった。
こうして4人は、合計6時間40分をかけて隣山の奥の方まで辿り着いた。
その間にも何度か現れた魔物を撃退させたことで、アギトとリュートはレベル1からレベル3になっていて、ドルチェは
レベル11になっていた。
そして数百メートル先に木造の家を発見した時には、全員の顔が安堵の表情に変わっていたのは言うまでもなかった。
予定していたよりも、時間がかかってしまっていたので太陽がかなり落ちてきていた。
回りはまだ陽の光で明るかったが、もうあと1〜2時間もすれば辺りは真っ暗になるだろう。
4人は急ぎ、木造の家の方まで早歩きになっていた。
アギトは明るい内に回りをきょろきょろしながら様子を見ていた、道は割と大きく切り開かれておりバス1台分は十分に通れそう
な道幅があった。
道は真っ直ぐではなかったが、多少曲がりくねったように続いていて・・・それはそのままあの木造の家まで続いているんだと
思った。
遠くの方から、コーン・・・コーンという奇妙な音が聞こえてきた。
「何の音だ・・・?」と、じっと耳を澄ませるアギト。
「これは斧で木を切り倒す時の音ですね。」と、オルフェが説明した。
「そういえば・・・、ジャックさんは木こりをしているって言ってましたよね?
ということは、この音はジャックさんのものなんですか?」
リュートがドキドキしながら、そう言った。
この音を立てている人間が・・・、自分の師匠となる人物だと思うと・・・まだ会ったことも顔も見たことがなかったが、
多少の胸の高鳴りと緊張は抑えられなかった。
そもそも、幸せな家庭を壊して戦争に導こうと企んでいるのだから、そういった罪悪感がないと言えばウソになる。
なんだか急に重苦しくなって、吐き気がしてきた。
憂鬱になりかけた時、ドルチェの言葉に余計に憂鬱になった。
「到着。」
かなり広々とした場所で、恐らくこの場所全部ジャックが木を切り倒して作ったスペースであろうと思った。
何年もかけて作られた土地だと思わせる、全部・・・家から子供用の遊び場にあるブランコなどから・・・、何から何まで
丁寧に手作りされたものがたくさんあった。
なんだかリュートの家を思い出させるような、そんな懐かしさを与えるような・・・とても心が落ち付く場所だった。
オルフェは何の躊躇いもなく、すたすたと木造の大きな一戸建ての玄関に向かって行って、玄関先にあった鐘を鳴らした。
チリーーンと、鳥のさえずりのような音が鳴った。
すると奥の方から「は〜〜〜い」と、バタバタと小走りに駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
アギトは少し後ろに下がって、もう一度一戸建ての木造の家の外観を眺めた。
屋根の方から煙が上がっていて、恐らく晩御飯の準備でもしていたのだろう・・・さっきから美味しそうな香りがして
お腹がぐぅ〜っと鳴りっぱなしだった。
そして、がちゃっとドアノブが回って「どちら様ですか?」という可愛らしい声と共に扉が開いた。
中から茶髪の若い女性が顔を出した。
とても素敵な笑顔の似合う女性で、ミラとはまた違った美人だった。
茶髪のおかっぱ頭で、オレンジ色の大きな瞳をパチパチさせ、とても家庭的な感じのする・・・若いお母さんといった雰囲気だ。
女性は、オルフェの顔を見るなり明るい笑顔が・・・更に喜びに溢れた笑顔へと変わった。
「あら・・・、グリム大佐じゃありませんか・・・!
お久しぶりです。」
そう言って胸の前で両手を合わせて、とても感激している様子だった。
顔見知りなのだろうか・・・?と、アギトとリュートは不思議そうに顔を見合わせた。
「夕食の準備中に、失礼いたします。
・・・お久しぶりですねミア、とてもお元気そうで何よりです。
ところで・・・、早速で申し訳ありませんが・・・ジャックは森の中で仕事中ですか?」
ひゅおっっ!!
・・・と、後ろの方から鋭い物が勢いよく飛んで来る音がしたかと思ったら、オルフェが首を傾けた・・・玄関のすぐ横に巨大な
斧が突き刺さっていた!!
その斧を確認してようやく、さっきの音は斧が回転して飛んで来る音だったんだと認識して、アギトとリュートは「あわわわ」と、
ビビって腰が抜け・・・、玄関前の踊り場に尻もちをついていた。
はぁ〜っと、オルフェはワザと全員に聞こえるような溜め息を漏らした。
メガネの位置を直しながら、オルフェは後ろを振り向かず・・・奥さんの方に向かい合ったまま、声をかけた。
「・・・相変わらずのようですねぇ、その愉快なお出迎えの仕方は・・・。」
その言葉に、全員が後ろを振り向くと・・・大きな男がそこに立っていた。
短髪の黒髪で、後ろには少し長い髪の毛を紐で束ねており・・・、随分とラフな格好をした身長2メートル近くはありそうな
大男が、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。
「よぉオルフェ!!随分久しぶりじゃねぇか!!その様子だと相変わらず部屋に籠って分厚い本ばっかり読み漁ってるな!?」
「そういうあなたは、相変わらず外で元気にはしゃぎ回っているようですね。」
ふっ・・・と、お互い笑い合い・・・ジャックがずかずかとオルフェに歩み寄って来て、がっしりと握手を交わした。
アギトとリュートは何が起こっているのか、今ひとつ理解出来ずに・・・まだ腰が抜けたままだった。
その二人に気が付いて、ジャックがきょとんと二人を見下ろす。
「・・・なんだ?この子達は・・・?」
腰に手を当てながらしばらく観察して、それから二人の首根っこを引っ掴んで無理矢理立たせた。
二人はまだ「あわわわ・・・」と冷や汗をかいて硬直していた・・・、そしてやっとの思いで壁に突き刺さった斧に視線をやった。
その視線に気が付いて、ジャックはニカッと笑い二人の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「わっはっはっはっ!!なんだ二人とも、これにビビってたのか!!いやぁ〜悪い悪い!!いつものクセでな!!」
どんなクセだ・・・、と二人は思いながらぐしゃぐしゃにかき混ぜられた髪の毛を両手で整える。
「もう、ダメよあなた・・・。
斧を人に向かって投げちゃいけないって、あれほど注意したじゃない・・・。
メイサがマネをしたらどうするの・・・。」
ものすごくのほほんとした口調で、笑いながら注意にもなっていない注意をした・・・。
どうやら・・・、この主人にしてこの奥様あり・・・らしい。
奥さんは笑いながら、めっ!と叱った後・・・ジャックが斧を引き抜いた、壁に残った傷に人差し指を当ててすぅっと撫でた。
奥さんの指からほのかに光が灯ったかと思ったら、優しく撫でた壁の傷が・・・みるみる跡形もなく何事もなかったかのように
消え去っていた。
「さぁ、これでいいわ。
みなさんどうぞ中へ入ってください、今夕食の準備中だったから・・・良かったら食事をしながらでもお話しましょう!
あなた、私はキッチンへ戻るからみなさんのことと・・・メイサのこと、お願いね。」
笑顔でそう言うと、奥さんはみんなを中へ招いた後にそのままキッチンの方へと歩いて行った。