第300話 「そして始まりへ…」
若草と土の香り、遠くでは鳥のさえずりが聞こえる。
心地良い春のような日差しを受けて一人の青年が今、旅立ちの朝を迎えていた。
旅をするには相応しくない上質な生地、豪華な金糸で刺繍された上着の裾を風でなびかせ、若き龍神の青年は笑顔で出発する。
「うむ、実に素晴らしい日和じゃな! これは幸先いいのう!」
ここは龍神族の里にある、首都ヒルゼンからは遠く離れた小さな村。
堅苦しい宮中での生活を嫌う自由人、龍神族族長パイロンの嫡男でもある彼――サイロンは殆ど根なし草のような毎日を過ごしていた。宮中に連れ戻そうとする臣下達の追跡をかいくぐり、サイロンは亡命して来た人間達が住まう里をあちらこちら転々と歩き回っているのだ。
しかし今回だけは少し違う、いつものように気まぐれに歩き回る旅とは違っていた。
サイロンは食事と寝る場所を提供してくれた村人に丁寧に挨拶すると、どこへともなく歩き出す。
今回の旅に目的地はない、ただひたすら「あるもの」を探す旅であった。
サイロンが村を出て数分後、突然遥か前方に奇妙なものを発見する。
「それ」は魔術によるものとは少し違う、周囲にある木々を薙ぎ倒すように突如として現れた大きな球体。
まるで視界がぼやけたように見える球体を前に、サイロンは珍しく驚いていた。
やがてゆっくりと球体が小さく収縮していき、何事もなかったかのように静寂が戻る。
「もしや……、あれが余が探しているもの……なんじゃろうか?
まさかのう……旅立ってからまだ、小一時間も経っておらんというのに」
サイロンはまさかと思いながら高笑いしつつ、もしやという思いを拭いきれないまま先程球体が現れたであろう現地へと向かった。木々をかき分け進んで行くと、球体の大きさそのままの広さ、その一部分だけ何もなかった。
歪んで見えた球体に触れたもの全てが跡形もなく消失したように、その一帯だけ開かれた空間となっている。
ごくんと生唾を飲み込み、先程の球体に危険性を感じたサイロンは慎重にその空間を観察した。
するとその空間の中心に誰かが倒れている、サイロンは慌てて駆け寄りその人物を抱き起こそうとする。
体の大きさや特徴から見てその人物は人間の子供、着ている衣服は龍神族の里のものではない。
背格好よりも気になったのが髪の色だった、サイロンは再び生唾を飲み込むと真剣な面持ちで倒れている少年に釘付けとなる。
「おい、大丈夫かの? 意識はあるか?」
触っても大丈夫なのかと、指先でつついてみる。しかし何も起こらないので今度は肩を掴んで揺さぶってみた。
「うぅ……っ!」
青い髪の少年が呻き声を上げたので死んではいないと察し、サイロンはなおも声をかけながら体を抱き起こそうとした。
脇腹の方へと手を差し伸べると、手が冷たい何かで濡れたので怪訝に思い、濡れた手を見つめ驚愕する。
サイロンの手を濡らしたもの、それは真っ赤な血だった。
「お主……、怪我をしておるのか!?
どれ、見せてみい!」
少年を仰向けに寝かせ、怪我をしているであろう脇腹の方へと視線を走らせ上着を脱がせる。
しかし脇腹にはすでに傷の塞がった後だけが残っている、血で濡れているのは衣服だけのようだ。
それでも少年がまだどこかに何らかの傷を負っているかもしれないと、サイロンは必死に声をかけ続ける。
「大丈夫か、しっかりせい! 傷はどうやら塞がっておるようじゃが、脇腹の他に痛い所はないかのう!?
返事をせい……!」
すると少年はゆっくりと瞳を開けて、目の前で必死に声をかけるサイロンと目が合った。
まだ意識はある、そう察してサイロンは少年がそのまま再び意識を失わないように声をかける。
「大丈夫じゃ、もう大丈夫じゃぞ!?
すぐ近くに村がある、そこで手当てしてやるから安心するがいい。
それとお主の名前は何と言う、名前じゃ! な・ま・え!」
少年は意識が朦朧としたまま、じっとサイロンを見つめ……ぼそぼそと小さく呟いた。
サイロンは聞き逃さないように耳を近付け、言葉を聞き取ろうとする。
「……-ト」
「ん? 何じゃ、もう一度言うてみい!
よく聞こえんぞ!?」
「リュ……、リュー……ト。
僕の名……は、リュート……だ……サイロ……さ……」
生死の境を彷徨う青い髪の少年リュートは、今にも意識を失いそうになりながら名前を告げた。
(時の精霊クロノスの力を使ったことで……、体が言うことをきかない……っ!
全身が鉛のように重たい、魔力も残り少ない。
クロノスの力を行使するってのは……、残りの寿命を消費するっていうのはこういうことなのか。
まるで命を削られたような、うまく言えないけど……これ程の反動が来るとは思わなかった。
とにかく……これで、助かった……っ!)
そのままリュートは安心感から、意識を失ってしまった。
息を引き取ってしまったのかと勘違いしたサイロンは慌てて心臓に耳を当てる、しかし心臓はきちんと脈動していたのですぐさまリュートの体を抱き抱えると、先程出立したばかりの村へと引き返すこととなった。
サイロンはリュートが意識を失っても、なおも言葉をかけ続け、名前を叫び続けた。
「余が今すぐ助けてやるからのう、安心せい……『ルイド』よ!
これから行く村には腕のいい医者もいるし、綺麗なお姉さんもいるぞ?
物腰柔らかな美人でのう、ルイドもきっとメロメロになるはずじゃ!
エヴァンは心優しい娘じゃから、きっとお前の面倒をみてくれる!
だからお主は安心してそこでしっかりと療養するのじゃ、わかったなルイドよ!」
サイロンはリュートを抱えたまま村へと急いだ、今なら自分を見送った直後なのですぐに村人の誰かを捉まえることが出来る。
そしてサイロンには何よりも、彼を助けなければならない理由があった。
「お主は余が探し求めていた闇の戦士かもしれん、ちょうど余が闇の戦士を探す旅に出た直後で幸運じゃったな。
アビスグランドに闇の戦士の候補がいると聞いておったが、余が探しておるのはスピカの戦士じゃ。
アンフィニの誕生と共に現れるという双つ星の戦士……。
もしかしたらお主がその、――スピカの戦士なのかもしれんのう!」
――そして時は巡る。
幾重にも張り巡らされた点が結ばれ、やがてひとつの真実へと導かれる。
ここは闇の神子エヴァンが生きる時代、「先の大戦」と呼ばれる大きな戦いが起きる数年前の世界。
繰り返される歴史の中、再びリュートは「ルイド」となり……魔剣を得る為の犠牲を払うこととなる。
全ては己の望みの為に、自分の命よりも大切な……友の命を救う為に。
リュートは再び、血塗られた歴史を歩む道を選んだ。
長い間、こんなクソ長い小説を読んでいただきまことにありがとうございました。
私自身、最後まで話を書き続けられたことに驚きが隠せません。
これもひとえに応援してくださった読者様のおかげでございます。
ここで長々とお礼と感謝の言葉を並べたい所ですが、それはまた後ほどその場を設けさせていただきます。
まずは完結した余韻に浸りたいと思います。
本当に本当に、心からありがとうございました!
これから先アギトは、リュートは、ザナハはどうなってしまうのか。
第二部となる「ツインスピカ」はこれから構想期間に入る為、掲載時期を未定にさせていただくことを、どうかお許しください。
それでは長い間、本当にありがとうございました。