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第296話 「クジャナ宮脱出!」

 リュートは時の精霊クロノスと正式な契約を交わし、ディアヴォロと闇の眷族をこのクジャナ宮ごと封じ込める為に「時の牢獄」を発動させようとした。

 その時、ディアヴォロの本体が眠っている封印の扉の中に居るアウラ、歪んだ空間の中に封じ込められていると言っても良い状態のアウラが座り込んだまま、リュートとクロノスを制止すると突然二体の精霊を召喚する。


「光の精霊ルナ、そして闇の精霊シャドウ・・・」


 その言葉と同時にリュートの目の前に神々しい光を放った美しい女性と、暗黒の鎧を身に纏った長身の人物が姿を現す。

 ルナとシャドウは球体の中に居るアウラの方へと向かった。


『我が主、アウラ・・・。

 あなたとこうしてまみえるのは何年ぶりでしょうか・・・』


『世界創造の為とはいえ、ラ=ヴァースに生ける者達にとっては数千年の歳月であるが・・・。

 我々はアウラと運命を共にする者として、およそ七億年の時間を費やした・・・実に長かった』


 どこか憂いに近い口調でルナとシャドウがそう言ってアウラに挨拶を終えると、わずかに殺気の込められた雰囲気を放ちながらゆっくりとクロノスの方へと向き直る。

 まず棘のある口調で口を開いたのはシャドウの方であった。


『クロノス・・・、この裏切り者めが・・・。

 堕ちた精霊の分際でまだ彼女に付き従うつもりか、恥を知るがいい』


『・・・おやめなさい、シャドウ。

 確かにクロノスが行なった行動は我々精霊にしてみれば、気高き誇りすら捨てる程の愚行・・・。

 しかしアウラがこうしてディアヴォロに取り込まれずにいるのも全て、クロノスが自ら放った「時の牢獄」がアウラを守ったというのもまた事実・・・。契約を交わした契約主の命令に背きし精霊は、堕ちた精霊として罰せられる・・・。

 ですが我々はアウラを失うわけにはいかない、再び現れたアンフィニと・・・スピカの戦士に未来を託す為に』


 ルナの説得にシャドウは冷静さを取り戻し、剣の柄に伸ばしかけていた手を止めた。

 光、闇、そして時の精霊を前にリュートが戸惑っていると「時の牢獄」の中からアウラが声をかける。


「リュート・・・、あなたが再びクロノスと共に魔剣を得る旅に出るというのなら・・・すぐにこれらの意味がわかります。

 あたしの他に現れたアンフィニと、あなた達スピカの戦士にこの世界を託す為・・・。

 光の精霊ルナと闇の精霊シャドウとの契約を、今この場で破棄します」


 アウラの言葉に驚きを隠せなかったルナとシャドウが身を乗り出すように口を挟んだ。


『アウラ・・・、そんなことをすればあなたは我々の加護を失います。

 そうすれば今度はあなたがどうなるか・・・っ!』


 憂いに満ちた眼差しでルナが告げる。


『いくら「時の牢獄」の中にいるとはいえ・・・、危険過ぎる。

 あなたはディアヴォロに最も近い場所に幽閉されているのだ、承服しかねる!』


 冷静で動じぬ心を持っている人物だと思っていたリュートは、シャドウの言葉を聞いてアウラが大変なことを口にしているのだと暗黙に察した。

 するとアウラが静かな表情で、説き伏せるように柔らかい口調で言葉を紡いだ。


「ですが彼等にはあなた達の力が必要なのです。

 今こそ全ての精霊が力を合わせて・・・、ディアヴォロに対抗する為の力を・・・。

 フロンティアを目覚めさせる時が訪れようとしている。

 あたしの時代ではフロンティアを救済の方舟としてしか使う術がなかったけれど、今度は違う。

 この空中要塞と化したクジャナ宮に太刀打ち出来るのは、フロンティアと・・・ディーヴァの力以外に有り得ません。

 リュート、数々の困難があなた達を苦しめるでしょう。

 でも忘れないで、スピカが元々ひとつの存在であることを・・・。

 例え心を鬼にして突き離したとしても、互いの絆が断ち切られることはありません。

 それがスピカの繋がりなのだから。

 スピカが・・・光と闇が本当の意味でひとつとなれた時、奇跡は必ず起こります。

 あたし達もほんのわずかですが、力を貸しましょう・・・その奇跡を生み出す為に。

 エクラ・リュミエールの奇跡が必ず、あなた達を守ってくれるように。

 ルナ・・・、シャドウ・・・。

 あたしとの契約はこの瞬間を以て、無効となります。

 今まで本当にありがとう、あなた達に出会えて・・・本当に良かった。

 これからは新たな主と共にこの世界を守って」


 それだけ告げるとアウラが右手を掲げ、手の甲に記されていた二つの紋様が消えて行った。

 ルナとシャドウは項垂れるようにそのまま姿を消した、精神世界面アストラル・サイドへと還ったのだ。

 光の精霊であるルナと闇の精霊であるシャドウが、主であるアウラによって契約を破棄させたことでその繋がりが絶たれた。

 そして恐らく次に彼等の前に立つ時は正式な契約を交わすことが出来るということ、闇の神子であるジョゼがシャドウと。

 光の神子であるザナハがルナと契約を交わせるように、アウラが取り計らってくれたのだ。

 しかし気がかりがあった、ルナやシャドウの口振りでは契約を解除すればアウラの身にも危険が迫るかもしれないと。

 アウラを失えば全ての計画が水の泡になる、約束が果たせなくなる。

 問いただそうとしたリュートを見て、察したクロノスがアウラの代わりに答えた。


『案ずる必要はない、私が作り出した「時の牢獄」は完璧にアウラを守る。

 それよりもこのクジャナ宮を封じ込める為の「時の牢獄」のカウントダウンはとっくに始まっている。

 お前も急ぐがいい』


 そう促され、リュートはふと後ろを振り返った。 

 先程まで扉の前にいたユリアの姿が見えない、少し気にはなったが「時の牢獄」に封じ込めさえすれば外界に干渉することは敵わないはず、そう思ってあえて気にしないようにした。

 何となしに先程投げ捨てた銀時計の方へと視線を移したリュートは、奇妙なものを見つける。

 機械仕掛けの蜘蛛のような形をした物体が、投げ捨てられた銀時計を持ち上げ運んで行く光景を目にしたのだ。


(あれは・・・ゲダックの作った傀儡か何かか?

 今更あんな物拾い上げたって何もならないのに・・・。

 でも・・・傀儡が動いてるってことは、ゲダックは生きてるんだな・・・良かった・・・)


 ゲダックは様々な知識を持っている、彼の心情や思惑がどうであれきっと残された者達への助けになるはずだ。

 そう願い、リュートは左手に宿っている魔剣へと目を向ける。


「最後に・・・もう一度だけ力を貸してくれ、エヴァン」


 苦渋を滲ませながらリュートは魔剣を扉の方へとかざす、すると左手の甲に埋め込まれた魔剣の核が輝いたと同時に巨大な扉がゆっくりと閉まって行く。

 石同士がこすれる音を立てながら扉は完全に閉まって、周囲は暗黒に支配される。

 光も何も差さない、ただあるのはディアヴォロ本体から発せられるわずかなランプの明かりのみ。

 こんな何もない場所で生き続けることは、地獄と何も変わらない。

 そんな場所でアウラはずっと・・・「自分を死なせてくれる者」を待ち続けていたのだ。

 何億年も待ち続けてようやく現れたのは、青い髪をしたスピカの添え星である―――――――ルイド。

 再び扉は封印され、あと数分もすればこのクジャナ宮もまた「時の牢獄」と呼ばれる時空の狭間の中へと幽閉される。

 「時の牢獄」に閉じ込められればその中は外界とは完全に隔離された、隔絶された時間軸の中で生きることになる。

 それは「静止世界」と同等の世界、時の止まった世界、時を刻まない世界。

 時を操る精霊、クロノスにしか扱えない時間魔法だ。

 リュートは改めて心を落ち着けて、クロノスの方へと視線を戻す。


「・・・行こう、ルイドの始まりの地へ」


 その言葉と共にクロノスの紋様が刻まれたリュートの額が白銀に輝き出す。

 途端にリュートの周囲から「ひずみ」が生じて宙へと浮かんで行く、歪んだ「ひずみ」がリュートを包み込んで浮かせると瞬時に発生した衝撃波により凄まじい爆風が巻き起こった。

 それからリュートを取り巻いていた「ひずみ」が弾け、後には何も残っていない・・・。

 何の痕跡も、欠片も残さず、跡形もなくリュートはその場から完全に姿を消してしまった。

 唯一の安全地帯でもある「時の牢獄」の中でそれらの光景を見守り続けて来たアウラは、再び「その時」が来るまで・・・この隔絶された「時」の中で、再びひっそりと生き続けることになった。




 隔壁の間を出てからもひたすら走り続けるザナハ達、薄暗い通路を抜けた先は広大なフロア――――――闇の眷族と化したジークと四軍団達が戦っていた場所だった。

 見るとそこには傷付きボロボロになっているヴァルバロッサとブレア、そして青白い光の中にジークの姿があった。

 絢爛な羽織りをだらりと来た銀髪の男が振り向く、気だるそうな態度・・・そして生気の抜けた眼差しのまま懐からキセルを取り出すと火を付け、吸い始める。


「サイロンか、随分早いな?」


 それから伊綱が作り出した結界の中に閉じ込めているジークを目にしてから、少し考え込むような仕草をしてから続きを言う。

 伊綱が作り出した結界は特殊で、対象を閉じ込めるだけではなく魔力すらも徐々に奪い取る効力もあったのでジークは殆どの魔力を奪われ床に伏せっていた。

 しかし完全に消失したわけではない、ディアヴォロを完全に消失させることが出来ればその眷族でもあるジークも同じように跡形もなく消失するはず、伊綱はそう思い怪訝そうにサイロンを見据え訊ねる。

 

「・・・眷族はまだ生きているようだが、何かあったのか」


 悠長な態度でそう口にする伊綱に向かって走り寄るとサイロンは声を張り上げて手早く説明する。


「伊綱よ、今すぐここを出るのじゃ!

 ディアヴォロ完全廃棄は失敗したが、まだ終わっておらん。

 巻き込まれん内に眷族以外の者は今すぐこのクジャナ宮を脱出するぞ!」


 急き込むようにそう告げるとのんびり構えていた伊綱の裾を無理矢理引っ張って連れて行こうとする、伊綱達と共に駆けつけたリヒター、レイヴン、そしてカトルもまた自体を把握出来ず固まっていた。

 その中でもカトルは戻って来た者達の中にアギトの姿がないことに気付き、ザナハに問いかける。


「ザナハ・・・、アギトは・・・?」


 そう問われ言葉に詰まるザナハは悲痛な表情を浮かべながらうつむいた、その態度に最悪のイメージを思い浮かべてしまったカトルは血相変えて隔壁の間がある方へと駈け出そうとした。

 しかしそれをリヒターが食い止める、カトルの腕を掴み・・・首を左右に振って制止する。


「状況を把握しろ、今奥に進んで何になる」


「でもっ! ヴォルトの使いは光の戦士に従うものなんじゃないのか!?」


「別にあいつがやられたってわけじゃないだろう、そうでなければ全員ここまで戻って来れるはずがない。

 ・・・そうなんだろ、大佐?」


 リヒター自身も事態を完全に把握しているわけではなかったが、考え得るだけの憶測を立てて冷静さを保とうとする。

 何とかカトルやレイヴンを落ち着かせてパニックだけは起こさせないようにするリヒターの機転に感心しながら、オルフェは笑みのない顔でサイロンと同じ言葉を繰り返すだけだった。


「話は後で説明します、今は全員急いでこの場を脱するのが先決です。

 そちらにいる緑髪の・・・体が丈夫そうなあなた。

 申し訳ありませんが、ハルヒの代わりにあの青年をおぶってやってもらえませんか」

 

 突然オルフェに声をかけられた緑髪の青年、伊綱の供をしている辰巳がオルフェの後方に目をやると、そこには長身の金髪の青年ハルヒが小柄な青年イフォンをおぶっているのが見えた。


「ハルヒ、イフォン! お前達無事だったのか、良かった」


 龍神族の里での顔見知りの姿を確認してほっと胸を撫で下ろすと辰巳は側に居たリンと共に、ハルヒに手を貸した。


「ハルヒ、気を失っている彼を一旦その者に預けてください。

 それからあなたは向こうの、ヴァルバロッサに手を貸してやってくれませんか。

 見た所、緑髪の彼よりもハルヒ・・・あなたの方が力がありそうですからね。

 ヴァルバロッサは・・・、あのままでは私達と共に脱出するのは困難なはずです。

 カトルはザナハ姫に手を貸してあげてください。

 呪歌の使い過ぎで魔力だけではなく、体力の方も相当疲労が溜まっているはずです。

 中尉、あなたはザナハ姫をカトルに任せてあそこの――――――ブレアに手を貸しておあげなさい

 リヒター、フィアナは・・・私が預かります」


 意識が未だ朦朧として本調子ではないフィアナの方へと歩み寄り、大切そうに抱き抱えるオルフェを見てサイロンは満足そうな笑みを浮かべると、視線だけでハルヒ――――――そして伊綱に合図する。

 立っていることさえやっとな状態のヴァルバロッサの方へハルヒが歩み寄り手を貸そうとする、しかしヴァルバロッサは息を切らしながらも盾つくようにオルフェに向かって怒声を上げた。


「我等に未だ情けをかけるつもりか、獄炎のグリムよ!」


 その言葉の後にブレアは金切り声を上げて問いただした。


「ルイド様は・・・っ、ルイド様は一体どうしたのっ!?」


 床に膝をつきながらやっとの思いで訊ねるブレアに向かって、問いに答えたのはミラであった。


「ルイドはアギト君の・・・。

 光の戦士の手にかかって、その命を全うしたわ。

 あなた達の望んだ通りに・・・ルイドの願い通りに、逝ったそうよ」


 ルイドの最期を聞き届けたブレアは全身の力が抜けて、手に持っていた銃を床に落とした。

 ヴァルバロッサもまた同じように両膝をついて項垂れるように天井を見上げる、手に持っていた巨大な斧が手から落ちて甲高い金属音が辺りに響いた。

 天井を仰ぎながらヴァルバロッサの頬を涙が伝う。


「そうか・・・それならば、我等ももう・・・思い残すことは何もない」


 ヴァルバロッサの言葉にブレアも同意し、肩を震わせながら呟いた。


「私達の魂は常にルイド様と共に・・・、あの方が亡くなったのなら。

 この場で亡くなったのなら私も、せめて同じ場所で・・・」


 力なく死を望んだ二人にミラは泣き崩れるブレアの肩を掴みながら声を荒らげた。


「馬鹿なことを言わないでっ!

 あなた達は生きるのよ、まだ死んでないわ・・・諦めては駄目!」


 ブレアの両肩を力一杯揺さぶり、生きることを諦めないように諫めようとするミラに対してブレアは先程までの虚勢の欠片もなく、大量の涙を零し、声を震わせ抵抗した。


「お願い・・・逝かせて、あの人の元へ・・・っ!

 私にはあの人が全てだったのに、あの人が望みを叶えたら私も後を追うつもりだったのよ・・・っ!

 だから私はここに残るわ・・・、もう放っておいてちょうだいっ!」


 ブレアの嘆きにヴァルバロッサもまた、青白い結界内に閉じ込められている実の息子・・・闇の眷族へと堕ちたジークを切ない眼差しで見つめながら、抑揚のない声を上げた。


「主と共にここで朽ちる・・・、それが我々の道だ。

 今度こそ息子を一人きりで死なせはしない」


 死を選びたがっている二人に、サイロンの顔から余裕の表情が消え失せ厳しい表情へと一変する。

 共に逃げる気のないヴァルバロッサの胸倉を掴んでサイロンは怒声を浴びせた。


「何を終わった気でおるのじゃ、まだ何ひとつとして終わっておらんぞ!

 ルイドはお主達に自分の後を追わせようなどとこれっぽっちも考えておらん、むしろ自分亡き後の世界を心から信頼するお主達に託そうとしたのじゃ、それがまだわからんのかっ!?

 ルイドに仕えていたのなら、リュートに仕える者ならば・・・最後にお主達の主が何と言ったか教えてやろう!

 ・・・このクジャナ宮からみんなを連れて脱出しろと、あやつはそう言ったのじゃ。

 みんなというのは姫神子達だけではない、お主等のことでもあるんじゃぞ!?

 リュートがお主等に生きろと、生き続けろと余に託したのじゃ・・・その言葉の意味がまだわからんか?」


 サイロンの叫びに、ヴァルバロッサとブレアの絶望した瞳の奥に光が宿った。

 それからサイロンは胸倉を掴んでいた手を放すと、再び仕切り直す。


「さぁ早くここを脱するぞ」


 その言葉に反論する者は、誰一人として居なかった。

 事態を把握する為に必要なことを知らされていない者達の胸には一抹の不安ばかりであったが、皆サイロンの言葉に従いそれぞれが手を貸し合いながら出口を目指す。

 途中に敵が現れることもなく来た道を引き返し、ようやく上層階へ続く魔法陣を発見するがなぜか起動せずに沈黙を保ったままであった。怪訝に思ったオルフェがクジャナ宮へ来た時と同じように魔法陣を調べる、そして眉根を寄せながら最悪の状況になっていることを説明する。


「魔法陣の機能が完全に停止しているみたいです、恐らく主となる機能を停止させられたからでしょう。

 クジャナ宮に設置されている魔法陣は我々が使用しているトランスポーターと、ほぼ同系のもの・・・違いますか?」


 オルフェがそう問うたのはサイロンであった、オルフェが先の大戦で一度このクジャナ宮に訪れたことがあるとはいえ、その時は戦争の真っ只中――――――魔法陣を詳しく調べる余裕などどこにもない。

 この中でクジャナ宮に出入りしたことがありそうな人物、四軍団やサイロンに聞いた方が早いと思った為である。

 そしてサイロンは仮にも龍神族、こういった「過去の遺産」に関する知識は普通の人間以上に持っているであろうと推測したのだ。

 

「うむ、お主等が使っておるトランスポーターよりも古い型じゃがな。

 過去の文献から読み取った知識じゃが、世界に点在するトランスポーターは各塔と・・・このクジャナ宮に連結しておる。

 使用方法が多少異なったとしても機能的にはほぼ同系と考えていいじゃろうのう。

 しかし・・・ここの魔法陣が使えないとなると、他も使えなくなっている可能性が高いが。

 主となる装置があるのはクジャナ宮の奥、制御室だけじゃ。

 そこに行って装置を作動しなければ魔法陣を使うことなど出来んぞ、どうする!?」


 完全に閉じ込められた、そう思った時に後方から気だるそうな声がして全員が振り返った。


「その魔法陣を使わなくても外へ出るだけなら可能だぞ。

 そもそもオレ達も魔法陣を使わずにクジャナ宮に入ったんだからな」


「何っ、それを早く言わんか伊綱よ!」


 呑気にキセルを吹かしながら素っ気無い態度のままの伊綱にサイロンがひくひくと顔面を痙攣させていると、リヒターが伊綱の代わりに説明する。


「オレ達はここから西にある非常口のような場所からクジャナ宮に入ったんだ。

 元々この階は位置的に地下深くにあった場所だったから。

 今のクジャナ宮は空中に浮かんでいる要塞と化している、普通の方法ではまず出入りすら出来ない。

 だから龍族の背に乗ってその非常口からこの中に入って来たんだ。

 ・・・今からその場所へ案内する」


 そう言って歩き出すリヒターに全員がついて行くと、サイロンが小さな声で文句を言った。


「それならそうと先に言えばいいものを・・・」


「他に出入り口があるのをお前達が知っているんだと、そう思っていただけだ。

 まさかこの魔法陣を使って脱出しようとしてたなんて思わなかったものでな」


 時間が押し迫る中、魔法陣があった場所からそれ程遠くない所に大きな鉄の扉が開かれ外からの風が吹きつけていた。

 オルフェが近付き鉄の扉から下を覗くと、眼下にアビスグランドの枯れた大地が遥か下に見え、周囲は暗雲に覆われている。


「どうやらこの巨大なクジャナ宮が空中に浮かんでいる、というのは事実の様ですね。

 にわかには信じられないことですが、実際この光景ですから・・・恐れ入りました」


 ブレアに肩を貸した状態のミラが不安そうに声をかける。


「しかし、それなら一体どうやってここから脱出したらいいと言うのでしょう?

 見た所クジャナ宮の周囲にはもう他に龍族が飛んでいませんし・・・」

 

 ミラの言葉をまるで愚問だと言わんばかりにサイロンが不敵な笑い声を上げる、その不気味さに全員が眉根を寄せてサイロンの方へと白い目線を送った。


「ようやく余の本領を発揮する時じゃな、全員少し下がっていよ!

 そしてドラゴン化した余の背に乗ってここを脱出するのじゃ!」


 サイロンの掛け声に全員が後退する。

 龍神族の本来の姿であるドラゴンへと変化させる為にサイロンは全身に流れるマナを急速に活性化させると、こめかみの血管が浮き上がる位に力み肉眼で確認できる程のマナがオーラのように全身を取り巻いた。

 それから皮膚がどんどん赤くなっていき、サイロンの肉体がぼこぼこと不気味な音を立てながら巨大化して行く。

 着ていた衣服を破り、その皮膚はすでに人間のものではなく鋼よりも硬い皮膚を持つドラゴンのものへと変化していた。

 背中からは大きな翼が生え、長い尻尾は周囲に居る者達に当たらないように遠慮気味にぱたぱたと動かしている。

 現在唯一の出入り口となっている鉄の扉から出られる程度の大きさに微調整をしたサイロンは、後ろを振り向き早く背中に乗るようにと目で合図を送った。

 それを察して全員サイロンの背中によじ登って行き、全員が乗り込んだことをハルヒがサイロンの耳元で告げる。

 

「では行くぞ、しっかり掴まっておくがよい!」


 サイロンが声を上げた瞬間、猛るような仕草をしたので全員小さな声を上げながらサイロンの背中にしがみついた。


(・・・てゆうか、ドラゴン化しても喋れるのねっ!?)


 ザナハはカトルとレイヴンに支えられながら違うことでショックを受けている、しかしツッコミを入れる暇もなくサイロンは勢いよく強風の中へと飛び立って行った。

 鉄の扉の縁を蹴るように大空へと舞い、激しい風にあおられてしっかり掴まっていないとそのまま振り落とされそうになりながら全員が無意識に声を上げている。

 サイロンは翼を広げ風の軌道に乗ると飛び立った直後よりは受ける風が安定し、上半身を起こす程度には安全を保つことが出来た。

 それからオルフェが後方を振り向き、クジャナ宮全体をその目にする。

 まるでひとつの山が空中に浮かんでいるような、そんな異様な光景を見て思わず声を漏らしていた。

 

「あれがディアヴォロの空中要塞、クジャナ宮の真の姿・・・ですか」


 今でこそサイロンの背中に乗ってその全貌を目にすることが出来るが、あんなものをこれから相手にしなければいけないとなると気が重くなって来る。そしてクジャナ宮に侵攻する為の手段も模索しなくてはいけない。

 オルフェの頭の中はすでに次の作戦を練っていた。

 焦燥さえ滲ませるオルフェの表情を見てわずかに不安を覚えたザナハもまた、同じように顔を上げてクジャナ宮を見つめる。


「・・・あっ」


 巨大なクジャナ宮から離れるように飛び立ちながら様子を窺っていると、言葉では表現しづらい「何か」がクジャナ宮全体を完全に覆い尽す光景を全員が目にして、数人が短い悲鳴を上げた。

 目がおかしくなってしまったのかと思うように、空間が歪んだように見えるもやもやとしたものがクジャナ宮を巨大な球体の中に覆い隠すように包み込んでいる。

 まるでクジャナ宮の周囲だけ別の空間になっているような、「ひずみ」によるバリケードで覆われたように見えた。

 しばらく様子を見ているとクジャナ宮の周囲に浮かんでいた雲がまるでクジャナ宮を避けるように、何者をも受け付けないバリアが張られているように完全に隔絶された空間を作り出しているようだった。

 するとオルフェは急に試したいことを思いつき、魔術の詠唱を始める。

 周りに居た者達が何をするつもりだと言わんばかりにオルフェに注目していた、そしてオルフェは呪文の詠唱を終えてフィアナを片手に抱き抱えたまま、クジャナ宮を包み込んでいる「ひずみ」に向かって魔術を放った。


「眼前の敵を焼き尽くせ、・・・フレイムドラゴン!」


 掛け声と共にオルフェの炎のマナが巨大な火炎龍となってクジャナ宮に向かって行く、空を駆けるドラゴンのように飛んで行くがクジャナ宮を包む「ひずみ」に阻まれ、炎の龍は四散してしまった。

 その光景を見たオルフェが小さなため息を漏らしながら呟く。


「成程そういうことですか・・・。

 あれが恐らく若君の言っていた、リュートによる特殊な力・・・ですか。

 クジャナ宮を閉じ込めるということですからさっきのように、中からも外からも一切干渉が出来ないと・・・」


「・・・それじゃあの中に残ったリュートは、一体どうなるの!?」


 ザナハが問いかけるも今この場でそれに答える者は誰もいなかった、サイロンも今は出来るだけ早く落ち着いた場所へ逃げてから説明するつもりでいたので、あえてこの場で説明しようとはしなかった。


「そんな・・・っ」


 気丈に振る舞っていた心が崩れて行く、不安が増していき・・・再び強烈な喪失感がザナハを襲った。

 何も得られていない、その代わり失ったもののなんと多いことか。


 フィアナとの決着の末、ドルチェの存在が消失し・・・。

 闇の戦士の使命を全うする為に、ルイドがその命を燃やし尽くし・・・。

 リュートを取り戻す為に奮闘したアギトが、目の前で消えてしまい・・・。

 連れ戻そうと思っていたリュートもまた、クジャナ宮に残して来てしまった。


 胸にぽっかりと穴が開いたように、今まで「居る」のが当たり前だった存在が消えて居なくなってしまった。

 それを痛感したザナハは涙が止まらなかった。

 サイロンの意向でクジャナ宮から離れて行く、だんだんと巨大な建物の姿が遠くなって行くにつれ引き裂かれんばかりの思いに打ちひしがれながら、ザナハは叫んだ。

 喉が張り裂けんばかりに叫び続けた。


 ――――――二人の名前を。

 ようやく本当の仲間として心から受け入れ、大切だと実感した途端に失ってしまった二人の名前を。


 ザナハは悲痛な声で絶叫した。


「アギトーーーーーーーーーーーッッ!

 リュートーーーーーーーーーーッッ!」


 


 新世歴4010年、イフリート第1の月、3週目ウンディーネデイ。

 この日――――――虚空の要塞クジャナ宮が復活を遂げ、再びひとつの世界となったラ=ヴァース。

 アビスグランドの首都クリムゾンパレスの上空で、クジャナ宮がその活動の一切を停止させたこれら一連の出来事のことを・・・後に「第二次アビス戦役」として、世界の歴史に記されることとなった。

 

 地上にはディアヴォロ復活に呼応した負が未だ溢れ、凶暴化した魔物や眷族と化した動植物が闊歩する地獄のような世界となる。

 全世界のトランスポーターも使用不可能となり、各国間との連携が取れぬまま・・・人々は精霊の加護で守られている土地でひっそり生きることを余儀なくされた。

 

 クジャナ宮を封じ込めている「時の牢獄」が、その効力を発揮させる4年間。

 力なき人々は再び双つ星の戦士が現れることを祈り続ける。

 

 心の寄り辺を失ったザナハもまた、弱体化して行く世界の中で眷族達の脅威に晒されながら・・・国民達を守り続けた。

 時に歌い、時に語り、人々の希望の象徴として・・・アンフィニとして尽くし続ける。

 

 誰よりも双つ星の再来を願っていたのは、他でもない。

 瞳を閉じれば思い出せる、彼等の笑顔を・・・彼等の言葉を。

 そして彼等に勇気付けられ、再びザナハは笑顔を取り戻す。


 人々を勇気付ける為に、不安を払拭させる為に、自分が笑顔で在り続けることで救えるものがある限り。

 多くの守るべき大切なものがある限り――――――ザナハは歌い続ける。

 大切な仲間だった二人が安心して戻って来れるように、ザナハは笑顔で歌い続ける。

 その胸の内は張り裂けんばかりに傷付いていようと、孤独で涙が零れそうになったとしても。

 笑顔を絶やすことなく、――――――ザナハは懸命にアンフィニで在り続けた。



 


今回ラ=ヴァースの年月日の法則を紹介させていただきます。

興味のない方はどうぞスルーしてくださいませ☆


ラ=ヴァースにも春夏秋冬が存在します。

世界が3つに分けられてから精霊ごとに季節がバラバラになっておりますが。

ここでは1つとなった世界ラ=ヴァースでの季節を基準にします。


春→4月~6月、シルフ

夏→7月~9月、イフリート

秋→10月~12月、ノーム

冬→1月~3月、ウンディーネ


*季節毎の精霊名は基本属性「地水火風」で表します。

各月1日~28日まであります。

4月→シルフ第一の月、5月→シルフ第二の月、6月→シルフ第三の月、となって他の月も「精霊名 第Oの月」と表します。


週間については以前説明したように・・・。

日曜日→レムデイ

月曜日→ルナデイ

火曜日→イフリートデイ

水曜日→ウンディーネデイ

木曜日→シルフデイ

金曜日→ヴォルトデイ

土曜日→ノームデイ


*1ヶ月に4週間(28日)あり、年間336日となります。

ひと月ごとに曜日精霊名として表します。

例えば6日だったら第1週目の土曜日になるので、「第1週目ノームデイ」となります。

10日ならば第2週目の水曜日になりますから「第2週目ウンディーネデイ」となるのです。


設定下手なのでところどころ矛盾なり何なりあると思いますが、そこは軽くスルーしてあげてください(おい)

それではここまでわざわざ読んでくださったあなた、あなたはとても根気強く熱心な勉強家でございます☆

読んでくださってまことにありがとうございました。

どうぞ続きの話もよろしくお願いいたします。

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