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第295話 「時の精霊・クロノス」

 サイロンはイフォンを肩に担いだ状態で封印の扉から出て行った。

 後ろを―――――リュートの方を振り向くことなくオルフェ達の元へ向かおうとした瞬間、全身に鳥肌が立つ程恐ろしい殺気を感じたサイロンはイフォンを庇うように抱き抱えると反射的に身を屈める。

 その判断は正しく、サイロンの頭上を何かがかすめて赤い髪がぱらぱらと数本床に落ちた。

 視線を走らせるとそこには淡いピンク色の、ウェーブがかったロングヘアーがまず目に入る。

 黒い衣装に身を包んだ闇の眷族、ユリアが片手に持ったナイフでサイロンを攻撃して来たのだ。

 イフォンを抱き抱えた状態だと反撃はおろか、その場を瞬時に脱することも出来ず珍しくサイロンに焦りが見える。ユリアは反撃出来ないことを察して更に攻撃を仕掛けて来た。

 するとユリアによる第二撃を巨大な斧が弾き、金属音がぶつかる甲高い音が響いてユリアの持っていたナイフが宙を飛んだ。

 サイロンは振り向くなり、斧の持ち主に笑顔になって声をかける。


「ハルヒ、ナイスじゃ!」


 サイロンとイフォンの危機を救ったハルヒは、サイロン達を背にしてユリアの前に立ちはだかった。

 

「若様、お怪我はありませんか!?」


 主の身を案じてユリアから視線を逸らすことなくハルヒが問う。


「余は大丈夫じゃ、それよりもハルヒよ!

 今すぐこの場を脱するのじゃ、眷族のことは放っておいて構わん」


「――――――え、ですが・・・っ!」


 眷族を前にして逃げると告げたサイロンの意図が全く掴めず動揺したハルヒは聞き返した、危険極まりない眷族を放って逃げるなど出来るはずがない・・・そう思ったからだ。

 だがしかしサイロンには確信に近い何かがあるのか、イフォンを道具として使ったユリアを睨みつけながら説明した。


「このクジャナ宮はもうすぐリュートによって封じ込められる」


「―――――っ!」


 サイロンが静かな口調で放った言葉に真っ先に反応したのはユリアだった、すぐさま封印の扉の中に居るリュートの方へと振り向くとそこには満身創痍のリュートが銀髪の男―――――時の精霊クロノスと何かをしている光景が目に入る。


「まさか・・・っ、クロノスと契約を!?」


 そう察した瞬間ユリアは珍しく血相変えてリュートの方へと向かって行った、ディアヴォロを倒す為に不可欠な存在である闇の戦士リュートの方へと闇の眷族ユリアが走って行ったのを見て、ハルヒだけではなく後方から追い付いて来たオルフェ達もまた事態を把握しきれずにサイロンへと問いただす。


「リュートが危ないわっ!」


 先に声を上げたのはザナハだった、これまでの戦いの中でユリアが最も危険な存在だと察していたザナハは彼女がリュートの元へ向かって行ったのに、それをサイロンが止めなかったことを非難する。

 慌ててリュートの元へと駆けて行こうとするザナハの手を取り、サイロンは首を振った。


「大丈夫じゃ、あの眷族――――ユリアはリュートに手出し出来ん」


「どうしてそんなことが言えるのよ!?

 リュートは酷い怪我を負っていたんでしょ、だったら・・・っ!」


「ザナハ姫、少し落ち着いてください」


 光の戦士であるアギトが姿を消したことで落ち着いていられる状況でないのは誰もが理解していたことだが、事態が次々と急変する中で一人でも足並みを乱せば混乱を招くと判断したミラが静かな口調でザナハを諫めようとした。

 そしてもう一人、平静を保っているように見えるがこの中で最も心中穏やかではないオルフェが少しでも事態を把握しようとサイロンを問い詰める。


「話が全然見えないので、手短に説明をお願いしたいのですが。

 リュートは一体何をしようとしているのです?

 なぜユリアはリュートに手出し出来ないと、断言出来るのですか?」


 現在最も重要な点だけをオルフェが指摘する。

 サイロンはハルヒに目で合図を送ると抱き抱えていたイフォンをハルヒに一旦預けて、封印の扉の方へと視線を向けながら話し出した。他の者達もサイロンの視線の先を追う。

 するとユリアはリュートを攻撃するどころか扉の前で立ち止まったまま、全く微動だにしていない様子が全員の目に入っていた。


「時間がない故、大雑把に説明するぞ。

 リュートは今からこのクジャナ宮を特殊な力で封じ込めようとしているんじゃ、その力が完全に発動するのは一時間後。

 それまでに余達はここから脱出しなければならん。

 ユリアに関してじゃが、見ての通り―――――闇の眷族は扉の中へ入ることが出来んようじゃ。

 なぜかは余にもわからんが・・・、とにかくリュートが扉の中に居る限り手出しされることはない。

 今のリュートの望みは余達全員がこのクジャナ宮から脱出すること。

 仲間の誰一人として巻き込まれんようにと、余はリュートに託されたのじゃ」


 サイロンの説明をあらかた聞いたオルフェはユリアの方へと目を眇めながら、疑わしく呟いた。


「話は大体わかりました。

 しかしあのユリアが・・・、私達が脱出するのを黙って放置するとは思えませんが?」


「例え妨害されようとも脱出することを最優先で行動しなければならん、さぁ今のでだいぶ時間を食ってしもうたぞ!

 更に詳しい説明はここを出てからじゃ、一時間なんてあっという間じゃからのう!」


 サイロンが両手を叩きながら全員を急かす、オルフェとミラは互いに目配せしながら脱出するしか他に方法がないことを察した様子であったが、ザナハに至ってはまだ納得のいかない気難しい表情を浮かべていた。

 すでにイフォンを抱えたハルヒが来た道を引き返す中、ザナハは未だに封印の扉の方へと視線を向けたままである。

 そんなザナハに声をかけ、脱出を促すミラ。


「姫様、ここは若君の言う通りにするしかありません。

 それがリュート君の願いでもあるのなら・・・姫様、彼の望み通りに・・・」


「でもそれじゃ・・・っ、それじゃあたし達は一体何の為にここまで・・・っ!

 何も果たせてない、目的なんて何も果たせてないのにっ!」


 ミラの制止に反発するようにザナハは一歩、また一歩とリュートがいる扉の方へと足を向けた。

 それを止めるようにオルフェがザナハの腕を掴んでそれ以上扉の方へと近付かないようにする、ザナハは振り向き両目に涙を浮かべながら訴え続けた。


「どうしようもないの・・・? アンフィニの力でも・・・どうにもならないの!?

 アギトはリュートを取り戻す為に、・・・消えてしまったのよ!?

 このまま目的を果たすことも出来ず、リュートを取り戻すことも出来ないまま自分達だけが助かって・・・っ!

 アギトに何て顔向けすればいいのよ・・・っ! 

 アンフィニには無限の力が宿っているんじゃないの? 不可能を可能にする存在じゃないの!?

 あたし・・・、何も出来てない・・・。

 アギトを助けることも、リュートを助けることも・・・ディアヴォロを倒すことさえ何も・・・何も!!」


「まだ何も終わっていません!」


「――――――――――っ!」


 泣き縋るように思いの丈をぶつけて来るザナハに対して、オルフェが珍しく声を荒らげた。

 決して離すまいとするようにザナハの両手首を掴んだオルフェは、顔を近付け真っ直ぐとした強い眼差しで説得する。


「ザナハ姫が・・・、あなたが生きている限り何も終わらない。

 アギトを助けたいと言うのなら、リュートを救いたいと思うなら、まず生きなさい。

 生き残ってから考えなさい、どうすればいいのかを。

 答えは必ず見つかります、生きている限り・・・諦めない限り終わりなど来ません、それだけは私が保証します」


「・・・大佐」


 感情が込められたオルフェの言葉にミラは目を、耳を疑っていた。

 オルフェの熱意ある説得にようやくザナハは聞き入れ、抵抗しようとしていた態度をやめる。

 ザナハから力が抜けたことを察し、オルフェもまた強く掴んでいた両手を放して眼鏡の位置を直す仕草をした。

 

「・・・行きましょう、若君がああ言っているのです。

 きっとリュートのことは心配いりません、大丈夫・・・きっと・・・救えます」


 それ以上は言えなかった、ただ今だけはザナハの身の安全を確保する為に―――――――オルフェは希望の込められた言葉だけを選択する他なかった。

 最初からリュートのことを見捨てるつもりで、「世界の犠牲」という対象としてしか見ていなかった自分が口にする言葉ではないことを、オルフェ自身が一番よくわかっていた。

 それでもたった今ザナハに放った言葉、それがほんの少しでも自分自身の本音から出た言葉であったことに・・・自分自身が一番驚いている。

 オルフェはそれ以上の思考を一旦やめて、改めてミラに視線で合図を送った。

 それに応えるようにミラはザナハの背中を押すようにそっと片手で促すと、何度もリュートがいる場所を目で追いながらザナハは心が引き裂かれるような思いで――――――――隔壁の間を後にした。





 封印の扉の前でユリアは立ち止まったまま、中に居るリュートを睨みつける。

 ユリアは「隔壁の間」と「扉の中」の境目へとそっと手を出すと、まるで見えない何かに阻まれるようにユリアの手は焼け焦げた。

 眷族と変わり果てても痛覚は当然存在する、ユリアは激痛と肉の焦げる臭いにすぐさま手を引っ込める。

 焼け焦げた手を見つめながら再びリュートの方へと視線を戻したユリアは、舌を打ちながら問いかけた。


「一体何をするつもりなのかしら、諦めてディアヴォロ様の一部になるつもりはなさそうだけれど?

 君の魔力も、体力も、精神力も限界に近いわ。

 光の戦士も君自身の力で遥か次元の彼方へと『逃した』、抵抗する術はもう何も残っていないはずよ。

 肝心のアウラだけれど・・・、彼女を解放するには少し力が足りないようね。

 さぁどうする? あたしはここを動かないわ、君だけは絶対に逃さない。

 このままお互い睨めっこでもする?」


 からかうように、しかし本来計画していた内容から逸れてしまった焦りも見て取れるユリアに向かってリュートは静かな口調で宣言した、これから何をするのかを。


「今のあなたの姿・・・、ジャックさんが見たらきっと悲しむだろうね。

 ユリア、あなたはジャックさん達の師匠なんでしょう?

 少しだけ話を聞いたことがあります、とても素晴らしい師匠だったとジャックさんは嬉しそうに話してくれましたから。

 でも闇に堕ちたあなたのことを、僕はジャックさんの師匠だとは思わない。

 倒すべき眷族として割り切りますよ。

 それからあなたと睨めっこするつもりはない、あなたはここで・・・たった一人で過ごしてもらう。

 ――――――――クロノス!」


 リュートの言葉に銀髪の男、クロノスが近付いてきた。

 時の精霊を目にしたユリアの表情がみるみる変わる、それから元々血の気の失せた蒼白な顔がさらに悪くなる。


「まさか――――――――、やめろっ!」


 ユリアは勢いの余り再び境界を越えようと身を乗り出すも、今度は両手の平に火傷を負って呻きながら後退した。

 闇の眷族とはいえ元はアンフィニ、何をするかわからないリュートは急いでクロノスと事を進める。


「正式な契約を交わす、・・・どうすればいい」


 リュートは冷静な態度でクロノスに問うた、クロノスもまた焦りのない落ち着いた態度で答える。


『ルイドと交わした契約は、彼の死により解約された。

 よってルイドが持っていた契約の証、時の媒介もまた無効となる。

 今度はお前が示す証をここに・・・』


 リュートはザナハから受け取っていたルイドの銀時計を思い出した、思えばクロノスを解放した後にズボンのポケットの中にしまっていたので再び取り出す。


「この銀時計は役割を果たした・・・、もう・・・必要のない物か」


『パラドックスを避ける為、それはもう捨てるがいい』


 クロノスにそう促されたリュートは少し寂しげに古びた銀時計を眺めると、そのまま扉の外へと投げ捨てた。

 それからリュートは代わりの物を差し出す、迷いなく・・・それ以外に有り得ないと悟ったように。


「僕の契約の証は当然これに決まっている、さぁクロノス・・・契約を!」


『承知した、私達至高の精霊には試練などといったものは必要ない。

 その者の前に姿を現すこと自体、稀だからな。

 闇の戦士リュート、契約を交わした暁には・・・その命を以てしてアウラの解放をお前に託す。

 それが私との契約条件だ、その為なら私はどんなことでもお前の力となろう・・・いいな?』


 冷たい表情、媚びへつらうことのない威厳に満ちた態度でそう宣言するクロノスに対し、リュートは承諾した。


「わかっている、アウラの解放もまた・・・僕の願いを叶える為に必要だから」


 クロノスが片手をリュートの前にかざすと、突然額が焼けつくような熱を感じて呻くリュート。

 火であぶった鉄を額に押し付けられたような激痛にリュートは前屈みになって両手で額を押さえる、しかし激痛を感じたのも一瞬ですぐにまた両手を放す。

 リュートの額にはうっすらとグレイで描かれた紋様が刻まれていた、リュートからはそれを確認することは出来なかったが風の精霊シルフや土の精霊ノームと契約を交わした時と同じ現象から、契約を交わした証となる紋様が額に刻まれんたんだと推察する。

 リュートは両目を閉じて深呼吸した。

 少しばかりの緊張、自分の中に流れるマナを感じながらゆっくりと両目を開けて目の前に居るクロノスを見つめる。


「クロノス・・・、このクジャナ宮全体を包み込むだけの結界を。

 『時の牢獄』を発動させろ」


『私の力を行使する際は己のマナと同時に、お前の残りの寿命を消費するが?』


「――――――――構わない」


 リュートは迷いなく、力強い口調で返した。

 その言葉と同時にリュートの額に刻まれた紋様が輝き出す、一部始終を見ていたユリアはリュートの行動が非常にまずいと察し、冷静さを取り戻した。


「そう・・・、アウラを閉じ込めている『時の牢獄』・・・それと同じものでこのクジャナ宮を。

 リュート君・・・、君はあたし達を完全に裏切るということなのね。

 それならこっちにも・・・、考えがあるわよ」


 吐き捨てるようにそう呟くとユリアは空間転移の術を使ってその場を離れた、移動した先はクジャナ宮の制御室。

 ゲダックとの戦いである程度破壊されている部分もあるが、要となる装置はまだ無事であった。

 ユリアは邪悪に満ちた笑みを浮かべながら操作盤を巧みに操作する。


「このクジャナ宮にある制御装置は全世界に通じている。

 光の塔、闇の塔、制御洞、これらがトランスポーターの核となり・・・全てここの制御装置と同期しているわ」


 目の前にある大きな文字盤に書かれている文字を読みながら、ユリアは赤いボタンを躊躇うことなく押した。

 すると文字盤に新たな文字が現れ、そこには「全世界のトランスポーター使用不可」と記されたのを確認しユリアは微笑む。


「これでトランスポーターによる各国間の移動は不可能・・・!

 移動したければ負によって出現した眷族達がはびこる道を、徒歩や馬車を使って進むことね。

 そして・・・全てのトランスポーターの機能を停止したということはすなわち、異世界間の移動も不可能になる。

 次元の彼方へ避難させられた光の戦士が再びこの世界に来ることはない、その手段は絶たれたわ。

 これで永久に・・・ディアヴォロ様の脅威となるスピカのオリジナルは、この世界に干渉出来なくなった!

 どうせこのクジャナ宮に閉じ込められるなら・・・、これ位はさせてもらうわよ・・・リュート君」


 ユリアは大きなパネルに映し出された画面を見ながらほくそ笑み、それからその場に座り込んでこれ以上の抵抗を諦めた。

 リュートの命令によって作り出された「時の牢獄」が永久に続くとは思えない、きっとこれには期限があるのだとユリアは確信に近い憶測を立てていたのだ。

 

「さよなら・・・リュート君、次に会う時が楽しみだわ」


 そう、ユリアにはわかっていた。

 これからリュートが何をするのか、どこへ向かうのかを――――――――。

 

 


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