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第294話 「それぞれの戦い」

すみません、今回恐らくツインスピカ史上最も文字数が多いかもしれません。

疲れさせてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

 憎しみに冒されたイフォンによって重傷を負わされたリュートはそのまま床に崩れ落ちた、激痛で息をすることすらままならない状態で表情を歪めて目の前に立ち尽くすイフォンを見上げる。

 その瞳は焦点が定まっておらず、うわ言のように小さな声でぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。


「姉さんの・・・、殺す殺す殺・・・す・・・殺ス・・・殺スコロス・・・。 

 憎い・・・っ、憎い・・・!」


 開け放されている巨大な扉の奥の光景を、その場に居た全員が目撃している。

 ディアヴォロの核を受け入れるフリをして同じ扉の中に居るアウラを解放する為にリュートが動いていたことを先読みしていたユリアは、それを阻止するべく前もって準備をしていたのだ。

 元々深い悲しみと憎しみをその胸に秘めていたイフォンは負に干渉されやすい性質を帯びていた、そこに目をつけたユリアは龍神族の里からイフォンをさらい、憎しみを増大させることによって彼を思い通りに操り、リュートを攻撃させたというわけだ。

 そして大量に出血して倒れているリュートの姿を見て、ユリアは歓喜に満ち溢れているような笑みを浮かべる。


「核に支配されないようにする為には、強い精神力と体力が必要となって来る。

 でもそんな重傷を負ったんじゃ激痛によって精神も不安定になり、核の支配から逃れることは困難!

 そのままディアヴォロ様の核をその身に宿し、そして精神も肉体も乗っ取られなさい!

 運命に抗うことなく、受け入れるのよ・・・そうすればラクになれるんだから。

 死を恐れる必要なんかないわ、君もあたし達と同じ永遠を生きるのよ!」


 勝利に満ちた声を上げるユリアの言葉を聞き、オルフェは事態が最悪な方向へ向かってしまったことを悟る。

 舌を打って後方に目を瞠るとそこには床に膝をついたままのザナハが、ただ一点に視点を定めて固まっていた。

 リュートが攻撃され倒れてしまった光景を見て更にショックを受けてしまっていると察したオルフェは、自分の背後に居るミラにも視線を配る。

 戦いの際ユリアに触れられた瞬間、恐らく負を植え付けられたのだろうと捉えていたオルフェはもう一度ミラの両肩を揺さぶって戦線復帰出来ないかどうかを確認した。

 表情を歪めながら「何か」を必死で抑えつけようとしている様子に、これ以上自分が彼女の側に付き添うのは毒だと判断する。

 もし本当にミラに植え付けられたものが負ならば、彼女の憎しみの対象は明らかに自分であることは明白。

 憎しみの対象が側にいるだけで更なる苦しみを与えるだけかも知れないと察したオルフェは、どうにか現状を打開する方法が他にないか模索する。

 せめて自分にかけられた沈黙の魔法を解除することさえ出来ればどうにでもなるのだが、オルフェは攻撃魔法以外の魔術は一切使えない。サイロンやハルヒに関してもオルフェが沈黙魔法に冒されてることを知っていて解除させようという仕草を見せない所から、恐らく彼等もそういった術は使えないんだろうと予測していた。


 先程までオルフェ達を襲っていた死者の群れも、封印の扉が開いた瞬間に吹き付けた濃度の高い負によって殆どが自滅しており、負を取り込んで力が増強した者はハルヒが相手をすることで事足りていた。

 ずっと巨大な斧で攻撃を続けている彼の強さは称賛に値するが、それも長くは続かないだろうと考える。

 いくらスタミナに自信があると言ってもこう戦いに明け暮れていれば、体力の限界もそれ程遠くはないだろう。

 オルフェはどうにか回復系の魔法を扱うことが出来るザナハかミラを復帰させる為にはどうしたらいいのか試行錯誤した。



 死者達を相手にしながら前線で戦い続けるハルヒの加勢に入る為にサイロンもまた前線へと進み出ていた、しかしそれは死者の群れを一掃する為に出て行ったわけではない。

 扉の向こう側に現れた大切な付き人、先代の闇の神子であるエヴァンに託された大切な子。

 負に冒されたイフォンを療養させる為に清浄な空気で溢れている龍神族の里で安静にさせていたが、それを闇の眷族に攫われてしまったサイロンは何よりも、イフォンを連れ戻す為にクジャナ宮までやって来たようなものだった。

 その大切な、我が子も同然である自分の付き人がリュートを刺した。

 完全に闇に囚われ、操られている。

 サイロンは愛しい付き人の変わり果てた姿に胸の痛みが抑えられなかった、遠目でも龍神族の視力は普通の人間の数十倍。

 感情のない顔に虚ろな瞳、まるで生気すら感じられないイフォンの様子にサイロンは居てもたっても居られなかった。

 そんなサイロンの目の前に負を取り込めずに果てた遺骸の骨を武器にして襲いかかって来る死者の姿があり、視界を妨げられたサイロンは完全に理性を失った様子で、加減なしに襲いかかる死者を回し蹴りで蹴り飛ばす。

 凄まじい威力で蹴り飛ばされた死者はそのまま後方に立っていた他の者達も巻き添えにして、軽く十メートル程は転がって行った。それからサイロンは怒りの表情を見せたまま、扉の向こう側に立ち尽くすイフォンに向かって力の限り怒声を浴びせた。


「イフォン・・・っ、この馬鹿者がーーーーーーーーーっっっ!」


 広大なフロア全体に響く程の大声を耳にした全員が驚いてサイロンの方へと視線を走らせる、余裕の表情を浮かべていたユリアでさえもサイロンの威圧的な怒声を聞き目を瞠っていた。

 痛みに耐え這いつくばっているリュートを見下すようにうつむいたまま立っているイフォンの体がピクリと動く、サイロンの怒声が耳に届いたのか、それまで意思のない虚ろな瞳をしていたイフォンの瞳からほんの少しだけ光が戻る。

 眉根を寄せながら胸の奥がちくちくと痛み、それを確かに感じ取っているイフォンの体は小刻みに震えていた。


「あれ程・・・っ、余があれ程憎しみに囚われてはならぬと言ったのに・・・っ!

 お前の中に湧き上がる怒りも悲しみも苦しみも、全て余が受け止めてやると約束したじゃろうがっ!

 激しい怒りを感じたのなら、余にぶつけたらいいとっ!

 悲しい気持ちで一杯になったのなら、余が体を張ってお前を笑顔に変えてみせるとっ!

 胸が苦しくてどうしようもなくなったら、余が側に居て苦しみを和らげてみせるとっ!

 エヴァンを失った苦しみも悲しみもお前一人に背負わせはしないと、ここにいるハルヒと共に誓ったであろうが!

 お前の支えになると約束したであろうがっ!

 それを何じゃ、こうもあっさりと憎しみに囚われおって!

 自ら負の感情を受け入れてどうするのじゃ! 

 そんなに憎しみを晴らしたいのなら闇の戦士にではなく、余で晴らすがいいわっ!

 だからこれ以上その手を血に染めるでない、エヴァンとの約束を余に果たさせてくれのう・・・!?

 弟だけは幸せにと・・・、それが今は亡きエヴァンと交わした約束なのじゃ・・・っ!

 頼むイフォン、これ以上余を悲しませんでくれ・・・っ!

 お前は余にとってかけがえのない大切な者なのじゃ、お前を失いとうない・・・。

 ――――――余の声が、余の言葉がイフォン・・・お前にちゃんと届いておるか?

 返事をせい、イフォン――――――――――――っっ!!」


 悲痛な叫びがこだまする、サイロンの訴える言葉はまるで号泣してるかのように切なく、そして微かに震えていた。

 イフォンに届くように、自分の思いが負に操られているイフォンの耳に、心に届くように。

 そんなサイロンの姿を見てハルヒは驚き、目を瞠っていた。


「若様が・・・、あの若様が初めて怒った・・・」


 サイロンが怒りを見せた姿を滅多に見たことがないハルヒはそのことに驚いていたのだ。

 いつもへらへらとした笑みを浮かべ、何を言っても都合の良い方向にしか聞き取ろうとせず、都合の悪い言葉には自然と耳に蓋をする。周囲から馬鹿呼ばわりされようとそれを受け入れ、自ら軽薄な馬鹿を演じて来た。

 しかしその胸の内は里を憂い、歪んだ世界を正そうと四苦八苦していたことをハルヒは知っていた。

 どんな苦境に立たされようとも笑みを絶やさず、側に控えるハルヒやイフォンに不安を感じさせない為に常に明るく振る舞ってきた・・・そんなサイロンの姿だけをハルヒはずっと目にして来た。

 それが今――――――闇に囚われたイフォンを叱咤する為に、闇から光の世界へと連れ戻す為にサイロンは声を荒らげた。

 ハルヒもまたそんなサイロンの姿に心を打たれ、目の前に立ち塞がる死者を薙ぎ倒し自分が仕える主がイフォンの元へ辿り着けるように道を作ろうと奮闘する。


「イフォン―――――――余の声が聞こえておるなら返事をせいっ!

 闇に身を委ねてはならぬ、そこにいても姉には会えん!

 お前の姉は・・・エヴァンは! イフォン・・・、お前の笑顔が何より好きじゃった。

 幸せそうに微笑むお前の笑みが心から大切だったんじゃ!

 闇の中におっては笑えんじゃろうが、心から楽しく笑うことなど出来はせんじゃろうがっ!

 さっさと帰って来るんじゃ、イフォーーーーーン!!」


 再び訴えるサイロンの叫びに、ぽたりと・・・床に一滴の雫が零れ落ちる。 

 細い肩を震わせ、イフォンは苦痛に満ちた表情で両目から大量の涙を溢れさせていた。


「―――――――けて・・・」


 小さく漏れた声はイフォンの本当の声、本人の心から出した言葉。

 懸命に湧き上がってくる憎しみと戦いながらイフォンはゆっくりと顔を上げ、それからサイロンの方へと振り向く。

 年齢よりも幼く、少女と見間違う程の顔は泣き顔で崩れて必死になってサイロンに助けを求めるイフォン。


「若さ・・・、助け・・・助けて・・・よ。

 苦しいんだ、胸が痛くて・・・っ苦しくて・・・っ、憎しみが抑えられない・・・っ!

 ごめんなさい若様・・・っ!

 憎しみ・・・、我慢出来なくて・・・ごめんなさ・・・っ。

 だか・・・ら・・・若様、―――――――――お願い・・・助けてっっ」


 イフォンの言葉を聞いたサイロンから凄まじいマナが放たれる、あまりの勢いにサイロンを中心に竜巻が発生したようなマナによる風が巻き起こり、周囲に居た死者が次々と吹き飛ばされていく。

 激しい怒りと助けを求めるイフォンを救いたいという気持ちから、サイロンは全身のマナを一気に解放したのだ。

 さすがのユリアでさえ激しく吹きつけて来るマナの威圧に押されながら、それ以上バランスを崩して吹き飛ばされないように前屈みになって耐える。

 目の前に立ち塞がっていた死者達を一掃したサイロンはそのまま俊足でイフォンがいる封印の扉へと走って行く、オルフェはその間にミラを抱き抱えながらザナハの元へと駆け寄っていた。



 封印の扉を抜けてイフォンの元へと辿り着いたサイロンはすぐさま駆け寄ろうとするが、瞬時にその足を止める。

 イフォンは懐に隠し持っていたもう一つの短剣を取り出し、それを両手に構えながら震えていた。

 自分の目の前には、すぐ足元には姉の仇である闇の戦士が倒れている。

 殺すなら今、憎しみを晴らすなら今しかない。

 姉の無念をこの手で晴らすことが出来るのは今この瞬間なんだと、イフォンの心の中で誰かが叫んでいた。

 自分に向かって短剣を握り締めているイフォンを、薄れそうな意識の中で見つめるリュートは浅い呼吸で視線を動かし、すぐ背後にいるサイロンの姿を確認する。


「姉さんの苦しみを・・・、お前にも・・・わからせてやる。

 どんなに無念だったか・・・っ、どんなに苦しかったか・・・っ!」


 肩で息をするように再び興奮状態に陥るイフォン、今彼の中では本来のイフォンと憎しみの心が戦っている。

 それがわかっていたサイロンはゆっくりと距離を縮めるように歩み寄って、静かな優しい口調で声をかけた。


「イフォンよ・・・、その手にしている物を余に渡すんじゃ。

 憎しみの心を捨てろとは言わん、じゃが・・・復讐の先には虚無しか残らんぞ。

 余の言うことを信じて・・・その短剣を放すんじゃ、イフォン」


 サイロンの言葉にわずかに反応しているイフォンは、短剣を握り締めたままうつむいている。

 それからだんだんと全身を震わせながら唸り声を上げた。


「うぅ・・・っ、やめ・・・やめ・・・ろっ!

 僕はどうしたら・・・っ、せっかく・・・今ここに・・・いるのにっ!

 今ここで・・・殺すチャンスなのにっ!」


(でも――――――そんなことしたら、若様に嫌われちゃう・・・っ!

 そんなのはもっとイヤだ!

 若様に嫌われたら・・・、ハルヒに嫌われたら僕・・・本当に独りぼっちになってしまう・・・っ!)


 本当に大切に思っているものがわかったイフォンであったが、心の奥底から膨れ上がっていく黒い感情は治まってくれない。

 それどころか更に追い打ちをかけるように、姉を失った直後の深い悲しみの記憶を蘇らせ憎しみを増大させようとした。

 

「やめろ・・・っ、思い出したくない・・・こんなの思い出したくないっ!

 せっかく笑えるようになったんだ、あんな思い・・・二度としたくないのに!

 どうして思い出させるんだよっ!

 助けて・・・誰か助けて、こんなのもうイヤなんだ・・・っ!

 ―――――――――誰か助け・・・っ!」


 イフォンの苦しみが爆発しかけた瞬間、そっと自分に触れる感触があった。

 憎しみと戦うイフォンの頭をサイロンの手が愛でるように撫で、それから宥めるように声をかける。


「苦しいか? そうじゃろう、お前にとって一番辛い記憶なんじゃからな・・・。

 でも、もう大丈夫じゃ。

 余がここにおる、いつでもお前の側にいるからのうイフォン。

 大丈夫・・・安心せい、今・・・ラクにしてやるからのう。

 ―――――――よう頑張ったなイフォン・・・、偉いぞ」


 えぐえぐと嗚咽を漏らしながら子供のように泣きじゃくり、短剣を握っていた手に力が抜けてそのまま床に落とす。

 イフォンを抱き締めると、サイロンは右手の指先に濃密なマナを練り上げるとそのままイフォンの背中にあるマナのツボを押して気を落ち着けてやった。

 ツボを突かれたと同時にイフォンはがくんと全体重をサイロンに預けると、そのまま気を失った様子である。

 サイロンはイフォンを両腕に抱いたまま、床の上で苦しそうに息をするリュートの方へと視線を走らせた。


「すまぬ、リュートよ・・・。

 まさかこんなことになるとは思わなんだ、イフォンのことじゃが・・・」


 謝罪の言葉を述べようとするサイロンに、リュートはナイフが刺さったままの脇腹を片手で押さえながら小さく声を漏らす。


「そんな・・・ことより、サイロ・・・頼みが・・・あるっ!」


「――――――――頼み?」




 ザナハの瞳には信じられないものばかりが映し出されていた。

 突然姿を消したアギト、そしてイフォンに襲われ床に崩れ落ちるリュート。

 次々と起こる事態に心が付いて行かずザナハはずっと放心状態に陥っていた、自分を激励する為にサイロンが必死になって声をかけてくれていたが、それすらもわずかにしか聞こえておらず、届いていなかった。

 

(これは何・・・? あたし、一体どうしたらいいの・・・?

 アギトはいない、リュートも倒れてしまった、あたしの呪歌も役に立たない・・・っ!

 何も出来ない・・・あたしは無力、誰も救えない・・・出来そこないの神子!

 一体何の為にあたしはここにいるの? 何をする為にこの場に居るの!?

 わからない・・・わからない!)


『ツライなら・・・、神子を放棄しても構わないと思うよ』


 混乱しているザナハの脳裏に、優しくかけられた言葉が思い出される。


『ザナハが笑顔でいられるように、それが僕の夢でもあるから』


『泣きたい時は思い切り泣いた方がいいよ、ザナハが泣き止むまで・・・ずっとここにいるから』


『―――――――幸せになって、ザナハ』


 なぜかリュートの言葉ばかりが思い出された、優しい笑顔で、穏やかな口調でいつもリュートはザナハを励ましてくれていた。

 すぐ側にいて、いつも元気付けてくれていた。

 いつだってリュートがザナハに、最初の一歩を与えてくれた。

 

(そう・・・、そうよ)


 ザナハの瞳に再び光が宿る、意思の込められた瞳で真っ直ぐと前を見つめた。

 目の前には自分とミラを庇って戦い続けるオルフェの背中、サイロンの付き人であるハルヒの姿も見える。

 更にその向こうには大きな扉の奥に、ザナハが心から求める者が倒れていた。


(あたしはこんな所で、落ち込んでいる場合なんかじゃない・・・っ!)


 オルフェやハルヒが倒しても倒しても、闇の眷族であるユリアの術によって不完全ではあるが朽ちた肉体で次々と作り出されていく死者の群れに目をやり、拳を握る。


「あたしは光の神子、アンフィニなんだから!

 誰かに役目を押し付けられたんじゃない、あたし自身が守りたいものを守る為にここまで来たのよっ!」


 もう一度扉の奥の様子に目を瞠るザナハ、苦しんでいるリュートの姿を確認するなりザナハに力がみなぎって来る。

 奥歯を噛み締めまだ力が抜けている体に鞭打つように、ふらつきながらも立ち上がり精神を集中させた。


 リュートが苦しんでる。

 きっとアギトのことだって、何か理由があってああせざるを得なかったのよ・・・っ!

 あたしは信じたい。

 リュートのことを信じたいの!

 大切な仲間だもの・・・、あたしにとってとても大切な人なんだもの・・・っ!

 

「だから・・・、あたしは負けないっ!」


 その時ザナハの胸の辺りからまばゆい光が発せられて、次第に光はザナハの全身を包み込む。

 突然の光にオルフェのみならずその場に居た全員が振り向きザナハに注目していた、ザナハ自身も驚きながらそっと両手で自分の胸元を抱えるような仕草をする。

 

「温かい・・・。

 これは・・・アンフィニの証の、宝珠の力・・・?」


 アギトとリュートが初めてこの世界へやって来た時、今と同じように胸の奥が熱くなり、言葉では表現し難い感覚を体験していたことを思い出す。

 アンフィニの力の源となる宝珠は、体内に宿る。

 今それがザナハの思いに応えて力を発揮しているのだ。


『オーヌ、オーヌ。

 ヴァダール・ル・スォーア』


 ザナハは歌を紡いだ、全身に熱と光を帯びたまま紡がれる旋律。

 宝珠の力を解放した状態で歌った呪歌にはこれまで以上のマナが濃密に込められており、ザナハの「オーヌ」を聞いた仲間に対して回復の効果が与えられた。

 まずはすぐ側でうずくまっていたミラ、先程まで湧き上がる憎しみに囚われかけていた所をザナハの呪歌によって払拭され、意識を取り戻す。

 続いてザナハ達を庇うように戦っていたオルフェもまたユリアにかけられた沈黙魔法が解けて、MPも最大値まで回復していた。

 自分の体力などが完全に回復したことを察したオルフェは試しに声を出してみる、ザナハの呪歌の効果によって沈黙魔法が解除されたことが確認出来たオルフェは、振り向きザナハを凝視した。


「これは・・・ウンディーネによる最上級魔法とは比べ物にならない、絶大な魔力・・・!

 まさかこれが本当の、アンフィニの力だと言うのでしょうか。

 今までの呪歌とは全く異質、紡がれる旋律に込められているマナの濃密度が半端ない。

 ザナハ姫の中に宿っているという宝珠が、彼女を完璧なアンフィニへと覚醒させたということですか・・・!?」


 そうでなくてもザナハによる呪歌は仲間達に絶大な効力を発揮させていた、しかし今のザナハの呪歌はたった一小節の歌詞を紡いだだけでこの威力・・・。

 今までの呪歌がまるで子供騙しだったかのような効力の違いに、オルフェは驚きを隠せなかった。


(イケる・・・っ! これならあたしの呪歌が届いてる・・・っ!

 お願い、せめて扉の向こうに居るリュートにも届くように・・・彼の傷を癒せるように!)


 呪歌に集中しながらも戦線復帰を果たしたミラ、そして死者達を広範囲攻撃魔法で一掃するオルフェの活躍を目にしつつも、ザナハは更に気持ちを込めて歌い続けた。

 さすがのユリアも死者を次々作り出すが、オルフェの攻撃魔法の前では焼け石に水だと判断し作戦を変える。


「まさか光属性のみの宝珠でこれだけの呪歌が紡げるなんて・・・!

 少しあの娘のことを甘く見過ぎていたようね、これならいくら死者を作り出そうと無駄でしかないわ。

 ・・・こちらの計画を完遂させる為には、まずリュート君をディアヴォロ様の本体の前に差し出さないと・・・っ!」

 

 ユリアは一旦ネクロマンサーの術で死者を作り出す行為を止め、懐から取り出したナイフで左側の手の平を深く傷付けると大量に出血させながら召喚の詠唱を始める。

 流れ落ちる血で新たに別の魔法陣を描きながら、ユリアは歪んだ笑みを浮かべた。

 その行動を目にしたオルフェが声を上げる。


「まずい・・・っ、あれは召喚術っ!?

 中尉、ザナハ姫・・・気を付けてください!

 ユリアは何か強力なものを召喚する気です!」


 一瞬ホーリーランスを投げつけて召喚術の邪魔をしようかとも考えたが、精霊と同等の力を宿している聖なる武器がユリアの手に渡ってしまうとも限らないと判断したオルフェは危険な行為だけは避けた。

 アギトがいない今、精霊と同等の力を振るって戦えるのは神子であるザナハとホーリーランスの現在の持ち主である自分だけだと判断した為だ。

 ミラがユリアに向けて発砲するが見えない壁、いつの間にか張られていたバリアによって弾かれてしまう。

 そして詠唱を終えたユリアは再び口の端を上げて、締めの言葉を口にする。


「暗黒の眷族、其は闇に生きる破壊の象徴・・・。

 我の呼びかけに応え給えっ!

 レッサーデーモン、―――――――召喚!」


 ユリアの血で描かれた召喚用の魔法陣からどす黒い靄が現れ渦を巻く、その渦は次第に竜巻のように天井まで伸びて行くとその中から全身黒い毛に覆われた醜い化け物が姿を現す。

 頭には牛のような角が生え、血に飢えた狼のような口は無数の鋭い牙を剥き出しにし、筋肉隆々の巨躯、背中には悪魔のような翼があり、一振りするだけで突風が巻き起こる。

 片手には巨大なメイスを持ち、真っ赤な瞳は真っ直ぐにオルフェ達を捉えていた。

 唸り声を上げながらメイスを掲げ向かって行くレッサーデーモン、オルフェは片手にホーリーランスを構えたまま呪文の詠唱に入る。強力な魔術には相応の詠唱時間が必須となる、それを十分理解していたミラはレッサーデーモンの狙いをこちらへと向ける為に威嚇射撃を繰り返した。


 オルフェの広範囲魔法によって死者の数が一気に減った時、ハルヒはそのまま扉の方に居るサイロン達の方へと駆け寄ろうとしたが今はレッサーデーモンの方を何とかしたほうがいいと判断し、暗黙でミラの行動を把握したハルヒは斧を片手に加勢した。

 斧を振って放たれた衝撃波を連発させ、レッサーデーモンの足を執拗に攻撃するハルヒを見てミラは彼と二人ならば足止めすることも容易いと察し、詠唱に入っているオルフェに向かって声を張り上げる。


「大佐! ここは私達に任せて、さっさと詠唱を終えてください!」


「復帰した途端にそれですか、・・・まぁいいでしょう。

 とびきりエグイのを期待していてください」


 オルフェとミラが全快の状態になれた途端、リュートの元へ行けないように行く手を阻む強力な魔物を召喚されてザナハはむず痒く感じた。しかしここで折れるわけにはいかないとわかっているザナハは、堂々とした態度で歌い続ける。




 扉の奥ではオルフェ達の戦いが激化している様子が伝わっていた、サイロンはイフォンを両腕に抱えたままオルフェ達の方へと視線だけ向けるが、またすぐに床に倒れているリュートの方へと視線を戻す。


「頼みとやらを言う前に、その傷をどうにかした方が良いのではないか!?

 見ていればお主・・・大量に出血を、―――――――――っ!」


 リュートのおびただしい血が床一面に広がっているのを目にしたサイロンは絶句し、驚愕した表情でリュートを見た。

 サイロンが何を思ったのか察したリュートは、蒼白な顔で無理矢理笑みを作るとゆっくりと頷く。


「まさかお主・・・っ!」


「その・・・まさか、だよ。

 クロノスも、――――――――もうわかってるだろ?

 アウラを復活させるにも・・・、この傷じゃもう・・・無理だ。

 魔剣も・・・もうすぐ限界、だから封印の扉は魔剣の力を使って・・・もう一度閉じるっ!」


 リュートの言葉にクロノスは反論した、その表情には人間を見下すような侮蔑さえ込められていた。


『約束が違うぞ、闇の戦士よ。

 お前はディアヴォロの核を宿し、その命を散らせるはずだ。

 アウラを救うと言ったお前の言葉はどこへ行った!?』


「今の状態で核を宿そうとしても、ユリアの言う通り・・・そのまま乗っ取られるだけ!

 それじゃアウラは救えない、ディアヴォロも・・・道連れに出来ない!

 最悪の事態に陥る前に・・・、ここは封印の扉を閉める・・・べきだっ!

 その後お前の・・・クロノスの力で、僕は―――――――――っ!」


「クロノス、あたしからも・・・お願い」


 リュートの言葉に賛成の意を示した少女の声がした、その声を聞いたクロノスの表情は物憂げなものへと一変し、先程の声の主――――――歪んだ球体の中に座りこんでいるアウラへと視線を走らせる。

 アウラの澄んだ瞳は真っ直ぐとクロノスを見つめ、頼みこむように言葉を続けた。


「あたしを本当に思ってくれているなら・・・、彼の言う通りに・・・。

 お願いクロノス、今はあなたの力が必要なの。

 もう一度・・・彼に魔剣を。

 あの時と同じように、彼をもう一度連れて行ってあげて・・・お願い」


 一瞬クロノスに間があった、悲しそうな瞳をアウラに向け・・・それから息をついて苦渋の選択をする。


『それが・・・、あなたの望みなら・・・』


 クロノスの返答にアウラは柔らかく微笑んだ、しかし彼女の微笑みはどこか胸に痛みを走らせるような切なく儚い微笑みに見えてリュートは複雑な気持ちになった。

 何億年もこの狭い球体の中に閉じ込められ、ずっとディアヴォロの本体の側で、毎日怯えて生き続けて来たアウラ。

 その苦しみは尋常ではないはずだ、自ら死ぬことすら出来ない状態で生き続けて来たアウラに向かって「もう少しだけ待て」という言葉は、とても残酷な言葉となる。

 そんな彼女自らがクロノスに頼み込み、微笑む姿はとても痛ましかった。


「ごめん・・・、アウラ・・・」


 リュートは一言謝罪すると、最後の気力を振り絞るようにゆっくりと立ち上がった。

 ぼたぼたと床に流れ落ちる血を止める為、リュートは視線でサイロンに合図すると一旦イフォンを床に寝かせてからすぐにリュートの側へと駆け寄って両手に力を込める。


「言っておくが余が扱えるのは治癒魔法ではなくストラじゃ。

 一応余のエネルギーを媒介として送り込むが、基本的にはお主の体力を削って治癒速度を高める故、命の危険があることに変わりはないが・・・本当にそれで良いのか!?」


「あぁ・・・構わない。

 僕の魔力も残り少ないし・・・、これはクロノスの力を使うのに必要だから・・・。

 多少体力が削られても支障はないはずだ、出血多量で気を失うより・・・よっぽど・・・」


 リュートの言葉を最後まで聞かずにサイロンはストラによる治療を行なった、サイロンの気でリュートの自然治癒力を高める。

 それから一気にリュートは自ら脇腹に突き刺さったナイフを抜いて、リュートは声にもならない悲鳴を上げた。

 ナイフを抜き取った途端に一気に血が噴き出したがサイロンのストラによって、止血出来ただけではなくみるみる脇腹の傷口が塞がって行く。

 大量出血と激痛によって何度も意識を失いかけたが、気力だけで堪えたリュートの顔色はどんどん蒼白になって行った。

 傷口を塞ぐのにリュート自身の体力も削っているせいで、傷口が塞がっても死ぬ寸前であることに変わりはない。

 このまま意識を失って倒れても不思議ではないリュートの姿を見て、サイロンは言葉をかけることすら出来なかった。 

 今はリュートの言葉通りに動くしか、この世界を存続させる方法がないことはわかっていたから。

 本当ならこのまま殴って無理矢理失神させ、里に連れて帰りたい衝動に何度も駆られた。

 しかし自分は里を守る為の時期族長、優先させるべきは里の民。

 こんな時に限っていつものように自分勝手に振る舞えない自分が歯痒かった。


「さぁ、傷口は塞がったぞ。

 しかしすぐに安静にしなければ体力も限界に来ておる、・・・急げリュート」


 真っ直ぐにリュートを見ることが出来ず、サイロンは苦痛に表情を歪ませながら後退してイフォンを再び抱えた。

 

「サイロンさん・・・、今までありがとう。

 本当に色々助かった」


 蒼白な顔で笑みを作るリュート、サイロンは自嘲気味に微笑みながら言葉を返す。


「何を言うておる、これからまた会うんじゃろ?」


 サイロンの言葉にリュートは静かに頷くと、両目を閉じて最後の言葉を告げた。


「今から魔剣に宿っている最後の力で、この扉を閉じる。

 閉じた直後、僕はクロノスの力を使ってこのクジャナ宮ごと―――――――――『時の牢獄』に閉じ込める!

 『時の牢獄』発動までの猶予は一時間・・・、それまでにみんなを連れてクジャナ宮から出るんだ。

 クロノス、今の僕の状態からこのクジャナ宮全体を『時の牢獄』で閉じ込められる時間は?」


『およそ4年、今から4年後のエクラ・リュミエールの日まで・・・』


 クロノスの言葉に、サイロンはイフォンを抱えたまま再び青白い顔をしたリュートへと向き直る。


「4年後の・・・、スピカが最も輝く月じゃな。

 わかった、お主の仲間のことは余に任せておけ・・・」


 その言葉を聞き、リュートは安心してサイロンに背中を向ける。

 サイロンもまた後ろ髪引かれる思いを抱いたままイフォンを抱えて扉を出て行くと、ちょうどオルフェの魔法がレッサーデーモンにトドメを刺している場面だった。


 



「ツインスピカ」も残す所あと6話となりました。

話が長過ぎてわけがわからない所、話が一方的に進んでついて行けない所、つっこみたいことはたくさんあると思います。


そこで勝手なお願いかもしれませんが、どうかここはひとつ暗黙のまま300話完結まで読み進めていただけないでしょうか。

その上で意味がわからなかったこと、腑に落ちない点など。

第一部の段階で明かしても良い内容ならば質問に答えたいと思います。

(それだけ私の文章力の無さが問題、って意味ですけどね・・・)


それではどうか、完結までお付き合いの程よろしくお願いいたします。


【追記】

あ、あと勘違いのないようにwww

後書きの方にもあった「暗黙のまま完結まで読み進めて欲しい」というのは、別に「感想とか書かないで」って意味じゃないです!

普通に感想はもらって嬉しいものです!

ただ私が言いたかったのは、今後明かす内容もあるのでそういった「内容に関するコメント」に限って皆様の胸の内に秘めていただきたい、と言いたかったのでございます。

伝わりにくい文章でごめんなさい。

「読んだよ!」とか「頑張って!」とか書いてくれるのは本当に本当に心から嬉しいものですから、感想を書く内容に困る必要はございません☆

一言だけでも書き手にとってはとても嬉しいものなのです。

それでは長くなってごめんなさい。

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