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第291話 「追憶のアギト」



 いつからだろう。

 こんなにも誰かに必要とされたいと思ったのは・・・。




 ――――――子供が泣いてる、泣き声が聞こえる。

 小さな男の子が泣いてる。

 

 あんなに大声で泣いて、涙も一杯流して・・・。

 何をそんなに泣いてんだ?


 いや違う、そうじゃない。

 あれは「オレ」だ・・・、子供の頃のオレが泣いてるんだ・・・。


 オレ・・・、なんでこんなに泣いてんだ・・・?




 生まれてすぐ、オレは母親に見放されたらしい。

 父ちゃんも母ちゃんも、じいちゃんもばあちゃんも本当の所は誰も何も教えてくれなかったけど、少なくともオレが誰からも望まれて生まれて来たわけじゃなかったってことだけは、よくわかってたんだ。


 それでも最初の内は誰かに構って欲しかった。

 じいちゃんもばあちゃんも優しかったけど、どこか壁を感じてたのはよく覚えてる。

 一応自分達の孫だし、世間体もあるし、この「青い髪」のことさえなければきっと普通に接してくれたんだと思う。


 父ちゃんが金持ちだったからお金には全然困ってなくて、世間一般の子供が欲しいって思うおもちゃなんかは何でも買ってくれたし、たくさん与えられた。

 そしておもちゃが増える度に、構ってもらう回数がだんだんと減って行った。

 

「あれ買って」

「これ買って」

「あれが欲しい」

「これが欲しい」


 お金で解決出来るものは何でも叶った、じいちゃんもばあちゃんも絶対に「ダメ」とは言わなかった。

 逆に「他に何が欲しいのか」、それをオレに聞いてくる位だった。


 でもオレが欲しいのはそんなものじゃなかったんだ、本当は。

 おもちゃを買ってもらってもそれを一緒に遊んでくれる「誰か」が欲しかったんだ、本当は。

 オレと一緒に遊んで欲しかった。

 構って欲しかった。

 見て欲しかった。


 オレはここにいるんだぞって、それをわかってもらいたかったんだ・・・本当は。


 でも結局じいちゃんもばあちゃんも、オレのことをちゃんと見ないまま・・・事故であっけなく死んでしまった。 

 それまでも自分がずっと一人だった自覚はあったけど、じいちゃんばあちゃんを亡くして初めて気付く。

 オレのことを見てくれなくても、構ってくれなくても、遊んでくれなくても、ただ側に居てくれてた。

 家に帰ると出迎えてくれる、一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って・・・。

 まだ小さなガキだったオレにとってはそんな「なんでもない」ことがすごく当たり前過ぎて、気付かなかったんだ。

 

 オレのことを全然見てくれてないわけじゃなかったんだって。

 オレのことを全然構ってくれなかったわけじゃなかったんだって。


 子供ながらに多くを望み過ぎて、オレ自身が見えてなかっただけなんだ。

 この先本当の孤独が待っているんだって、その時は知らなかったから。




 ちょうどオレが小学生になった頃、母ちゃんとのマンション暮らしが始まった。

 引っ越したばかりの時は知らない男の人がたくさん来て引越しの片付けを手伝ってくれたけど、オレはイヤで堪らなかった。

 何をしたらいいのかわからずに部屋の隅でぼうっとして立ってたら、男達が邪魔だって言って殴ったり蹴ったりしてくる。

 痛くて母ちゃんに泣きついたらうるさいと殴られて、更に泣きじゃくるオレ。


 オレの部屋にある荷物だけは自分で片付けることになったけど、全身が痛くて数日間は片付けることが出来なかった。

 母ちゃんは家のルールだけを決めて、それ以来滅多に帰って来なくなった。

 家のことやオレの面倒を見る為に、母ちゃんの代わりに知らない女の人がマンションに来るようになった。

 平日の昼間はおばさんが、平日の夕方とか土日は若い女の人が交代で来る。

 みんなオレのことを変な目で見てきたりしたから、オレは出来るだけ部屋にこもってゲームばかりしてた。


 ベビーシッターの中にはイヤな人もいた。

 仕事でマンションに来てるくせに彼氏を連れ込んでいちゃつき始めたりするのはまだマシな方。

 母ちゃんがオレを放置してるのをいいことに、ストレス発散の為にオレに暴力を振るうベビーシッターもマシな方。

 本当に一番イヤだったのは、変な風にオレに優しくしてきたベビーシッターだった。

 オレの全身を撫で回して、服を脱がせようとして、色々触って来たからオレは必死で逃げた。

 その時はさすがに泣いた。

 でも誰も助けてくれない、オレは部屋にこもって自分で自分を守るしかなかったんだ。


 多分その時からだ、オレが「ここ」とは違う世界に憧れを抱くようになったのは。

 「ここ」では有り得ないことでも、「異世界」ではごく自然で当たり前・・・。

 そこでは「青い髪」をしていても全然普通で、誰も気にしなくて、そして誰もオレのことを知らない。

 生まれ変われるような気がしたんだ。

 オレは「異世界」にどんどんのめり込んで行って、ゲームやアニメ、小説や映画なんかに没頭した。

 現実逃避だけが、オレにとって一番の慰めであって癒しであって、唯一の逃げ場所となった。


 それで考え方を変えたんだ・・・・。

 オレが青い髪で生まれて来たのも、きっと何か特別な意味を持って生まれて来たからなんだって。

 回りの連中と違ってオレは特別で、いつかオレを迎えに来てくれる誰かをずっと待っていた。


 そう考えるようになってから、オレは回りの連中の視線や態度を気にしなくなった。

 オレのことを奇異な目で見て来るのも、それは自分達と違うから。

 そうだ、オレは他の奴等とは違う。  

 だから堂々としてればいいんだ、「普通」の奴等は自分達と違うものを怖がってるだけ。

 オレは特別だから回りからそんな風に扱われても仕方ないんだ、だから気にしない。

 ――――――気にしないようにする、結局はそれしかないんだ。 





「アギトっ!!」


 突然母親に名前を呼ばれて怯えながら振り向くアギト、右目のまぶたは腫れ上がり全身に青アザを作った8歳の少年。

 対してアギトの母親は腰まである金髪の巻き髪に真っ赤な口紅、豹柄のワンピース。

 また何か気に食わないことがあって殴られるんだと思ったアギトは、本能的に全身を震わせながら部屋の隅の方へと自然に体が逃げようとする。

 そんなアギトの髪を鷲掴みにし、煙草の煙をわざと顔に向かって吹きかけながら母親がキツイ口調で罵る。


「いい加減お前の顔を見んのも嫌になってんのよ、ねぇ。

 あたしだって自由が欲しいの、お前の面倒ばかり見せられるのはもう我慢の限界なわけ。

 ・・・あんたももう自分の面倒位、自分で見れんでしょ?

 ベビーシッター雇ってた分のお金はあたしの旅行代に充てるから、あんたは今日から一人で住むんだよ・・・わかった!?」


「・・・ひと、り?

 ご飯は・・・? お風呂とか・・・お洗濯はどうしたらいいの・・・母ちゃん」


 突然一人で住めと言われたアギトは無意識に母親にすがりついていた、助けを、救いを求めるように。

 小さな子供が生きて行く為には、自分を守ってくれる存在が必要だと本能がそうさせているように、アギトは全身を襲う痛みを我慢しながら母親へとすがった。

 当然腫れもの扱いするように母親はアギトを突き飛ばすと、最後に心ない言葉を言い放った。

 アギトが一生忘れられない言葉、忘れたくても忘れられない呪いの言葉を。


「ほんっと、うっとうしいガキ!

 あんたなんか――――――生むんじゃなかった!」


 その言葉だけを残し出て行ってしまった。

 母親は一年に一度帰るか帰らないか・・・、それ位長い間アギトを放置したまま自分だけ自由を満喫した。


 じゃあ、何でオレを生んだの・・・。

 オレが誰からも必要とされていないんなら、どうして生まれて来たんだよ・・・。

 何の為に生まれて来たんだよ・・・、それを教えてくれなきゃオレはこの先どうやって生きて行ったらいいんだよ!



 アギトがたった一人でマンション暮らしを始めてから、父親の専属の弁護士が色々とアギトの面倒を見てくれた。

 面倒をみると言っても、金銭面に関することなど。

 子供だけでは限界のあることを色々としてくれていたが、結局アギトにとって心を開くに至らないただの「他人」に変わりなかった。

 そしてある日、その弁護士は母親と共にマンションを訪れて突然引っ越すと言い出した。

 アギトがもうすぐ12歳になる時のこと・・・。


 どうせどこへ行っても何も変わらない。

 「この世界」にいる限り、特別な出来事なんて起こるはずがないんだと思っていた時。

 アギトは目を疑った。


 新しい学校、新しい教室、新しいクラスメイト――――――その中に今までに有り得なかったことが目に映った。

 教室の一番後ろ、影を潜めているが確かにその席に座っている生徒の髪の毛は、アギトと同じ青い髪だったのだ。

 その少年を見つけた時、アギトは今までにない位興奮した。

 瞳をキラキラさせてその少年に釘付けになる。

 自己紹介をしながらもアギトの意識はその少年の青い髪に集中していた、そして淡い期待感が生まれた。


 自分と同じ青い髪をした奴なら、友達になれるかもしれない!


 不自然になり過ぎないように、アギトが異常に興奮していることが周囲にバレないように、至って平静を保った。

 少し暗い印象のある少年に話しかけてみたが、彼は何かに怯えるようにアギトの話に上の空で聞いてる様子で、これといった返事をきくことが出来なかった。そしてその理由はすぐに理解出来た。

 びくびくしながら視線を落としている少年の名前は、篝リュート。

 リュートが怯えている相手は、ずっとアギトとリュートの方を睨みつけているいかつい・・・いかにも悪ガキそうな男の子。

 アギトはすぐにピンと来た。

 自分と同じ青い髪をしているからこそ、きっと自分とさほど変わらない人生を生きて来たであろうリュートが怯える理由。

 原因はあの悪ガキ、ガキ大将にイジメに遭っているからなんだとアギトは推察した。

 そしてそれは見事に的中、リュートの全てを否定して来るガキ大将に真っ向から対立することになったアギト。


 自分と同じ青い髪をした少年、リュートとの出会いによってアギトの人生は大きく変わった。


 引っ込み思案で、涙もろくて、お人好しで、たまにものすごく鋭いツッコミをしてくる平凡な少年。

 青い髪をしているというだけで周囲から非凡扱いされてきたかもしれないが、アギトに言わせてみればごく自然な少年だった。

 

 アギトはだんだんリュートに惹かれて行った。

 

 今までのことを考えると、本当に信じられないことだ。

 前の学校のクラスメイトに対しては、普通に喋ったりたまに遊んだりもしたけど完全に心を開くには至らなかった。

 アギトの方から開こうとは思わなかった、心のどこかで抵抗を感じていたのである。

 

 拒絶されたらどうしよう。

 

 回りと違うと決めつけていたのは周囲の人間だけじゃない、アギト自身もそうだった。

 普通の人間と違うから、ある日突然仲間外れにされるのが怖くて、そうなった時に傷付く自分がイヤで。

 傷付かない為に虚勢を張った、つっぱねることで、周囲を突き離すことで自分を守っていたに過ぎない。


 かつて母親にされたことを、繰り返したくないから・・・。


 でもリュートだけは違った。

 彼なら大丈夫だと安心出来る自分がいた、無条件に受け入れられる自分が居たのだ。

 だから言えた、初めて言った。


 リュートと友達になりたいって。


 アギトにとっては初めての連続だった。

 一緒に登下校して、休み時間には楽しく喋って、遊びに行ったり、リュートの家に泊まったり、全てが初めての体験だった。 

 いつしかアギトにとってリュートという存在はとてもかけがえがなくて、自分にとってとても必要な存在になった。

 そして思った、自分も必要とされたい。

 アギトがリュートに思っていることと同じように、リュートにとって自分も特別な存在で・・・必要とされたい。

 

 リュートに対する思いが、アギトをこんなにも強くしてくれた。

 誰かを大切に思うことがこんなにも強い原動力になるんだと、今までなら絶対気付くことはなかった。


 それを気付かせてくれたリュート、アギトにとってかけがえのない友達。

 例えこの先何があったとしてもそれはきっと変わらない、一生変わることのない大切な気持ちだから。




 あぁ、そうか。

 今わかった・・・、やっとわかったんだ。


 オレが何で生まれて来たのか。

 何の為に生まれて来たのか、それが今やっとわかった気がするよ。

 きっとオレは、リュート・・・。


 お前と出会う為に、生まれて来たんだな・・・。


 今なら素直にそう思えるんだ、

 こんなにもお前が大事だから・・・、大切な親友だから。


 だからきっと・・・。

 オレはこうしてお前と友達になる為に生まれて来たんだって、そう信じられるよ。





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