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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
ラ=ヴァース編
292/302

第290話 「さよなら」

 この世界の諸悪の根源であり混沌の象徴でもあるディアヴォロ、その本体が安置されている場所への扉を背にリュートは立っていた。全ての感情を殺すように、まるで初めて会った時のようにリュートの表情は『無』そのものである。

 アギトは口元を引き締めるように全身に力が入り、緊張している様子であった。

 ここに来るまで実に遠かった、仲間の支えがなければここまで辿り着けなかっただろう。

 そしてやっと今目の前にリュートがいる、駆け寄って手を伸ばせば届く距離に・・・友がいる。


 ―――――――また自分の気持ちがリュートに届かなかったら、どうしよう。


 そんな考え、今のアギトにはなかった。

 今もすぐ側で仲間達が闇に堕ちたユリアと死闘を繰り広げている、契約を交わした精霊とも約束した。

 絶対に負けないようにと、だからこそ自分もこんな所でびくびくしているわけにはいかないと、痛い程わかっている。

 全てはこの為に、リュートを取り戻す為にアギトはここまで来たのだから。

 

 だからこそこんな所で挫けるわけにはいかない。


「リュート、もう一度考え直せよ。

 一人の力なんてたかが知れてる、お前がどれだけのものを背負ってるのかオレにはわからねぇ。

 ルイドから何を言われたのか・・・、お前がどれだけ悩み苦しんでるのか・・・想像も出来ねぇ。

 でもだからこそお前の背負ってるものをオレにも背負わせてくれよ!

 オレ達・・・、友達だろ?

 楽しい時だけ一緒に居るのが友達じゃねぇだろ、辛いことも苦しいことも全部お互い分け合って一緒に乗り越えて行くのが本当の友達じゃねぇのか!?

 ・・・オレにとってはお前が初めての友達だからさ、本当はどんなもんなのかわかってるわけじゃねぇけど。

 でもオレは・・・っ! リュートとはそんな関係でいたいんだ。

 お前はオレを闇の中から救い出してくれた、母ちゃんに虐待されてるオレを助けてくれた。

 あの場所から連れ出してくれたことだけじゃねぇ、ちゃんとオレの話を聞いて・・・オレの為に涙を流してくれたんだ。

 オレにはそれが何より嬉しかった、今までの人生の中であんなに嬉しかったことはねぇ。

 だから思ったんだ、・・・これが本当の友達ってやつなんだなって。

 今度はオレがお前を救い出す番なんだ!

 別に助けてくれたお返しに助けようっていう、そんな義務感で言ってんじゃねぇ!

 オレはお前の友達で在りたいから・・・、お前が一人で苦しんでる姿を見ていたくないから・・・っ!

 このオレ自身がそうしたいんだ、お前と一緒に笑い合って生きて行くのが・・・オレの願いだって前にも言ったろ?

 だから・・・、一人で決めて・・・一人で完結させんじゃねぇよ。

 これ以上みんなを・・・、ザナハを泣かすな。

 だからほら、一緒に帰ろう? な?」


 アギトは思ってることを、声を震わせながら全てぶちまけた。

 本当の気持ち、全ての思いを込めて、何度でも何度でも説得するつもりだった。

 右手を差し伸べて、こちらへ来るように促す。

 じっとリュートの顔を見つめて、ほんの少しでもリュートが現した感情を見逃さないように。

 それからアギトの瞳を真っ直ぐと見据えたリュートが、やっと口を開いた。


「・・・僕も同じだよ、アギトと同じ気持ちだ」


 リュートの口から出た言葉にアギトの表情は一瞬明るくなった、瞳の奥から不安が消えて自信に満ちた輝きが戻る。

 思いが通じた、そう思ったのだ。


「今までずっと友達が出来なかった僕に、アギトは話しかけてくれた。

 青い髪のことで回りから化け物だと罵られ、ずっとイジメに遭って来た僕に向かってアギトは声をかけてくれたんだ。

 友達にならないかって言われた時・・・、僕は夢を見てるんだと思ってた。

 僕にとっては一生忘れられない瞬間だった・・・、そして今までの日々も僕にとっては大切な宝物になった」


 表情が柔らかくなったリュートの口からその言葉を聞けて、アギトは涙腺が緩んで来るのを感じた。

 鼻の奥がツンとして喉が痛くなって来る、でもそれはイヤな痛みではなくむしろ感激だった。

 気持ちが届いた、そう思った時。

 

「―――――――でもだからこそ、アギトと僕は一緒に居たらいけないんだ」


「・・・っ!?」


 アギトに対して本当の気持ちを話していた時のリュートの柔らかい表情から一変、そんな気持ちを無理矢理拒絶するようにリュートは素直な感情を振り払うように苦渋に満ちた表情を浮かべると、まるでアギトを睨みつけるように瞳を鋭くさせた。


「アギトと僕は双つ星の戦士・・・、光と闇の関係・・・。

 それが一体どういうことなのかアギトにもわかってるでしょ、どんな関係にあるのか・・・どんな宿命を背負ってるのか」


「あぁ、多少はルイドから聞いたよっ!

 まだ詳しくわかったわけじゃねぇけど闇の戦士は・・・っ、ディアヴォロの核を自分の体に寄生させてそれを・・・っ!

 ―――――――光の戦士の力で壊すんだろ?

 でもオレがそんなことすると思ってんのか!? お前はオレの親友だって言ってんだろ!

 どんなことがあっても、何があってもオレがお前に剣を向けると本気でそう思ってんのかっ!?

 そんなことする位ならオレは双つ星の戦士なんてやめてやる、もっと他に方法がないか探し回るっ!

 お前はオレのことがそんなにも信じられ・・・」


「信じてるからこそ一緒に居られないんだよっ!!」


 必死に訴えるアギトの言葉を遮るようにリュートは悲鳴に近い声を上げた。

 その声はどこか悲しそうで、アギトはすぐに口をつぐんでしまう。


「・・・なんでわかんないかな?

 こうやって突き放そうとしてるのに、嫌われようとしてるのに・・・なんで・・・っ!

 そうすれば別れが訪れた時、辛くないのに・・・その程度の存在だって思えるようにしたいのに・・・っ!」


「リュー・・・ト・・・?」


「双つ星の結末はどちらか一方の存在を食らうことで完璧な存在になって、そしてディアヴォロ本体を討つことにあるんだ!

 剣を交えて力を奪おうとしなくても、同じ世界に存在するだけで力の強い方は弱い方の存在を食らい続ける。

 双つ星の実験体になったフィアナとドルチェ・・・、あの二人がそうだったようにね。

 このまま僕がアギト達の元へ戻ったとしても何の解決にもならない、むしろ事態はどんどん悪くなっていくよ。

 ディアヴォロ復活はもうすぐ、完全に復活してしまえばこの世は負の感情に満たされて闇の眷族で溢れ返る。

 世界中を負の瘴気が包み込んで行き、マナを食らっては消費し続けるディアヴォロによって世界のマナは枯渇し、やがて世界はディアヴォロによって食い尽くされてしまう。

 そうなったら例え双つ星の戦士でも、アンフィニの力でも・・・世界を元通りにするだけの奇跡なんか起こせない。

 だから今しかないんだ、今ここで僕がディアヴォロの核をこの身に寄生させるしか方法は残されていないんだ!」


 絶望したようにリュートが吐露すると、アギトは頭に血が昇ってリュート以上の怒声を上げる。


「そんでお前はオレに殺させようって言うのかよっ!?

 オレに親友殺しをさせるってのか、ふざけんなっ!!

 お前がどんだけ悩んで出した答えか知らねぇけどな、そんなの結局は一番簡単な方法選んでるだけだろうがっ!

 自分を犠牲にすればそれでいいと思ってる、お前を殺すオレの気持ちとか、後に残されたザナハのこととか何も考えちゃいねぇ!

 ただの自己満足で完結させようとしてるだけじゃねぇかっ!」


 どうしても納得出来なかった。

 リュートが言ってることは尤もな言葉かもしれない、この世界ではそういう仕組みになっているのかもしれない。

 それでもアギトは納得したくなかった、聞き入れたくなかったのだ。

 そんな気持ちが遂に爆発して出て来たアギトの言葉にリュートもまた、せき止めていた感情が一気に溢れ出す。


「僕が適当に・・・簡単に出した答えだって言うのか・・・!?

 それこそふざけるなよっ! 

 自分が死ぬことでしか世界が救われないって知らされて、僕がどんな思いだったか・・・どれだけ怖かったか。

 他に選択する余地がどこにもなくて、自分の死が確定されている未来しか選ぶことが出来なくてどれだけ苦しかったか!

 それこそアギトにわかるもんかっ!

 僕が深く考えもせずに簡単に自分を犠牲にすることを選んだって、そう思ってるの!? 

 行く道行く道全部を遮られて、強制的に選ばされたレールの上を歩いて、死に向かって歩くことがどれだけの恐怖か!」


 アギトの言葉にリュートも冷静さを失い、声を荒らげ反論した。

 そこには全ての感情を振り払おうと努めていた姿はどこにもなく、ありのままの感情をぶちまけるリュートの姿しかない。


「だったらっ! そんなに辛かったんなら! そんなに苦しかったんなら!

 どうしてもっと早くオレに相談して来なかったんだよっっ!!

 なんでオレに助けを求めなかった、なんで頼ってくれなかったんだよっ!!」


 涙声でアギトが叫ぶ、そして感極まったリュートもまた絶叫した。


「話せるわけがないだろうっ!!

 真実を明かしてしまえば僕がアギトを――――――――――――――っっ!」


 そこでリュートは理性を取り戻した、吐き出しそうになった言葉を切って我に返る。

 危うく取り返しのつかないことをする所だったと、リュートは背筋が凍る思いだった。それからすぐにまた冷静さを保つ為に呼吸を整え、表情から感情を消し去った。


「―――――――――話はここまでだよ、これ以上はどこまで行っても平行線のままだから。

 アギトに譲る気がないように僕だって譲る気はさらさらないんだ、もう覚悟を決めたことだから」


「リュートっ!

 オレはお前に剣を向けたりは・・・っ」


「しなくてもいいんだよ、その為にアギトにはここまで来てもらったんだから・・・」


「――――――――え!?」


 意味深な言葉を告げた直後、リュートは色が変色した左腕を掲げてアギトの前に差し出し、そして手の平を広げてマナを練った。

 リュートが練り上げたマナは闇属性で、紫色をしたマナが腕を包み込む。

 何をしようとしてるのかわからないアギトはリュートに攻撃されるのかと、思わず身構えた。


「リュート、何をっ!」


 そう叫んだ直後、リュートは静かな口調で・・・まるで呪文を唱えるように言葉を発した。


『別れの時間だよ、アギト・・・』


 リュートがそう口にした瞬間、突然アギトは全身が重くなって床の上に膝を突いた。


「・・・うっ!」


 まるで巨大な岩に押し潰されそうな程の圧力がアギトの全身にかかり、身動きが取れなかった。遂にはうつぶせの状態となってアギトは目の前に立ち尽くしているリュートの方へと必死になって顔を上げ、訴える。


「な・・・にを、―――――――――リュートっ!?」


 しかし今度は息苦しくなり、声すらまともに出せなくなって来た。

 全身にかかる圧迫感がアギトを締めつけ、脂汗が滲み出て来る。血の気が失せるような脱力感がアギトを襲って来て、目の前の光景が歪んで見えた。今にも意識を失いそうな状態でいると、誰かがアギトに向かって叫んでいるのが聞こえて来る。


『マスターっ、しっかりするのだ! 我等を現世に召喚させ続ける為に必要なマスターのマナが急激に落ちている!

 このままでは我等は強制的に精神世界面アストラル・サイドへと送還されてしまうぞ!』


『マスターノマナガ落チテイルワケデハナイ、コレハ・・・!

 微弱ニ肉体カラ放出サレルハズノマナ自体ガ、強制的ニ塞ガレヨウトシテイル・・・っ!

 コノママデハ私達ヲ構成サセ続ケル所カ、マナ自体練ルコトガ出来ナクナッテシマウ!』


 アギトと契約を交わしている精霊、イフリートとヴォルトの声は耳で聞こえているわけではなく頭の中で響く感じに聞こえていた。

 だからこそ今の自分が非常にまずい状態であることを察する。

 しかし体が思うように動かず、抵抗するにもマナを練ることも出来ない。まるで全身の力を全部吸い取られて行くような感覚になって、両目を見開いてリュートの姿を捉えようとするだけで精一杯だった。


(なんで・・・、リュート!?

 どうしてオレにこんなことを、お前は一体何がしたいんだ・・・!?)


 懸命に床の上を這ってリュートの方へと手を伸ばそうとする、しかし意識が薄れゆく中リュートの輪郭しか捉える事が出来ないアギトはそのまま力尽きて――――――それ以上手を伸ばすことが、這って進むことが出来なくなってしまう。

 マナは人間が活動する為に必要な活力、それを強制的に奪われたら相当な脱力感を感じるはず。

 それがわかっているリュートは心を痛めながらも『アギトの為に』、心を鬼にした。


「・・・苦しいだろうけど、我慢して。

 意識を失いかけてる状態で僕が言う言葉を正確に聞き取れないとは思うけど、アギトの今の状態・・・。

 ザナハに飲ませたフォルキスとは違うよ、自己暗示程度の薬物じゃマナを完全に封じることは出来ないからね。

 あの時――――――、一緒に最後の食事をした時。

 アギトのカレーライスにはマナを練り上げることが出来なくなる薬を混ぜておいたんだ。

 僕のマナと合い言葉で発動するようになっている。

 アギトがマナを練ることが出来なくなれば、精霊は存続出来なくなって、召喚も出来ない。

 ほら・・・、二体の精霊ももうすぐ限界だ」


 リュートの視線の先には体が消滅しかかっているイフリートとヴォルトがいた。

 精霊がこの世界に存続する為には、召喚され続ける為には契約主であるアギトのマナを糧にしなければいけない。

 だがそのアギトがマナを練ることが出来なくなってしまえば糧を失い、イフリートとヴォルトは存続出来なくなってしまう。


『うぐ・・・っ、我もここまで・・・か!

 アギト・・・我がマスターよ!

 またいつかマナを取り戻し我を召喚する日が来ることを・・・、信じて待っているぞっ!』


 最後にそう叫ぶとイフリートの肉体は炎が消え失せるように、そのまま消失してしまった。

 

「イ・・・、イフリー・・・ト・・・っ!」


 精霊とは融合している状態、意識を集中すればその存在を感じ取ることが出来るが今のアギトにその余裕がないせいか、イフリートの存在を感じ取ることが出来なくなって、アギトは表情を歪ませた。

 そしてヴォルトもまた、肉体が消えかかりながらもアギトに言葉をかける。


『マスターヨ、私モ限界ラシイ・・・。

 ダガ忘レルナ・・・、私達ハ常ニマスタート共ニアル』


 そう囁いて、ヴォルトは消失してしまった。

 奥歯を噛み締めるように全身に力を込めながらアギトは床に這いつくばることしか出来ない自分に腹を立てる、両手の拳を強く握り締めて、爪で手の平を傷付ける位強く握り締めて、再びリュートの元へ這って行こうと強く自分に言い聞かせた。

 そうでもしなければ最後の最後まで自分に尽くそうとしてくれた精霊達に合わせる顔がない、自分をここまで支えて導いてくれた仲間達に申し訳が立たない。


 もう一度リュートへと手を伸ばす。

 ここで届かなければ、本当にもう二度と届かない。

 アギトは諦めたくなかった。

 

 必死にリュートへと手を伸ばそうとするアギトの姿を見て、リュートは心臓が潰れそうな位の激痛に耐えていた。


 ―――――――――これ以上はもう、見ていられないっ!


 リュートが取った行動は、アギトの心を裏切るような行為だった。

 苦しみ悶えながら必死になって友であるリュートを救おうと手を伸ばすアギトに対し、リュートは背を向けた。

 うつむき、必死で歯を食いしばって我慢するが・・・今にも涙が零れ落ちそうだった。

 だが涙は決して流さない、そう決めたから・・・誓ったから。

 涙は自分の弱さの証、だから絶対に泣かない。

 どんなに辛くても、アギトの辛さに匹敵するはずがないのだから・・・っ!


(リュート・・・っ、なんでだ・・・どうしてだっ!?)


 アギトの心の声がハッキリと聞こえるようだった、それがリュートの心を更に締め付ける。

 意を決したリュートはポケットから小さな青い色をした宝石を取り出した。

 次元の精霊ゼクンドゥスの宝石―――――――、マリスミゼラを握り締めたリュートがようやく、続きの言葉を口にした。

 これで・・・終われるように。


「龍神族族長パイロンからもらったっていう宝石、マリスミゼラ・・・。

 たった一度だけ使えるとても貴重なもの。

 僕がこれから発する合い言葉で・・・、マリスミゼラはその力を発揮する。

 ――――――アギト、今まで本当にありがとう。

 僕はきっと・・・、ううん・・・これ以上の言葉はもう僕達の間では無用だよね」


 それからゆっくりとリュートは振り返った、今にも意識を失いそうな中アギトは意思を強く持ちながら懸命にリュートを見据えようとする。そこには自分の知ってるリュートがいた。

 嬉しそうに、優しげに、悲しそうに微笑むリュートの笑顔。

 

(やめろ、そんな最後の別れみたいな顔で・・・そんな台詞言うんじゃねぇよ・・・っ!)


 しかしアギトの気持ちとは裏腹にリュートは握り締めていた手を開いて、マリスミゼラが姿を現す。

 リュートの発したマナに反応してマリスミゼラはそのまま空中に浮き上がると、意思を持ったかのように真っ直ぐとアギトの方へと飛んで行き、ちょうど真上で浮かんだまま止まった。


(何をする気だリュート、やめろ・・・何だかよくわからねぇけど、よせ・・・っ!)


 リュートは満足そうに微笑んだ。

 まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように、安堵したような表情を浮かべながら今までにない位の最高の笑顔で・・・言葉では言い表せない位の悲痛な表情で、リュートは最後の言葉を放った。



『―――――――――・・・さよなら』



 その瞬間マリスミゼラは凄まじい光を放ち、竜巻のような突風が巻き起こってアギトの体を包み込んだ。

 激しく揺さぶられながら空中に浮くアギトの体は、まるで突然現れたブラックホールに飲み込まれるようにマリスミゼラによって作り出された次元の歪みへと引きずり込まれて行く。

 足の方から徐々に引きずり込まれながらアギトは最後までリュートの方へと手を伸ばし続けた。

 しかし吸い込む力の方が圧倒的に強過ぎて抗うことすら出来ない。

 上半身まで穴の中に入って行った時、ようやくアギトは力の限りリュートに向かって叫んだ。


「リューーーーーーートオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」


 マリスミゼラに飲み込まれるようにアギトの体はだんだんと消えて行き、やがて全身マリスミゼラの中へと入って行った時・・・その力を発揮して役目を終えたマリスミゼラは一瞬にして沈黙し、そのまま床の上に落ちた途端・・・砕け散った。

 キラキラと欠片が飛び散って、やがて光の粒子となって完全に消失する。


 激しい強風は消え去り、沈黙だけが残った。

 跡形もなく消え去ったアギト、リュートはその場に立ち尽くしたまま・・・呆然と立ち尽くしたままだった。




 これで・・・、これで良かったんだ。

 アギトに恨まれようと、嫌われようと・・・、僕は最初からこうするって決めてたことだから・・・。

 だから後悔なんてしてない、アギトを失う位なら僕が消えた方がいい。

 

 ずっと本当のことを話せなくてごめん、アギトのことを信じてないわけじゃないんだよ。

 でも本当のことを話せばアギトの運命が確定してしまう、それだけは何があっても避けなくちゃいけないことだったから。

 

 僕がこの手でアギトを殺してしまう未来を回避出来るなら、僕は悪魔にだって魂を売る覚悟だよ。


 僕にとって一番、この世で最も大切な友達だから・・・。

 

 アギトが生きていてくれさえすればそれでいい、それでいいんだ。

 僕はそれだけで満たされる、自己満足だって言われても構わない。

 

 それだけ僕にとってアギトの存在はとても大きくて、大切で、かけがえのないものなんだ。

 やっと添え星の意味がわかったんだ・・・、ここに来てようやくその意味がわかったんだよ。


 添え星はきっと、大切な友達を守る為に生まれて来たんだって。

 そんな風に考えれば、怖いことは何もなかったよ。

 

 誰にも理解されなくていい、僕がこうしたいって自分で決めたことなんだから。

 だからきっと後悔なんてないんだろうな、今この瞬間にもアギトが生きてくれているって感じることが出来るから。

 

 アギト、―――――――――僕の分まで生きてて。

 僕はもうすぐ消えるけど、心残りは何もないから大丈夫だよ。

 アギトやザナハ、ジャックさん達と過ごした日々は僕にとってとても充実した日々だったから。

 今までの空っぽだった人生が嘘みたいに、あんなに満たされたことはないから。


 ありがとう、アギト。

 僕にたくさんの思い出をくれてありがとう。

 そしてこれからはアギトがたくさん思い出を作って、生きて・・・。


 もう二度と、会えないけど、心はいつも側に居るから・・・。

 こんなにもアギトを近くに感じるから、寂しくないよ。

 

 だから・・・、さよなら。

 さよならアギト・・・、僕の一番大切な友達・・・。

 僕の半身、僕の片割れ、―――――――――もう一人の僕。



 どうか、向こうの世界で幸せになって・・・アギト。

 




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