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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
ラ=ヴァース編
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第289話 「リュートへ続く道」

 ザナハの呪歌が効果を示すことが出来ないことがわかり、すぐさまザナハは呪歌から精霊召喚へと戦い方を変えた。

 例えユリアに対して呪歌を使うことが出来なくても相手は闇の眷族、精霊の攻撃ならば効果があると考えたのだ。

 

 アギトはイフリートを召喚した状態で次々に現れる死者達を剣で斬り付けていた、しかし剣による物理攻撃では死者に対してあまり効果がないように見えた。アギトの剣で斬り裂かれて流血しながら痛みを感じている様子ではあるが、それでも致命的なダメージを与えていないようであり勢いが若干治まるだけで、再び立ち上がり向かって来る。

 ハルヒの場合もアギトと同じようで、いくら斧で斬り付けたり叩きつけたりしても元々死んでいる彼等が息絶えることなく、ゆっくりと立ち上がっては襲いかかる、といった行動を繰り返しているだけであった。

 そんな中イフリートによる炎の魔術、そしてサイロンのファイアブレスだけはそれなりの効果があるようで、焼き尽くされた死者は復活することがなく、床には黒焦げになった死者の死体がそこら中に転がっていた。


 多勢に無勢の中、ユリアは死者達を作り出すネクロマンサーの魔法陣を半永久的に作動するように細工したのか、呪歌を歌いながらも魔法陣からは次々と皮膚のない肉塊の化け物が作り出されていく。

 オルフェもまた下級、中級魔術程度ならば声が出せなくても発動出来る様子で主に炎系の魔術を中心に死者と戦うが、これでは焼け石に水だとすぐさま判断した。


(師は―――――――いえ、ユリアは時間稼ぎが目的。

 このままバカ正直に死者達と延々正攻法で戦っていても、向こうの思うつぼ・・・。

 私としてはリュートが核を宿した直後にアギトをトランス状態にさせ、核を破壊させたかったのですが。

 それはまんまとトルディス閣下によって使えなくなってしまいましたからね。

 今更兄弟石を嵌めた短剣をよこせと言っても、アギトが素直によこすはずがありません。

 リュートなりに考えがあるようですが、どんな方法かわからない以上任せるわけにもいきませんし。

 ここはひとつ、リュートを一旦連れ戻して事情説明を求める他ないでしょうね。

 あのリュートが素直に従うとは思えませんが、少なくともアギトとザナハ姫は大人しくなるでしょう)


 そう画策したオルフェはザナハの方へ歩み寄ると、ホーリーランスの刃先部分にマナを蓄積させる。

 中空にマナで出来た光の帯で文字を綴り始めた。

 沈黙の魔法で言葉を発することが出来ない今のオルフェのコミュニケーション手段といえば、筆談しかない。

 

『姫、ウンディーネの魔術の中に治癒系のものはありますか?

 それもとびきり効果が高く、広範囲に及ぶものが』


 突然のオルフェの問いにザナハは勘ぐることもせず素直に答える。


「え、えぇ・・・ウンディーネは元々治癒系の魔術が専門みたいなものだから。

 そうね、範囲的に見れば今あたし達が戦っている場所全体に効果を及ぼすことが出来ると思うわ。

 ―――――――それがどうかしたの?」


『いえ、ちょっとイイことを思いついたので・・・』



 ユリアの呪歌によって凶暴性を増した死者達が次々アギトに襲いかかって来る中、アギトは剣での物理攻撃が不毛であることに今頃気付き、イフリートに向かって助けを求めた。


「おいイフリート! もうちょっとこう・・・全部ぶわーーって焼き払う魔術とかねぇのか!?

 さっきから地味に殴り飛ばしては飛び火させたり、ちゃっちぃ火球で燃やしてるだけじゃん!」


『すまぬマスター、最初の攻撃で飛ばし過ぎてしまったのだ。

 もうちょっとマスターの魔法攻撃力とMPが高ければ、ぶわーーって焼き払う魔術を放てたのだが・・・』


「オレのせいかよっ!」


 その時アギト達の後方でザナハが水の精霊ウンディーネを召喚し、水属性最高ランクの魔術を放った。


「いくわよ、ウンディーネ!」


『慈愛を込めた癒しの秘術、邪悪なる者に裁きを・・・傷付く者に癒しを与えん。

 神子と精霊による最高魔術をその身に受けよ―――――――、セイクリッド・ブレイム!』


 ザナハとウンディーネが心とマナを重ねて発動させた魔術は戦場となっている場所全体に光の雨を降らせるように、細かい光の粒が一面に降り注いで行く。その光の粒のひとつひとつは凝縮された濃度の高いマナで構成されており、味方であるアギト達に触れると傷と疲労を癒してくれた。

 同時にそれらが死者達に触れると、それは敵への攻撃と変換されダメージを与えて行く。

 本来の『セイクリッド・ブレイム』であれば、敵に触れた光の粒は攻撃用として効果を現すが、今回だけは勝手が違っていた。


 癒しの効果を与える際には、光の粒は淡い水色を放っているが攻撃の効果を与える場合には攻撃的な赤い色へと変化するようになっている。『セイクリッド・ブレイム』をザナハ自身が放ったのは今回が初めてであったが、ウンディーネと融合しているザナハにはこの魔術が本来どのような魔術で、どのような効果を発揮するのか把握することが出来た。

 だからこそ今目の前で死者達に与えている効果が決して『攻撃用』だけではないことに、ザナハは気付く。


「どういうこと?

 あの光の粒はあたしの意思に反応して敵と味方を判別するのに、癒しの効果を与える光の粒も死者達に降り注いでる!?

 なのに死者達の傷が癒えてるわけじゃないし、それどころか癒しの光も攻撃用みたいにダメージを与えてるわ!?

 オルフェ、これは一体どういうことなの!?」


 大量の死者で溢れ返っていた場所にはもはや誰一人として死者が残っておらず、ユリアは未だ降り注いでいる光の粒を急きょ作り出したバリアーで防いでいる。


「そう・・・、なるほどね。

 まだ不完全とはいえ、ネクロマンサーの術で作り出した死者を構成しているのは『負』そのもの・・・。

 プラスの働きをする治癒術は、マイナスの存在に対しては治癒効果を与えずに破壊の効果をもたらしてしまう。

 更にそれが精霊魔法ともなれば・・・、確かにあたしが作り出した死者では歯が立たないわね。

 ―――――――オルフェ、この切迫した状況の中でそれに気付くなんて・・・やっぱり君は凄いわ」


(今のあなたに褒められても、・・・全く嬉しくありませんよ)


 オルフェの瞳の奥に、わずかに切ない色が映った。

 しかしすぐまた冷徹な瞳に戻すと、オルフェはホーリーランスを掲げたままザナハの方へと視線で合図を送る。

 何が言いたいのかすぐに察知することが出来たのか、ザナハも最初からオルフェと同じことを考えていたのか、ザナハは大声で唖然と立ち尽くしているアギトへ向かって声を張り上げた。


「アギト今よっ!

 眷族はあたし達で何とかするからアギトはリュートを、・・・早くリュートの元へ行ってちょうだい!」


 その言葉にすかさず反応したのはサイロンであった。

 リュートとユリアの間を阻む為に、ファイアブレスを放って孤立させようとする。

 サイロンのブレスの意図を察したアギトは仲間達の気持ちを汲んで、剣を握り締めたままリュートの方へと向きを変えた。

 しかしアギトはすぐに走り出そうとはせず、なぜかイフリートの他にヴォルトも召喚してから自分の背を守るように構えているイフリートへと話しかける。


「イフリート、ヴォルト。

 お前達はここに召喚したままにしておくから・・・サイロン達を援護してやってくれ、頼む」


 静かな口調でそう話すアギトに、イフリートは低い声で反論した。


『だがマスターよ、我達なしでは闇の戦士と対峙した時・・・一体どうするというのだ』


 そんなイフリートの心配を杞憂だと諭すように、アギトは精一杯の笑みを向け明るく話した。


「そんなことにはならねぇよ、オレはリュートと戦わねぇ。

 このオレがリュートに剣を向けることなんて、万に一つでも・・・あるわけないだろ?

 だからそんな顔すんじゃねぇよ!

 お前は精霊の中で一番猛々しくって・・・そんで一番勇敢な精霊、このオレの精霊だろ?」


『・・・マスター』


『ワカッタ、マスター。無事ヲ祈ッテイル』


「おう、絶対に・・・負けんじゃねぇぞ!」


 アギトは仲間達の協力と支えによって、リュートへ続く道を駈け出した。

 当然それを妨害しようとユリアが魔術を発動させようとした時、扉の前で魔剣の生成に集中していたはずのリュートが止める。


「ユリア! 僕もアギトに話があるから、―――――――いいよ。

 それより僕達の間に邪魔が入らないように他の人達の足止め、任せたから」


 どくどくと脈打ちながら、まるでリュートの左腕の皮膚の中に生きたヘビが巻きついているような、そんな奇怪な姿へと変貌したリュートの左腕を見たユリアは品定めするかのような眼差しで見据える。

 無数の細い血管が根を張るように、そして紫色に変色した腕はとても不気味で、リュートの左腕だけが別の生物のように異様な雰囲気を放っていた。 

 

「・・・ええ、いいわ。

 光の戦士との話が終わったら、あなたは扉を開け・・・そして核を」


「わかってる」


 互いに冷たい口調で必要なことだけを口にすると、リュートは自分の方へと向かって走って来るアギトへ向き直った。

 ユリアもまた自分一人に狙いを定めている者達へと向き直り、そしてわずかに嘲笑を浮かべる。


 アギトが大きな扉の前に居るリュートを目指して走っていると、すぐ側ではユリアと仲間達との凄絶な戦いが繰り広げられていた。ユリアが凄いということはわかっていたが、それがどれだけの脅威を秘めているのかまだその実態を知らないアギトは、わずかに仲間達の安否を気遣いながらも彼等の強さを信じた。


 どんな時でも余裕の笑みを浮かべ、それこそまさに敵なしとも言える強さを誇るオルフェ。

 中身や性格は別として、それでも龍神族なだけあって個人の戦闘能力はそれなりに高いサイロン。

 大きな斧を使う姿から見てどこかジャックを思わせるハルヒ、手合わせをしたことはないが彼も相当な使い手なのだろうと思う。

 精霊を行使することが出来て、何より仲間がピンチに陥れば癒しの術を施すことが出来るザナハ。


 それに今はイフリートとヴォルトも付いている、だからきっと大丈夫だとアギトは不安や心配な気持ちを払拭させる。

 階段のように積み上がっている石畳を駆け上がって行くと、ようやくリュートの姿が見えて来た。

 リュートはアギトが来るのを待っていたかのように扉の前で立ち尽くしたまま、こちらを向いている。

 肩で息を切らしながら階段を駆け上がると、静かに息を整えてからゆっくりと歩み寄った。


 冷たい瞳、感情というものが感じられない顔、こうして向かい合っているのに背筋が凍りそうな冷たい雰囲気を放っているリュートの姿にアギトは息を飲む。これが自分の知っているリュートなのだろうかと疑ってしまう。

 強いショックを受けたようにアギトが両目を大きく見開いたままリュートを見つめていると、リュートの方から切り出して来た。

 相手の様子を窺うような口調ではなく、申し訳なさそうに自信なく話しかける口調でもない。

 ただ淡々と、リュートは全く知らない他人に話しかけるような口調でアギトに話しかけて来た。


「―――――――アギト、待ってたよ」


「リュート・・・っ!」


 アギトは突然、昔を思い出していた。

 青い髪だと罵られ蔑まされて来た過去を、異質な存在だと訴える視線、言葉、それを今になって痛烈に思い出していたのだ。

 今目の前に居るリュートの視線、言葉、それがかつての『彼等』と全く遜色がないということに、アギトの心は深く傷付き、痛みを伴っていた。



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