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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
ラ=ヴァース編
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第288話 「呪歌 VS 呪歌」

 リュートが魔剣を生成するには多少なりとも時間がかかる、その時間を稼ぐ為にユリアは初めから足止め役としてリュートについて来ていたのだ。複数の魔物を召喚してはみたが、仮にもこのクジャナ宮最深部まで辿り着く者達。

 レベル60程度の魔物相手では歯が立たないようであり、殆どサイロンとハルヒによってなぎ倒されていた。


(さすが龍神族、といったところね。

 それじゃこれはどうかしら!?)


 召喚した魔物を次々倒される光景を見たユリア自身に、遂に戦いのスイッチが入る。

 ユリアは人差し指にマナを集中させ青白い光を発光させると、床を指差し直接魔法陣を刻んで行く。

 その仕草を見たミラが瞬時に銃口をユリアに向けた。

 当然自分に狙いを定めていることを察してたユリアは、魔法陣を描きながらミラの方へと真っ直ぐに視線を移し、優しく微笑む。


「義理とはいえ姉であるこのあたしに銃口を向けるなんて、ミラ・・・姉さん悲しいわ」


「あなたは私の姉なんかじゃない! 姉の皮を被った醜い魔物よっ!」


 しっかりと揺るぎなく銃を構え、ミラは照準を合わせたまま・・・それでも引き金を引けない。

 流れるような美しいピンク色の髪も、白い肌も、水色の瞳も、優しく微笑む表情も、何もかもが記憶の中にしっかりと残っているユリアそのものであった。

 ミラにとってたった一人の家族であり、唯一の理解者であったユリア・・・。

 強く、優しく、美しく、そして自分の正義を貫き通す強い意思を持っていた姉が、なぜ眷族と成り果ててしまったのか?

 そんな姉の堕ちた姿を見て、ミラはひどく心を痛めていた。

 あれ程愛していた姉に向かって銃口を向ける日が訪れるなんて、誰が想像出来ただろう。


 ミラは硬直したまま、銃口を向けたままの状態で固まっていると隣で膝をついていたオルフェがミラへと合図を送る。

 視線をユリアから背けるわけにはいかないことを把握していたオルフェはミラの体に触れ、指でなぞるように文字を綴った。


『ネクロマンサーの・・・、魔法陣・・・、発動・・・させるな』


 最後まで綴る前にミラは引き金を引いていた。

 銃弾は真っ直ぐとユリアの額を直撃し、そのまま後ろへと倒れて行く。ユリアを撃ったミラに驚いているアギト。

 ミラは一発撃っただけで息を切らしている。まるで子供が初めて銃を撃った時のように強いショックを受けているようだった。

 引き金を引く前のように硬直したままミラが固まっていると、オルフェはゆっくりと拳銃を握るミラの手に触れ下ろさせる。

 そしてじっとミラを見つめ、言葉もなく諭した。

 オルフェの瞳から発せられる声なき言葉にミラは全身の力が抜けたように、そのまま床にへたり込んでしまう。

 

 仰向けに倒れているユリアの足元に描かれた魔法陣を見るオルフェ、見た所魔法陣はすでに完成している。

 あと少しミラの攻撃が遅ければこの魔法陣から更なる敵を召喚されるところだったとオルフェが息をついた、その時。


 確かに額に銃弾が直撃していたはず、そのはずなのにユリアの笑い声が聞こえて来た。

 それからゆっくりと倒れていたユリアは起き上がり、穴の開いた額に指を押し当てて治癒を行なう。

 指を離した時には撃たれたはずの銃痕が残っておらず、綺麗な額に戻っていた。


「忘れたの? あたしはディアヴォロ様の力によって蘇った・・・すでに死んでいる人間よ。

 死んだ人間をまた殺すことが出来ると思ってるわけ?

 ディアヴォロ様の力がある限り、このあたしは何度でも何度でも再生し、そして復活する。

 さぁ・・・、楽しいパーティーの始まりよ。

 誰と一緒に踊りたいか、仲良く順番を決めて頂戴ね!」


 そう叫んだユリアは腰に装備していた短剣を取り出し躊躇なく腕を斬り裂くと、大量に出血した自分の血を床に刻み描いた魔法陣へと滴らせる。ぶつぶつと小さく詠唱を唱えると魔法陣の中に滴り落ちたユリアの血がぶくぶくとうごめき、やがて血の塊から肉片、肉片から人の形へと姿を変えて行く。

 

「な・・・っ、なんだあれっ!?」


 皮膚がなく筋肉がむき出しになった状態の人の形をした化け物が次々魔法陣から出て行き、アギト達の方へと向かって来る。

 そんな恐ろしい光景にアギトは胸が悪くなり、思わず叫んでいた。


「ひどい・・・っ、あれ・・・偽りの肉体に無理矢理死者の魂を入れてる・・・っ!

 見た目は化け物かもしれないけど、魂の入ったれっきとした人間よ!」


 おぼつかない足取りでよたよたと歩み寄って来る化け物が「痛い」「苦しい」「助けて」と声を上げている姿を見たザナハが、残酷なものを見るような瞳で告げた。


「むむ・・・、なんと惨いことを・・・っ!

 だが余達はこんな所で奴等に同情しておる場合ではないぞ、心苦しいかもしれんが全部倒すのじゃ!」


「で・・・でも、あれ・・・人間なんだろっ!?」


 躊躇するアギトにサイロンが声を荒らげた。


「だからこそあの苦しみから救ってやるのじゃ!

 どうしても奴等に同情するというのなら、出来る限り痛くないように倒してやるがいい!

 お主の目的は何じゃ、リュートの元へ行くことではないのか!?

 それを忘れるでない!!」


「――――――サイロン」


 サイロンにそう諭されたアギトは扉の前で銀髪の人物と何かしているリュートの方へと目をやった、アギト達の方には背を向けて殆ど無視をしている状態のリュート。

 それからアギトは、ユリアが大量に作り上げた死者達へと視線を戻す。

 サイロンやハルヒがいくら武器で攻撃しても相手は死者、攻撃を受けて倒れはするもののすぐにまた起き上がって取り囲もうとしてくる。その光景を見ていると以前テレビで見たゾンビ映画のように、倒しても倒してもきりがなかった。


(・・・ゾンビの弱点は、――――火!)


 アギトは躊躇していた感情を振り払う。

 右手を顔の前に突き出してマナを練り、それから天高く右手を掲げて力一杯に叫んだ。


「雄々しき炎の破壊者! 

 このオレ、アギトの名において命ずる!

 天をも焦がす炎で・・・っ、全てを灰塵と化せ――――っっ!!」


 猛々しい叫びと共に炎を纏って姿を現したイフリートは、契約主であるアギトの言葉に応え持てる限りの力を以て凄まじい炎の塊を作り出し、目の前にはびこっていた死者達の方へと放つ。

 放たれた瞬間サイロン達は素早く飛びのいて、巻き添えだけは何とか避けることが出来たようだ。

 巨大な炎の塊は死者達を燃やし尽くしながら中心まで突き進むと、死者達の群れの中心まで辿り着くなり四散して炎が一面に広がる。

 断末魔を上げながら炎に包まれていく死者達、肉が焼け焦げる臭い、死者達が次々と消し炭になって行く光景を見たアギトは、苦渋に満ちた表情を浮かべていた。

 

(――――――――ごめん)


 イフリートの業火によって死者達を焼き払ったアギトは静かに心の中で呟いた、そしてリュートが立っている場所まで一直線に道を作ることが出来たアギトは、すぐさまリュートの元へ駆け出そうとする。

 しかしユリアによって作られたネクロマンサーの魔法陣はまだ健在であり、ユリアの傷付いた腕から滴り落ちる血を元に再び死者達を作り上げようとしていた。

 その光景を見るなりアギトはそのまま足を止め、ユリアに向かって叫び出す。


「ユリアもうやめろっ!

 オレの知ってるユリアはこんなことするような人間じゃないはずだっ!」


 ユリアの心が少しでも残っているのなら・・・、そんな淡い期待を抱きながらアギトはユリアを説得しようと試みた。

 しかしユリアは不敵な笑みを浮かべたままアギトを見据え、新たに作り上げた死者達を従える。

 まるでアギトの言葉を無視するかのように、ユリアは全く聞く耳を持っていない様子であった。

 ユリアにはアギトのことが見えていないのか? 

 そうではない・・・、ユリアはアギトのことを『知らない』のだ。

 なぜならアギトが初めてユリアに出会ったのは、雷の精霊ヴォルトの試練の時。

 過去の出来事を再現させることでアギトはユリアに出会い、短い間だったが彼女と共に過ごしていた。

 しかしそれはあくまで『過去の再現』、ヴォルトの先代契約者であるユリアの記憶を元に構成された世界だったので、今目の前に居るユリアがアギトのことを知らなくてもそれは当然のことなのだ。


「君がそうなのね、ヴェルグの転生した姿・・・双つ星のオリジナル」


「―――――――え!?」


「本当にヴェルグそっくり・・・、よくやってくれたわね。

 さすがあたしの見込んだ子、君ならきっとやり遂げてくれるって信じてたわよ・・・オルフェ」


 満悦した表情のユリアがオルフェの方へ視線を移し、感謝の意を表した。告げられたオルフェ本人は苦痛を伴ったような表情を浮かべて、未だ沈黙の魔法が解けていない様子である。

 ユリアに対して意見することが出来ないオルフェを見て、ユリアは含み笑いを浮かべながら再びアギトの方へと視線を戻す、アギトの背後には主を守るようにイフリートが悠然と構えている。


 またもや死者の魂を乗せた肉人形を作り上げ、自らの武器とするユリアにサイロンが舌を打った。


「これではキリがないのう、いくらイフリートの業火で一掃してもあの魔法陣で再び死者を作られてはどうにもならん。

 どうにか術者本人を直接攻撃出来ないものかのう」


 サイロンが何気に放った言葉がヒントになったのか、それまで後方に控えたままだったザナハが突然何か閃いたように顔を上げると、果敢にサイロン達がいる前の方へと進み出た。

 それまでのザナハはどんどん仲間達を置いて独り歩きしていくリュートのことで色々と傷付き、思い悩んでいたせいか今までのような快活さが失われていた。

 しかしここに来てようやく、アギトに貰った言葉を糧にその明るさを取り戻しつつあったのだ。


「あたしが呪歌で対抗するわ!

 呪歌なら声の届く範囲が術の効果範囲だもの、あたし達と彼女の間に誰が立ち塞がろうとその距離は関係なくなるから。

 ようするにあの眷族がこれ以上死者が作れないようにすればいいのよね!?

 あたし・・・、やってみるわ!」


 そうすればアギトがリュートの元へ行ける、説得して連れ戻してくれる、リュートは自分を犠牲にしなくて済む。

 ザナハの頭の中はそのことで一杯になっていた。

 ようやく戦闘態勢に移行することが出来たザナハに、アギトは満面の笑みを浮かべて託す。


「よっしゃ、期待してんぜザナハ!」


 アギトにそう言われてイヤな気持ちにはならなかった、むしろ頼りにされて嬉しいという気持ちの方が強い。

 ゆっくりとした足取りで確実にアギト達へと迫って来る死者達、アギトとハルヒが前線で死者達の行く手を阻んでいる間ザナハが歌を紡いだ。味方の戦闘能力を上げ、敵の能力を下げる歌―――――――戦いへと赴く歌を。



『翼を広げて 飛び立とう


 まだ見ぬ地へ 旅立つ為に


 そこには荒れ果てた大地が広がって


 あたし達を迎えるだろうから


 だからあたしは歌う


 いたわりと友愛を込めて 心から歌う』



 軍歌のように勇ましく雄々しい旋律、力が湧き上がって来るような歌にアギト達のマナが活性化して行く。

 呪歌の効果を高める魔法陣はそれ程大きくないものの、何とかアギト達とユリアを囲う程度の大きさは確保出来ていた。

 死者達の苦しみは更に加速し、喘ぎもがいている。

 その光景に内心では苦痛を感じながら、アギトとハルヒが武器で薙ぎ倒していった。

 サイロンはドラゴン化しなくても炎系のブレスが使えるのか、胸の前で印を結ぶと同時に口から勢いよく炎を吐き出して死者達を燃やし尽くしていく。召喚されたままのイフリートも炎の拳で死者達を殴り飛ばしては、拳が触れたと同時に死者を炎上させていた。

 明らかに戦闘能力が高まっているアギト達に対し、ユリアはそれでも余裕の笑みを浮かべている。

 


『どんなに残酷な運命が 待ち受けても


 手を取り合い 共に乗り越える


 受け入れるだけが 全てじゃないから


 涙を拭って 運命を変えよう


 その先に 闇をも照らす光が きっと見えるから


 あなたを追いかけて 手を伸ばし


 掴みかけた未来を 笑顔で迎えられるように』

 


 ザナハは全力を尽くすように、全ての思いをこの呪歌に込めた。

 死者達の様子から見てもわかるように呪歌はその効力を存分に発揮してる、そして呪歌の魔法陣の中にユリアがちゃんと入っているにも関わらず眉ひとつ動かさない様子に、ザナハはほんの少しだけ焦りを感じていた。

 もしかしてユリアにだけは自分の呪歌が効いていないのではないか、という不安がよぎる。

 それでもザナハはそんな不安を払拭させるように歌に集中した、不安や焦りを抱けばそれは呪歌にも影響を及ぼしてしまう。

 光の精霊ルナの試練でそのことを十分に学んだザナハは、心を込めて歌い切ろうと自分に強く言い聞かせた。


 呪歌に気持ちを乗せようとした時、あろうことかユリアは呪歌で対抗する為ザナハが作り出した魔法陣に上書きするように、ユリアもまた自ら呪歌の魔法陣を作り出して歌を紡いで来た。



『憎しみの海にたゆたい


 身も心も全て委ねた絶望の果て

 

 考えることをやめて


 ただ感情のままに投げ出してしまえばいい


 そうすればラクになれると信じてた』



 激しい曲調で紡ぎ出されるユリアの歌にザナハが作り上げた魔法陣が消え失せてしまった、ユリアの呪歌がザナハの呪歌を上回った瞬間に死者達の活動が活発になり、それまで苦しみ悶えながらゆっくりとした速度で歩んでいた死者達は、勢いよくアギト達に向かって攻撃を仕掛けて来る。


「うわ、なんだこいつら! いきなり動きが機敏になりやがった!」


 周囲を完全に囲まれたアギトは剣で薙ぎ払おうとするが間に合わず、死者の攻撃を背後から受けそうになった所をイフリートによって救われた。ハルヒもまたサイロンのファイアブレスによる援護がなければ周囲を囲まれて身動きが取れなくなっていた所である。

 ユリアの呪歌が発動した時、ザナハはまるで見えない衝撃波に圧された様に尻もちをついていた。

 呪歌が呪歌を跳ね返した瞬間を初めて見たミラが、ザナハに手を貸しながら驚愕している。


「姫様の呪歌が負けるなんて・・・っ!

 歌に乗せる気持ちも、感情も、思いも、全てザナハ姫の純粋で真っ直ぐな心の方が上回っているはず・・・っ!

 姉の・・・、ユリアの呪歌がそれを超えるだなんて有り得ないわ」


 ミラが信じられないという顔でユリアを見据える、するとユリアの方もミラに視線をやりその疑問に答えてやった。


「あたしの歌とその娘の歌・・・、決定的に違う所がある。

 それがわからない限りその娘の呪歌があたしを超えることはないわ・・・。

 さぁ闇の死者達よ! この世界を闇で満たす為の先駆けとなりなさい!」


 ユリアの号令が死者に伝わったのか、更に凶暴性を増した死者達は果敢にアギト達に襲いかかる。

 その光景を目にしたザナハが再び呪歌を紡ぐが、それでもユリアの呪歌がかき消してしまう。旋律を奏でようとしてもそれにうまく合わせてユリアが『黒の呪歌』へとすり替える。

 

「どうして・・・!?

 やっぱり呪歌には歌唱力も必要になって来るの!?

 あたしの歌と違ってあの眷族の・・・、ユリアの歌には迫力がある。

 憎しみしか込められていないはずなのにどこか泣いているようにも聞こえる、あんな悲しい歌に負けるなんて・・・っ!

 仲間を救いたいっていう気持ちよりも、ユリアの憎しみの方が強いってこと!?」


 ザナハが愕然としたように呟く、それだけショックが大きかったのだ。

 敵がどんどん強くなり、仲間達も力をつけて行く中ザナハは自分にしか出来ないことで役に立てることを誇りに感じていた。

 呪歌で仲間を支援することが出来るのは自分だけ、それがザナハにとっての誇りだったのだ。

 それが今・・・ユリアの呪歌を上回ることが出来ず、再び自分が無力に思えてしまう。

 唯一の取り柄を失ったように感じて悔しかったのだ。


「いえ・・・、違います」


 不意にミラが呟いた。


「ザナハ姫の・・・、アギト君達に対する思いが弱いわけじゃない」


(ユリアにあって、姫様に不足しているもの。

 それは―――――――自信だわ、ユリアには全てに対する自信で溢れている!

 ゲダック先生からも聞いたことだけれど、姉は昔から何でも出来た・・・。

 魔術の天才、魔法科学の天才、全てにおいて姉に出来ないものは何もない、まさに完璧な存在だった。

 憶測でしかないけれど・・・恐らくそこに挫折や苦労といったものも、さほど経験してなかったのかもしれない。

 だからこそ持てる過剰なまでの自信!

 その自信が強さとなり、あそこまで呪歌を強力にさせたんだわ・・・!

 これじゃどんなに姫様が気持ちを旋律に乗せたとしても、ユリアの呪歌を超えることなんて・・・っ!)


 それが決定的な違いかどうか確証はなかったが、少なくとも今のままではザナハの呪歌がユリアを上回ることは不可能だと察したミラは再び銃口をユリアに向けて、狙いを定める。

 せめて対抗する呪歌さえ歌わせなければ勝機はある、ミラがそう判断した時。

 ほんの一瞬、それこそまばたきする程の一瞬にユリアの姿を見失ったミラは慌てて周囲を見渡した。

 このフロア内で最も危険で驚異的な存在となるユリアを見失ってはどうなるかわかったものではない、ミラが素早くユリアの気配を察知しようとした時ザナハが声を荒らげる。


「ミラ―――――――、後ろっ!!」


「っ!!」


 動くことも出来ずミラは背後を取られてしまう。

 そのまま致命傷を受けるかと思い覚悟を決めたミラであったが、ユリアはそっと背後から囁いただけだった。


「ミラ、しばらく会わない内に随分心地良い負を持つようになったわね・・・」


 そう囁いた直後、ユリアは片手に闇のオーラを宿してミラの額を鷲掴みにした。


「ああああああああああああああああっっっっ!!」


 ユリアの手から闇のオーラを注ぎ込まれ、絶叫を上げるミラ。

 苦痛に表情を歪め、そのまま力なく倒れかけたミラを抱き上げて更に負を植え付けようとするユリア。

 そんな彼女に向かってオルフェが攻撃を仕掛けた。

 オルフェの右手にはホーリーランスが握られており、突き攻撃を繰り出していく。

 思っていたよりも早くオルフェが攻撃に参戦して来たので虚を突かれたのか、ユリアはミラを放して距離を取った。


 オルフェにかけられた沈黙の魔法はまだ解けていないようで、声をかけることが出来ず肩を揺さぶりながら意識を取り戻させようとする。気を失っているわけではなく、内側から込み上げて来るどす黒い感情を抑えつけようと必死になっているのか、ミラは自分の両肩を抱き締めるようにして縮こまっている。


「オルフェ! ミラは大丈夫なの!?」


 ザナハが心配そうに駆け寄って声をかける、するとミラは片手を上げて大丈夫だという合図を送った。

 そしてオルフェもミラを気にかけて肩に触れようとした、するとミラはまるでオルフェに怯えるように体をびくつかせて触れられるのを拒んだ。

 そんなミラの様子を見て、オルフェは触れようとした手を引っ込めて拳を握り締める。


(そうか―――――――、なるほど。

 師が先程行なったのは、中尉の中に宿る私に対する憎しみを増幅させようとした・・・というわけですか)


 そう察したオルフェはミラから離れて前線に参加する為に、ホーリーランスを掲げて歩き出した。

 オルフェが武器による戦法をあまり得意としていないことを知っているユリアが含み笑いを浮かべる。


「オルフェ、君にかけた沈黙の魔法を解かない限り勝ち目はないわよ?

 ジャックと違って君は肉弾戦に向いていない・・・、自分でもそれがよくわかっているはず」


 見下すように嘲笑するユリア、しかしその言葉を発した直後ユリアの笑みが消えることになる。

 オルフェは武器を持つ方とは逆の手を上に掲げて、それから空を薙ぐように振り下ろした。

 するとその仕草が魔術発動の合図だったのか、アギト達を襲っている死者達の頭上から巨大な剣の形を模した雷が発生する。

 その雷剣が両断するように床に突き刺さると周囲に居た死者達が全身黒焦げになり、何十体かは焼け死んでいった。

 魔術の詠唱をしていないオルフェが放った中級魔術、「サンダーブレード」が発動したのを目にしたユリアは口元を一文字に引き締めながら小さく言葉を漏らす。


「詠唱破棄による魔術発動、ね。

 確かにそれなら沈黙の魔法にかかっている状態でも、魔術を発動させることは可能だわ。

 いいわオルフェ、それでこそあたしの一番の弟子・・・一番のお気に入りよ。

 面白くなって来たことだし、ここからはあたしも本気でイカせてもらうわっ!!」


 満悦した笑みを浮かべたユリアは歓喜するように、自ら前線へと立った。

 大勢の死者達を相手にしているアギト達、不調となったミラを支えるザナハ、そして魔術の詠唱を唱えることが出来ない状態で戦線に復帰したオルフェ。


 ディアヴォロの本体が眠る扉の前で、その扉を開ける為の鍵である魔剣を生成する作業に取り掛かっているリュート。

 左腕の血管が膨れ上がり、激しく脈動する様はまるで腕の中に別の生物がうごめいているようであった。


(魔剣が仕上がるまで、―――――――あともう少し!)


  


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