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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
ラ=ヴァース編
288/302

第286話 「秘奥義の落とし穴」

 薄暗い通路を走って行く中、目の前に誰かがいることに気がついたアギトは目を細めて確認する。そしてそれがザナハだとわかった途端、アギトは前を走るサイロン達を追い抜かして、名前を叫び手を伸ばした。


「ザナハっ! こんなとこで何突っ立ってんだよ、一体何があったっ!?」


 息を切らしながら立ち尽くしているザナハに触れた途端、まるで全身の金縛りが解けたようにすぐさま自分の肩を掴んだアギトの方へ振り返った。その顔は悲しみに暮れ、涙を流していた。振り返った時に頬を濡らしていた大粒の涙が宙に散る。


「アギト・・・っ、リュートが――――――リュートがっ!」


 ザナハが必死に助けを求める表情に、アギトは胸が張り裂けそうになった。リュートに一体何が起きたのか、ここで何があったのかアギトの頭の中では最悪のイメージばかりが浮かんで来る。

 取り乱すザナハを落ち着かせる為に両手でしっかりとザナハの肩を掴んで、少しだけ揺さ振り声を上げた。


「落ち着け、とにかく落ち着けって!

 ザナハ・・・一体何があったってんだよ、ゆっくり話せ・・・な?」


 アギトの真っ直ぐな瞳、自分だってリュートのことが心配でたまらないはずなのにザナハを気遣って声をかける。ザナハはそんなアギトの気持ちに触れて、呼吸を整えるようにゆっくりと深呼吸してから、逸る気持ちを抑えて話し始めた。


「アギト・・・、リュートはディアヴォロの核をその身に宿して・・・死ぬ気なの。

 お願いリュートを助けて、そんなことリュートにさせないで――――――お願いっ!」


 ザナハが最初に告げた言葉にアギトは驚き、言葉を失った。


(ディアヴォロの核って・・・、あの時のルイドの心臓にあった・・・アレのことか!?

 それをリュートが宿す!?)


 ディアヴォロの核をその身に宿すと言うことがどういう意味なのか、ルイドに言われたままのことしかわからないがそれでも一刻の猶予もないという事実だけはアギトにでもわかっていた。

 そんなことをしたら本当に最悪な結末になってしまう、ザナハの両肩を掴んでいる手に力が入る。


「わかってる・・・、オレがぜってぇそんなことさせねぇから。

 それよりザナハ・・・お前ケガとかはしてねぇのか? なんでこんな何もない所に突っ立ってたりしてんだよ?」


「リュートにフォルキスを飲まされてて、それで・・・あたしがリュートの邪魔が出来ないように縛られてたの。

 この通路の先が隔壁の間、そこにリュートがいるわ。

 ――――――お願いよ」


 ザナハがそう言った瞬間、突然の出来事にアギトは息を飲んだ。

 願い乞うようにザナハはアギトの胸に飛び込むと、声を殺して泣きながら・・・懇願した。


「お願い・・・、リュートを助けて。

 大切なの・・・アギトのこともリュートのことも、あたしにとってはすごく大切な仲間なのっ!

 もうこれ以上失いたくない、・・・あたしじゃリュートに何も伝えることが出来なかった。

 でもあんたなら、――――――リュートの親友であるあんたならきっと止められる!

 だから・・・っ! リュートを死なせないで、・・・殺さないで。――――――お願いっ!」


 ザナハは心から思っていたことをアギトに告白した、その全てをアギトに託した。

 本当は悔しくて堪らなかったはずだ、一番目の前に居て、一番側にいて何も出来なかった自分が何よりも許せないはずだった。

 そんなザナハの気持ちを、思いを、言葉を、願いを、アギトは全て受け止める。

 ザナハが託した願いはアギトの願いでもあったから。


 迷いつつもアギトはしっかりとザナハを強く抱き締め、その思いに応えた。


「大丈夫だ、何も心配なんかいらねぇよ。

 オレ達がついてんじゃんか、リュートは絶対死なせねぇ・・・誰にも傷付けさせねぇから安心しろ」


 アギトのその言葉に、ザナハは心から安心出来た。

 以前ならこうはいかなかったかもしれない、アギトに反発していた頃の自分ならきっと――――――今のアギトの言葉に対して『ただの気休め』だと、そう捉えていたのかもしれない。

 深く考えず、安請け合いして、何の根拠も突破口も作戦もないまま勢いだけで口走るアギトのことを、無責任だと・・・きっと昔の自分ならそう思っていたに違いない。

 でも今は違った。

 その言葉の全てが信じられる。

 アギトならきっとやってくれる、約束を守ってくれるんだと。


 ザナハは小さく頷き、涙を拭って顔を上げるとアギトに向かって笑みを作った。

 もう平気だと、そう伝える為に。


 それを見たアギトはそれ以上何も言わなかった、仮にここで待っていろと言っても聞くはずがないことはよくわかっていたから。

 アギトは周囲の仲間達に目配せして先を急ごうとしたその矢先、突然オルフェが鋭い口調でアギトに話しかけた。


「先を急がなければいけないのは十分わかっていますが、アギト・・・君に聞きたいことがあります。

 少しだけいいですか」


 アギトはオルフェの方を振り向かなかったので、一瞬オルフェの言葉に対し表情が暗くなったことに周囲は気付かない。いや、もしかしたら察しの良いオルフェにだけはアギトの表情を確認するまでもなく、自分に対し嫌悪感を現していたことに気付いていたのかもしれなかった。

 

「何だよ珍しく改まって・・・」


 いつもならアギトの返事を待つことなくそのまま本題を切り出していたオルフェであったが、これまでの道程の中で自分の不審さを募らせていたことを自覚している為か、アギトの返答をちゃんと待っていた。


「アギト・・・、君はルイドの戦いの中で私が教えた秘術『アルティメットドライブ』を発動させましたね?」


「あぁ、それがどうしたってんだよ」


 二人の会話を横で聞きながらザナハの顔色がどんどん悪くなっていく、アギト達がここに来たということはそれはつまりルイドを倒して、殺してここまで来たということになる。

 ザナハはそれを暗黙に察して、胸の痛みを必死で堪えていた。

 ミラもまたそんなザナハの心中を察してたが、彼女を慰める資格がないこともまた察していた。

 初めから、この戦いが始まった時から決まっていた結末。

 ザナハが傷付く結果が待っていることを既に把握していたミラにとって、ザナハにかける言葉などないに等しかった。


「あの秘術は言うなれば諸刃の剣、発動させたら君は自我を失い破壊の限りを尽くす修羅となる。

 その状態を抑制させ鎮める術を知っているのは私だけ・・・。

 故に発動の際には私が側に控えていることを絶対条件にしていたはずです。

 あの時・・・、『アルティメットドライブ』を発動させたのなら君はどうやって術を解いたというのですか?」


(アギトに教えた秘術は体内のマナの流れを必要以上に潤滑にさせる、いわば体内のマナを強制的に激流の波に変化させるもの。

 その反動として抑制するはずの理性は吹き飛び、目の前にあるもの全てを破壊し尽くすまで・・・自身の肉体が滅びるまで止まることのない危険極まりない術、――――――それが今現在可能な限りの自己発動型トランス状態。

 元々コントロール出来るものではない圧倒的な力故に、抑制する理性を失った術者に対し第三者が抑制術を施さないといけない。

 しかし私達があの場所に辿り着いた時には既にアギトは理性を取り戻していた・・・。

 これが一体どういうことなのか、・・・リュートとの決闘が始まる前に聞いておかなければ)


 オルフェは真剣な顔でアギトの答えを待った。

 するとアギトは眉根を寄せたまま首を振る。


「よく・・・わかんねぇんだ、秘奥義を発動させた直後はオルフェに言われた通り全然意識って言うか記憶がなくなってて。

 何が起きてるのか、自分が何してんのか全然わかんねぇ状態だった。

 だけど次に意識を取り戻した瞬間に目に入ったのは、・・・オレの剣がルイドにトドメを刺してるとこだった。

 特別な何かをした覚えはねぇんだ、ただ突然・・・急に意識が戻った。

 オレがわかるのはそれ位だよ・・・、こんなんで何かわかるのか?」


 オルフェはアギトの言葉に更なる疑問が増えてしまい、考え込む暇もなく先を急ぐことになった。


「いえ、足を止めて申し訳ありませんでした。

 このことは・・・先を急ぎながら考えておきます」


 そこで一旦話を区切り、全員がこの先にある隔壁の間へ歩を進めようとした時だった。

 突然アギトが声を上げて立ち止まったので何事かと全員が一斉に振り向く、アギトは懐に忍ばせていたカガリを取り出してこれまで以上に振動している剣を手に取って確信する。


「間違いない、リュートはもうすぐそこだ」


 アギトが手にしている短剣を目にした時、オルフェの顔色が変わった。

 突然動揺したようにオルフェがアギトの側へと駆けより、手にしている短剣に異常な興味を示して声を荒らげる。


「アギト、それは一体どこで手に入れたのですか!?

 その特殊な鉱石がついている短剣は洋館の武器庫になかったものです、一体どうやって!?」


 オルフェの様子にアギトまでもが動揺して、無意識にカガリを両手に持って隠そうとした。今のオルフェの状態を見ているとそのままカガリを奪われそうな勢いだったので変な防衛本能が働いた為である。


「な・・・何だよ急にっ! これはトルディスのじいちゃんからもらったモンだよ!

 この護剣に付いてる兄弟石があれば、同じ兄弟石の付いてる護剣を持ってるリュートと共鳴するようになってんだって。

 現にこうやってオレのマナに反応して振動してるんだ、この先にリュートがいるっていう確かな証拠だよ。

 ・・・それが一体どうしたってんだよ!?」


 アギトの説明にオルフェは全ての謎が解けたように、そしてしてやられたとでも言うように頭を押さえ言葉を失う。


(そうか・・・、そういうことだったんですね・・・!?

 トルディス閣下・・・あなたという人はっ!

 世界のことより情を優先させたと、そういうことですか・・・!)


「大佐、顔色が悪いですが・・・一体どうされたのですか!?」


 ミラがオルフェに駆け寄り手を貸そうとするがオルフェはそれを片手を上げて拒絶し、平静さを取り戻そうとした。


「いえ、何でもありません。

 少し疲れたせいでしょうか、私ももう歳ですね。

 もう大丈夫ですよ、・・・さぁ先を急ぎましょうか」


 オルフェは感情のない笑みを作り、何でもないと全員にアピールしてみせた。サイロンは黙ったままそれが嘘の作り笑いだと察していたがあえて何も言わず、他の者も何も口出しすることなく先を急いだ。





   < レムグランド 洋館にて >




 水の属性ウンディーネの加護が強いこの地域ではクレハの滝を中心に強力な結界が張り巡らされていた。

 結界の中にはレベルの低い通常の魔物がまだ存在するが、闇の眷族である異形の化け物に至っては近付くことすら出来ずにいる。

 ゼグナ地方周辺の住民達を洋館に避難させ、他の魔物を討伐する為に半数以上の軍隊が森の中で魔物退治をしていた。


「トルディス閣下、あまり張り切り過ぎないでくださいよ!?

 御身の安全も大佐から言いつけられているんですから、怪我でもされたら我々が地獄を見ます!」


 軍人の一人がプチスライム相手に凄絶な戦闘を繰り広げている老人に向かって走って行くと、持っていたサーベルでプチスライムを一突きにした。

 まるで泥酔状態のように足元をふらつかせながら危うい状態で立っている老人、トルディスは軍人に向かって手を挙げた。


「いや、しませんよ? ハイタッチ」


 そう言うとそのまま他に魔物が潜んでいないかと討伐任務に戻る若い軍人を尻目に、トルディスは小さく舌打ちをして空を仰いだ。


「アギオのやつ・・・、ちゃんと気張っておるかのう?」


 アギトの生意気な笑顔を思い浮かべながらトルディスは感慨に耽る。

 そして護剣を持たせたことに少なからず後悔と満足感を胸に抱きながら、しみじみとした眼差しとなった。


「すまんの、グリオ・・・。

 じゃがワシはどうしてもアギオの意思を優先させたかったんじゃ・・・、どんな結果が待っていようとな。

 あの兄弟石には溢れ出したマナを鎮静化させる効果も持ち合わせておる。

 肌身離さず持っておれば自然とマナを安定させ暴走を避ける手助けとなるじゃろう。

 結果的にそれはトランス状態を引き起こさせない鍵も同然・・・。

 グリオの奴は必死こいてトランス状態を引き出し、自我を失ったアギオに友を殺させようとしていたじゃろう。

 じゃがそんな力に何の意味があろうか?

 悲しみは悲しみを、憎しみは憎しみを生み出す、それならば・・・愛には愛を。

 ・・・ワシはアギオに賭けてみたくなったんじゃよ、グリオ。

 あの情熱に満ちた青い瞳の奥にワシは希望を見た、強い意思を・・・友を強く想う力を。

 ワシは信じておる、アギオならばきっと・・・奪う以外の方法で世界を救う術を見つけてくれるとな。

 グリオが選んだ道とは異なる道を・・・アギオならばきっと見つけ出してくれると、ワシは心の底から信じておる」


 大きく輝く満月を見つめているトルディスのすぐ近くで物音がし、ウルフが姿を現した。

 牙をむき出し威嚇するウルフが襲いかかった瞬間、トルディスは片手で魔法陣を宙空に描き魔術を発動させる。

 一瞬にして黒焦げになったウルフがそのまま地面に落ちて行った。

 そして再びトルディスは空を仰ぎ、自嘲気味に微笑む。


「ま・・・、アギオが失敗したその時には・・・この世界は暗黒の世と化すじゃろうがな。

 その時はワシもかつての龍神族のように傍観者を決め込まず、重い腰を上げるとしようかの。  

 ただひとつ確実だった方法を台無しにしてしまった償い位はせんといかんからのう」



 そう心に決めたトルディスは再び魔物討伐の手伝いに戻った。

 

 アギトの力で、アギトの意思で、アギトが望む結果が得られるように祈りながら・・・。





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