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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
ラ=ヴァース編
286/302

第284話 「ルイドの本当の願い」

 アギトの剣が突き刺さったまま、ルイドはゆっくりと膝をつき横になって倒れた。

 オルフェ達と共にアルトスク決闘場に辿り着いたサイロンがそれを見るなり、急いでルイドの側へと駆け寄る。ルイドを静かに仰向けに寝かせ体を支えながら、サイロンは一瞬躊躇いながらも突き刺さったままの剣を引き抜いた。

 柔らかい肉から突き刺さった刃物を引き抜く音がとても耳触りで、アギトはその音を聞いた途端ぞくりと寒気が走る。全身鳥肌が立ちながら、自分の剣の刃先が血にまみれているのを目にし、小刻みに震えた。


 ――――――生まれて初めて人を刺した。

 

 その恐怖感が突然襲い掛かって来て、アギトは全身の震えが止まらなかった。

 カランと剣が床に転がり落ちる、それからルイドの心臓――――――ディアヴォロの核からドクドクと鮮血が溢れ出ていた。

 ひゅーひゅーと浅い呼吸をしながらルイドがうっすらと瞳を開けて、自分の体を支えているサイロンと、ショックを受けているアギトの方へと視線を向ける。

 ルイドは自分の目を疑うようにじっとアギトを見つめながら、かすれる程の小声で言葉を紡いだ。


「どうして――――――、泣いてる?」


 そう言われるまでアギトは自分でも気付かなかった。ルイドの言葉にアギトは右手で頬を拭うと、溢れんばかりの涙が流れていることに今になって気付き、拭っても拭っても涙が止まらなかった。


「わかんねぇ・・・、わかんねぇよ・・・。

 何で泣いてんのか・・・、お前が本当に――――――悪者だったかなんて・・・何もわかんねぇんだよっ!」


 するといつの間にかオルフェ達もアギトの後方まで歩み寄っていて、泣きじゃくるアギトに向かって辛辣な言葉を投げつける。


「戦場で泣くのはやめなさい、・・・相手に対しても無礼です」


 そんな心ないオルフェの言葉に、アギトは力一杯反抗したくなった。

 今は何も聞きたくない、誰の言うことも聞きたくない、特にオルフェの言葉だけは・・・っ!


「教えろよ・・・、本当のこと全部・・・っ! なぁ・・・お前は本当は何がしたかったんだよ!?」


「・・・どうして今更そんなことを聞きたいんだ、オレが何をしたかったのか・・・決着がつく前に全て話したはずだろう」


 もはや死を目前にしたルイドの目には何も映っていないのか、アギトでもサイロンでもなくルイドの瞳はただ一点を、天井を見つめたままで話していた。

 命の炎がだんだん燃え尽きようとしているルイドの表情をじっと見つめ、アギトは声を張り上げた。


「嘘つけっ! 本当の悪者なら・・・、本当に自分のことだけ考えて行動して来た悪い奴なら・・・っ!

 どうしてそんな嬉しそうな顔してられんだよ、自分がもうすぐ死ぬって時に・・・っ!

 なんでそうやって笑ってられるんだ!? 

 お前の野望は叶ってねぇんだろ!? どうして・・・っ、どうしてそんな優しそうな顔で笑えるんだよっ!」


 涙声で叫ぶアギトに、弱々しくなったルイドを見て胸が張り裂けそうになっているサイロンは遂にやるせなくなって、ルイドの制止も聞かずに口を開いた。


「それは・・・、こやつの願いが叶ったから。

 だからこうして満足して逝けるんじゃ、――――――ディアヴォロの核と共に死ねるからのう」


「サイロン・・・、よせ」


「もういいじゃろう!? お前は十分背負った、苦しんだ!

 最期位・・・少し位、本当のことを明かしても罪にはならんじゃろう!?

 ひとつ位、お前の話に嘘があったことを明かしてもきっと、・・・許されるはずじゃ」


 ルイドの頬に雫が零れた、サイロンの瞳から一滴の涙が零れ、ルイドはその雫の温かさに触れた。

 そして眉間にシワを寄せながら小さく息をつくと、それが「話しても構わない」という合図だとサイロンは察する。


「アギトよ、ルイドはな・・・最初からお主に討たれることを望んでいたんじゃよ」


「――――――っっ!?」


 その言葉にアギトは呼吸を忘れてしまう位に驚愕した、瞳孔が開き・・・息を飲むようにルイドを見つめる。

 

「ディアヴォロの核を寄生させたルイドには闇の戦士の運命を果たす道しか、・・・選ぶ道はなかった。

 自分の命が惜しいならば最初から核を受け入れようとはせん。

 核を受け入れ、その先に待ち受ける死を望んだんじゃよ・・・ルイドはな。

 ルイドは最初からディアヴォロと結託しようなどと、思っておらんかったんじゃ。

 ただそういうことにしておけば、ルイドの願いを簡単に叶えることが出来ると思ったから、そうしたまで。

 核を使ってディアヴォロを操ることなんぞ出来ん。

 ディアヴォロの核を自分の体に寄生させたことには、・・・理由がある。

 ルイドにはどうしても償わなければいけないことがあったんじゃ。

 自分の命より・・・、それこそ世界より。

 ルイドにとって世界でたった一人の親友、唯一無二の存在、自分の命より大切なもの。

 ――――――最も大切な親友を殺した罪を償う為。

 ルイドは友と同じ存在である光の戦士・・・アギト、お主の手でトドメを刺されることを。

 ただそれだけを切に願っておったのじゃ」


 またしてもアギトは言葉を失う、サイロンから明かされる話のひとつひとつをしっかりと聞き、ルイドの真実を明かされる度にアギトは自分の手についたルイドの血に恐れを感じて行く。

 アギトが手を下した者が同情の余地もない悪党ではなく、自分の信念を貫こうとした一人の人間であったと知らされることで、アギトは自分の手がどんどん汚れて行くような気になって行ったのだ。

 やがてアギトは自分がとんでもない過ちを犯してしまったような気持ちになって、どうしたらいいのかわからなくなってくる。

 

 今までの行為がどうであれ、自分は罪のない人間をこの手で殺そうとしてしまったのかもしれない。


 ついさっきまで抱いていた憎しみが一気に消し飛び、今アギトの心を支配しているのは罪悪感だけだった。

 恐ろしかった。

 怖かった。

 ルイドが今までしてきたことの全てが正しいとは言わない、しかしだからといって世界を破滅に導こうとしていたことがただの嘘であったと知った今――――――、自分はその嘘にまんまと踊らされて人をあやめてしまったのだと思うと、自分自身が恐ろしくなって来た。


 するとそんなアギトの心情を察したのか、ルイドは呼吸が浅いままアギトに向かって――――――と言っても、視線は天井を見つめたままでハッキリとアギトの姿を捉えているわけではなかったが――――――消え入るような声で話しかける。


「サイロンの言葉に対して、重く捉える必要はない・・・。

 お前はお前のやるべきことをやった、光の戦士として・・・悪を討った、それだけのことだ。

 オレを放っておけば、オレは本当に世界を破滅に導いていたかもしれないんだからな。

 ディアヴォロの核の進行が早まれば精神を乗っ取られ、自我を失う。

 そうなれば本当の地獄が待っていただけだ、お前はそれを阻止した――――――世界を救ったんだ。

 だから・・・、お前が傷付く必要は・・・どこにもない。

 オレは世界にとっての敵で、――――――極悪人だ。

 アギト――――――お前は、・・・何も間違ってなど、いない」


「――――――ルイド」


 アギトは嗚咽を漏らしながら名前を呼んだ。その時、一瞬だけルイドの瞳が輝き、まるで泣いてるように見えた。

 そしてそのままルイドは静かに両目を閉じた。


 口の端はわずかに笑みを浮かべたまま、本当に満足そうな笑みを浮かべたまま、眠りに落ちるようにルイドの首がサイロンの腕にもたれかかり、ぐったりとしたまま――――――もう二度と、ルイドが目を覚ますことはなかった。



 ――――――最期の最期に、アギト・・・。

 お前に会えて、本当に良かった。



 サイロンは急に重くなったルイドの体を支えたまま、涙を堪えていた。

 それからゆっくりとルイドの体を石畳の上に仰向けに寝かせると、ルイドから少し離れるように指示する。何をするつもりなのか、それよりも初めて人を殺したショックからまだ立ち直れていないアギトは、サイロンが何をしようとしているのか全く興味がないとでも言うように、何の疑問も持たないまま言われた通りに後ろに下がる。


 するとサイロンはアギト達に聞こえない程度の小さな声で「すまん」と口にすると、右手で空を薙ぐように印を結ぶ仕草をした。すると印を結び終えた直後に、突然ルイドの肉体が青い炎に包まれ、アギトは驚きの余り声を上げた。


「な――――――何してんだよ、サイロンっ!?」


「黙っておれ、これは・・・ルイドに頼まれた余の最後の仕事なのじゃ!」


 青い炎に包まれたルイドの体を見つめ、徐々に肉体が焼かれていくのかと思いきやルイドの肉体はまるで光の粒になって昇華していくように、うっすらと輪郭を薄れさせていく。

 やがて半透明から完全なる光の粒となって、立ち上る青い炎と共にルイドの肉体は完全に消滅していった。


「このまま肉体を放置しておればディアヴォロにつけこまれてしまう、ルイドはそう察したのじゃ。

 光の戦士に倒された後の肉体を利用されたら、ジークのように眷族にされてしまう可能性があったからのう。

 ルイドはそれを避ける為に最初から――――――、もう随分前から余に依頼していたんじゃよ。

 自分が死んだ後は、余の炎で完全に消滅させてくれ・・・とな」


 サイロンが呟くようにそう説明すると、一瞬沈黙が流れた後――――――アギトが突然声を荒らげた。


「何なんだよっ!」


 胸の奥がムカムカして気分が悪くなり、大声を叫んでその苛立ちを吐き出そうとしても到底全てを吐き出せるとは思えなかった。それ位アギトの気分は最悪で、怒鳴っても怒鳴っても、怒鳴り足りない。


「何なんだよこれはっ!

 最後の敵を倒せばそれで終わりじゃねぇのかよ、ルイドが一番の悪者じゃなかったのかよっ!?

 何だよコレ・・・っ、なんでこんなに気分が悪いんだよ!

 オレ達は一体何の為にここまで来たってんだよっ!? 誰を敵にしたらいいんだよっ!!」


 アギトの頭の中は完全に混乱していた、自分の信じて来たもの、目指して来たもの、その全てがわからなくなっていた。

 苛立ちをぶつけるように叫び続けるアギトに対し、サイロンが声を押し殺しながら説いてやる。


「勿論・・・、悪いのはディアヴォロじゃ。

 倒すべきは・・・、余達の敵はディアヴォロじゃよ。混乱するでないアギト。

 今ここで足を止めてはそれこそルイドは無駄死にじゃ、本当の意味で世界を救ったことにはならん。

 わかったら立ち止まるでない、前を向いて歩け!

 その先に必ず光が見えるはずじゃ・・・、明るい未来がな」


 サイロンは落ち着かせるようにアギトの肩をぽんと叩くと、そのまま誰とも目を合わさずに隔壁の間へ続く通路の方へと向き直った。そんな主の所作を窺いながら、ハルヒもまたサイロンの後に続く。

 アギトはルイドが「居た」場所を見つめたまま固まっていた、まだ表情には悔しさが残ったままだったがサイロンの言う通り、ここで立ち止まってるわけにもいかなかった。

 奥歯を噛みしめながら両手の拳をぎゅっと握りしめると、低く・・・重い口調で後方に居るオルフェに告げる。


「――――――詳しいことは後で全部聞くからな。

 とにかく今はリュートのことが先だから・・・、さっさと終わらせるぞオルフェ」


 その言葉にオルフェは反論せず、静かに頷いた。


「わかりました、行きましょう」


 そんなオルフェの顔色を注意深く窺いながら、ミラは黙って歩き出す。

 先へ進み始めた一行、そんな時オルフェはふとルイドが横たわっていた場所をちらりと見つめ、心の中で呟いた。


(それにしても・・・、まだ腑に落ちない点があるんですがね。

 かつて自分が殺した友への罪を償う為に、友と同じ光の戦士であったアギトに殺されることで贖罪しようとした。

 結果的にディアヴォロの核も消滅しますが・・・、本当にルイドの願いはそれだけだったのでしょうか。

 アギトにトドメを刺されることで罪滅ぼしになるとは到底思えないのですが・・・。

 それが事実だとしたら、どう見ても自己満足としか捉えようがない。

 若君もまだ何かを隠しているような言葉の選び方でしたし、まだ我々の知らないことがあるとしたらそれは一体?

 せめてルイドの本当の・・・、若君の言葉の中にすら明かされていない真の願いがわかれば・・・。

 少しはこの違和感も解消出来るのでしょうか)




「ルイド君の本当の願い、――――――君は知ってるの? リュート君」


 隔壁の間、巨大な扉の向こうにはディアヴォロの本体がある。

 その扉の前にリュートと、袖や足元の裾部分に血のようなオイルがたっぷり染み込んでいるローブを着たユリアが立っていた。


「君は随分とルイド君と親しくしてたみたいだからね。

 もしかしたら彼の本当の願いを聞いてたんじゃないかと思って、・・・どうやら図星みたいだわね。

 あのルイド君が全てを敵に回してでも願ったものって、一体何なのかしら?」


 興味がある、というよりもただ単に好奇心だけで訊ねて来るユリアに対しリュートは振り向くことなく、じっと扉を見上げたままだった。ユリアに訊ねられ、リュートは不意に思い出す。

 ルイドの精神世界面アストラル・サイドで見せられた実際の過去を、そこで明かされたルイドの思いを。


「ルイドの願い――――――・・・、考えるまでもないよ。それはたったひとつだ・・・」



 そう、ルイドはずっとそれだけを胸に生きて来た。

 その願いを叶える為だけに、心を鬼にし、必要とあれば人をあやめ、そして全てを裏切る覚悟を決めてた。


 全てはたったひとつ・・・。



 それは――――――、アギトの命そのもの・・・。



 ルイドはアギトに生きていて欲しかった。

 ただ生きてくれさえすれば、それでよかったんだ。

 自分は他に何もいらない。

 愛する者も、己の命も、何ひとつ・・・。

 アギトの命に勝るものはないのだから。



 僕はそれに共感し、同意し、ルイドに協力した。

 それが僕の道でもあったから・・・。


 ルイドは・・・、ずっとアギトのことを気に掛けてたんだよ。

 初めて会った時も・・・、本当に倒すべき宿敵なら召喚する魔物を最弱にするわけがない。

 常にアギトのレベルに合わせて敵を選んで来た。


 リ=ヴァースでもそうだ。

 ルイドが洋館を襲撃しなければきっと大佐達は、僕達を連れ戻しにわざわざリ=ヴァースまで来なかった。

 きっと僕達を召喚するまでもなく、自分達で解決しようとしてたはずだから。

 アギトの母親から、アギトを救う為に。

 

 そして最後の戦いに備えて、ルイドは悪を演じきろうとした。

 アギトが勧善懲悪主義であることがわかっていたルイドは、アギトが躊躇いなく自分を殺せるように仕向けようとしたんだ。

 そこに「迷い」があっちゃいけない、そしてアギト自身が苦しんじゃいけない。

 アギトが人を殺すことを良く思っていないから、例えそれが悪者であるルイド相手でもきっと躊躇うだろうとわかってた。

 その躊躇いをなくさせる為に、――――――ジャックさんを。

 

 仲間を傷付けられることを嫌うアギトのこと、仲間を奪ったルイドが相手なら遠慮なく戦える。

 そして自分が死んだ後も、「悪を討った」と思わせる為に・・・。

 ・・・そうしないとアギトは自分を責めるだろうから。

  

 最初からアギトを見守り続け、最期にはアギトを思い死んでいく・・・。

 それがルイドの一生――――――そう生きることを心に決めて、自分の運命を受け入れた男の結末。




 リュートはゆっくりと瞳を開けた。

 目の前には変わらず威風堂々と見える巨大な扉、この奥にディアヴォロがいる。

 自分も運命を受け入れる時が訪れた。

 

 もう少しすればアギトもここへやって来るだろう。

 リュートはズボンのポケットに忍ばせている銀時計を握り締めた。

 不思議と緊張はない、恐れも、迷いも、何も。


「――――――扉を開ける時が、来た」


 意を決したように顔を真っ直ぐと、扉を見上げるリュート。

 そんなリュートを後ろから見つめながら、ユリアが妖しく微笑んだ。


(どうやらルイド君は、この先の未来を『知らない』ようね。

 知っていたらリュート君一人をここへ来させるわけがないもの、あたしと共に・・・。

 さぁ扉を開ける準備をなさい、『あれ』の封印を解けば君はディアヴォロ様の手の平の上にいるのだから!)


 リュートは握り締めた銀時計を左手に持つと、高く高く掲げる。

 隔壁の間の封印を解く鍵を使う時が、ようやく訪れたのだ。

  



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