第283話 「不都合な真実」
――――――やっと願いが叶う。
何年も何十年も・・・長い長い年月をかけて願い続けて来た思いが、ようやく果たされる時が来たんだ。
黒曜石で形作られた巨大なドーム状のフロア、アルトスク決闘場。
双つ星の戦士が己の命を懸けて戦う場所、――――――光と闇が雌雄を決し、一つの存在として生まれ変わる場所。
今その場所で双つ星の光の戦士であるアギトと、己の野望を果たす為だけに全てを敵に回し戦いを挑んでいるルイド。先の大戦ではアビスグランドで最強の戦士として名を上げていたルイドでさえ、心臓に寄生したディアヴォロの核の進行によって思うように体が動かなくなっていた。
ルイドが接近戦に弱いと察したアギトは、魔法を唱える隙を与えないように体力に物を言わせて物理攻撃を繰り出している。このまま地道に体力を削られていくようでは時間をかけ過ぎてしまうと判断したルイドは、賭けに出た。
しかし確実な方法である、その自信はあった。なぜならルイドはアギトの性格、思考、その全てを理解していたのだから。
片刃剣で通常攻撃と特技を連携させながらルイドを追い詰めて行くアギトであったが、ルイドは詠唱を破棄して発動させることが出来る下級魔術を発動させた。
「うお・・・っ、なんだっ!?」
突然小規模なカマイタチがアギトの両足を襲い、だぶついている黒のズボンが裂けて少しだけ皮膚を切った。思いがけない反撃にアギトはバックステップでルイドから距離を離してしまう。
詠唱の間を与えてしまったことにアギトは舌を打ったが、ルイドは魔法の詠唱をする素振りは見せていない。それどころかアギトが距離を開けたことで、またアギトと話をする機会が出来たというような表情でほくそ笑んでいた。
「最初の頃に比べたら随分成長したみたいだな、ハンデがあるとはいえこのオレをここまで追い詰めるとは。
だがその程度ではまだまだ、――――――ジャックの足元にも及ばない」
再びジャックの名が出て来たことでアギトの胸はざわついた。ルイドを激しく睨みつけるが挑発に乗らないように反論はしない。
「そういえば・・・なぜジャックがオレに戦いを挑んで来たのか、その理由をお前は知っているのか?」
「そんなのリュートを助ける為に決まってんだろ! リュートはジャックの弟子なんだからな!」
アギトの言葉にルイドは苦笑すると剣の刃先を肩に乗せた、まるでここから先は戦いではなく話をしようと言ってるようだった。
「答えがそれだけなら半分正解・・・といったところだ、そうか・・・やはり真実を聞かされていないようだな。
もっとも・・・最初から真実を知っていたならお前がこうしてオレと剣を交えること自体、不自然になるんだがな・・・。
――――――なぜジャックがオレに戦いを挑んできたか、それは世界の命運よりリュートの命を選んだからだ」
嘘偽りのない真っ直ぐとした眼差しでルイドが告げた、その透き通るような青い瞳にアギトはなぜか真実味を感じてしまう。リュートをたぶらかし、世界を滅亡させようとしている悪の根源の言うことなんて聞く耳を持つ必要はないとわかっていても、自分と同じ青い瞳を目にするとなぜか抗えない気持ちになって来る。
その瞳はまるでリュートの瞳を見つめているようであり、鏡に映った自分を見ているようでもあった。
「何・・・だと? 何言ってやがるんだ!?
ジャックがリュートの命を優先すんのは当然だけど、世界より・・・って一体どういう意味なんだよっ!?」
ルイドの言葉に思わず動揺してしまったアギトは剣の刃先を石畳の上に下ろし、完全に戦意を失いかけていた。聞く耳を持ったアギトの反応を見て、ルイドは言葉を続ける。
「双つ星の運命、生まれた意味、その存在意義・・・。
それらを全て知っていたジャックは、世界を敵に回してでもリュートの命を優先させようと心に決めた。
ディアヴォロを完全に廃棄する為には――――――リュートの、双つ星の闇の戦士の死が絶対不可欠となるんだ」
「――――――なっっ!?」
アギトは両目を大きく見開き、一瞬呼吸すら忘れる程に驚愕した。目まいでもしたかのように突然目の前が真っ暗になって、頭の中がぐるぐると回っているような感覚に襲われる。
そんな動揺を余所にルイドはなおも続けた、他に邪魔する者が現れない内に全て明かそうとするように。
「当然このことは創世時代の碑文を解読する為に集められた資料を保持しているアシュレイを始め、オルフェもサイロンもベアトリーチェも・・・ザナハでさえも知っていることだ。
お前のその驚きよう、――――――本当に何も聞かされていなかったんだな」
「う――――――うるせぇっ! オルフェは・・・オルフェは時期を見て話すって言った、そう言ったんだ!
包み隠さずありのまま話すって約束した、知る権利があるって・・・っ! でも・・・っ!」
アギトは途端に自信がなくなってしまった。思えばオルフェが真実をひた隠しにして、口を濁らせていたことは何度もあった。その度にアギトもリュートも真実を知る為に直談判した。
そういった『隠し事』がやがて慢性化し、オルフェに聞いたって無駄かもしれないと諦めていた自分を思い返す。
ルイドの顔から余裕を含ませた笑みが消え去り、やがて険しい顔へと変わる。
「なぜ聞かなかった、自分のことなのに。
いつか話してくれる、時期が来たら打ち明けてくれるとでも思ったか?
だが実際はどうだ!? 今こうしてディアヴォロを賭けた戦いが始まっているというのに、お前は真実に一切近付けていない。
お前が仲間だと信じていた者達は、この状況になってもお前に本当のことを打ち明けない。
なぜなら・・・、世界を救う先に『リュートの死』が待っているとお前に知られたら困るからだ。
お前が『リュートの死』を望んでいないことは誰もがわかっていることだ、お前は一人じゃ何も出来ないからな」
突き刺すような言葉をアギトに浴びせるルイドは、右手を力一杯・・・強く握り締めていた。右手にはレザーグローブをはめていなかったせいか、拳を強く握り締めることで爪が食い込み、石畳の上にぽたぽたと血が滴り落ちる。
眉根を寄せながら気丈に振る舞い、なおもアギトに向かって辛辣な言葉を突き付けた。
「――――――本当はわかっていたんだろ」
「・・・え!?」
「こうなること位、お前ならば推測の一つや二つ出来たはずだろう。」
「な・・・、なんでそんなこと・・・っ!」
ルイドの言葉の意味が理解出来ず、戸惑いながら反論するアギト。ルイドは真っ直ぐアギトを見ずに、少し横に顔を背けながらその理由を言って聞かせた。
「お前はずっと自分の居場所を探していた・・・、そうだろ?
お前達の住んでいた世界、リ=ヴァースにお前の居場所はなかった。
帰る家はあっても帰りを待つ家族はいない、青い髪をしているというだけで異物扱い・・・。
そんな中お前は異世界に憧れを持った、住んでいる世界とは全く異なる世界に。
剣と魔法と魔物の世界、そんな世界に憧れていたお前だからこそ・・・ある程度の推測は出来たはずだ。
それこそお前の最も得意とする知識じゃなかったのか?
だがお前はそれを敢えてしなかった、・・・『仲間を信じる』と正当化して、自分の本心を誤魔化したんだ。
そうしなければこの世界に居られないと思ったから、都合の悪いことには目を閉じ、耳を塞ぎ、口を閉ざして真実から遠ざかろうとしたのはお前自身だ。そうしなければせっかく手に入れたものを全て失うと思った、そうだろう?
せっかく手に入れた居場所を、仲間を、自分の存在価値を失うのが怖かった。
だからお前は追求出来なかった、本当は心のどこかで悲惨な結末が用意されているんじゃないかと疑っていたはずなのに。
リュートがなぜ独り歩きし出したのか、自分達から離れて行くのか、本当はわかっていたんじゃないのか?
いつかリュートがお前の側を離れ、自分を捨てて行くかもしれないと・・・本当はわかっていたんだろう。
だからお前はリュートに執着し、『親友』という言葉でリュートを縛り、自分だけの世界にリュートを保管したかった」
「――――――違うっ」
「お前はただ、自分の都合の良いように行動しているだけに過ぎない。
それがリュートにとって、どれだけ重荷だったか考えもせずに」
「そんなことねぇ・・・っ、だってリュートは・・・リュートは・・・っ!」
突き付けられるルイドの言葉がアギトの胸を抉る。そんなはずはないと自分に言い聞かせても、アギトはその思いを信じ切る自信が持てなかったのだ。
なぜなら――――――今まさにリュートが取っている行動そのものが、今の言葉を裏付けているのではないかと考えられたからだ。
ルイドは血が滴り落ちている右手を見つめ、言葉を選んだ。
(未来はすでに確定された・・・、アギトへの仕込みも済んでいる。
――――――このまま明かしてもきっと大丈夫だ、後はリュートが全ての幕を下ろすだけ・・・)
深く息を吸って深呼吸するように静かに息を吐くと、今度はアギトの瞳を真っ直ぐと見据えて真実を告げた。
「その重荷を自分一人だけで背負おうと、リュートは隔壁の間へと向かった・・・。
闇の戦士の運命、それは光の戦士の身代わりとなってディアヴォロを倒すことにある」
「――――――なっ、何・・・だと!? 一体何の話だ、何を言ってやがんだよ!?」
再びアギトは動揺し、ルイドの話を真剣に聞く姿勢を取っている。
初めて聞く内容にアギトは完全に戦意を喪失して聞き入ってる様子になっていた、そこに疑惑も何もなく・・・ただ情報を得ようとする気持ちだけが働いていた。
リュートの行動を理解したいから、何をしようとしているのか、その真意に少しでも近付きたかったから。
するとルイドは上着のボタンを外して左胸の部分が見えるように衣服を剥ぐと、そこには赤黒い物体が脈打つように動いている光景が目に入って、アギトは思わず息を飲む。
「何だよ、それ!?」
「これはディアヴォロの核、――――――ディアヴォロには3つの核が存在するんだ。
その核を全て破壊しない限りディアヴォロの超速治癒再生が発動し、いくら精霊の力で攻撃を加えようともディアヴォロの本体は大気中に存在するマナを大量に吸収し、自らの治癒再生に転換させる。
1つ目の核は初代戦士が自らの肉体に寄生させ破壊した、そしてオレの心臓に寄生している核が2つ目・・・。
今リュートは3つ目の核を自らの肉体に寄生させる為に、隔壁の間へと向かった。
核が寄生すれば再び核だけを引き離すことは不可能、ただ1つだけ・・・ディアヴォロの核に寄生された戦士が解放される方法はたったの1つだけだ、それは――――――光の戦士の力で核ごと心臓を貫かれること」
「――――――なっ!!?」
「リュートは自らの運命を受け入れ、核をその身に宿す為に隔壁の間へと向かってる。
ディアヴォロの本体が眠る隔壁の間へとな、そうすることで世界は救えるとリュートは信じている。
しかしオレの野望はここから始まるんだ。
リュートが核を受け入れた時点でオレは自分の核と、リュートの核を逆に利用しディアヴォロを自在に操作してやる。
そうすれば核に支配されることなく自分を保つことが出来、なおかつディアヴォロの無尽蔵な力が手に入るんだ。
まさに一石二鳥だ――――――、オレの野望を果たすには・・・どうしてもアギト。
光の戦士であるお前の存在が邪魔になる、だから――――――今ここでオレに倒されるんだ」
ルイドは再び不敵な笑みを浮かべながら左手で首筋をさすっている。今の言葉を聞いたアギトの表情が変わる、奥歯を噛みしめるように全身に力が込み上がって来て、濃いマナが体中から放出し出した。
「――――――それが嘘か本当かオレにはわかんねぇ、だけど・・・っ!
てめぇがリュートを利用しようとしてるってことだけは、よーーーっく理解出来たぜ!」
そう叫ぶや否やアギトは右手の親指を歯で少しだけ噛みちぎって血を流すと、自分の額、左手の甲、そして上着をめくって腹にも血を塗り付けた。そして両足を肩幅まで開くとオルフェから教わった通りに全身のマナを一気に放出させる。
肉眼で確認できる程凄まじいマナが放出され、ルイドから笑みが消えた。紅色に近いマナがアギトから放出される度に、アギトのこめかみの血管が浮き出て異常な空気を発している。
(この技はオルフェがいる時にしかまだ使っちゃいけねぇって言われてたけど、関係あるかよ・・・っ!
早く・・・早くリュートを追いかけねぇと、そのディアヴォロの核ってやつを寄生させちまうんだ。
こいつを・・・、目の前に居るこいつを・・・っ!)
「てめぇを倒さねぇ限り・・・、リュートは戻って来ねぇんだ・・・悠長なこと言ってられねぇじゃねぇかっ!」
叫んだ瞬間、アギトのマナが一気に爆発しその時に生じた衝撃波がルイドを襲った。身を屈めて何とか堪えるルイドであったが、爆風の中アギトの方に視線をやった瞬間、まばたきにも満たない早さでアギトが剣を振り下ろして来ていた。
「く・・・っ!」
ぶつかり合った金属音が激しく鳴り響き、自分を睨みつけるアギトの顔を見てルイドは一瞬だけ背筋が凍った。
明らかに今までのアギトと様子が違ったことにルイドは突然恐怖に襲われたのだ、アギトの目は自我を失ったように怒りしか感じられないような激情に駆られた眼差しをしており、威圧感を発して目の前に立っているはずなのにどこか静けささえ感じられて、その雰囲気が逆に恐怖感を増していくようでもあった。
アギトの周囲を取り巻くマナが半端ではなく、発せられるマナだけでルイドは圧されたように足が竦む。
(成程これが――――――、話に聞いていたトランス状態というやつか。
トランスのコントロールは不可能だと思っていたが、オルフェの術か何かだな。
恐らくさっきの血の印が、トランス発動を促す何かの術式ということに・・・)
―――――刹那、目にも止まらぬ早さで攻撃を仕掛けて来たアギトにルイドは防御が遅れ、細身剣を弾かれてしまった。すぐさま体勢を整える為に後退し、再び風の下級魔術を詠唱破棄で発動させるが・・・。
「はあああっっっ!!」
爆発的に高められたマナが空気までも歪めるように発せられ、ルイドが発動させようとした魔法さえ弾かれてしまった。
「なに・・・っ!? 発動させた魔術を相殺させただと!?」
ルイドは懐に隠し持っていたナイフを取り出すとそれらをアギトに投げつけ、弾かれた時に飛んで行った細身剣を取りに行く。
(いや、魔術を相殺させるには反属性でないと不可能のはず!
ということは今のは相殺させたわけじゃなく、・・・マナそのものを分解したということか!?
原子レベルにまで分解させる能力なんて・・・元素の精霊マクスウェルの領域だぞ、有り得ないっ!
これがアギトに隠された能力、――――――トランスの力というわけか!?)
石畳の上に転がっている細身剣に手を伸ばすも、完全に自我を失ったアギトは容赦なくルイドに剣を斬り付けて来る。ルイドは仕込み刀で応戦するが、片刃剣と短刀では圧倒的に不利であることはわかりきっていた。
今まで人を傷付けることに拒否反応を示していたアギト。
人に刃を向けることを躊躇っていたアギト。
そのアギトが自らトランス状態になる方法をオルフェから伝授され、今・・・情の欠片もない攻撃を繰り出している。
迷いも躊躇いも何もない凶暴な剣、いつも真っ直ぐに輝いていた青い瞳も今では『怒り』と『狂気』に満ちていて、魂を感じさせない色を放っていた。
ただ目の前にある『敵』を攻撃するだけの狂戦士と成り果てたアギトを前に、ルイドにもはや勝つ術はない。
後先考えず攻撃を仕掛けるアギトを誘導するように連撃を受けていたルイドは、細身剣が落ちている場所まで辿り着くと器用に右足で剣の柄を蹴り上げ、そのまま右手でキャッチする。
ようやく同じリーチの武器を手にしたルイドはアギトに向かって声を荒らげた。
「これで最後だ、次の攻撃でケリをつけてやる――――――かかって来い、アギトーーーっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
アルトスク決闘場へと続いている通路を走り抜ける数人の靴音、仄かに明るい通路からやがて周囲を十分に見渡せるほどの明るさがあるフロア、アルトスク決闘場へと辿り着く。
息を切らしながらオルフェ達の目に映った光景は――――――、今まさにアギトとルイドの戦いに決着がつく場面であった。
アギトから放たれる膨大なマナの量を、目で見るのではなく肌で感じ取ったオルフェは『空白の一年間』の間、アギトに事前に教えておいた秘奥義――――――――――――自らトランス状態へと導く術『アルティメットドライブ』を発動させていることを察し、息を飲んだ。
オルフェに続いてミラ、サイロン、ハルヒも後から追い付き、目の前に映し出された光景に驚愕している。特にサイロンに関しては悲痛なまでの表情で、目を凝らしながら戦いの結末を見つめていた。
ありったけのマナを込めたアギトの剣は、深く深く・・・ディアヴォロの核ごとルイドの心臓を貫いたまま、微動だにしない。そのまま更に突き刺すことも引き抜くこともしないまま、アギトは硬直したように両目を大きく見開いて剣から伝わる感触に震えていた。
アギトの呼吸が乱れ動悸が激しくなる中、剣からルイドの鮮血が滴り落ちてそれが剣の柄を握り締めるアギトの手に流れて行く。まだ温かい血を感じて、アギトは震えながら小さく声を漏らす。
「なん・・・で・・・?
お前なら避けることも出来たはずなのに・・・っ、こんなあっさり・・・どうしてっ!?」
見るとルイドは利き手である左手ではなく右手で剣を持っていた、不慣れな方の手で剣を扱った為に反撃や防御が遅れたのだとアギトは瞬時に察し、怯えたようにルイドの顔をじっと見つめる。
その時――――――アギトの瞳に映ったものは、満足そうに喜びながら微笑むルイドの満面の笑みだった・・・。