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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
ラ=ヴァース編
283/302

第281話 「届かぬ声」

 オルフェ達を残して先へ進むアギトとザナハ、薄暗い通路を駆けて行くと突然アギトの懐に忍ばせていた「カガリ」が微かに振動して、敏感に反応したアギトは思わず変な声を上げていた。


「うへあぁっ!!」


「な・・・何よ突然! 一体どうしたっての!?」


 アギトの奇声にザナハは周囲を警戒し出す、ここはディアヴォロの本体が封印されているクジャナ宮、いわば敵の懐のようなものなのでどこからどんな攻撃を受けるか知れない。そしてザナハはアギトがおかしな罠にかかったのだと、そう思っていた。

 こんな真剣な場面でアギトがふざけて奇声を発するはずがないと、そう思いたかった部分もなきにしにあらず。

 アギトは走りながら「カガリ」を手に持つと剣の柄部分に嵌め込まれている兄弟石が微かに光を放っていたので、アギトはそれを確認するや否や嬉しさと緊張の入り混じった表情へと早変わりする。


(オレのカガリに嵌め込まれてる兄弟石が反応したら近くにもうひとつの兄弟石があるって、トルディスのじいちゃんが言ってた! つまりこの先にリュートがいるってことだ!!)


 そうわかった途端、アギトは逸る気持ちが抑えられず無意識に速度を上げていた。やっと追いつく、ようやく再会出来る。思えばリュートと別れたままになってるのは光の精霊ルナとの契約を交わしに、トランスポーターからアンデューロへ移動して以来であった。

 それから全く音沙汰がなく、何をしているのか、何を考えているのか・・・親友がやろうとしている行動の半分も理解出来ないことにアギトは、我慢の限界に達していた。


―――――――もうオレ達に黙って勝手な真似はしないって、約束したのに!


 そんな憤りすら感じながらアギトは全速力で駆けて行き、ようやく薄暗い通路の先に光が見えて来た。恐らくその場所が次なるフロア、オルフェの言っていた「アルトスク決闘場」だとアギトは推察する。

 振り向き様にザナハと目が合い、互いに頷き合うとそのまま全速力で光の先へと向かって行く。そして辿り着いた先は4軍団達と対峙したフロアより更に広い場所、足元には石畳が敷かれていてまるで武舞台のように見える。

 その真ん中には二人の人影―――――――、青い髪の長髪の男と小柄な少年・・・リュートだった。アギトはリュートの姿を見つけた途端、殆ど無意識に名前を叫んでいた。


「リュートっっ!!」


 アギトの叫び声がフロア中に響き渡って二人がゆっくりとこちらの方へと振り向く、アギトはやっと追いついた親友を見て安堵したように笑みがこぼれたが、すぐさまその笑みは固まってしまう。アギトとザナハの存在に気付き、同じように喜んでくれるのかと思ったリュートの顔には表情というものが感じられず、まるで初めて会った頃のドルチェのように何にも興味を示さないような顔をしていた。


 そんなリュートの反応にアギトは心臓を抉られたような痛みが走った、今までリュートがアギトに向かってこんな顔で迎えたことなどたったの一度だってない。いつだって自分のことを笑顔で迎えてくれた、とても嬉しそうに、アギトのことをずっと待ち望んでいたかのように。

 すぐ後ろにいるザナハもアギトと同じように感じていた、むしろザナハの方が痛みは大きかったかもしれない。ザナハにとってルイドとリュートの―――――――二人共が特別であり、とても大切な存在なのだから。

 そんな二人の心情を知ってか知らずか、先に声をかけたのはルイドの方だった。


「随分早かったな、ヴァル達に足止めさせても無駄だったか・・・」


 嘲笑を込めた言葉にアギトは胸を悪くさせた、ここに来るまでに―――――――アギトはヴァルバロッサ達の忠誠心をその目で見て来た。いつでもどんな時でも主のことを第一として行動し、それに殉じた生き様を見せて来た。しかし今のルイドの言葉は、それすら馬鹿にするように聞こえたのでアギトはやはりルイドのことが好きになれないと、どこまでも相容れないと強く感じた。

 アギトは鞘に納めていた剣を抜いてルイドに切っ先を向けながら睨みつける、ちらりと隣に立っているリュートの方にも時折視線を配りながら。


「・・・リュートを返してもらうぞ」


 アギトは凄みを利かせた口調で言い放った、その顔にはわずかに憎しみすら込もっている。アギトにとってルイドは敵以外の何者でもない、リュートとの間に距離を感じ始めたのも全てルイドが関わってから。それから少しずつ確実に何かが狂い始めたと、今頃になってそう気付いたのだ。

 ふつふつと腹の底からわき上がって来る怒りがだんだん抑えられず、剣を握り締める手に力が入る。怒りからわずかに震えているアギトを一瞥すると、ルイドは苦笑しながら言葉を返した。


「随分とおかしな言い方をするな、リュートを返してもらう・・・だと? お前は大きな誤解をしている。

 確かにリュートをこちら側へ引き込む為に、お前達にとって不都合な真実を包み隠さず明かしてきたが、最終的に選択したのはリュート自身―――――――騙したり操ったりした覚えはない。

 全てリュートが考え決めたこと・・・。お前達を裏切り、ここへ来ることを望んだのはリュート本人だ」


「嘘をつけっ! リュートがオレ達を裏切るわけねぇだろうが、いい加減なこと言ってんじゃねぇぞっ!!」


 アギトは力の限り叫んだ。ルイドの言葉を遮るように、聞きたくない言葉をかき消すように。そして必死にリュートの方へと視線を送る、アギトの言ってる言葉に賛同して欲しい、アギトが正しいんだと・・・『本当はこんな所に来たくて来たわけじゃないんだ』とリュート自身の口から言って欲しくて、アギトは懇願するようにリュートから発せられる言葉を待った。

 しかし依然としてリュートは表情一つ変えることなくアギト達を見据えるだけだった、わずかに視線を逸らしながら・・・ルイドの言葉に反論する素振りは見せない。まるで『自分の居場所はここなんだ』というようにルイドの傍らに立ち尽くしたままであった。

 そんな時、ザナハが堪らず声を張り上げる。その声はアギトとは異なり『怒り』から発せられたものではなく、苦しくて切なくてやっと出した声、といったところだった。


「ねぇもうやめてルイドっ! もうこんな風に悪役を演じたりなんかしないでっ!」


 ザナハの言葉に一番驚愕したのはアギトだった、思いも寄らなかった言葉に絶句しザナハの方を見つめる。相手は敵、リュートを悪の道へ誘い込もうとしている悪者、そしてディアヴォロを復活させて世界を混乱させようとしている大罪人。

 そんな男に向かってザナハは何を言っているんだ? と言わんばかりの顔でアギトはザナハを凝視していた。


「どうにかしようと思った、どうにかしたいっていう気持ちは今でも変わらない。

 あたしはあなたに生きていて欲しい、世界の犠牲にならないように・・・光の精霊ルナと契約を交わすことが出来れば、ルナの力を借りることが出来れば、あなたの体に寄生したディアヴォロの核を取り除けると思ってた!

 でも・・・っ! ルナはあたしと契約を交わすことが出来なかったの、精霊が契約を交わせるのはたった一人だけだから。

 初代神子アウラとの契約が終わっていない状態じゃ、あたしと契約を交わすということは二重契約になってしまうの。

 それでもあたしは諦めたくなかったの! この世界を憂い、自分を犠牲にしてまで世界を救おうとしたあなたの勇気は、簡単に真似出来るようなものじゃないわ、そんな人を見捨てられるはずがない。

 あたしは―――――――いつもあなたに助けてもらってた、支えてもらってた。今度はあたしが助けたい、支えたいの!

 だからもうこんなことはやめて、あたし達を信じて・・・生きることを諦めないでちょうだいっ!」


 涙ながらに訴え続けるザナハの言葉は悲痛そのものだった、本当は悲鳴を上げたい位・・・気が狂いそうな位苦しいはずなのに、それを必死に抑え込んでルイドを説得しようと努めている。

 レムグランド国の姫として、光の神子として、―――――――ルイドに恋する一人の少女として。


「くくくくっ・・・、はははははは・・・っ!」


「―――――――っ!?」


 ルイドは左手で長い青い髪を払いのけそのまま首筋に触れたまま、うつむき笑い続ける。見ている者を不快に思わせる笑いに、アギトはぎりっと奥歯を噛みしめた。


「何がおかしいんだ、てめぇ・・・っ!」


「これが笑わずにいられるか・・・、本当にどこまでもお人好しで愚かな人間だな、アンフィニというものは」


「・・・ルイ、ド?」


 ザナハは全身の力が抜けるような感覚に陥り、足が小刻みに震えて一瞬ふらついた。まるで立ち眩みでもしたかのように目の前が真っ暗になる。するとルイドは首筋を撫でつけたまま顔を上げると、その顔はアギト達を侮蔑するような歪んだ笑みへと変わっており、今まで見せていた物憂げな雰囲気はどこにも、影も形もなかった。

 初めて見るルイドの邪悪な顔、ザナハはそんなルイドを見た瞬間にショックと混乱から1~2歩、無意識に後ずさる。


「本当に君はオレの為によく動いてくれた、実に思惑通り動いてくれる人形だったよ。

 ディアヴォロ復活の為に苦難を乗り越えレム属性の精霊全てと契約を交わした、そして見事この世界を創世の国ラ・ヴァースに最も近い状態にまで再現した。それには当然ジョゼの協力もあったがな、ともかくオレの野望を叶える為によくやってくれた。

 全属性の精霊に満ち溢れたこの世界はマナが充実した世界となった、それに伴ってディアヴォロの胎動も活発になっている。

 双つ星の闇の戦士であるリュート、そして扉の鍵となるアンフィニがクジャナ宮の奥までやって来た。

 これがどういうことかわかるか?

 そう、ディアヴォロ復活に必要な素材は全て揃ったということになるんだよ、念願の混沌カオスが蘇るんだ!

 ―――――――これが最後の仕事だ、ザナハ姫。

 リュートと共にこの奥にある隔壁の間まで行き、アンフィニの持つ力でディアヴォロを完全復活させて来てくれ。

 出来るだろう? そうすればオレは生き続けられるんだから、お前が望むように。

 ディアヴォロとひとつとなったオレは永遠を手に入れる、『ルイド』という殻を破り新しく生まれ変わるんだ!」


 そう叫んだ瞬間、ルイドに向かって小さな炎の球が3発放たれた。かろうじてリュートが発動させた大地の壁が炎の球を防ぐ。ルイドは邪悪に歪んだ笑みをやめ、静かに炎の魔法を放った相手を睨みつける。

 アギトは右手を突き出したままの状態で立っていた、―――――――我慢の限界。アギトの瞳はそう語っていた。


「てめぇはやっぱクソだ・・・、すました顔して腹ん中ではクソみてぇなこと考えてやがったんだな。

 それがてめぇの狙いかよ、ずっと自分の部下を騙し続けて、自分を慕ってた奴を騙して、他の国の奴等まで巻き込んで自分の願いを叶える為だけに、一人で暗躍して来たってわけなんだな!?」


「そうだ、オレはオレの願いを叶える為ならば誰だって簡単に犠牲にしてやる、使い捨てても心は痛まない。

 ずっとそれだけを糧に生き続けて来たんだからな、闇の戦士という肩書は実に便利だったよ。

 青い髪、青い瞳をしているというだけで誰もが世界を救う救世主だと信じ込み、崇めて来る・・・正直そういう目や態度は鬱陶しかったが、それも奴等を利用する為だと思えば苦にもならなかったがな」


 ルイドが語っている中、アギトは黙ったまま剣の切っ先を再びルイドに突き付けると低い声で言い放った。


「もういいよ、それ以上何も言わなくて。

 てめぇがオレ達の敵だってわかればそれで十分だ、どうしようもない・・・救いようのない悪者だってわかればな!」


 アギトはそう確信し、覚悟を決めて自ら戦いを挑んだ。この戦争の幕を開けた全ての黒幕、ルイドを倒すという目的の為に。しかしザナハはまだ迷いがあるのか、ルイドの口から放たれた言葉に動揺しながらも・・・慌ててアギトの方に向き直る。


「待ってアギト!」


 しかしアギトは最後まで言わせなかった、聞く耳を持つ必要はない。彼はザナハを散々利用するだけ利用して傷付けた、それが許せない気持ちもあったアギトは、これ以上ザナハの口からルイドをかばおうとする言葉を聞きたくなかった、言わせたくなかったのだ。


「あれがあいつの本性なんだよ! いい加減目を覚ましやがれザナハっ!

 お前とあいつとの間に何があったかは知らねぇけど、あいつはお前のことなんか何とも思っちゃいねぇんだよっ!

 忘れたのかっ!? あいつはジャックを殺したんだっ! オレ達の大事な仲間を殺した憎い仇だっ!!

 オレはあいつを許すつもりなんかねぇんだよ、今ここでジャックの仇を取るんだっっっ!!」


 その言葉がザナハの気持ちを動かした、揺れていた心に更なる揺さぶりをかけた。今ザナハの目の前に立っている男は、ザナハが恋焦がれていた男とは全くの別人のように感じられる。

 いや、そもそも自分はルイドのことをどこまで知っていたのか・・・それすら疑う。彼の真意を、本懐を、本当に自分が理解していたのかどうかさえ怪しい。

 長い年月から、そしていじくられていた記憶の断片から、ザナハはルイドという男のことを、ただ理想化していただけではないのだろうか? そんな気にさえなってくる。

 何を信じればいいのかわからない、しかし今この場面で彼が嘘をつく理由なんてどこにもないとザナハは思った。そして理解する。先程の言葉がルイドの本心、本性なんだと・・・ようやく察した。


(あたしが好きになった人は・・・、最初からどこにもいなかった―――――――)


 ザナハは言葉を完全に失い放心状態に陥ってしまった、そんなザナハを見てアギトは更に前に進み出て自分の背に回した。後方を気にしながら戦うのは得意じゃないが今はそうも言ってられないと、アギトは気難しい表情になりながらルイドに向かって剣を構える。するとルイドはアギトのそんな行動を合図にしたかのように、ずっと隣で無言を貫いていたリュートに向かって話しかけた。


「リュート、計画通りお前はこのままザナハと共に奥へ進め。

 オレはアギトと、―――――――光の戦士と決着をつける!」


「・・・わかった」


 たった一言だけ返すとリュートはアギト達の方へと歩み寄って行く、しかし側まで歩み寄ることはなく5メートル前で立ち止まると無表情のまま左手で招くような仕草をして、単調に話しかけた。


「さぁザナハ、僕と一緒に来るんだ。ディアヴォロの本体が眠っているという隔壁の間まで・・・」


 アギトの懐に忍ばせているカガリがずっと振動している、先程よりもずっと強く。今アギトの目の前に居る人物が幻でも何でもない、同じ兄弟石を嵌め込んだ護剣・六郷を持っている本物のリュートなんだと、カガリがそうアギトに告げていた。


「リュート、お前自分が何言ってんのかわかってんのかよ。お前も一体何やってんだよ!?」


 アギトは泣きそうな顔になりながらリュートに訴える、こんな感情の欠片もないリュートをこれ以上見たくないとでも言うように。しかし依然としてリュートは感情を露わにすることもなく淡々とした雰囲気で、ちらりとアギトを一瞥すると小さく声を漏らした。


「アギト、僕はわかったんだ・・・理解したんだよ。

 僕が一体何の為に生まれて来たのか、誰の為に死んで行くのかを・・・それを考えた時、初めて自分の存在価値を理解した。

 青い髪を持って生まれて来た自分を理不尽に思った、どうしてこんな髪の色で生まれて来たんだろうって心底呪った。

 だけどそこにはちゃんと意味があったんだ、僕自身の運命を決定付ける大切な意味がね。

 ・・・アギトにもわかる日が来るよ、きっと。だってアギトは僕の半身、僕の片割れなんだから・・・」


「言ってる意味が全然わかんねぇよっ! なぁ、お前一体どうしちまったんだよ!?

 ルイドに何されたんだ、何を言われたんだ・・・!?

 それをオレに話してくれてもいいだろ、―――――――オレ達親友同士じゃなかったのかよっ!!」


「―――――――・・・っ」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけリュートの顔に苦渋が現れた。それを見逃さずアギトは言葉を続けようとする、訴え続けてリュートの目を覚まそうと必死になる。今ここで離してしまえば、きっと一生離れたままになってしまうと直感的に悟ったからだ。


「約束しただろ? 誓っただろ? オレ達はこれから先何があってもずっと一緒だって、一生の友達でいようって!

 お前はきっと惑わされてるだけなんだ、ルイドにイヤなことを言われて迷ってるだけなんだよ。

 でも大丈夫だ、オレ達二人が一緒に居れば何も怖いもんなんかねぇ! 今までだって一緒に乗り越えて来たんだ!

 それにザナハだってオルフェだってミラだってみんな味方だ、オレ達を助けてくれる、それが仲間ってもんだろ!?」


 仲間・・・、その言葉を聞いた途端リュートの顔に意を決した覚悟が現れ、アギトの言葉で揺れそうになった心を押し止めてしまった。苛立ちを見せるように左手で頭を抱えると、リュートは眉根を寄せながら苦痛に喘ぐ。

 それからゆっくりと・・・左手で顔を押さえ、気を落ち着かせる為に呼吸を整えると―――――――静かに顔から左手を離して、首筋をさすった。


「―――――――仲間? アギト、あいつらは仲間なんかじゃないよ・・・」


「・・・っ、リュー・・・ト!?」


 否定的で憎しみすら込められたリュートの言葉を聞いたアギトは、他のどんな攻撃よりもアギトの心に大きなダメージを負わせた。自分の耳を疑った、アギトのことを睨みつけて来るリュートの顔が目に映り、そんな自分の目すら疑った。


「あいつらこそ僕達・・・双つ星を利用しようとした輩だ、その様子だとオルフェ大佐から何も聞かされていないようだね。

 僕が口止めしなくても最初から話す気なんてなかったってことだ、さすが獄炎のグリムと云われるだけあるよ」


「な、何言ってんだリュート? 一体何の話をしてんだよ!?」


 しかしリュートは言葉をやめることなく、そのまま続けた。


「僕はこのまま黙って殺されるつもりなんてない、だからルイド側についた。意味のある死を望みたいから。

 ルイドに叶えたい野望があるように、僕にだって叶えたい願いがある。

 それを叶える為にはこうして・・・、こうするしかないからっ!

 理解してとは言わないよ、だって僕の願いを聞いたらアギト・・・絶対反対するに決まってるからさ」


 それだけ言うとリュートはもう一度放心状態で固まってしまってるザナハの方に視線を向け、手を差し伸べる。


「さぁザナハ、僕と一緒に来て」


「リュートっ、やめろっ! こんなこともうやめてくれよっ!

 なんでルイドなんかに従うんだよ、どうしてオレじゃなくルイドなんかを信じるんだよっ!

 あいつはジャックを殺した憎い奴だろ!? お前にとって一番大切な師匠だったじゃないか!

 それをあいつは・・・、お前からジャックを奪った敵じゃねぇかっ!!」


 アギトはこの言葉に賭けた、最後の最後・・・これ以上リュートを説得する言葉は見つからない。これでもダメだったらとは思いたくなかった、それ以上は何も用意していないから。リュートを引き止める言葉はもう何も残されていないから、自分を信じさせる自信がこれ以上どこにも見当たらなかったから・・・。


 しかし、その最後の説得でさえ―――――――リュートを動かすことは敵わなかった。


「・・・ジャックさん、そう・・・そうだね。

 僕にとってこれ以上ない最高の先生だった、本当に心から信頼出来る・・・唯一の大人だったよ。

 でもそれも・・・、僕の願いを叶える為には仕方のないことだった。

 ただそれだけだよ、・・・残念だけど」


 気が付いたらアギトはリュートのことを力一杯殴っていた、目頭が熱くなり喉の奥が痛い。鼻の奥がツンとして胸が苦しかった。石畳の上を滑るように転げると、リュートは殴られた頬をさすりながらアギトを見上げる。

 アギトの顔は悲しみと、苦痛に歪み・・・両の瞳は涙で溢れていた。歯を食いしばりながらじっとリュートを睨みつける。


「お前・・・っ、本気かよ・・・」


 絞り出すように言い放つ、その言葉は殆ど震えていた。


「自分が何言ってんのかわかってんのか、お前・・・それ本気で言ってんのかって聞いてんだよっ!

 立ちやがれっ! ルイドの側に居過ぎて根性まで腐っちまったみてぇだな、オレが殴って正してやんよっ!」


 アギトを取り巻くマナが異常なほどに高まって行く、それを察したルイドは瞬時に地の魔法を発動させるとアギトの足元にあった石畳を変化させ、拘束する。突然アギトの足は岩の塊で固められ、それ以上動けずにいた。


「アギト、お前の相手はこのオレだ。

 さぁザナハを連れてさっさと行け、リュート!」


 ルイドの言葉にリュートはすぐさま立ち上がって、ザナハに手を差し伸べた。しかしアギトの言葉通り、今目の前に居るリュートは歪んだ思想を抱いてしまっていると察したザナハは、バックステップで後方に飛び退ってリュートを拒絶した。


「どうしたのザナハ」


「アギトの言う通り、今のリュートは変よ・・・おかしいわっ! 

 あたし一緒になんか行かないから、お願いよ・・・こんなこともうやめて!?

 たった一人の親友だって言ってたじゃない、アギトの気持ちがわからないリュートじゃないでしょう!?」


 かたくなに拒むザナハの態度にリュートは肩を竦めて深い溜め息をつく、そして笑みのない顔のまま真っ直ぐとザナハの方を見据えてたった一言、言い放った。


『ザナハ、―――――――黙って僕に従ってよ』


「―――――――っ!?」


 リュートの放った言葉を聞いた瞬間ザナハの顔が強張り、突然全身が金縛りになったかのように硬直した。


(な・・・何!? 体が思うように動かない!?)


「さぁ、僕と一緒に来るんだ・・・」


 するとザナハはリュートに言われるがままに一歩、また一歩とリュートの方へと歩み寄って行く。しかしその表情は焦燥が滲んでおり、まるで体が勝手に動いているというような顔でザナハは必死でアギトの方へと目線で訴えた。


(これは一体どういうことなの!? 体が勝手に動く、行きたくないのに・・・足が勝手に動く!

 助けて・・・、アギト! お願い、助けてっ!)


「おいザナハっ、行くな! 行くんじゃねぇよ! おいリュート、お前ザナハに何しやがったんだ! おいっ!」


 しかしアギトの言葉に全く耳を傾けようとしないリュートは、歩み寄って来たザナハを従えて・・・アルトスク決闘場の奥にある通路へと早歩きで行ってしまった。


「おいリューーートっ! 行くな・・・行かないでくれっ! リューーーートォーーーーッ!!」



 アギトの叫びも空しく、暗い通路を進んで行ったリュートとザナハの姿はあっという間に見えなくなってしまった。一人残されたアギトは絶望に打ちひしがれるようにうなだれ、床を見つめたまま嗚咽を漏らす。



 ―――――――届かなかった。


 リュートには何ひとつ、自分の声も・・・思いも・・・気持ちも・・・、何も届きはしなかった。


 




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