第280話 「忠誠心」
闇の眷族となったジークに情けをかけることも容赦する必要もないと判断したオルフェは、愛用の武器であるホーリーランスを片手に戦闘態勢に入った。その後方では弱っているフィアナをかばうように、ミラが側について援護に当たっている。
4軍団達の側にいるサイロンもまた、ジークが通すまいとしている通路の奥にイフォンがいると察して戦わざるを得ないと踏んでいた。サイロンはフロア全体を見渡して十分な広さと高さがあることを確認し、自信満々の笑みを浮かべながら常に主の側に控えているハルヒに向かって豪語した。
「ここなら余がドラゴン化しても十分暴れることが可能じゃ!
ハルヒよ、後のことは任せたぞ!」
サイロンは立ち上がると同時に両足を肩幅程度まで開いて、体内のマナの流れを活発にする為のツボを突こうとした―――――――その時、ハルヒはバツの悪そうな顔でサイロンのドラゴン化にストップをかける。
「若様、その―――――――今ドラゴン化して戦うのはおやめください。」
「なんじゃ今更! この通路の先で可愛いイフォンが泣いて助けを求めておるというのに、止めるでないわ!」
すっかり戦闘態勢に入っているせいかサイロンは少し苛立ちを含めた口調で、隣に居るハルヒに向かって説教してやる。しかしハルヒは眉根を寄せながら申し訳なさそうに近寄ると、ドラゴン化を止めた理由を話して聞かせた。
「若様、実は―――――――着替えを持って来ていません。」
「―――――――・・・・・・何じゃとぉっ!?」
一瞬だけ間が開いて、それからサイロンはジークからハルヒの方へとすぐに視線を走らせ大声を張り上げた。今は人型の姿であるがサイロンはれっきとした龍神族である、体内のマナの循環を高めるツボを突くことによって本来の姿―――――――ドラゴンへと戻ることが出来るのだが、人型の状態で着用している衣服などは、ドラゴンサイズになる途中で当然全て破けてしまう。
よってドラゴンから再び人型に戻った場合に衣服を何もつけていない全裸の状態となる為、龍神族が人型からドラゴンへと戻る際には衣服に注意を払わなければいけなかった。
「すみません。里を出る時かなり急いでいたので、着替えを用意する時間がありませんでした。」
「・・・余計な荷物を持って戦われても、迷惑なだけですけどね。」
遠くからサイロン達のやり取りを聞いていたオルフェが小さな声でつっこんだ。しかしオルフェのツッコミは全く聞こえていなかったのか、サイロンはどうしても短時間でジークとケリを着けたいらしく―――――――妙にドラゴン化にこだわっている。
「む~~~、それじゃ仕方ないのう! 人型に戻った時のことを考えれば、今着ている服を無駄にするわけにはいかん。
お~~いグリムよ! 余は今からちょっとドラゴン化する為に服を脱ぐから、少しだけ時間を稼いでくれんかの~~!」
「ちょ―――――――っ! 今ここで全裸になるつもりですか!? やめてください、汚らわしい!」
サイロンが腰に巻いてある布をほどこうと手を伸ばした瞬間、ミラが慌てて下劣なものを見るような目つきで言い放った。自分の全裸姿が汚らわしいのだとハッキリ宣言されたサイロンは少しだけプライドを傷付けられたのか、さすがに今の言葉にはかなりのダメージがあったようである。
そんなサイロン達のやり取りを下らなさそうに聞いていたジークは、自分の存在を無視したことに腹を立てるかと思いきや―――――――含み笑いをしながら彼等の無駄口を大いに歓迎した。
「揉めるならとことん揉めてくれていいよー、その方がこっちは時間が稼げて大助かりだしね。」
ジークの挑発とも取れるこの言葉に同意した者が現れた、突然サイロンは足首を掴まれたので驚きの余り力一杯足を払うとそこには未だ苦しそうに呻いているヴァルバロッサが、もう一度サイロンに掴みかかろうとしていた。
「おおヴァルバロッサよ、気が付いたか!」
喜びながらサイロンが手を差し伸べようとするが、瞬時に殺気を感じ取ったハルヒが慌ててヴァルバロッサからサイロンを引き離そうとして、殆ど主を突き飛ばすような形で彼等の間に割って入った。
突然の出来事にサイロンはハルヒを諫めようとしたがすぐに彼の行動の意味を見極める、ハルヒが何の意味もなく自分を突き飛ばそうとするはずがない。
すぐさまヴァルバロッサの方へと視線を走らせると、彼は懐に忍ばせていた短刀を手に握り締め、殺気の込もった瞳でサイロンを見据えていたのだ。
「―――――――一体どういうつもりじゃ、ヴァルバロッサよ。」
サイロンの方も冗談抜きの真剣な面差しに早変わりして、威厳のある口調で言い放った。するとヴァルバロッサはゆっくりと体を起こし立ち上がると、床に転がっていた大剣を手にして―――――――殆ど杖代わりにしながらサイロンの問いに答える。
「我々はお前達を―――――――、戦士と神子以外をこの先へ通すなと仰せつかっている・・・っ!
この命続く限り主君の命令を全うする、それが真の武人!」
顔は苦渋に満ちながらも気力と闘気だけで自分を保ち、ヴァルバロッサはジークに植え付けられようとした負のオーラの力に頼ることなく、自らの魂で奮い立たせた。そしてそれは隣で倒れていたブレアにも影響を与え、同じように苦しみながらも体を起こしてサイロン達の前に立ち塞がろうとしている。
彼等の様子を遠くから見ていたオルフェが、落ち着き払ったトーンでヴァルバロッサ達にルイドの真実を告げる。
「あなた達がそうやってルイドに尽くしても、もう無意味ですよ。
ジークの言った言葉に偽りがなければ、ルイドはあなた達を捨て駒としてここに送ったことになります。
彼にどういった思惑があるのか私でさえハッキリとはわかりませんが、これだけは言えます。
私にはとても―――――――今のルイドがこの世界の為に動いているとは到底思えない、むしろ・・・。」
「自分の目的の為だけに行動している・・・。」
オルフェの言葉を引き継いだのはブレアだった。途端にミラの表情が強張り、ブレアに向かって訴えかけるように声を荒らげた。
「それがわかっていて、なぜそうまでして従おうとするのっ!?
ルイドが自分の目的を果たす為だけにあなた達を使い捨てるつもりでいるのなら、もう彼に忠誠を尽くす理由なんてっ!」
「お前達の価値観で、私達の忠誠心を推し量ろうとするなっ!」
ブレアは殆ど金切り声に近い怒声でミラを一喝した、今のブレア達はサイロンによるツボ押しによって負のオーラを受け付けないようになっているが、もはやそんなものに何の意味もない。ブレア達は負のオーラに惑わされることなく、自らの意思でオルフェ達の前に立ちはだかろうとしていた。
今も放たれる殺気は負のオーラに頼ったものではなく、彼ら自身が放っている―――――――彼等自身の闘志だ。
ジークを後方にするような陣形を取るヴァルバロッサとブレア、そんな彼等に対してオルフェは呆れたように深い溜め息をつく。
「やれやれ、とんだ忠誠心ですね。
ルイドにどんな思惑があるか知れないですが、そんな男に奴隷のように従うことが真の武人とは・・・。」
オルフェのこの言葉がヴァルバロッサの逆鱗に触れた、しかしヴァルバロッサの怒りに触れた言葉は武人の在り方を侮辱したところではない。ヴァルバロッサは反射的に激怒した様子で声を荒らげ、オルフェ達に向かって自らの苦しみを吐き出した。
「お前達に何がわかるっ!? この命に代えても尽くそうと誓った主が―――――――っ!
かたくなに『死』を求める姿を目にして、それでもなお『生きろ』と誰が言える!?
ルイド様にどんな思惑があろうと我等にはあの方しかいない。
あの方のたったひとつの願いを叶えて差し上げることしか、今の我々には出来ることがないのだ!
先の大戦で『死』を覚悟し、そして『死んだ』と思った・・・そこにルイド様が現れた。
あの方が我等に『生』を与え、『生きる目的』を与え、そして我等はあの方に『生かされた』のだ!
ルイド様には言い尽くせぬ程の恩がある、我等はそれに応え、一生尽くそうとこの剣に誓った。
使い捨て? 捨て駒? それでルイド様の願いが叶うというのなら、喜んでそれを受け止めようではないか!
我等を使い捨てることで願いが叶うというのなら、いくらでも捨てられよう!
捨て駒にすることで時間を稼げるというのなら、自ら進んで駒となろう!
ルイド様の苦しみ、悲しみ、背負った業、―――――――何も知らないお前達があの方を理解出来るはずもない。
―――――――若君、獄炎のグリム、そして紫電のミラ!
今ここで我々の因縁に決着を着ける時、死を以てしてでも―――――――ここは決して通さん!!」
それが合図となり、戦いは再び始まった。ユリアの呪歌による援護がないとはいえ相手にするのはまだ能力が未知数である闇の眷族ジーク、鋼鉄の軍団長ヴァルバロッサ、そして閃光のブレア。
彼らを相手にサイロンとハルヒを加えたオルフェ達は、熾烈な戦いを繰り広げることとなった。
アルトスク決闘場、この広大なフロアには巨大なドーム型の天井がありクジャナ宮の機能が復活したと同時に、ここも照明のようなもので照らされており、いつもは薄暗いこの場所も明るく見渡しが良くなっていた。
床一面には巨大な正方形の石畳が敷き詰められており、まるで石舞台のようになっている。その中心には二人の人物が立っていた、二人とも同じような青い髪をしている。
一人は少年、ショートヘアに緑色を基調とした活動的な服を着ており、その表情はとても暗い。まるで死地に向かう兵士のようであり、そしてどこか影のある雰囲気を醸し出していた。
もう一人は腰辺りまで伸びた少しクセのある長髪で、左頬には十字傷、軽装に身を包んだ男が隣に立っている少年―――――――リュートに話しかける。
「―――――――決心はついたようだな、これでもう後戻りは出来ないぞ。」
ルイドの言葉に、表情一つ変えずにリュートが言葉を返した。
「後戻りする必要なんてどこにもないよ、こうすることが僕の運命―――――――僕の選ぶべき道なんだから。」
一言二言交わした時、後方から声がした。だだっ広いフロア全体に響く程の大声で名前を呼ぶ者―――――――それは。
「リュートっっ!!」
笑みのない表情のまま後ろを振り向くリュートとルイド、そこには肩で息をしながら必死な形相でこちらを見据えるアギトの姿があった。隣には同じように息を荒らげているザナハも一緒である。
やっと親友に追いついたアギトは、その隣で含み笑いを浮かべているルイドの方を力一杯睨みつけていた。
アクセスありがとうございます、そしてこんな所まで根気よく読んでくださって本当にありがとうございます。
この「ツインスピカ」も連載一年を超え、更に280話(正しくは282部)まで続いて飽き症・三日坊主な私がよくここまで続けられたものだと驚いています。
でも私が飽きることなくこうして一年以上も続けられたのは、月並みなセリフかもしれませんがこうして私の拙作を読んでくださる読者様がいてくれることが大きな理由です。
最終決戦に向けて各話の文字数が増え、何かと詰め込んだりしておりますがせめて300話以内に完結出来るよう、これからも頑張りたいと思います。
一部の読者様に宣言していることですが、この作品が完結した後に改めて1話から手直し作業に移るつもりでございます。
手直しをしながら設定を見直して、第2部の話作りをする為です。
この「ツインスピカ」は第2部が本当の完結となりますので、もしよろしければこの話が完結した後も第2部の方にも足を運んでいただけたら嬉しいです。
全ては私の腕にかかっていることですが、皆様に少しでも思いを届けられるように頑張って行きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
では長々と失礼いたしました。