第26話 「表裏一体」
ドルチェに案内されて大人しくついていくアギト、リュート、そしてザナハ姫。
以前この建物にいた時は、殆ど地下か個室に閉じこもっていたこともあって、あまりどんな部屋がどれだけあるのか
までは、二人は案内されたことがなかった。
ザナハがこれだけ『忙しい』とグチる位なのだから、今回もこの屋敷の中を探検することは出来ないだろうと覚悟した。
二人とも、こんな本格的な洋館に来たことはなく、生まれて初めてだったので今廊下を歩いているだけでも
回りをきょろきょろと眺めながら、物見遊山のように歩いていた。
すると、ドルチェが観音開きの扉の前まで来て、その扉に手をかけて開けた。
ぎぎぃぃっと鈍い音がして、部屋の中を覗く前に二人は、ここがどんな部屋だか想像がついた。
中から金属音や、掛け声やら・・・色んな騒がしい騒音が耳に入ってきたので、おそらくここはさっきドルチェが
言っていた訓練所だと思った。
扉を開けて中に入ると、かなり広い部屋で驚いた。
訓練する位だから当然なのだが、学校の体育館位の面積はあるんじゃないかと思った。
中にいる兵士は大体50人位はいるだろうか・・・、各グループに分かれて様々な訓練を行なっていた。
剣術の稽古をするグループ、筋トレをするグループ、戦術指南を受けているグループ、武器の手入れをするグループ
・・・おそらく彼らは新米兵士だろう。
そして、魔術の指南を受けているグループの方に目をやると、全員がオルフェの方を向いて真剣に話を聞いていた。
長い金髪のロングヘアーをさらりと片手で払いながら、オートスマイル全開で目は相変わらず笑っていなかった。
オルフェの右手でちらちらと小さな炎が踊っているのをアギトが見つけて、目がキラキラしていたのは言うまでもない。
ドルチェがまっすぐとオルフェの方へ向かって行くのをすぐにオルフェが気付き、そして授業を受けていた兵士に向かって
『自習をしていてください』とでも言ったのだろう・・・、全員がすっと立ち上がり各自がそれぞれのやり方で
魔術の訓練を始めていた。
オルフェがすたすたとこちらの方へ歩いて来て、右手で軽く挨拶した。
「いやぁお二人とも、お久しぶりですね。」
ノンキに言い放つ。
そして案の定、その態度に少し不満げなアギトに気付いてリュートが裾を引っ張って制止する。
「出迎えに行けず申し訳ありませんでした。
何せここは本部ではないので、デスクワークやら雑務やら兵士の教育やら・・・色々と立てこんでいましてね。
ご不満でしょうが、今少し我慢していただけますか?
それでは、さっそく場所を変えて本題に行こうと思うのですが、・・・お疲れではないですか?」
オルフェの建前全開な気遣いに、二人は平気だと答えて、そして全員で場所を変えた。
この訓練所にオルフェの右腕的存在であるミラ中尉がいないのが気になって、リュートが聞く。
なんでもミラ中尉はアギト達がそろそろ来る頃だと、部屋の支度や準備など・・・色々としてくれているらしい。
訓練所を出ていく際、オルフェが入口近くまでついて来ていた兵士に『定時まで訓練した後、平常通りに行動せよ』と、
威厳のある顔で告げた、・・・こんな時は改めて軍の大佐クラスだと思い知らされる。
それを承った兵士は、軍によくある敬礼の姿勢をして「はっ!」と返事をすると、所定の持ち場へと戻って行った。
「それでは行きましょう。」
いつものノンキな態度へと瞬時に戻っていて、調子が崩れるが・・・とりあえず早く慣れるように努めた。
本題の話をする部屋へ行く間、アギトはさっき地下で体験した轟音の話をした。
「オレ達がちょうどここに来た時、上ですげぇ衝撃音とか振動とかあったんだけど・・・あれ結局何だったんだよ!?」
アギトの問いに、オルフェがすかさず答えた。
「あぁ、多分魔術の訓練で中級魔法を放った時の衝撃でしょう。」
それを聞いてアギトは、え・・・っとなった。
「訓練で・・・って、確かあんたらさっきの部屋で訓練してたんだろ?」
アギトとリュートがドン引きしているのを、不思議に思いながらオルフェは即座に答える。
「そうですが、それがなにか?」
少し間があいてから、リュートが聞いた。
「あの・・・、中級レベルの魔法って・・・建物の中で使っていいものなんですか?
この建物が吹っ飛んじゃったらどうするんです・・・?」
その疑問に、オルフェはやっと納得がいったのか・・・いつもの笑顔で答えた。
「そういうことですか。
確かに普通の建物なら吹っ飛んでますね。しかしあの訓練所は特別に出来ていましてね・・・。
訓練用にと部屋全体に、耐魔強度を高める為の防御壁を張り巡らせているんですよ。
ですから容赦なしの上級魔法でも放たない限り、あの部屋が魔法で吹き飛ぶ・・・なんてことにならないように
してあるんですよ、納得いきましたか?」
「でも・・・地下にいた時は今にも石壁が崩れてくるんじゃないかって勢いで、振動とかものすごかったぜ!!?」
あごに手を当てて、ふむ・・・と少し考え込むオルフェ・・・。
「もしかしたら耐魔強度が落ちてきているのかもしれませんね・・・。
わかりました、明日にでも防御壁を張り直させておきましょう・・・。ご報告感謝いたします。」
にっこりしながら感謝の言葉を述べるが、その笑顔の裏で一体何を考えているのか想像できず、二人は素直に喜べなかった。
「あぁ、ここです。」
ミラが支度をしている部屋には、話をしている間にすぐに到着した。
客間のような綺麗な装飾の付いた扉で、がちゃりと開けるとそこにはゆっくりとくつろげそうなソファーがあって
すぐに飛びつきたくなった。
メイドが温かいお茶や茶菓子をテーブルに用意していて、オルフェ達が入って行くと会釈して自分の仕事を続けた。
そして奥の方から金髪の髪をきっちりと頭の上で結った知的な美女、ミラが出てきた。
手には書類の束やら大きな紙を丸めたものやら、資料らしきものをたくさん抱えていた。
「アギト君、リュート君、いらっしゃい。
無事にここまで来れたようですね、どうでしたか?異世界間の移動というものは?」
厳しい表情から柔らかい笑顔へと変わって、二人は安心した。
ミラ中尉はオルフェといる時・・・つまり仕事中はいつも厳しい表情をしているので、なんだか近づきにくかったからだ。
「こっちに来る時は最悪だな!!
どうにか場所を変えたいんだけど・・・、やっぱ無理?」
「そうですか・・・、それもまた後で話しましょうね。」
場所を変えられるのかな?という期待を持たされて、ちょっとじらされた感じになった。
みんなそれぞれ・・・特に席は決まってはいなかったが、目の前にあったイスに腰かけた。
メイドが入れた温かいお茶を一口含みながら、オルフェが軽く息をつくと早速本題に入った。
「さて・・・、まずは何から話しましょうか・・・。
とりあえず初歩的で基本的なことからお話した方が・・・、いいですよね?」
少し小馬鹿にされたようなニュアンスで、選択権がこちらにあるように話しながら、結局はオルフェにしか選択権が
残されておらず・・・大人しく首を縦に振るしかなかった二人。
「ある程度は前回来た時に少し説明しましたが、あの時は色々慌ただしかったですからね、改めて説明させてもらいます。」
オルフェが言葉を続けようとすると、ミラが即座に反応して手に持っていた・・・丸めていた大きな紙をテーブルの上に
広げた・・・、それは・・・地図だった。
オルフェはその地図で一番大きな大陸になっている方に人差し指を当てて、説明した。
「ここが今、我々がいるレムグランドです。
通称『光の国』と呼ばれており、光と水・・・植物や自然に溢れた豊かな世界です。」
そう言うと、今度は反対側に位置している少し小さい大陸の方へと指を動かす。
「そしてここがアビスグランド、通称『闇の国』と呼ばれています。
ここは常闇で陽の光が射さない世界の為、自然に恵まれず非常に環境の厳しい土地となっています。」
二人は相槌を打ちながら真剣に聞いていた。
とりあえずこの世界のことを少しでも把握していなければ、後でとんでもないことになるかもしれないとわかって
いたからだ。
なぜなら・・・、前回ここに来た時に『どっちに正義があるか』という判断が自分達には出来なかった。
悪に加担するなんて二人ともまっぴらごめんだと言った。
しかし、一口で戦争といっても・・・一体どんな理由で戦争しているのか、・・・どちらが正しいのか。
そういったことは結局何ひとつ、聞けず仕舞いだったからだ。
次にオルフェは2つの大陸の間にある、まるで三角形のような位置になるように・・・小さな島が1つあった。
「ここは中立国、『龍神族の里』です。
この里はレムとアビスの橋渡しのような役割をしていて、現在休戦状態にあるのは彼らの貢献あってのことなんです。
しかし、中には2つの国の戦争に全く関与しないという人間も少なくはありませんから・・・、この休戦状態もいつ
まで続くのかわかりません。
現に・・・、以前ルイドがここへやってきたのも彼らの協力あってのことです。
敵の首領が簡単に侵入出来てしまえる状態・・・、それが悩みの一つでもあるのですが・・・。」
「とにかく、2つの国同士が喧嘩してて・・・、あとの1つは他人のフリ・・・ってことか。」と、これはアギト。
「その国が、たまに仲裁に入る程度・・・ってことなんですね。」と、リュートがメモ帳に書きなぐった。
今度はオルフェに代わって、ミラが説明を始めた。
「この地図からだと1つの世界に3つの島が存在しているように見えますが、実は平面上に存在しているわけでは
ありません。
この3つは、君達の世界と同様・・・次元の異なる場所に存在しているのです。
レムが表なら、アビスは裏・・・表裏一体の関係になっています。
ですから、互いの世界を行き来するには特別なレイラインを使用する必要があるのです。
そのレイラインは、龍神族にしか扱えません。」
お茶をまた一口飲みながら、オルフェが続ける。
「・・・数十年前の大戦の時、戦士と神子が現れたことによって2つの次元の間に道が出来たんです。
その道を使って、レムとアビスは激しくぶつかり合い、たくさんの戦死者が出ました。
その時は・・・、神子の戦死によって再び道は閉ざされ・・・次元をつなぐカギは龍神族の元へと帰りました。」
オルフェの言葉に、二人はピタリと止まる。
「え・・・、ちょっと待てよ?
それじゃ・・・今は・・・、その道ってのがまたつながってんじゃねぇのか!?」
その問いにはザナハが答えた。
「それは大丈夫。
道が開かれるのは、その神子が自分の世界に存在する上位精霊と契約を交わした時にしか開かれないようになってる
のよ。
あたしはまだ精霊との契約を交わしてないから、道は閉じたまま・・・、でも・・・。」
ザナハの顔はみるみる浮かない表情へと変わって行った。
「神子は・・・、2つの国に存在するのよ。
あたしが光の神子なら、向こうは闇の神子・・・。
もしも闇の神子が精霊との契約を先に交わし終えたら、道が開かれてしまうの。」
そしてドルチェがくまのぬいぐるみの両手を持って、ばたばたと振りながら静かにささやく。
「アビスの闇の神子は、ルイドの妹・・・。」
二人は、どきっとした。
ルイド・・・、その名が出ると平常心でいられなくなる。
二人の表情がこわばって、一瞬空気が張りつめたがオルフェは構わず先を進めた。
「・・・と、ここまでがこの世界にある代表的な3つの国です、覚えましたか?」
二人はオルフェのペースに少し不満を感じながら、それでも首を縦に振るしかなかった。
「光の国、レムグランド・・・。闇の国、アビスグランド・・・。そして中立国、龍神族の里・・・。
龍神族の里へは普通のレイラインで行き来可能ですが、レムとアビス間は龍神族の許可がなければ行き来不可能です。
そして、レムとアビスそれぞれの神子が精霊と契約を交わした時のみ、2つの国の間に特別な道が現れる。」
ミラが復習するように、繰り返した。
アギトは特別メモしてるわけではないが、リュートは要点だけをメモに走り書きした。
リュートのペンが止まったのを確認して、オルフェは次の話題へと移った。
「次に君達が一番知りたかった、『戦争の理由』について話します。」
両手を組んで、オルフェの顔に少しだけ笑みが消えた。
また空気が張りつめたのを感じて、二人はごくりと唾を飲んだ。
「この2つの国は元々仲が良かったわけではありません。もうずっと前・・・何百年、何千年も前から戦争が繰り返されて
きました。
・・・その戦争の一番の理由は、『マナ濃度』です。」
初めて聞く単語にリュートがオウム返しに聞いた。
「マナ濃度??」
アギトは一瞬、マナーモードと聞き間違えて、ぷっ・・・と一人だけ吹き出していた。
そんなアギトをちらりと横目で見たミラだったが、またすぐ視線を戻してリュートの質問に答えた。
「マナ濃度とは、自然界になくてはならないものです。・・・世界の生命といっても過言ではないでしょう。
以前話したように、レムには光、火、水、雷のマナが存在しており、アビスには闇、風、氷、土のマナが存在しています。
それぞれのマナの最大値は定められています。
例えば、火のマナ濃度の最大値が100とします。
これが安定した状態だと、レムの火のマナ濃度が50。そして反属性であるアビスの氷のマナ濃度が50となります。
もし濃度が、片方に極端に偏った状態になると・・・。
火のマナ濃度が80にまで満たされると、反属性である氷のマナ濃度が一気に20にまで減少してしまうのです。
・・・ここまでは、いいですか?」
ミラが一旦中断して、二人に時間を与えた。
二つの国が表裏一体だと表現したのは、こういう理由があったからだと・・・今初めて気が付いた。
片方が満たされれば、もう片方は衰弱してしまう。
これが常に安定した状態であれば、恐らく戦争なんてものは起きなかったのだと・・・、こう言いたいのだろうか?
二人は数字が出た途端に、眉をひそめたが・・・またすぐ大丈夫だと言って話の続きを求めた。
察して、オルフェが続きを引き継いだ。
「マナ濃度は、この国が表裏一体の関係を保っている限り・・・天秤にかけられた状態にあるのです。
マナ濃度の増減を天秤にかけたところから、我々は『マナ天秤』と表現しています。
このマナ天秤が常に安定した状態であれば、どちらの国も安定した環境で生活することができます。
しかし、魔法科学や魔術など・・・マナは常に我々の生活に欠かせず・・・常に消費する状態にあるのです。
マナは消費と再生を繰り返すという還元能力を持っていますが、その能力を遥かに超えてしまうとマナ天秤は大きく
偏ってしまいます。
・・・減少した方は、それを取り戻そうとするのが当然です。
そこでマナの還元能力を高める唯一の方法が、神子に与えられた使命でもあり・・・戦争の理由でもあるのですよ。」
ここにきてようやく『神子』の名が出てきた・・・。
神子の存在と戦争・・・、この2つが大きく絡んできているのが、これからの説明で明らかになる・・・二人はそう直感した。