第272話 「交わることのない信念」
アビスグランドにある首都クリムゾンパレス―――――――クジャナ宮と呼ばれる建物の遥か地下深くで、アギト達はルイドの部下である4軍団達と因縁の戦いを繰り広げていた。完全に力技の接近戦タイプであるヴァルバロッサを前衛に、中衛ではブレアが銃による物理攻撃と魔術攻撃を、そしてフィアナは不格好な形をした人形に魔力の糸をはわせて回復と補助魔法を敵味方に施していく。後衛のゲダックは次々と強力な攻撃系の上級魔術を詠唱していた。
本格的に戦ったことのない彼等との戦いはまさに死闘に相応しかった、ヴァルバロッサと対等以上に戦うことが出来たジャックがこの場にいないというのはかなり大きな痛手となっている。それ故接近戦主体で戦うことが出来るアギトが前衛としての役割を果たす為に、ヴァルバロッサの相手をしていたのだが・・・さすがに荷が重すぎた。
大剣を振り回すだけでも相当の腕力を必要とする・・・にも関わらず、ヴァルバロッサが繰り出して来る攻撃をマトモに受けては力押しで負けてしまうと判断したアギトは、回避するか受け流すか―――――――そういった方法で何とか戦っているが、それでも戦力的に不利であることに変わりはなかった。
それを見ていたオルフェが仕方なしに物理攻撃用の武器を出現させてアギトの加勢に入る―――――――正直な所、攻撃魔術主体で戦った方が戦局的に有利になるはずであったがアギトが倒されてしまっては意味がないと判断したオルフェが、三叉の鉾を手にヴァルバロッサに戦いを挑んでいた。
アギトとオルフェが主にヴァルバロッサを足止めし、中衛からミラとドルチェが銃や魔術、そして補助魔法で援護する。後衛ではザナハが水の精霊ウンディーネの加護を仲間に施すことで、ゲダックから放たれる強力な攻撃魔法のダメージを緩和する為に全力を注いだ。
「なんでだよ、なんでお前等が敵に回ってんだ・・・おかしいじゃねぇかっ!」
アギトは懸命にヴァルバロッサの剛力で薙いで来る攻撃に必死に耐えながら叫んだ、少しでも気を抜けばヴァルバロッサの巨大な剣の餌食になってしまうことは目に見えていたが、それでも叫ばずにはいられない。
アビスグランドを行き来していたリュート―――――――、そのリュートから聞かされていた話と全く状況が異なるからだ。三国同盟によりレムもアビスも、高みの見物を決め込んでいた龍神族ですら協定を結び、共にディアヴォロ打倒を目指した。
そんな中ディアヴォロの核の影響でルイドが自我を失い、反乱を起こす。そんなルイドを結界の中に封じ込めることでディアヴォロ廃棄を邪魔させないようにしたこと。―――――――4軍団はリュートと共にアギト達と結託するはずだった。
それが―――――――。
今、彼等は本気の力で武器を手にアギト達に対抗している。ルイドの悲願を達成する為だと口にして、各々の忠義を尽くす為、そして自らの目的を果たす為に戦いを挑んで来ている。
その真意がアギト達には理解出来ない、そんなことをして一体何になるのだろうか―――――――?
アギト達を足止めしたところでディアヴォロを倒す為に必要な光の戦士であるアギトと、光の神子であるザナハがディアヴォロのいる場所に辿り着かないことには、廃棄することは不可能である。
彼等の目的の中には「ディアヴォロを廃棄させない為の理由」でもあるのだろうか、そうでなければこうしてアギト達に戦いを挑んで来る理由が見つからない。
それはオルフェも思っていることなのか、オルフェの放った一撃がヴァルバロッサの剣を弾いた時―――――――互いに後方へ飛び退ると武器を手にしたまま、睨み合いをする。中衛、後衛もタイミングを計りながらの攻防戦だったので瞬間的に両方の攻撃がやんだタイミングを見て、ようやくオルフェが口を開いた。
「どうしても解せません、あなた達の目的は一体何なのですか。
ルイドに宿った核は彼の体を蝕み、もうこれ以上望みはないと若君から聞きました。ルイドの最後の願いは―――――――。
『自分のままで死にたい』、―――――――そうでしたね。
ならばここで足止めをすればする程、ルイドに残された時間も少なくなっていく。
ディアヴォロに完全に意識を乗っ取られてしまっては、あなた達も困るのではないのですか?」
オルフェはアギトが聞いているということをわかっていて、あえて口にした。当然アギトはぽかんとした表情のままオルフェを見上げている。しかし今はアギトの鈍い思考に付き合っている暇はないとでも言うように、オルフェは4軍団達に睨みを利かせたまま返答を待った。するとその言葉に全員がほくそ笑むと、リラックスに近い態勢に変えて―――――まずはブレアが質問に答えた。
「そう―――――――、ルイド様に残された時間はあとわずか・・・。
でも今はリュート様がいる。」
アギト達の表情が変わる、特にアギトとザナハに至ってはリュートの名が出た途端にズキンっと心臓に痛みが走り、額から一筋の汗が流れ落ちた。オルフェは一瞬だけ表情を変えてはいたがすぐに平静を取り戻しており、なおも続けられる言葉を聞き逃さないようにしながら、更に彼等の心理状態や行動の予測を頭の中で巡らせている。
「ルイド様は眷族と闇の取引をなされたのだ、世界を混沌に陥れる為に・・・!
世界が1つとなった今ディアヴォロの復活ももうすぐ、――――――もうすぐ世界は混沌と化すのだ。
この世に存在する全ての動植物はディアヴォロによって負のオーラを与えられ、強力な異形の眷族と変貌し世界を埋め尽くす。
闇の戦士に寄生した核でディアヴォロ本体を操り、世界を支配する。
それが新たな世界、我々が望む―――――――破滅の世界!」
気が狂ったように両手を広げながら理想を語るヴァルバロッサの姿に、全員の目の色が変わった。今、彼の口から放たれた言葉は「衝撃」の一言に尽きる、それだけショックが大きかったのだ。
まるで今言った言葉を聞き間違えたのかと思いながら、アギトは怪訝な表情を目一杯浮かべていた。
「ちょっと待てよ・・・、それがお前達の本当の狙いってんなら―――――――どうしても聞き捨てならねぇ・・・っ!
なんでそこにリュートが加わってんだよ、お前等・・・リュートを利用してそんなくだらねぇこと考えてやがったのか!」
するとその問いにはゲダックが答える。
「リュートは完璧に近い存在じゃ、双つ星の純粋な闇の戦士―――――――ルイドの遺志を継ぐことが出来るのは奴しかおらん。
ワシはディアヴォロの能力をこの目で見てみたいのじゃ。
まずは闇の戦士に寄生したディアヴォロの核を通じて、逆にディアヴォロを操ることが可能かどうか・・・!
そしてディアヴォロが操る術―――――――ネクロマンサーの術が本当に実現可能なのかどうか・・・っ!
死者の復活―――――――! そして不老不死の法―――――――っ!
これこそワシが長年に渡って求め続けたこの世の真理、人類が求める最後の希望―――――――!
・・・それを叶える為に、リュートの存在は必要不可欠―――――――なくてはならない存在なのじゃよ。
ネクロマンサーの法さえ手に入れば後は何もいらん、この世界がどうなろうと知ったことではない。」
ゲダックは瞳をキラキラとさせながら理想を、野望を語った。両手を大きく広げて―――――――自分が追い求めていた術がもうすぐこの手に掴めると言う高揚感からか、いつも血の気の失せた顔色をしていたのが今は血色の良いつややかな顔色になっていた。
そんなゲダックの言葉を聞いたミラは軽蔑を込めた眼差しで見据えている、これが・・・かつてユリアの次に尊敬していた人物なのかと思うと気分が悪くなった。
だがオルフェはゲダックの思惑を多少なりとも推測していたのか、ミラ程のリアクションはないが侮蔑の込もった瞳でゲダックを睨みつけると背筋が凍るような冷たい口調で言い放った。
「そうか・・・、あなたの狙いは最初から死者の復活――――――師を生き返らせることだったのですね。」
「そうじゃ! お前が余計なことをしなければユリアは死なずに済んだ!
もう一度ユリアとの黄金時代を築き上げる為に、ワシは死者の復活に関する知識を求め続けたのじゃ!
そしてその答えは思いのほかすぐ近くにあった・・・、ディアヴォロじゃ!
ルイドに協力することでワシはディアヴォロに近付くことが出来る、その為にはリュート!
あの子を差し出すことが前提となっておるのじゃよ、―――――――隔壁の間でディアヴォロの眷族が待っておる。
二人が隔壁の間へ辿り着くまで、お前達をこの先に通すわけにはいかんのじゃよ!」
「―――――――どうしてっ!?」
ザナハの悲鳴にも近い声が響いた、全員がザナハの方に注目して目を瞠る。
肩を震わせ、怒りと悲しみに満ちた眼差しで4軍団達を見据えるザナハは精一杯出来る限り声を張り上げて訴えた。
「どうしてリュートなの・・・、なんでディアヴォロの眷族はリュートを必要としているのっ!?
あなた達が一体何を言ってるのかあたしには何ひとつ理解出来ない、何がしたいのか全然意味がわからないわっ!?
ディアヴォロの完全復活・・・? 負で埋め尽くされた破滅の世界・・・!?
それをルイドが望んでるって、―――――――全然意味がわからないわよっ!
あたしは約束したの、誰も犠牲にさせないって! みんなあたしが助けるって、守るって誓ったのよっ!!
その中にはあなた達だってルイドだって、みんな含まれてるわ・・・誰一人死なせない為にここまで来たのにっ!
なのに・・・何? あたし達を裏切ることが・・・、ディアヴォロを復活させることがあなた達の真の目的だって言うの!?
一体―――――――一体あなた達はリュートに何をさせようって言うわけ!?」
ザナハの言葉に一瞬オルフェは戸惑った、ルイドの真意の全てを掴んだわけではなかったので仮定でしかないが―――――――恐らくルイドは最後のディアヴォロの核をリュートに施すつもりで、隔壁の間へと案内しているのだろうと思った。
しかし今のザナハはそれを知らない、ディアヴォロの核はルイドの肉体に寄生しているもので最後だと思っているからだ。もしザナハがもうひとつの核の存在を知ったら―――――――そしてそれをリュートに寄生させて核ごと殺すのが最終目的であることを、今この場で知られたら・・・それこそオルフェ達はこの先へ進むことが出来なくなってしまう。
4軍団だけではなく、アギトやザナハすらも敵に回す恐れがあるからだ。
もし、―――――――もしルイドの目的があくまで『自分に敵意を向けさせてアギトに殺されること』を演出しているだけなんだとしたら、ディアヴォロの最後の核の存在をこのタイミングで知られるということを、ルイドも避けようと考えているはずだ。
彼等が本当に真の忠臣だとしたらルイドの命令に忠実に従うはず、最後の核の存在を明かさないはずである。そしてそれはヴァルバロッサの先程の言葉で、ある程度裏付けが出来ていた。
『闇の戦士に寄生した核でディアヴォロ本体を操り、世界を支配する。』
『ルイドに寄生した核』でも『リュートに寄生させた核』でもない、『闇の戦士に寄生した核』という表現を使うことによって人物をうやむやにしている言い回し、こうすることでディアヴォロに残された核がまだもうひとつあるという確定が出来ないようにしているのだ。
しかしいつどんなタイミングで知られるとも限らない、オルフェは一刻も早くこの先へ進む為―――――――決断を下す。
「アギト、ザナハ姫―――――――。
これが彼等の現実です、これが私達と彼等の間に出来た決して交わることのない信念なんですよ。
彼等の目的の中に『ディアヴォロ廃棄』がないということは、これ以上論議を交わしても時間の無駄でしかない。
それは彼等にとって好都合なだけですよ、私達の目的は一体何ですか。
今もなお世界に満ちたマナの影響を受けてディアヴォロの復活は早まっています、更に隔壁の間へは闇の戦士が
向かっている。このまま手をこまねいていては、アビスグランドだけではなくレムグランドや龍神族の里にまで
ディアヴォロの負の影響で眷族が次々出現し、人々を襲うでしょう。
彼等を倒して先に進み、ディアヴォロの核に寄生された闇の戦士を倒すこと―――――――そうすればディアヴォロの
力が弱まり、完全廃棄することが出来るようになります。
さぁ―――――――武器を構えなさい、本当の死闘はこの先にあるのですからこんな所で苦戦するわけにはいきませんよ?」
割り切った言葉でオルフェが促す、アギトもザナハも未だ表情に迷いの色があった。しかし言ってることは理解出来る。それは4軍団も同じなのか、アギト達よりも先に武器を構えて戦いを再開する姿勢を取っている。
結局―――――――4軍団とわかり合うことは出来ないのか、手を取り合って共にディアヴォロ打倒を考えていた自分達の考えが甘かったのか、そんな新たな苦しみがアギト達の心を抉るが今はそんな細かいことを考えている余裕はどこにもない。
あるのはリュートを助けたいということだけ、ルイドにそそのかされたのか、それとも操られているのか。本当の所は全くわかっていないが、この場にルイドがいない所を見ると―――――――恐らくルイド本人がリュートを連れて隔壁の間へ向かっているのだと考える方が無難であった。
アギトとザナハは無理矢理気持ちを切り替えて戦闘態勢に入った時だった、4軍団の背後―――――――隔壁の間へと続く通路の奥からコツコツと靴音が聞こえて来て、そして黒い物体が現れた。
「なんだよ、まだぶっ殺してないのかい? 全く・・・4軍団ってのも大した力量じゃないね。」
若い男の声がした、男の声は少し高く他人を蔑むような口調で笑い交じりにそう言い放った。闇の中から姿を現した黒い物体、それは黒いローブに身を包みフードをすっぽりと被った二人の人物。アギトはその姿に見覚えがある、その声にも聞き覚えがあった。
以前グレイズ火山近辺でアギトが一人で散策していた時、自分を襲ってきた謎の人物―――――――。
アギトに意味深な言葉を言い放って槍を投げつけ、それから跡形もなく姿を消した謎の男。相手が残したローブと槍をオルフェやジャックに見せて確認したところ、それらには邪悪なマナが残されていたことからディアヴォロの眷族ではないかという話をしていた。
「お前―――――っ、あん時の奴か!?」
アギトはなぜか後ずさりしながら震える声で叫んだ、気丈に振る舞ったつもりだったが背筋の悪寒を拭い去れず全身に鳥肌が立っていた。黒いローブの人物二人を前にした途端、言い知れぬ恐怖感がアギトを襲う。まるで威嚇してくる巨大な毒蛇を目の前で相手にしているような、そんな錯覚を引き起こす。
アギトが恐怖している姿を見て感じ取ったのか、少し小柄な男の方が肩を上下させながら鼻で笑った。
「おや随分と久し振りじゃないか、光の戦士―――――――双つ星のオリジナル。
その様子だと僕のことをちゃんと覚えてるようだね、あの時と同じ恐怖感が伝わって来るよ。」
アギトを挑発するように侮蔑を込めた口調で続ける男の言葉に、突然金属音が辺りにこだました。何事かと瞬時に視線を走らせるとヴァルバロッサが持っていた大剣を床に落としている姿が目に入る、驚愕したような―――――――ショックを受けたような表情で固まっている姿に不審に思ったブレアが声をかけた。
「―――――――どうしたヴァル?」
ブレアの言葉がちゃんと耳に届いていたのかどうかは誰にもわからないが、ヴァルバロッサは震えるように小さな声で何かを呟いている。アギト達にはその声が聞こえなかったが、ブレアの言葉で大体の内容を想像した。
「そうだ、彼等がルイド様と闇の取引を交わした闇の眷族―――――――今では私達の味方よ。
あぁそうだったわね、お前にとってディアヴォロは仇のようなもの・・・彼等が裏で暗躍しているのを渋っていたから
無理もないでしょうけど、とにかく今は―――――――」
「違う、そうじゃない・・・そんなことはどうでもいいっ!
お前は―――――――まさか、本当にそうなのか・・・信じられないっ!」
ヴァルバロッサはまるで重傷を負ったような歩き方で一歩、また一歩と眷族の男に近寄って行った。ヴァルバロッサの様子がおかしいことに気付いたブレアが彼と、眷族の方を交互に見て―――――――それからヴァルバロッサの前に立ちはだかって制止する。
何が起きているのか理解出来ていないアギト達もただ見つめるしか出来なかった、オルフェに至っては4軍団の方に完全に隙が出来ているので今の内に攻撃を仕掛けようと目論んでいたが、それをもう一人の眷族が睨みを利かせることで躊躇っている。
フードを目深に被っているので目が合うどころか顔すら見えなかったのだが、男の隣に立ちすくんでいる眷族が放つ殺気のようなものがオルフェに攻撃をさせなかったのだ。
すると男の眷族がヴァルバロッサの方に向き直り、両手を広げた。
「あぁ―――――――そうだよ、僕だよ。
こうして戻ってきたんだ、ディアヴォロ様のお陰で・・・僕は還って来たんだよ―――――――父さん。」
「―――――――っっ!?」
男がそう言い放つと片手でフードを取り去り、顔を見せる。最初に見えたのは髪―――――――少し紺色に近い青い髪が見えた。それから死人のように蒼白な顔色、歳の頃は17~8歳位で綺麗に整った顔をしていたが、他人を見下すような―――――――侮蔑や皮肉を込めた笑みがそれを台無しにしていた。
青い髪―――――――それだけで驚くには十分であった、しかし真実は更に残酷だった。眷族の男の顔をその目で見た瞬間、フィアナを除く4軍団全員が凍りついたように目を瞠っている。それからヴァルバロッサは床に膝をついて、声を震わせた。
「――――――――――――――ジークっ!」