第271話 「クジャナ宮」
アギト達はサイロンの指示に従ってフロアの中央にある魔法陣の中に入ると、そこでザナハが呪歌「オーヌ」を口ずさんだ。呪歌を紡ぐことにもう躊躇いや恥ずかしさはないのか、ザナハは心を込めて歌い上げると魔法陣が発動し淡い光を放つ。
するとサイロンは魔法陣に入らず見送る姿勢を取っているのでアギトが不思議に思った、ここまで来ておいて一緒に首都へ向かわないと言うことはないだろうと思ったからである。しかしサイロンは他にやることがまだ残っているからとアギト達に先に行くように告げた。
「余のことなら心配いらんよ、ドラゴン化すれば首都までひとっ飛びじゃからのう! 用事が済んだら余もすぐに首都へ
向かうから―――――――頼んだぞ?」
扇子を広げたまま手を振る仕草をすると、移動用シグナルゲート―――――――つまりクリムゾンパレス直行型のトランスポーターが発動してアギト達は魔法陣から姿を消した。それを最後まで見届けるとサイロンの眼光に鋭さが増し、フロアの天井部分に目をやった。
「・・・今すぐそこから出してやるぞ、ジョゼよ。」
サイロンがそう口にすると右手にマナを込めて衝撃波のようなものを天井に向けて発すると、パンっという音と共にそれまで何もなかった場所から突然ジョゼの姿が現れてゆっくりと床に下りて行った。少し疲労しているのかジョゼはそのまま床に膝をついてふらついているので、塔の外に待機している他のドラゴンを呼ぶサイロン。
「なんと・・・お主、能力を使ったのか!? お主の能力は特殊過ぎる故、非常に危険なものなのじゃ。
そう易々と使うものではないとルイドも言っておったじゃろうが。・・・どれ、手を貸してやろう。立てるかの?」
サイロンが優しく声をかけながらジョゼに手を貸してやる、するとジョゼは血の気の失せた顔でサイロンを真っ直ぐに見つめると懇願するように詰め寄った。
「サイロン様・・・っ、あたしも―――――――あたしもクリムゾンパレスに連れて行ってください!
兄の真意を―――――――っ! リュート達が一体何をしようとしているのか、サイロン様なら何か知っているんでしょう!?
どうかあたしも一緒に連れて行ってください、このままじゃ本当にディアヴォロが―――――――っ!」
ジョゼは殆ど泣きそうな眼差しで願い出た、しかしサイロンは憂いを帯びた表情をするだけで決して聞き入れようとはしない。そして彼女の方にそっと手を触れると宥めるように、優しく言い聞かせる。
「ジョゼよ、ルイドの気持ちを察してやるがよい。お主がクリムゾンパレスに行った所で辛いものを見るだけなんじゃぞ?
ディアヴォロの核を受け入れたルイドに待っているのは、ディアヴォロに完全に支配され操られるだけの眷族と成り果てるか。
あるいは闇の戦士としての使命を全うする為に光の戦士に打ち倒されるか、この二択しか残されておらんのじゃ。
どの道お主には辛い現実じゃ、ルイドにわずかな希望も残されておらん。それがわかっていてあやつはあの道を選んだ。
―――――――皆に憎まれ、悪を演じ、再び世界を脅威のない安寧に満ちた世にする為に・・・。
そしてジョゼ、その優しい世界でお前に生きていて欲しいと―――――――ルイドは願った。
かつて自分の命よりも大切に思っていた片割れを失ったルイドは、たったひとつ守るべきものの為に全てを捧げて来た。
その為なら何を犠牲にしても後悔はないとあやつは言うておったが―――――――、あやつの中にはまだ『人の心』が残っておった。
結局何ひとつ捨てられず、ここまで来たんじゃ。
ルイドの捨てられなかった大切な者、その中にはお主も含まれておる。
これから復活しかけたディアヴォロの影響で世界は混乱するじゃろう、人型の眷族が暗躍している以上過酷な状況である
ことに変わりはない。
じゃがそれでもルイドは世界を壊した―――――――、言葉通りに次元の歪んだ世界を壊し・・・再び1つの世界へと導いた。
ディアヴォロの脅威に晒されることは百も承知だったが、そうすることでしか世界を本当の意味で平和に導くことは敵わん。
今すぐに受け入れろと言っても無理な話じゃが、ルイドからお主のことを任されておる。
余は闇の戦士の末路を見届ける役割がある故、一緒に里へ帰ることは出来んが里の者がお主を安全に連れて行くと
約束しようぞ。」
そう言うと先程サイロンに呼ばれたドラゴンが人型に戻ると、ジョゼの方に手を差し伸べている。ジョゼは焦燥し切った顔で龍族の男とサイロンとを交互に見つめる。
まだ納得の出来ないジョゼはサイロンにしがみついたまま男と共に里へ連れて行かれることを良しとしなかった、拒絶するようにジョゼはもう一度―――――――神経を研ぎ澄ませる。
それを見たサイロンは素早くジョゼに強い衝撃を与えて気絶させた、そのままぐったりと倒れる体を支えて龍族の男にジョゼを預けるとサイロンは小さな声で謝罪し、それから目線だけで命令を与えると男は頷き―――――――再びドラゴンの姿になって退化した小さな両手でジョゼを抱えて飛び去って行った。
「悪く思わんでくれのう、ジョゼ。
ルイドはお主の存在がディアヴォロに知られるのを何より恐れておったのじゃ、それこそ―――――――アンフィニ以上にな。
こんな形で連れて行きたくはなかったが、お主が完全に覚醒してしまえば余ですらその能力に抗うことは出来ん。」
そう呟くとサイロンも自らドラゴンに姿を変えて、アビスグランドの首都クリムゾンパレスへと飛び立って行った。途中アビスの大地にはびこっている眷族と戦っていた龍族の戦士達と共に戦闘していたハルヒを発見すると、滑空していって素早くハルヒを自分の背に乗せ再び高度を上げた。
ハルヒは2メートル程の大剣を鞘に納めるとドラゴン化したサイロンに大声で話しかける。
「若様―――――――、本当にイフォンは首都にいるのですか!?
オレがついていながらみすみす眷族に連れ去られてしまって・・・っ! でもイフォンが連れ去られてほんの数時間しか
経過していませんが、本当にそんな短時間でここまで移動出来るものなのでしょうか!?」
ハルヒの言葉にサイロンが地上に広がる景色を眺めながら、急いではいるがハルヒが風圧によって背中から落ちない程度にスピードを微調整しつつ質問に答える。
「眷族の中にはあのゲダックと同じような空間転移を可能とする技術を要する者がいると思っていいじゃろうのう。
でなければ特殊な次元に存在する里に専用のトランスポーターも使わず自由に行き来するなど考えられん!
じゃが空間転移に必要なマーキングさえしていれば、里とアビス間を移動するのは容易じゃ。
恐らくイフォンを連れ去った眷族は、同じようにブロンドの少女をさらいに来たあの眷族とどこかで合流し空間転移した
と考えていいじゃろう。
どちらかが里と深い関わりを持つ人物である可能性が高い。」
サイロンの言葉を聞いたハルヒは当然焦る心を抑えられなかった、それはサイロンも同じ気持ちであり一刻も早く大切な付き人を取り戻す為にと、―――――――二人は急いで首都を目指した。
一方闇の塔にあった移動用シグナルゲートでクリムゾンパレスに到着したアギト達は、とても静かなフロアに立っていた。そこには大きなソファがひとつ―――――――他には何もないという殺風景な室内であった。闇の塔と繋がっていたシグナルゲートの魔法陣はこの部屋の中央に現れており、役目を果たすと放たれていた光が消えて行く。
オルフェが外を見渡せるテラスの方へと歩いて行くと、何かを察したように小さく呻いた。
「ここは―――――――恐らくクジャナ宮の最上階でしょう、外の光景には見覚えがあります。
首都にも何体か魔物型の眷族がいますね、これ以上眷族が数を増やす前に元となるディアヴォロを何とかしなければ。
先の大戦で『マナ天秤の間』がある手前まで侵攻したことがあります、話によるとその付近にディアヴォロが封印されている
『隔壁の間』があると聞きました、私達が目指すのはその場所です。
つまりこのクジャナ宮の最下層になりますから今すぐ向かいますよ、全員抜かりなく―――――――いいですね?」
オルフェの号令に従いアギト達は部屋を出るとおもむろにミラが小さく口にした。
「大佐―――――――、確かリュート君から聞いた話によるとルイドを閉じ込めた場所はクジャナ宮の女王の間だと・・・。
ここがクジャナ宮の最上階だとすると、今私達がいた場所はルイドを封印する為に使われた女王の間ということに
なりませんか・・・!? なら閉じ込められているはずのルイドは一体どこへ・・・!?」
ミラの疑問に全員が注目した、それからオルフェはもう一度女王の間であるフロアを見渡し見落としがないか注意深く瞠った。すると出入り口である扉が魔法か何かで無理矢理開けられたような跡が残っている。
「・・・封印を無理矢理破って出て行った、とも取れますが。どうにも腑に落ちませんね。」
(まるで封印を破って逃げたと、―――――――演出しているような感じがしてなりません。)
具体的なことは口に出さず心の中でそう呟くと、オルフェはこれ以上ここで何かを調べようとしても無駄であると察して最下層へ向かうことを優先させた。仕切りにアギトの様子に気を配りながら、所々で発見した魔法陣を調べ―――――――それがクジャナ宮の中を行き来する為の装置であることがわかり起動を試みる。
「なぁ、もうここってルイドだかディアヴォロの眷族だかが占拠してんだから侵入者であるオレ達が簡単に動かせるとは
思えねぇんだけど?」
もしこの魔法陣を簡単に起動させて最下層へ向かうことが出来るなら苦労はないとアギトは思っていた、大体ラストダンジョンというものは何かの仕掛けが施してあったりなかなか先へ進めないようになっているのがセオリーである。しかし一通り女王の間があるこの階を調べ尽くしたが階段らしきものは全く見つけられなかったので、他の階に移動することが出来そうなこの魔法陣を調べて起動させる他なかった。
オルフェは描かれている魔法陣の解析をしながら新たに魔法陣に文字を刻んだり、アギトの目からは何をしているのかわからないようなことを色々と試している様子である。
およそ20分程で魔法陣の起動に成功し、今までうんともすんともいわなかった魔法陣が光を放つ。オルフェによる解析が見ていてとても退屈、かつつまらないと感じていたアギトは廊下にあった窓から外の様子を窺ったり、眷族の動きを観察したりしていたが解析が終わって起動させると即座に魔法陣の中に飛び込んだ。
「ほら! 動かせるようになったってんなら早く行こうぜ!」
「でもこれ、起動したのはいいけどどうやって指示するの? トランスポーターみたいに場所をイメージするにしても
あたしやアギトはここに来たことないからうまく移動出来るのかしら?」
ザナハが不安そうに告げる、ザナハは今まで来たことがない世界にある色々なものを見て、触れて―――――――とてもじゃないがどんな効果があるのか、どんな危険があるのかわからない状態にあったのでとても慎重になっていたのだ。しかしそんな中・・・得体の知れない魔法陣の中に何の躊躇もなく入って行ったアギトに、ザナハはつくづく慎重さが足りないと溜め息をつきながら呆れた表情のまま、ザナハはオルフェを見据えた。
「いえ、確かここの魔法陣は私達のトランスポーターとは勝手が違ったはずです。
操作方法が10年前と何も変わらないのなら・・・。」
そう言いかけてオルフェは全員魔法陣の中に入るように指示し、全員が入ったのを確認すると続きを話した。
「行きたい場所の名前を告げるだけで移動出来るはずですよ、―――――――最下層へ! みたいな感じで。」
オルフェがそう告げた瞬間、突然床が抜けたような浮遊感に襲われて胸が気持ち悪くなる。しかしそれも一瞬の出来事であり、閉じた目を開けるとそこは先程までとは全く違う場所に変わっていた。
一瞬で移動出来ることに多少慣れていたアギトであったが、それでもこんな不快感を伴う移動の仕方は初めてだったので戸惑いは隠せない。ぞろぞろと魔法陣から出て行くと、さっきまで暗闇に包まれていた空間に突然明かりが差し込んだかのようにフロア全体が明るくなって見渡しが良くなった。
アギト達が現れたと同時に明るくなったことで、どこか待ち伏せされたような気分になって来る。
最下層はとても建物の中とは思えない程広く、まるで別の世界に迷い込んだかのようだった。アギトは口をぽかんと開けたまま上の方を見上げていると突然フロア内に声が響いて来て、咄嗟に進行方向にある通路の方へと視線を走らせる。
「―――――――お前等っ!?」
そこには以前見たことがある人物が立っていた、赤と黒を基調とした刺々しい鎧に身を包んだ茶髪の屈強そうな戦士、オレンジ色のウェーブがかった髪に射抜くような鋭い眼差しをした女性、緑色のローブを纏った白ひげの老人―――――――、そしてブロンドのツインテールにゴシック系の黒いドレスを着た幼い少女。
彼等の姿を目にしたアギト達は反射的に構える姿勢を取って、臨戦状態のまま睨みつける。
「ゲダックにヴァルバロッサ、ブレアに―――――――なぜフィアナがこんな所にいるんです?
お前は若君に頼んで龍神族の里にかくまっていたはず、性懲りもなく私の命を狙いに来たのですか!?」
しかしフィアナはオルフェよりもその傍らでぬいぐるみを構えている少女、ドルチェの方を睨みつけていた。そしてオルフェの問いにはヴァルバロッサが答える。
「我等は足止め役――――――ルイド様が悲願を達成する為に、双つ星の戦士であるリュートと共に隔壁の間へと向かわれた。」
続けてブレアが銃を構えながら言葉を発した。
「お前達にルイド様の邪魔はさせない! この先へ進みたければ我等の屍を越えて行くことねっ!」
二人の厚い忠誠心とはかけ離れた冷静さを保ちながら、ゲダックがやれやれという面持ちで口を開く。
「ワシはこの先の結末に長年追い求めていた真理があると確信しておる、残念じゃがユリアの弟子とて容赦はせぬぞ。」
そして最後にフィアナが―――――――、すでに外見上では6歳程度にしか見受けられない姿にまで退化した彼女がドルチェを睨みつけながら告げる。
「あたしはあたしの願いを叶える為に、あたしがあたしで居続ける為に―――――半身であるあんたを殺すっ!」
それぞれの思いを胸にヴァルバロッサは巨大なバスターソードを、ブレアは両手に拳銃を、ゲダックは光の収束と共に出現させた杖を、フィアナは不格好な人形に魔力の糸をはわせてアギト達に戦いを挑んできた。
当然この先を目指すアギト達も武器を取り出し対峙する、彼等を目にした時は説得を試みようかとも思ったがそれが無駄であると瞬時に悟って、もはや戦い以外に方法はないことを察した。
彼等の瞳には強い意志が込められていたのだ、生半可な説得の言葉では揺らぐことのない固い意志が。
「くそ・・・っ、こんなことしてる場合じゃねぇのにっ!
何で戦わなくちゃいけねぇんだよ、どうしてわかり合えねぇんだよ・・・っ!!」
そんなもどかしい思いを抱きながら―――――、アギト達は4軍団達との最後の対決に真っ向から臨んだ。