第270話 「戸惑い」
サイロンの制止を聞かずにドラゴンの背に乗ってクリムゾンパレスを目指したベアトリーチェ、数頭のドラゴンがサイロンの命令により後を追ったが恐らくベアトリーチェの勢いから説得するのはかなり困難だと察したオルフェは淡々とした口調で、現在塔に残っている仲間達に行動すべき内容を告げた。
「ともかく私達はこの惨状の原因になっている元―――――ディアヴォロの完全廃棄に専念するとしましょう。
あのまま女王を追って説得しようにも、ディアヴォロの本体が眠るここアビスグランドでは何を言っても無駄に終わります。
それならいっそ眷族を生み出す親である本体さえ叩いてしまえば、全てが終息して万々歳。
女王には悪いですが後を追った龍族に女王のことは任せて私達はこのままクリムゾンパレスを目指すとしましょう。」
ハッキリとし過ぎている決断を下す時はいつも笑みを交えて話すオルフェであったが、今の彼に笑みはない。アギト達の目の前に居るのは残酷な決断をあっさりと下すことが出来る軍人の顔をしていた。
そんなオルフェの真剣な顔にアギトもシリアスになる、そして今話した言葉に疑問を感じたアギトは緊張して張りつめた空気を壊さない程度に質問を投げかけた。
「オレ達もクリムゾンパレスを目指すって―――――、さっきの・・・何だっけ? アビスの女王か?
そいつも同じ場所を目指してんだろ? だったら結局のところ同じ場所を目指すんだから後を追うことになるんじゃねぇの?」
アギトの言うことはもっともだと思ったザナハがうんうんと大きく頷きながらオルフェの返答を待つ、するとそれにはサイロンが代わりに答えた。扇子を広げて顔の前に当てたまま、未だに明後日の方向を向いたまま――――――少し落ち着きのない様子で説明する。
「グリムが言いたいのは闇の塔に隠されている装置を使いたいと、そういうことなんじゃろ?
覚えておるか、光の塔で余がシグナルゲートという装置を使って全世界に実況生中継したことを。」
「でもあれは何かの鏡を各国に設置して、映像と声を届ける為だけの装置でしょ?
それが一体何の関係があるって言うの!?」
ザナハが首を傾げながら訊ねる、するとサイロンは闇の塔の最上階―――――――ちょうど真ん中に位置する場所に直径4メートル程の大きさがある魔法陣を指さして答えた。
「これを見よ。」
そう言われて全員が魔法陣の側まで移動して、じっと見つめる。魔法陣の模様などを見て何かがわかったのか―――――――ミラは何かを察したようにハッとした表情になってサイロン、そしてオルフェの方に目線で合図をしている。しかしアギトやザナハに至っては魔法陣に関する知識がないせいか―――――――互いに顔を見合せながら続きの説明を急かすように態度で訴えた。
「レムとアビスが表裏一体の関係であるのと同じように、塔自体も表裏一体―――――――。
つまりこれもシグナルゲートの一種なんじゃ。
ただしこれは移動用の魔法陣、同じ闇属性であるクリムゾンパレスへしか直結しておらんのじゃよ。」
「え―――――――それじゃさっきのアビスの女王、わざわざドラゴンに乗って行かなくたってこれを使えば・・・?」
「うむ、一発で首都へ行けた!」
一瞬だけ沈黙が走る、しかしこんな所で時間を食うわけにはいかないアギトはすぐさま空気を立て直す為に慌てて言葉を続ける。
「と・・・とにかく、オレ達はこれを使えば一瞬で首都に行けるんだな!?
それじゃもしかしてリュートもこの魔法陣で首都に行ったって可能性も・・・っ!」
リュートは闇の精霊シャドウと契約を交わす為に一度この場所へ来ている、しかもアギト達がこの場所に辿り着いた時には姿がなかったのでもしかしたら一足先にこの魔法陣を使ってディアヴォロのいるクリムゾンパレスへ向かったかもしれないと思ったアギトは少しだけ・・・リュートにすぐ追いつけるかもしれないという期待と―――――――世界最大の敵であるディアヴォロの元へリュート達だけで向かったという不安がよぎった。
しかしその言葉はすぐさま否定される。
「いえ、恐らくリュートはこの魔法陣を使用出来なかったでしょうね。」
「―――――――な、なんでだよっ!?
だってリュートは闇の戦士で、ここはあいつの領域ってことになるんだろ!?」
アビスグランドは闇属性の土地、つまり闇の戦士であるリュートのテリトリーのようなものだとアギトは認識しているがそれは少しだけ意味が違うとオルフェが訂正しながら理由を話した。
「光の塔にあるシグナルゲート起動には何が必要だったか、もう忘れたんですか?
それはアンフィニの力・・・そう、つまり呪歌が絶対的な鍵となっているんです。
光の塔と闇の塔が表裏一体の役割を果たすというのなら、この移動用魔法陣を起動させる鍵も呪歌が必要になるはずです。
しかし闇の神子はアンフィニではないし呪歌も使えない・・・、リュートがこの魔法陣を起動させることは不可能なんですよ。
つまりリュートは別の、何らかの方法で首都へ向かったと考えていいでしょう。」
オルフェの言葉にアギトは確信させられた、やはりリュートが向かった先はディアヴォロが眠る首都なんだと。しかしリュートがこの魔法陣を使って一瞬で首都へ行ったわけではないとわかって少しだけほっとしていた、もしこの魔法陣を使っていたとしたらあれから相当な時間を要している。
光の精霊ルナの話ではリュート達はアギト達とほぼ同時刻にシャドウの協力を得ているということだ、そしてその後すぐに首都へ移動したというならアギト達が今からこの魔法陣を使って一瞬で首都へ到着することさえ出来れば、リュートに追いつくことも可能かもしれない、―――――――アギトの心の中に希望が見えた。
「小難しい説明はもういいって! とにかくリュートが首都へ行ったってんならオレ達も早い所首都へ行って、それから
リュートと合流してディアヴォロぶっ倒せばいいだけの話なんだろっ!?
こんな所でくっちゃべってないでさっさと魔法陣起動させて首都へ行こうぜ!
大体世界が1つになったってことは今アビスグランドにはびこっているディアヴォロの眷族も、もしかしたら大陸渡って
レムとか龍神族の里とかに行っちまう可能性だってあるんだろうが!
世界中が眷族で溢れちまう前に、オレ達でちゃっちゃと親玉やっつけちまおうぜ!」
焦燥すら入り混じったアギトの勢いにオルフェが落ち着くように諫めると思いきや、それに素直に応じてザナハに向かい呪歌を歌うように促した。
ザナハも呪歌が必要だという話が出た瞬間から準備をしていたのか、すぐさま呪歌を紡ぎ―――――――魔法陣を起動させる。
それを見つめながらオルフェは黙ったまま、魔法陣を見つめているアギトへと視線を移す。
(リュートと合流してディアヴォロを倒すだけ・・・、皮肉にも最終的にはそういうことになるでしょうね。
まぁ正確にはリュートと合流する前に、ディアヴォロの2つ目の核に寄生されているルイドを倒してから・・・ということに
なりますが・・・、ここからが本当の正念場です。
若君の話によればルイドはどうやらディアヴォロの人型の眷族と繋がっている、実際には何を企んでいるのか憶測ですら
当てになりませんが・・・楽観視も出来ません。
フィアナとイフォンという少年を使って何をしようとしているのかわかりませんが、私達の計画に変更はない。
少し心が痛みますが、アギトには双つ星としての使命を果たしてもらわないといけませんからね。)
オルフェはじっとアギトを見ていた、見つめながらなぜかオルフェの脳裏にアギトと初めて会った時の記憶や共に修行をした記憶が蘇って来る。まるで死に際の走馬灯のように不本意ながらアギトと過ごした日々を思い返して、少しだけ―――――――ほんの少しだけ自分の中で何かが変わったような気さえ感じていた。
他の誰かに愛着を感じるようなことはない、ましてや興味を持ったり好意を抱くなど―――――――それこそ心から尊敬する師や長い付き合いである友以外にそんな感情を抱くようなこと、オルフェには全くないに等しい感情だった。
短絡的で落ち着きがなく感情的、飲み込みが早いと思いきや考えていることは非常に単純で頭が悪く、簡単な魔術の一つ習得するのに数カ月も要する程の不器用さ、平和過ぎる世界でぬくぬくと育ってきたところから、一人で生きて行く処世術もなく魔物にすら同情する程の甘さ、―――――――どれを取ってもオルフェが受け付けることのない全く真逆な存在であるアギト。
しかしその反面、ジャックを思わせる程の人の良さと頑固な性格、簡単に弱音を吐きながらも決して諦めようとしない根性、そして大切な友の為ならどんな苦労もいとわない、普段の態度から歪んだ性格の持ち主だと思われるがその実は、どこまでも真っ直ぐな思いを貫こうとする意志の強い少年・・・。
オルフェ自身、アギトと初めて対面した時―――――――絶対に自分にとって身近な存在になどなり得ない人間だと確信していた。
元々他人とは絶対的な距離を保つオルフェにとって、特定の人物以外に心を許す人間が増えるようなことはない―――――――しかしそれが覆されるとは自分でも予想だにしなかったことだ。
今でもその感情が気のせいだと思っている、ただ単に過ごした時間が他の人間より少しだけ長かっただけで―――――――戦いの終わりが近付くにつれて、それに合わせて少しばかり感傷的になっているだけなんだと・・・。
だが心のどこかで何かが痛む、こんなことは自分の手で師を殺して以来―――――――殆ど初めてのことだ。
一瞬でも気が緩めば口が滑りそうになる、辛い思いをさせたくないという誤った行動に出そうになる。
自制心でとどまってはいるが、何かの拍子にその自制心が崩されてしまったら―――――――感情的に動くことなど有り得ないオルフェですら迷いが生じる可能性が出て来ていた。
なぜかアギトを見ていると自分の調子を崩されてしまう、そんな気持ちにさせてしまう力が彼にはあった。オルフェはメガネの位置を直すフリをしながら無理矢理笑顔を作る。
そして再度自分に言い聞かせる、―――――――これはただの気の迷い。
数億年にも渡る果てしない戦いに遂に終止符が打てるかもしれないという歴史的瞬間に、今自分が立っていることで気持ちが高ぶっているだけなんだと、オルフェは強く自分に言い聞かせた。
私が全く興味のない他人に対して同情を・・・?
馬鹿馬鹿しいと一蹴する、そして再び自分を作る。
非情に、冷徹に、任務を確実に遂行するだけの軍人に、今までの自分であるように、―――――――そう徹した。
胸の痛みに目を逸らす、目の前のことだけを考える―――――――果たすべき目的だけを見据える。
そうすることで痛みが和らぐ、余計なことを考えないで済む、―――――――迷わないで済む。
―――――――そう、もう迷わない。
これは世界を救う為、何に重きを置くか天秤にかけただけのこと・・・何を迷う必要があるのか。
個人の感情に囚われ誤った選択をするは愚の骨頂、それは精神的に未熟な子供のすること――――――幼き頃から余計な感情を取り払ってきた自分には無縁なもの・・・。
何が最も大切か、何を優先すべきか、何を目的に行動するべきか、それはハッキリしている。
だからこのまま進むだけ、その結果アギトに恨まれようと―――――――憎しみから剣を向けられようとその覚悟は出来ている。
この選択をした瞬間から心は決まっていた。
「―――――――準備は出来ましたね? それでは私達も首都へ向かいましょう。
世界最大の敵であるディアヴォロが眠る地、クリムゾンパレスへ・・・!」
そこで全ての決着をつける為に――――――――――――――!