第266話 「ジョゼの気持ち、セルシウスの想い」
< アビスグランド 闇の塔 最上階にて >
闇の精霊シャドウの作り出した魔法陣によってジョゼは閉じ込められていた、目の前でリュート達が自分を残したまま次々とフィアナの召喚したガルーダの背に乗り込んでクジャナ宮へと向かう。彼が―――――――兄が何を考えているのかわからない、一度は疑った兄のことをもう一度信じようと心を開いた直後にこの仕打ち。ジョゼは胸が締め付けられるような思いだった。そしてようやく気付く―――――――自分の本当の気持ちに・・・。
(―――――――そうだったんだわ、あたし・・・ルイド兄様を失うことが怖かっただけなんだ。
だからあたしはルイド兄様と共に逝きたかった、そうすれば一人だけ取り残されることがないから・・・っ!)
自分の思いに気付いてももう遅かった、ジョゼは何度も自分の中に秘められた『忌まわしき力』を使ってこの魔法陣から抜け出そうと試みる。しかしなぜかこの魔法陣にジョゼの力が通じない、そんなことは有り得ないと何度も何度も集中した。しかしそれでも魔法陣の効力が失われることなく、ジョゼは遂に疲労でうずくまってしまう。息を切らしながらジョゼは意識を研ぎ澄ませながら呼びかける。
「セルシウス―――――――聞こえているんでしょう? あなたと契約を交わしたマスターであるあたしの呼びかけに応えて!」
するとすぐに応答があった、姿を見ることは出来ないがセルシウスはジョゼの精神世界面から直接声を送ることで会話する。
『ジョゼ、我が主―――――――。』
「セルシウス、これは一体どういうことなの? あなたなら何か知っているんでしょう、それを全て話してちょうだい!
それからあたしをこの空間から出す方法を教えて、闇の精霊シャドウに仕えるあなたなら・・・!」
しばしの間、そしてセルシウスは氷の精霊の如く―――――――冷たい口調で淡々と言葉を返す。
『その命令には従えない。』
「どうしてっ!? 精霊は契約を交わした神子に忠誠を誓ってその命令を遂行する義務があるはずよっ!?
それを破るということはつまり、精霊として堕ちた存在になってしまうということなのよ!?お願いだから今すぐあたしを
ルイド兄様の元へ導いてちょうだい!」
ジョゼは出来る限り声を荒らげながらセルシウスに懇願した、しかしそれでもセルシウスの答えは変わらない。何度も声をかけるが結局この魔法陣から出る方法を教えてもらうことが出来ず、遂にはセルシウスの声に静かな怒気が混じってジョゼを一喝した。
『確かにあたしは闇の神子であるお前と契約を交わした、だが誤解しないでほしい・・・。
契約を交わした神子の命令に従うのは確かに我等精霊の義務となるが、それ以上に優先するべきことがあたしにはある。
マスターである神子の命令以上に―――――――あたしは上位精霊であるシャドウ様の命令に服従する義務があるのだ!
シャドウ様の命令はマスターの命令以上の力があり、我等下位精霊にとってそれは絶対的なものとなる。シャドウ様の許し
なしにお前をそこから出してやることは出来ない。―――――――どうかわかってほしい。』
セルシウスの声には怒気と共に憂いが込められていた、契約を交わした時からジョゼはセルシウスのことをただの『契約を結んだ精霊』というだけの存在として見ていなかった。どことなく自分との共通点を、ジョゼはセルシウスの中に見出していたのだ。
自分の感情を殺し、己の意思を抑え込むように・・・自分に与えられた責務をただ果たそうとするだけの存在、それはジョゼがこれまで生きてきた中で刷り込まれてきたものと非常に似ていた。単調に自分の使命を果たすことだけを最優先させる抜け殻のような人生、しかしルイドとの出会いによって空っぽ同然だったジョゼの中に『心』と『感情』が芽生えた。
そしてセルシウスもまた、契約を交わしてから共にジョゼと過ごす内に少しずつだがお互いに打ち解け合ったと思っていた、ただひとつだけジョゼの存在を大きく上回る存在―――――――闇の精霊シャドウという存在が、セルシウスの全てを支配する。
セルシウスは他の精霊と異なりシャドウの命令に従順であった、そして今もシャドウがジョゼを魔法陣の中に閉じ込めている行為に逆らうことなく従っている。ジョゼの命令を聞くこともなく―――――――セルシウスは契約主に背いた行為を行なっているのだ。
「セルシウス―――――――っ!、あなた・・・そうまでしてシャドウに尽くすというの!?」
ジョゼは契約を交わした精霊にすら見放され、絶望の淵に立たされていた。このままでは兄の命は光の戦士によって絶たれてしまう。そして自分は兄と共にディアヴォロを倒す為に果てることが出来ず、一人この世界に取り残されてしまうのだ。
瞳を潤ませ、ジョゼの両目から涙が溢れる。悔しさから・・・悲しさから、ジョゼは最後の最後まで兄の役に立つことが出来ない自分に失望していた。そんなジョゼの様子を窺い知っているのか、セルシウスの声は深い悲哀に満ちていた。
『―――――――どうか許してほしい、ジョゼ。
そしてわかってほしい、あたしは―――――――お前を死なせるわけには・・・っ!
・・・死んでほしくはないのだ、これだけはあたしの本心だから・・・。
これは・・・シャドウ様の命令だけではなく、あたし自身が望んでいることでもあるのだ・・・っ!』
セルシウスの本心の言葉にジョゼの涙は更に溢れ、名前を呼び続けたが―――――――それ以上セルシウスがジョゼに応えることはなかった。うなだれるようにジョゼが両手をついて泣き崩れていると、突然闇に閉ざされていた周囲に光が差し込んで来て驚いたジョゼは涙を浮かべたまま顔を上げた。すると精霊の祭壇が激しい光を放ち―――――――やがてその光の中から人影が現れて、ジョゼは目を凝らして何が起きているのか息を飲みながら見つめ続けていた。
現れた人影は4人―――――――、淡いピンク色の髪をした少女に金髪の女性と、同じく金髪の少女・・・。そして青い髪をした少年が祭壇の間に現れて周囲を見渡していた。
ジョゼは不意にリュートの言葉を思い出す。
『もうすぐここへアギト達が現れるだろうから―――――――』
「もしかして彼等が―――――――レムグランドの光の戦士と、神子!?」
ジョゼはまるで希望の光を見たように立ち上がると、見えない壁に閉ざされている魔法陣の中で必死に叫んだ。見えない壁を叩きながら少しでも物音が、声が聞こえるように。
「お願いっ! あたしの声を聞いて! リュート達はクジャナ宮へ向かったから早く追いかけてっ!
でないとこのままじゃルイド兄様が―――――――っ、兄様がっ!
お願い・・・っ、あたしをここから連れ出して――――っ!」
しかしリュートの言った通り、ジョゼの姿と声はアギト達の目に・・・耳に全く届いておらずそのまま祭壇の間を出て行ってしまった。それでもジョゼは諦めずに何度も何度も叫び続けた、わずかな希望の光を信じて―――――――。
「お願い―――――――、ルイド兄様を殺さないで・・・っ! あたしだけを残さないで・・・一人にしないで・・・っ!」
最後には声もかすれ、もう何を言っても届かないと察して――――――ジョゼは再び座り込んだ状態になってうなだれた。
もうおしまいだ、――――――何もかも。彼等にすら届かない声が、これ以上一体誰に届くと言うのだろうか。
――――――助けて。
あたしを―――――――一人にしないで―――――――、お願いだから――――――――っ!
アビスグランドに初めて足を踏み入れたアギトは闇の塔の祭壇に辿り着き、そこにリュート達の姿がなくて不審に思った。とりあえず闇の塔を下って行くことにした一行。そんな時―――――――ふと、アギトは誰かに呼ばれているような気がして振り返った。
しかし祭壇の間の中を散々見渡して誰もいないことはすでに全員で確認済みだった、今更振り返った所で誰もいないのはわかっていたはずなのにどうしても何かが気になった。何となく後ろ髪を引かれるような―――――――誰かの存在を感じたような、そんな気がして。
(―――――――やっぱ誰もいねぇよな、気のせい・・・か。)
アギトは首を傾げながら先を進んで行くミラ達に駆け足でついて行った、妙な胸騒ぎを抱えたまま―――――――今のアギトの頭の中にはリュートのことで一杯で、それ以上他のことを考える余裕など―――――――ないに等しかった。