第264話 「言い知れぬ不安」
ザナハの呪歌の力によりアギト達の戦闘能力が大幅に上昇した結果、散々てこずっていたゴーレムを倒し―――――――見事試練をクリアすることが出来た。ゴーレムを倒した瞬間に周囲の景色が荒野ではなく元の場所、光の精霊ルナの祭壇の間へと戻ったので、アギト達は安堵の息を漏らす。
しかし安心するのも束の間、ルナの指示で魔法陣の中に居たザナハは喉が嗄れるまで歌い続けたせいで、床に座り込んでいる状態だった。すぐにミラが駆け寄って治癒魔法をかけようとするが、喉が嗄れただけだから大丈夫だと言って笑顔を務める。
『神子よ・・・、今の気持ちを忘れないで。あなたの信じる心が呪歌を強くし―――――――そして仲間に勇気と力を与えるのです。』
ルナの言葉にザナハは大きく頷いた、その言葉の意味が―――――――重みが今はすごくわかるから。呪歌がどういうものなのか理解した今だからこそ、これが今後どれだけ重要な力になって来るのか・・・その大切さにザナハは気付かされた。そして呪歌の力の解放を望んで導いてくれたルナと―――――――アウラにザナハは感謝した。
「―――――――はい、ありがとうございます。」
『それでは我々、レムに属する精霊はあなた方に協力することを約束しましょう。』
光の精霊ルナとの契約を終えたアギト達は一旦ザナハの元へ集まるが、ミラの指示を待つ前にアギトが焦るように次の行動を急かして来た。
「なぁ! 上位精霊と契約を交わしたから、これでオレ達はアビスグランドへ行くことが出来るんだろ!? だったら早い所
リュート達と合流しねぇか!?」
今すぐにでもアビスグランドへ行きそうな勢いにミラがストップをかける。
「ちょっと待ってください、本来私達の目的はアビスグランドへ行くことが重要ではなかったはずです。私達は上位精霊と
契約を交わした後、元々ラ=ヴァースを復活させる為に動いていました。
ルナの話にあったように完全な復活とまではいかなくても世界を1つにすることが出来るという確証を得た今、私達だけで
それを今すぐ実行させるわけにはいきません。」
「なんでだよっ!?」
「世界の在り方が変わるということ、それは全世界に影響が及ぶことになる。突然世界の環境が変われば何も知らない国民達は
恐れおののく・・・。」
一向にミラの指示に従おうとしない態度に、代わってドルチェが説明した。しかし今のアギトの頭の中は世界を1つにすることが重要ではなく、一刻も早くリュートと合流することが優先されてしまっている。そんなアギトの態度にザナハはまだ喉がカラカラの状態でドルチェやミラの言葉に同意しているザナハは、このまま一方的に威圧的に意見を遮っても言うことを聞かないことはわかっていたので、アギトの言葉にも同意しつつ何とか落ち着かせようとした。
「何をそんなに焦ってるの、アギト。リュートなら大丈夫よ、きっと。」
「きっとじゃダメなんだ!」
殆ど悲鳴に近い必死な訴えに、さすがに不審に思ったザナハが今度は真剣にアギトの言葉に耳を傾ける。
「よくわかんねぇけど・・・、すごくイヤな感じがするんだ。うまく説明出来ねぇけど・・・胸の奥がもやもやしてて、何か
良くねぇことでも起きんじゃねぇかって、さっきから胸がドキドキしてんだよ。
何だか今すぐリュートの所に行かないといけねぇようなそんな気が、あ~~~っくそっ! 何て説明すりゃいいんだよ!」
アギトがイライラしながら心境を説明すると、なぜかドルチェがミラの方に視線で訴え―――――――ミラもそれに応えている。
(双つ星の戦士は元々1つの個体から2つの存在として生まれて来たと・・・大佐が言ってた、その原理をおおよそ理解して
それをコピー技術に組み込んだことも姉さんが前に話していた。
コピー技術の被験者であるドルチェの様子からいって、今アギト君が感じている『言い知れぬ不安』ももしかしたら遠く
離れているリュート君の身に何かが起きていると解釈することが出来るわ。
―――――――どうする!? ザナハ姫がこんな状態で今すぐ道を作り、私達だけでアビスグランドへ渡るのはリスクが高い。
かと言ってアギト君に動揺が見られる以上、放置するわけにもいかないし・・・。もしかしたら本当にリュート君の方に
何か問題が起きているんだとしたら・・・一刻の猶予もないような危険にさらされているというのなら!?)
ミラは選択を迫られた、今この場で彼等の命の安全と保証を手に決断を迫られているのはミラなのだ。ここで判断を誤れば誰かが命の危険にさらされる可能性が―――――――ヘタをすれば命を落とすことだって十分に有り得る。
アギトの言う通り、このままアビスへ行くべきか?
それともこちらの体力面に気を配り、一旦引くべきか?
頭の中で必死に状況整理と分析を繰り返しながら最善の方法を模索する、そんな考えの中に一瞬だけ―――――――オルフェの顔がちらついた。いつも余裕の笑みを浮かべ、どんな苦難に直面しても冷静に最善の方法を決断するオルフェ。
その時、ほんの少しだけミラは―――――――オルフェに助けを求めたい気持ちに捉われた。
< アビスグランド 闇の塔 シャドウの祭壇の間にて >
「これは一体どういうこと、―――――――リュートっ!?」
闇の精霊シャドウの精霊の間にある魔法陣の中でジョゼが眉根を寄せながら必死に問う、クジャナ宮の地下のように黒曜石で作られた闇の塔の最上階にあるフロア、その中心にある魔法陣の中にジョゼは閉じ込められている。
シャドウと面会する為に必要な精霊、ノーム、シルフ、セルシウスが召喚されており―――――――彼等の目の前には闇を統べる精霊、全身に縁の部分が赤や金で施された黒い鎧を身に纏い、兜の隙間からは真っ黒いモヤしか見えず・・・まるで黒い闇が鎧を着こなしているような姿をしたシャドウが、宙に浮かんだ状態でリュートを見据えていた。
「9年前―――――――、当時闇の戦士だったルイドがシャドウと交わした約束を果たす為だよ。
この世界に生きているアウラを解放しディアヴォロを倒す代わりに・・・、ジョゼの力がディアヴォロに利用されないように
協力すること・・・それがルイドとシャドウが交わした約束。
シャドウの現マスターは今も昔も初代神子アウラ―――――――ただ一人だけだから、最初からジョゼがシャドウと契約を
交わせないということは・・・ルイドにはとっくにわかっていたんだ、でもシャドウはアウラとの契約により歴代の神子達に
協力するよう行動している。
試練にさえ合格すればジョゼの存在を隠したままでも、十分に事を進めることが出来るんだよ。」
笑みもなく、淡々とした表情でリュートが言い放つ。そしてそんな彼の後方にはまるで忠誠を誓うようにブレア、ヴァルバロッサ、そしてゲダックが控えていた。そんな様子からジョゼは彼等が自分の知らない所で、何かの行動を起こしているということを察する。
師として尊敬していたブレアも、ルイドにのみ忠義を尽くしていたはずのヴァルバロッサも、常に自分の目的を最優先にしていたゲダックでさえもが・・・1つの意志の元、リュートに従っているように見えた。
疑いたくなかった。
しかし、この状況を見て疑いようがない。
ジョゼの表情は一瞬にして陰りを見せ、それから拳を力強く握り締めながら悔しそうに声を漏らす。
「―――――――これも、ルイド兄様の意志なのね?」
誰も、何も言わない。ジョゼの問いに答えてくれない。しかしそれが図星であると把握する。
「お兄様は言ったわ、シャドウと契約を交わしてディアヴォロを倒すことがあたしの使命だって!
なのにどうして・・・!? どうしてこんなことをするの、こんなことをして一体何になるっていうの!?
あたしの力は、あたしの命はディアヴォロを倒す為だけにあるのに・・・その為に今まで生きて来たのに。」
「―――――――だからなんだよ。」
「・・・え!?」
ジョゼがうなだれるように力なく座りこんで思いの丈をぶつけた時、リュートが続けた。かすかな声で・・・小さく呟いた言葉に一瞬聞き逃しそうになったが、ジョゼは何とか耳にして短い声を出す。
「ルイドは、ジョゼにその力を使って欲しくなかったんだ。そのことでジョゼを失いたく・・・死なせたくなかったんだよ。
僕と同じで嘘つきなんだ、ルイドは。
世界を壊してでも、何を犠牲にしてでも叶えたい野望があるって常に言ってたクセに・・・その行動原理は常に大切な者
全てを守ろうとしていた。
最後にジョゼに言ったのも同じことだよ、あらかじめジョゼをかくまう手筈は整っていたのに・・・契約を交わすように
進めておいて、こうやって自分の思惑通りに誘導する。
ルイドはね―――――――、ジョゼのことを本当の妹のように大切に思っていたんだよ。
だから死を望もうとする君のことが放っておけなかった、だからこうして閉じ込めた・・・。
その魔法陣の中に居れば大丈夫だから安心して、その中はシャドウが自在に『無』にすることが出来るようになってる。
『無』といっても存在がなくなるわけじゃないよ? 外界から見えなくするだけだから・・・。
もうじきこの場所にアギト達が来るだろうけど、君の姿は発見出来ない。君の声も届かない。
君はその魔法陣の中で全てが終わるまで、ただじっとして待っていればいいだけなんだ。
僕達はこれからクジャナ宮へ向かい、ディアヴォロのいる隔壁の間へと行って―――――――そこで全ての決着を着ける。
世界にとって色々と不都合な面も出て来るだろうけど、でも・・・闇の塔はシャドウの加護があるから大丈夫。
ルイドは他にも手を打ってるみたいだしね。」
リュートはここから戦線を離脱するジョゼに向かって全てを打ち明けた、シャドウの力によってこの魔法陣から出ることが出来ないジョゼは、今リュートが言った言葉を他の誰かに漏らすことは有り得ない―――――――そう踏んでのことである。
「リュート様、そろそろクジャナ宮に向かわなくては・・・。」
ヴァルバロッサがそう急かすと、リュートは余裕の笑みを浮かべながら塔にある窓の方へと指を指した。全員がそこへ視線を向けると窓の外には数匹のガルーダが空を舞っている。ガルーダは翼を持つ魔物だが、こちらを襲う気配がないことに怪訝に思ったブレアがホルスターから拳銃を抜き取って構えながら窓の方へと近付いて行く。
「ブレア、大丈夫だよ。彼等は僕達の味方だから。僕達をクジャナ宮へ運ぶ為に喚んだだけだから。」
「―――――――喚ぶって、リュート様は魔物使いでは・・・。」
そう言いかけた時、ブレアは言葉を失った。5匹のガルーダの内一匹の背中に乗っている人物を見て、思わず声を荒らげる。
「お前は・・・フィアナ!?」
リュート達をクジャナ宮まで運ぶガルーダを召喚したのは、紛れもなく幼い少女の姿をしたフィアナ本人であった。




