第262話 「アンフィニの呪歌」
光の精霊ルナに与えられた試練によってアギト達は荒野のような場所へ迷い込んだような錯覚を見せられている、そしてミラやドルチェと相談する間も与えられず突然目の前に巨大なゴーレムが姿を現した。恐らくこのゴーレムを倒すことが出来れば試練に合格することになるんだと察したアギト達はそれぞれに武器を持って対峙する、―――――――――しかし。
「なんだよ・・・っ! 全然ダメージ与えられねぇじゃねぇか!」
アギトの剣による物理攻撃、ミラの雷属性の魔術、ドルチェの傀儡による属性攻撃。そのどれもがゴーレムに対して殆ど無力化しているように、与えるダメージはたったの1~5といったところである。この空間では戦闘テロップがきちんと表示されるようでゴーレムのレベルなどを確認したら『レベル64 HP70000』となっている。
「あたし達のレベルが半分になっている。ついでに言うとどんな攻撃を繰り出したとしてもゴーレムに手堅いダメージを
与えるのは困難。正攻法では勝てないようになってると見た方がいい。」
ドルチェが淡々と告げ、アギトは一気に機嫌を損ねてしまう。ゴーレムの攻撃は単調だがかすりでもしたら瀕死の重傷を負ってしまう程の威力があるのは火を見るより明らかであった。そんな時―――――――――ミラはふと、この戦闘にザナハが参戦していないことに気付いてその真意を考える。
「もしかしたら―――――――――これは私達への直接的な試練というわけではなく、ザナハ姫を試すものなのかもしれない!」
アギトはバックステップで軽快にゴーレムの攻撃を回避しながら聞き返す。
「どういうことだよ、ミラ!?」
アギトとミラに推理させる為にドルチェが一時的にライオンのぬいぐるみを取り出してゴーレムの攻撃を引き受けた、目線でオトリ役を買って出たことをアギトに知らせるとすぐさまミラの方へ駆け寄って話を進める。
「つまり現状の私達の能力でこのゴーレムに勝利することは不可能になっているんですよ、最初からね。今この場にザナハ姫が
いないことを考えると恐らく私達への試練が始まる前に魔法陣の中にザナハ姫を誘導したのは、ザナハ姫に呪歌を発動させる
為だと考えられます。ほら、以前あの魔法陣の中に入って若君がシグナルゲートを発動させたでしょう?
つまりザナハ姫があの魔法陣の中で呪歌を発動させることにより、この戦いで援護効果のある呪歌を歌って私達の攻撃力など
を増幅させてゴーレムを倒す・・・といったところでしょう、全て私の憶測ですけど。
でも今の状況から考えるとそれしか考えられません、ですから私達はザナハ姫の呪歌が発動するまでゴーレムの攻撃に耐える
必要があります。呪歌が発動する前に私達が戦闘不能に陥って死んでしまえば話になりませんから。」
ミラの説明にアギトは適当に空を仰ぎながら、大声を張り上げる。
「―――――――というわけだから、さっさと呪歌でも何でも歌え―――――――――っ!」
「アギト君、私達の声がザナハ姫に聞こえてるとは限らないんですけど・・・。」
そうこうしている内にドルチェ一人でゴーレムを引きつけるのが限界に達してしまい、危うくゴーレムの巨大な拳に叩きつけられそうになっていた所をアギトの火属性の魔法、ファイアーボールを連発させることで注意を逸らすことが出来た。
とにかくザナハの歌がアギト達に聞こえて来るのかどうか、その確証はないが何らかの変化が現れるまではこの戦いに生き残らなければならないということだけは理解し、懸命に3手に分かれながら何とか持ちこたえる努力をしていた。
一方、光の魔法陣の中でザナハは仲間がゴーレムにどんどん体力を削られている光景を固唾をのんで見守っていた。しかしただ黙って眺めているわけではない。ザナハは懸命に何度も何度も戦闘に有利になる呪歌を歌い続けていたのだ、喉が枯れるまで。
しかし一向に呪歌の効果が発動することなく、ただの旋律として奏でているに過ぎなかった。ザナハは思う通りに呪歌を発動させることが出来ず、そして同時に仲間の危機に手を貸すことが出来ない自分に焦燥感を抱いている。
「どうして・・・っ!? なんで呪歌の効果が現れないのっ!? ちゃんと歌ってるのに・・・っ、歌詞は完璧なはずなのに!」
ミラから呪歌の修行をずっと受けており、特に難解な呪歌以外は歌詞も旋律も暗記していた。しかしどんなに歌詞通りに歌っても、音程を狂わせることなくメロディーを紡いでも、「ルフガメア」を歌った時のような効果は全く現れない。
やがてザナハは立つことも出来なくなりその場にうずくまってしまう、ザナハの居る場所からでもアギト達の戦闘テロップを確認することが出来る。ゴーレムのHPが全く減っていないのに対し、アギト達は体力の消耗と共に直接ゴーレムからダメージを受けていなくても徐々にHPが減少している。
「このままじゃ・・・ミラ達が、―――――――――ミラ達がゴーレムにやられちゃう!
一体どうしたらいいの!? どうしたらあの時みたいに呪歌を紡ぐことが出来るの!? わからない、わからない!」
殆ど泣き叫ぶようにザナハが混乱する。どんなに頑張っても、どんなに教えられた通りに歌っても自分が求めている効果が全く現れないことでだんだん自信を喪失していってるのだ。
そんなザナハを見つめるルナは、時折声をかけてはアドバイスしてやる。
『呪歌は心、魂の旋律なのです。気持ちを乗せなければ、それはただの歌に過ぎません。』
「そんなことわかってる! でも、だからってどうしろって言うのよ! アギト達が死にそうな目に遭ってるってのに、笑って
歌えるはずがないじゃない! 楽しくなんて歌えない! 気持ちが焦ってしまって、どうしようってそればかりで・・・!
とてもじゃないけど、気持ちを乗せて歌う余裕なんて持てっこないわ! あたしには出来ない、・・・歌えないっ!」
『それでも歌うのが、アンフィニです。
目の前で仲間が死なない為に勇気を与える歌を歌う、士気を高め勝利を運ぶ為に呪歌を紡ぐ・・・それがアンフィニなのです。
アンフィニは常に仲間の心の支えでなければいけません、アンフィニが動揺し迷ってしまえばその不安は歌にも影響を与えて
仲間に伝染してしまう。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、それでも笑顔を絶やさず心で歌い切るのがアンフィニの
強み、呪歌の本来の力の源なのです。あなたの心の強さが、気持ちが、想いがそのまま歌に現れるのです。
今あなたが混乱し、自信を喪失したことで呪歌の発動を妨げてしまっている。それに早く気付きなさい。』
ザナハは両手で自分の肩を抱えるようにしながら、全身の震えを抑えている様子であった。仲間の危機を目前にしながら手を貸すことが出来ず、唯一援護出来るはずの呪歌が発動出来ないことで一層頭の中が真っ白になって行く。
今まで、何を想って歌って来た?
「ルフガメア」を歌った時は、何を想って歌った?
(―――――――――やっぱりわからない、あの時と今との違いがわからない!
今だってあたしはみんなを助けたい一心で、その気持ちを歌に込めて歌ったのに・・・まずはアギト達の攻撃力や魔法力を
上げることでゴーレムにダメージを効率よく与えるイメージ。
そのイメージを歌に込めて歌ったのに、みんなには届いていなかった。
何がいけないの!? どこが悪いの!? 誰か教えて、あたしの何がいけないの!?)
―――――――――その時。
声が聞こえた気がした。
鳥のさえずりが―――――――――。
嗚咽しながら泣き崩れるザナハの耳にも確かに聞こえた、懐かしいさえずり―――――――愛しい存在。
ふと、ザナハはこんな場所で有り得ないとでも言うようにゆっくりと顔を上げる。するとザナハのいる魔法陣の周囲を羽音を立てて飛び回る青い鳥が、淡い光を放ちながらザナハの回りを飛び回っていた。
「どう・・・して!?」
なんでこんな所に!? どうして!? だってルイドは今―――――――――。
青い鳥の姿はルナにも見えていた、怪訝な表情を浮かべながら黙って青い鳥の様子をうかがう。
『なぜこの空間に他者が侵入出来るのです!? それにあれは特殊なマナで練り上げられた魂の欠片・・・?
あんなものを作り出せるのは恐らく・・・。』
青い鳥がひとしきりザナハの周囲を飛び回るとそのまま目の前に止まって、何かを訴えるようにさえずっている。
以前のようにルイドの言葉を運びに来たわけではないのか、青い鳥はチチチっと鳴くだけで特に言葉を発する様子はなかった。
だがそれでも、ザナハにとってはそれだけで十分だった。
見守ってくれてる。
一人よがりかもしれないが、そんな風に思えた。
次第に勇気が出て来る。
もう一度試してみようと言う気持ちになった。
ザナハは瞳の奥に強い意志が再び宿ったように真剣な眼差しになると立ち上がって深呼吸をする、そしてゴーレムに苦戦しているアギト達の方を目にしっかり焼きつけながら―――――――――もう一度呪歌を歌った。
今度は冷静に、だけど心を込めて。
この歌は戦場へ向かう愛しい人へ向けた歌、無事に戻って来るように祈りを込めて紡がれた戦地の歌。
前回ツッコミ入れるの忘れてました。
「誰か、アウラが生きてたことツッコめよ!」
あ~、スッキリした。
ではまた次回をお楽しみください、お願いします。