第261話 「アウラの願い」
やっと・・・、ここまでやっとの思いで辿り着いたアギトとザナハは光の精霊ルナの言葉に驚愕していた。契約を交わすことが出来ないという事実以上に、―――――――――7億年も前に存在していた伝説上の人物に等しい始まりの神子、アンフィニであるアウラが生きていたというのだ。全く予想だにしなかった展開にいつも冷静なミラでさえ動揺を隠せず、うろたえている様子であった。
「そんな・・・、そんなことって!?
一体どういうことなんです、それじゃ今までの神子達はどうやってマナ天秤を操作してきたと言うんですか!?
レムとアビス間で幾度となく繰り返されてきた戦争では、必ず神子が上位精霊と契約を交わした時に出来る『道』を通って
来たはずなのに・・・っ! ルナと契約を交わせないのであれば『道』を繋げることもマナ天秤を操作することも出来ない
はず・・・!?」
確認するように、そしてルナに答えを求めるように―――――――――ミラもザナハと同じ位の位置にまで詰め寄っていた。するとルナは静かな雰囲気のままその問いに答える。
『確かに私や闇の精霊シャドウはマスターであるアウラが生存している限り、他の者との二重契約を交わすことが出来ない
ということになっていますが、アウラは自らのイレギュラーすら予測して前もって私達に願い出ていました。
それは今後この先・・・必ず世界のマナ均衡が崩れることがわかっていたアウラは、マナ天秤を操作する為に後に現れる
神子に協力するようにと、私とシャドウにそう願ったのです。
ですから正式な契約を交わせずとも私はあなた方、神子に協力するつもりです。』
「―――――――――えっ、それって・・・つまり契約を交わさなくてもルナの力を行使することが!?」
ルナの言葉にザナハがもう一度質問した。契約を交わせないという問題が発生したものの、アウラの願いにより神子に協力する形を取っているというのなら何も問題はないはずだと思い、その確認をしたのだ。
「でもそれじゃ結局のところ契約を交わした時とどう違うってんだ? どのみちルナの力を借りることが出来るってことは
契約を交わしたみたいなもんじゃねぇの?」
『私が神子に協力出来るのは、レムグランドとアビスグランドとの間に道を作ることだけです。精霊と契約を交わした時に行使
出来る光属性の高等魔術を授けることと、私自身を自在に召喚することは叶いません。』
「アビスへの『道』を作ることも大事だけど、今あたし達が目指してるのはラ=ヴァースの復活よ。
オルフェ達の話によれば全属性の力が揃わないと世界を再び1つにすることが出来ないって言ってたわ、それはどうなの!?」
『・・・アビスグランドに存在する精霊全てが協力してくれれば、恐らく可能でしょう。
しかし7億年前の世界分割は惑星そのものをゼロから作り直した為に膨大な年数を要しました、その為当時では世界に存在
する生命体全てをかくまう方舟・フロンティアが必要不可欠だったのです。』
「―――――――――世界をゼロから!? 初耳だわ。というより7億年前の記述なんて殆ど正確に遺されていなかったから
調べようがなかったのが実際のところですけど・・・。それでも今の話は世界的な発見どころでは・・・。」
ミラが次々と明かしていくルナの言葉ひとつひとつに驚いているのを無視して、アギト達はずっとルナの次の言葉を待っていた。話の中に『フロンティア』の存在が出て来てアギトはまた、前にも似た名前を聞いたことがあるような気になっていたがこの世界に来てから色々な話や名前が次々出されて、その全てを整理し切れいているわけではなかったのでとりあえず細かいことは半分程度に聞き流していた。
『ですが歪んだ次元を正しい位置に戻す程度で良いのなら、フロンティアがなくともそれぞれの世界を1つの大陸として繋ぎ
合わせるという状態にすれば・・・、かつてのラ=ヴァースと同じ環境を作り出すことが可能です。
その程度ならば私達の力で一時的に次元の精霊ゼクンドゥス殿のお力を借りることが出来るでしょうから・・・。』
口説明では少し小難しく聞こえたが、とどのつまりラ=ヴァースもどきの世界が出来上がるんだと―――――――――そう解釈したアギトはガッツポーズをして声を張り上げた。
「ラ=ヴァースもどきだろうが何だろうが、とにかく1つの世界に全ての精霊が揃うってことなんだろ!?
だったらそれでオレ達の当初の目的は達成出来るじゃねぇか!
ディアヴォロを倒すには1つの世界に全ての属性のマナが満たされてなきゃいけねぇはずなんだから・・・。
なぁ、ルナ! 大陸として繋ぎ合わせた新しい世界なら、1つの世界に全ての属性が揃うんだよな?」
『そうですね、そういうことになります。
ラ=ヴァースそのものということにはなりませんが、少なくとも現状とは全く異なる環境になることは間違いありません。
世界を繋ぎ合わせた時、世界に満ちるマナでそれらを実感することが出来るでしょう。』
ルナの言葉にアギトやザナハはすっかり最初に受けたショックを忘れ、喜び叫んだ。嬉しそうにはしゃぐ二人をよそにまだミラは合点がいかないことでもあるのか難しそうな表情のまま黙りこくっている。
しかしミラの様子に気を止めることもなくアギト達が早速ルナに頼んでアビスグランドへの『道』を作ってもらおうとした時だった。
『それでは光の神子、ザナハ。こちらへ―――――――――。』
ルナは穏やかな表情、静かな口調でザナハをうっすらと光り輝く魔法陣の中へと誘導した。ザナハはそれが『道』を作る為の何かの儀式なんだと思い、言う通りに従う。
ザナハが直径3メートル程の魔法陣の中に入ると、まるでドーム型のバリアが張られたみたいに七色に輝く光の壁に覆われた。
『では・・・、我々が協力するに相応しい器を持つ者かどうか早速試させていただきます。』
「―――――――――――え?」
間抜けな声をもらしながら呆けていると、突然フロア全体が光り出し一瞬にして景色が変わったので全員が驚き戸惑った。先程まで大理石で出来た殺風景なフロアだったのに、いつの間にかアギト達のいる場所が荒れ果てた荒野になっている。
瞬間移動で全く別の場所に連れて行かれたのかと思ったが、頭の中で聞こえる声が自分達に現状を伝えた。
『私ノ力デオ前達ノ脳内ヲ刺激シ、全ク別ノ場所ニ居ルヨウニ錯覚サセテイル。
シカシ幻覚トイウワケデハナイ。試練ハ現実ノモノトシテ行ナワレルカラ、ソコデ受ケルダメージハソノママ受ケル。
ソコデ死ネバ現実デモ、死ヌ・・・。』
「え・・・? ちょっ、試練って受けるのオレ達だけか!? 何でっ!?
光の精霊の試練を受けるのは神子・・・って、別に契約を交わすわけじゃないから今までと勝手が違うってことか!?」
アギトが展開について行けずに慌てながら回りを見渡す、自分の回りにはミラとドルチェしかいない。魔法陣の中に入ったザナハの姿を確認することは出来なかった。
居場所を錯覚させ、なおかつ『ダメージを受ける』という言葉から今から何者かと戦闘が始まるのだと察してミラとドルチェはそれぞれ武器を構える。
二人の素早い判断と行動を見て、アギトもようやく剣を鞘から引き抜くと再び頭の中から声がした。
『あ、マスターよ。その試練では我々精霊の力を行使することが出来ぬから、我がいなくても雄々しく戦うがよいぞ!?』
「じゃかましいわっ! この裏切り者―――――――――っ!」
一方ザナハは光の壁に閉ざされた空間の中で、すぐ目の前にはアギト達の姿があった。魔法陣がアギト達のいる場所より少し上空にあり、まるで空中に浮いた状態で見下ろしているようである。
突然目の前の光景が変わったことにザナハも驚いて、大声でアギト達に向かって何度も叫んだり名前を呼んだりしていたがその声は全く届いておらず、誰一人としてザナハの存在に気付いてもらえなかった。
すると自分と同じ位置に姿を現したルナが先程とは打って変わって厳しい表情になっており、ザナハに試練の内容を告げる。
『かつての神子達はこの試練を受けていません、なぜなら彼女達はマナ天秤の操作のみに命を尽くしたから・・・。
あなた達の歴史でどのように今までの神子の末路が語られているのか存じませんが、私の元まで辿り着いた神子達は全て
自分達の国を愛するが故に、迷い苦しみながらもその命をマナ天秤の操作で使い果たして来たのです。
ですがあなたはこれまでの神子達とは違う、マナ天秤の操作の為ではなく世界を動かす為に訪れた・・・。
何よりあなたにはマナの宝珠があります、アンフィニを宿した・・・マスターと同じ存在。
アウラは懇願していました、次の世に現れるアンフィニを導く為に・・・呪歌の本来の力を覚醒させて欲しいと。
さぁ光の神子ザナハよ、今あなたの目の前で仲間達が恐ろしい魔物に襲われようとしています。
精霊の力を行使することも出来ず、全ての攻撃が半分の力しか発揮されないこの空間で、彼等が生き残る為にはあなたの
呪歌で援護するしかありません。
あなたの呪歌で仲間達を援護、強化し・・・空間に現れた魔物を倒しなさい。
それがあなたに与える、私からの試練です。』