第259話 「優しい兄」
< アビスグランド 首都クリムゾンパレス クジャナ宮にて >
クジャナ宮の最上階、女王の間にて幽閉されているルイドの元へジョゼは単身訪れていた。クジャナ宮の内部には誰一人としておらず・・・以前ルイドの命令でヴァルバロッサ達がクジャナ宮や首都に住む住人全てを別の場所へ避難させていたので、クジャナ宮の中は完全にもぬけの殻であった。
しかしこの最上階に、ルイドはいる。ジョゼは移動用魔法陣で女王の間までやって来たが、結界により扉を閉ざされているので開けることはかなわない。固く閉ざされた扉に額を付け、囁くようにルイドの名を呼んだ。
「ジョゼか?」
「―――――――――っ! お兄様!?」
扉越しに、すぐ近くにルイドの声が聞こえた。ジョゼはすぐさま顔を上げ扉の取っ手に手をかけるが、やはりどうしても開けることは出来なかった。ルイドの声を聞くなり急に目頭が熱くなり、今にも涙がこぼれそうになる。
「悪いがこの扉は開けられない、オレは使命を果たすその時が訪れるまでここから出ることが出来ないからな。
そんなことよりどうしてここへ来た、今頃リュート達と共に闇の塔へ向かっているはずだろう。それがお前の使命のはずだ。」
「わかっています、でも・・・最後にもう一度だけでも―――――――お兄様と話がしたかった!」
しばらく沈黙するが、いつもの優しい・・・落ち着いた声が聞こえて来る。ジョゼはそれが嬉しくなり、こぼれそうな涙を必死で堪えながら笑みを作り・・・話し出した。
「あたし、お兄様に謝らなければいけません。
以前4軍団の前でお兄様が打ち明けていた計画、――――――あたしはお兄様がディアヴォロの封印を解き世界を混沌に陥れる
ものだと・・・お兄様を疑っていたんです。でも違った!
ブレア先生から話を聞いて、それが誤解であることがわかったんです。お兄様は世界を滅ぼす為にディアヴォロを復活
させようとしていたんじゃなく、世界を再び元の1つの世界へと導く為・・・ディアヴォロを完全に滅ぼす為に尽力
されていたんだとわかったんです。
この世界を再びラ=ヴァースへと導くことは、それすなわちディアヴォロ復活を早めるということ。
それを知らなかったが為にあたしは愛するお兄様すら疑ってしまった、――――――本当に酷い義妹です。
お兄様の体を蝕むディアヴォロの核を破壊すれば、お兄様も・・・。
だからあたしは決めたんです。あたしもお兄様と共にこの力を使ってディアヴォロの破壊に協力すると!
あたしが生まれ授かったこの疎ましき力は、その為にあるんだと・・・今ならハッキリとわかるんです。
ですからリュートの代わりにあたしの命を使ってください、お願いします!
彼は死ぬには惜しい人です、何より死を恐れている。でもあたしは恐れたりしません。
幼い頃よりあたしは『死ぬ為に生まれて来た』と、ずっと教えられてきたのですから・・・!
だから―――――――――っっ!」
「お前は死なせない! ―――――――――安心しろ。決して死なせはしない。その為にオレは先代の王から・・・。」
「―――――――――え!?」
ルイドの声が珍しく激しさを増した、いつも静かで穏やかな口調であるがジョゼが自らの死を望んだ言葉を聞いた途端、ルイドの声が荒々しく・・・まるでジョゼの決意を食い止めようとするように言葉を遮る。それから後のルイドの言葉は消え入るように小さくなり、ジョゼの耳にはその全てを聞き取ることが出来なかった。
「いや、何でもない。とにかくリュートのことはもう何も心配はいらないんだ。あいつも自らの死を受け入れた。
闇の戦士としての使命を果たす覚悟を決めたんだ、だからお前が自ら進んで死を選ぶ必要性はなくなった。
あとは闇の神子としての使命だけを考えろ、オレがお前に望むのは・・・それだけだ。」
「―――――――――お兄様っ!」
ジョゼの声が震える、今―――――――――自分のすぐ側に居るのは間違いなくジョゼの知っているルイド、優しいルイドだ。
とても心地よく安心させる声で、自分を大切に思っている言葉をかけてくれる。
―――――――――会いたい、一目だけでも。
愛する兄の顔を、もう一度だけ。
しかしジョゼにとっての優しい時間は、これで終わりを告げる。
「もう行け、ゲダックも待ちかねているぞ。」
ルイドにそう言われジョゼが後ろを振り向くと、そこにはいつからいたのかローブを着た老人・・・ゲダックが厳しい表情のまま立っていた。ジョゼはいつの間にかこぼれていた涙を拭い・・・表情を引き締めると、そのまますっと立ち上がる。
尊敬する師ブレアのように背筋を伸ばし、凛とした態度を作って気丈に振る舞う。
「・・・お兄様、必ずシャドウとの契約・・・果たして参ります。」
「―――――――――あぁ、わかっている。」
ルイドの最期の言葉をしっかりと頭の中に焼き付ける、今なら誇れる・・・これが自分の兄なんだと。世界の為に自らを犠牲にすることを選んだ勇敢な戦士、それが自分の愛した兄なんだと。
瞳の奥に揺るぎない決意を輝かせ、ゲダックの元へと歩んで行く。
「ゲダック様、お待たせしました。」
「わかった、・・・ワシに掴まれ。」
ゲダックもそれ以上何も言わなかった、これが本当の――――――今生での最後の別れだとわかっていてもジョゼ自身がこれで未練を残していないというのなら、それ以上自分がかける言葉は何もなかった。
そして二人の姿は一瞬にして消え去り、再びこのクジャナ宮にはルイド一人を残すのみとなる。
広い女王の間でルイドはジョゼと言葉を交わしていた扉にもたれながら座っている、虚ろな眼差しで遠くを見つめながら時折痛む胸を片手で押さえる。
「・・・最後の最期まで、嘘で塗り固められた義兄ですまなかったなジョゼ。」