第24話 「再び、廃工場へ!!」
金曜日、遂に今日の夕方にはレムグランドへと再び旅立つことになる・・・、運命の日。
この日を迎えるまで、本当に色々あった・・・ありすぎた。
初めて行った異世界で何の打ち合わせもせずに、急いで帰って来たことがかえって仇となるなんて・・・。
あの時は本当に仕方がなかったのは事実だ。
なんせ、アギトが知ってる異世界のイメージとは全く異なる世界であり、一番有り得なかったのが現実世界と
異世界との時間軸が全く同じだという点だった。
『異世界なら向こうに行ってる間は、自分達の世界ではあまり時間が進行していないのが普通だ!!』と、アギトは
いまだにグチを言っている。
しかし、リアルタイムで時間が進行するのは今更どうしようもなかった。
なので二人は、向こうが休戦中の緊張状態であるにも関わらず『学校があるから』とか『家族が心配するから』
という理由で、毎週金曜の夕方〜日曜の夕方まで・・・という条件をつけたのである。
とりあえず、今回は急な訪問だったということで・・・なんとか向こうも最初の内はそれで承諾してくれたが。
・・・オルフェの言っていた『今のところは』というのが、どうにも気になった。
『今のところは』ということは、もしかしたら慣れてきたらへんで『平日も来い』・・・とか言いだしてくるのかも
しれないと、十分に考えられた。
アギト曰く、向こうはこっちの状況を知ってるわけではない。
勿論、こっちもまだ詳しい話を聞かせてもらっているわけではないので、向こうの状況だって知らない。
戦争中という切迫した状況であることだけは把握できているつもりだが、やはり2〜3回位往復したら向こうにいる
時間を延長させられる恐れがあるのは間違いない・・・と思った。
それを踏まえてリュートは念のため、学校のスケジュールが書き込んであるカレンダーを持って行くことにした。
これがあればいつ連休があるのか・・・とか、夏休みなど・・・、異世界に行くタイミングを見ながら打ち合わせが
しやすくなると考えたからだ。
それでも無理に異世界にいさせようとするなら、向こうに支障のない方法を一緒に考えてもらうか・・・何かしら
協力してもらわなければ無理だと、ハッキリ伝えるしかない。
リュートは、カレンダーとか・・・ファンタジー関係に殆ど知識のない自分の為のメモ帳、一昨年父親に買ってもらった
時計、ハブラシなどのトラベルセット、そして念のため1泊分の着替えをリュックに詰め込んだ。
食事関係は・・・、おそらく向こうで何か食べさせてもらえるだろうと考えて、食べ物は何も入れなかった。
隣でアギトは一生懸命、自分のお金で買いこんだお菓子やジュース、菓子パンなどを詰め込んでいた。
「アギト・・・、食事なら向こうにもあるんじゃないの?」
念のため聞く。
はぁ〜〜〜っと、しょうがねぇなぁという溜め息を洩らしたアギトが、自分の知識を見せ付けるかのように説明した。
「あのなぁリュート、向こうは異世界で・・・しかも休戦中とはいえ戦争中なんだぞ!?
食糧不足で質素な食いモンしかない可能性大だろうが。
それにあっちが異世界であることを忘れるなよ?・・・オレ達の常識を逸脱した得体の知れない物体が、皿の上に
乗せられていたら・・・、お前どうするよ?・・・食うのか?」
そう言われて、リュートはおもむろにテレビでやっていた『世界のゲテモノ料理大集合』を思い出した。
うぞうぞとうごめくイモムシを食べてる現地の人達の顔・・・、カエルの踊り食い、ヘビの丸焼き、サソリの唐揚げ。
もしかしたら自分達が倒したおばけキノコそのものが調理されているのかもしれない・・・。
それを想像しただけで、リュートは胃がムカついてきた。
うっ・・・と、吐き気までもよおしてくる。
「アギト・・・、イヤなこと言わないでよ・・・。」
「でも有り得るだろうが!!オレはそんなモン食う気は全くない!!」
「そうだよね・・・、アギトってものすごい食わず嫌いだから毎日母さんに怒られてるもんね。」
「それを言うな・・・、夕べのニンジンの感触を思い出すだろうが・・・。」
今は学校へ登校する前のリュートの家だ。
夕べはアギトとリュートが、『ガキ大将の家に厄介になる』という許可を得るために、必死で両親を説得するのに時間が
かかったので、夕べの内に出かける準備が出来なかったのだ。
なので、今・・・朝早く起きて準備をしているところだった。
勿論、『ガキ大将の家に厄介になる』なんて嘘っぱちだ。
まさか両親に『異世界に行ってくるから、日曜の晩まで帰ってこないし!』なんて、言えるはずもない。
そこはガキ大将を脅しという名の説得をして、イエスと言わせることに成功したのだ。
それに、ヤツが裏切った時の脅しにも抜かりはない。
ガキ大将がアギトとリュートのことを『化け物』と思いこんでいる以上、こっちのなすがままだ。
そういった理由で二人はリュートの両親から2泊3日の許可を得て、異世界へ行く為の荷造りをしているのだ。
しかし、特別何が必要なのか・・・それすら何も聞いていないので何を持って行ったら良いのかわからない・・・
という状態で、それぞれが思い思いにリュックに詰め込んでいる・・・という感じになっている。
結局、リュートはまるで研修に行くような道具類を、アギトは遠足に行くような食べ物類を中心に準備完了となった。
「さて、そんじゃ今日は学校行ってさっさと帰ってきたらおばさん達に挨拶して、廃工場へと向かうか!!」
「日曜の夕方まで会えないしね、心配させないように気をつけなくちゃ。」
そう言って、二人はこれまでと同じように普通に学校に登校した。
学校では至って普通だった。
だが、明らかに違っていたのは・・・ガキ大将が病院を退院して登校してきていたことだった。
そして、学校にいる間はなるべく関わり合いになりたくないのか・・・、硬直したまま決してアギト達の方を
見ようとはしなかった。
アギト達はそんなことはお構いなしに学校生活を送った。
しかし心の中は異世界に行くこと・・・、主に異世界へ行く為の道である『廃工場から飛び降りる』ことばかり
考え込んでいた。
落下していく時のあの恐怖感を思い出すたびに、二人が憂鬱になってしまうことだけは否定できなかった。
喜びと憂鬱が行ったり来たりしてる間に、すぐに授業は終わり・・・下校時間になっていた。
アギト達は飛び上がるように(この時は喜びの方が勝っていたらしい)、待ってました!!と大声で叫んでいた。
勿論、それを回りの生徒達は怪訝に眺めていたが・・・。
しかし・・・、ガキ大将だけは遂にこの瞬間がきてしまった・・・というように、すでに硬直から石へと変貌していた。
二人はガキ大将の元へ歩み寄って、悪魔の微笑を満面にしてささやく。
「それじゃ、今日からしばらくよろしく頼むぜ!?アリバイ君!!」
機嫌良い口調で言いながら、その目は『裏切ったらわかってるだろうな!?』という脅しがたっぷり込められていた。
その視線は勿論、回りにいた腰巾着の二人にも浴びせまくって、アギトとリュートはこれだけ脅せば大丈夫だろうと
思って、そのまま教室を出て行った。
大急ぎでリュートの家へと帰って、まだおじさんは仕事から帰ってないがおばさんと、リュートの弟や妹達に良い子に
してるように告げて、学校カバンから異世界用のリュックに持ち替えて、二人はそのままダッシュで廃工場へ向かった。
アギト達の地域周辺では、いまだに厳戒態勢が抜けてなかった。
つい先週、二人の少年が誘拐されたばかりなのだからそれは仕方ないことだった。
そのためアギト達が走りぬける度に、大人たちの不審に思う視線が痛かったが何とかそれをすり抜けるように裏道を
使ったりして、人気のない工場地帯へと向かった。
しかし少し詰めが甘かったようだ。
アギト達は廃工場で誘拐されたと警察に証言したせいか、廃工場の回りにはまだ警察が何人かうろうろしているのが
目に入って、慌てて二人は他の工場の塀の裏に隠れた。
「まさかまだ捜査してるなんて思わなかった・・・。」
「くっそ・・・、こないだ入ったブルーシートの回りにサツがいやがる・・・!!
あそこ以外に入れる場所がないか、探そうぜ。」
そう言って早速移動しようとしたアギトの腕を引っ張って、リュートは小声で言葉を投げかけた。
「でもアギト・・・、仮に他にも入るところがあったとして、そのまま異世界へ行こうとしたら・・・。
飛び降りる瞬間とか、移動する時に発生する強烈な光に警察の人達が気付いて不審に思ったりしないかな?」
リュートの考えはもっともだったが、今はそんなことを言って時間を引き延ばしているわけにはいかない。
刻一刻と約束の時間が近づいているからだ。
「そんなこと言ったって、どうしようもねぇじゃん!!
あいつらが何時までこの辺をうろつくのかわかんねぇし、聞きに行くわけにはいかねぇだろ!!
無視だ無視!!」
そう言って掴んでいた手を振りほどいて、アギトはそのまま廃工場の裏手の方へと身を屈めて走って行ってしまった。
そんなアギトの態度を見て、リュートはふくれる。
「もう!!いっつも人の話を最後まで聞かないんだから!!」
だが今更そんなこと言っても、アギトの性格が変わるわけでもないことはリュートが一番理解していたし、そんな
アギトの態度には慣れていたからそれ以上文句を言うつもりはなかった。
確かに・・・、今更警察に見られたら・・・とか言ってる場合ではない。
飛び降りるところを見られても、どうせそのあとには自分達は異世界へと移動しているので、警察が目の錯覚か何か
だと思ってくれることを祈るしかない。
警察はそんなに人数がいなかったので、廃工場の裏手からすぐに中に入っていけた。
あの日以来ここに来たことはなかったが、相変わらずここの警戒は薄すぎる。
廃棄された工場なのだからそんなことを言っても仕方無いことだが。
そんなことをぼんやり考えながら、二人は出来るだけ大きな音をたてないように廃工場の最上階を目指す。
・・・今は不良少年たちに追いかけられてるわけでもない。
警察の目もあるが・・・、彼らは上の方は気にしていなかった。
変な物音さえたてなければ、十分にやり過ごすことが出来た。
そして息を切らしながら、二人はようやく最上階へと辿り着いた・・・、辿り着いてしまった・・・。
二人は待ちに待った異世界への扉の前だというのに、足がそれ以上前に出ていかない。
ごくり・・・とツバを飲んで、お互い目配せしながら一歩一歩・・・、ゆっくりと最上階の『切れ端』へと
向かっていく。
・・・ついに、工場地帯の全景を眺められて・・・そしてこの最上階の高さを十分に痛感させてくれる真下の
光景もしっかりと目に飛び込んできた。
・・・記憶していた時よりも、高く感じる・・・。
二人は学校でのガキ大将みたいに硬直した。
ここから飛び降りて、お互いの利き手を握って、体内にあるマナを放出!?
そんな芸当が、そんな簡単に出来るのだろうか?
そりゃ自分達の世界へ戻ってくるために使用した、魔法陣とやらさえあれば何の苦もなく出来るだろう。
しかしここでは・・・、飛び降りたが最後・・・集中するとかそんな余裕が残されているはずもない。
地面まで距離はあるといっても、落ちていくスピードは恐ろしく早いに違いない。
そんな恐怖感が、二人の心の中を完全に支配してしまっていた。
おずおずと、少し震えた声でアギトがささやく。
「なぁ・・・、ここから飛び降りるんだよ・・・なぁ?」
確かめるように聞く。
「・・・そうだよ、完全に間違いなく・・・一言一句漏らさずそう聞いたけど・・・。」
答えるリュート、出来ればそれが聞き間違いだった方がよかったと・・・心底思ってるような口調で。
決意するまで時間がかかる。
バンジージャンプをする人間の気持ちが全く理解できない。
スカイダイビングをする人間の気持ちが全く理解できない。
やがて日が沈んで、辺りが暗くなってくる。
そろそろ本当に悩んでいる時間はなくなってきた。
飛び降りなければ・・・!!
でも・・・、もし移動に失敗したら・・・?という恐怖感が、より一層増していく。
首をぶんぶんと大きく横に振って、迷いを振り払おうとアギトが遂に意を決した。
「ダメだ!!
これ以上悩んでたらマイナスなイメージばっかり浮かんでしょうがねぇ!!
オルフェも言ってたんだ、ここのレイラインのマナの濃度が高いから意識してなくてもマナを放出できたんだって!!
オレ達はその言葉を信じるしか道はねぇんだ!!
オレ達なら出来る!!
大丈夫だ!!絶対大丈夫!!必ず成功できる!!信じるんだリュート!!」
まるで自分に言い聞かせるように、リュートに言葉をかけて・・・飛び降りる決意をする。
リュートもアギトと全く同じ気持ちだったので、恐怖で表情はこわばっていて迷いはまだあったが、首を縦に振る。
「・・・行こう、アギト!!」
「おしっっ!!!」
そう言葉を交わして、二人は向かい合って先に利き手を握り合った・・・強く、しっかりと。
決して離すまいと・・・、手にこもった力強さがそう言っていた。
ばばっ!!
二人は両目をつぶって前方に向かって、倒れるように身を乗り出した。
本当ならもっとカッコよくジャンプして飛び降りたかった・・・が、その勇気はまだ備わっていなかった。
ごぉぉぉおおおおぉぉっっ!!!
落ちていく勢いがまるで、大きな扇風機で全身を煽られているように顔面の皮膚がぶるぶると揺れた。
落ちて長い間経っているように感じたが、実際には3秒ほどで、ばっと両目を見開いた二人が同時に声を揃えて叫んだ。
「移動してないーーーーーーーーーーっっ!!!!???????」
そう叫んだ瞬間に、興奮が引き金となったのか握っている手から瞬時に、眩しい光が放たれて全身を包み込んだ。
眩しくて目を眇めていた二人は、落ちていく速度が徐々に減速しているのを感じた。
マナの発動に、二人の表情が恐怖から笑顔に変わっていく・・・、一瞬失敗して死んだ!!と思った矢先のせいでもある。
そのまま回りの景色が光によって見えなくなっていって、自分達の体が完全に光に包まれたのがわかった。
・・・いざ、異世界レムグランドへ!!
二人は利き手を握り合ったまま、光と・・・緩やかにたゆたうままに・・・身を任せた。