第257話 「久しぶりの談話」
久しぶりにちょい短いです、短いですけどとても大切な回です。
リュートはまだ太陽が昇る前に起床し、アギトを起こさないように着替えるとすぐさま食堂へと向かった。洋館では24時間交代制で兵士達が周囲の警備についているので外ではランプの明かりがちらほらと見える。廊下を歩いていてもメイドや使用人がすでに仕事をしていたので改めてこの洋館で働いている人達は大変だなぁと痛感した。
食堂に入っても同じでキッチンにはすでにコックさんが料理を作り、食事をする席にはぽつぽつと兵士が食事を待っている光景が目に入る。その中にはチェスやグスタフもいた。タバコをくわえながら食堂に入って来たリュートを見つけるなり声をかける。
「あれリュート、お前戻ってたのか!?」
「アギトはどうした、っていうよりこんな時間に一体どうしたんだよ。」
グスタフは眠気を覚ます為に真っ黒なコーヒーを飲みながら振り向く、リュートは笑みを浮かべながら二人の方へ歩み寄ると食堂へ来た理由を話して聞かせた。
「おはようございます、――――――ていうか今はまだこんばんはかな?
アギトは勿論まだ部屋で寝てますよ、僕はアギト達が朝になったら精霊との契約の旅に出発するって聞いたんで・・・その
激励って言ったらおかしいかもしれないけど、僕が作った料理を食べて頑張って来てもらおうと思ったんですよ。
今からコックさんにお願いしてキッチンを借りようと思って・・・。」
「つかお前、料理なんて出来んの?」
チェスが意外そうな顔で聞いて来たのでリュートは遠慮気味にはにかみながら頷いた、それからチェス達が注文していたメニューが来たので一旦二人とは別れ、リュートはキッチンの方へ行ってコックさんに交渉する。
この時間ならまだそんなに忙しくないということでキッチンはすんなりと借りることが出来た、リュートは食材を確認しながら早速料理に取りかかる。作るメニューは当然決まっていた、アギトの大好物であるカレーライスだ。
一応念の為にセットしてあった目覚まし時計が鳴り響く、異世界の目覚まし時計はただスイッチを押すだけでは鳴り止んでくれない。特にこれは兵士用の目覚まし時計らしく、止めるには精神集中をしてマナを込めなければ止めることが出来ないものであった。寝起きの悪いアギトは最初は無視しようとシーツの中に潜り込むが目覚まし時計の音量がだんだんと激しさを増し、やがて無視出来ない音にまで達してイラついた状態で飛び起きた。
「だぁ―――――――もうコレうるせぇなぁっ!」
悪態をつきながらも指定時間より3分遅く起きて、マナを込めて鳴り止ませた。ひとまず精神を集中したことで二度寝する気が起きなくなったアギトは不機嫌そうな表情で隣のベッドに目をやった。
するとそこにはリュートの姿がなく、一気に不安に駆られる。アギトは慌てて着替えてから部屋を飛び出しその辺を歩いていたメイドにリュートをどこかで見かけなかったか問いただした。
「もう、朝っぱらから大声出して一体何してんのよ・・・。」
メイドを捕まえて叫んでいると後ろの方からザナハが大きなあくびをしながら歩いて来た、アギトはザナハに構うことなくメイドに話を聞く。
「んで!? リュートはどこに行くって言ってたんだよ!?」
「――――――え、リュートがどうかしたの!?」
よく行方をくらますというイメージが定着してしまったリュートに、ザナハは不安そうな顔になってアギトの方に駆け寄った。するとメイドは二人に落ち着くように声をかけるとすぐにリュートの居場所を教えてやる。
「リュート様は食堂の方へ向かわれましたよ、お二人が起きてきたら食堂へ行くように言われてますので・・・。」
「・・・? 食堂に行くようにって、一体何の話なんだ?」
話が全く見えてこないアギトが首を傾げているとザナハはすぐさま食堂へ向かうように、アギトの服の裾を乱暴に掴んで食堂へと急いで向かった。
食堂の扉を勢いよく開け放すとそこにはとても良い香りが立ち込めて、思わずアギトの腹の虫が鳴る。侮蔑するような目つきでザナハがアギトのことを睨みつけると、キッチンの方から声がした。
「あ、アギト! ザナハ、おはよう!」
『――――――リュート!!』
アギトとザナハの声が久しぶりに綺麗にハモった、そんな二人の絶妙なハーモニーにリュートが笑っているとアギトは怒りを露わにしてどしどしとキッチンの方へと勇んで行く。
「リュート! こんな朝っぱらからこんな所で一体何してんだよ、目ぇ覚ました時お前がいなくてオレがどんなに・・・っ!」
そう言いかけるも、アギトの怒声を黙らせる香しい匂いに再びお腹が鳴った。
「ほら、契約の旅出発前に僕の手作り料理を食べて欲しくて・・・。
朝早くってのは聞いてたけど何時に行くのかまでは聞いてなかったからさ、どうしても夜中に起きて作る必要があったんだよ。
ザナハの分もあるから席に座って、今すぐ持って行くから!」
「あ・・・、ありがと。」
それだけ言うとザナハはすっかりリュートのペースに乗せられたのか、大人しくアギトと一緒に席に着いた。まるでウェイターのように食事の用意をしてカレーライスを持って来るリュートの姿に、ザナハはただ呆然と見つめていた。
先にザナハの方にカレーライスを置いたのでアギトが恨めしそうに見つめていたが、皿の中身を見た途端表情を歪める。
「うげ・・・、オレの大嫌いなニンジンがものっそでかいサイズで入っとる!」
「ほら、心配ないよ! アギトのはこっちだから、・・・ニンジンすりおろしカレーライス!」
「おぉっ! さすがリュート、わかってるじゃねぇか! すりおろしじゃなくて全然入ってない方がありがたいけど。」
「好き嫌い言わない! ニンジンは体にいいんだから食べなきゃダメだよ。」
「・・・お前だって納豆食えないクセに。」
それを言われたら何も言えないのか、リュートは苦笑いしながら自分の分も用意してアギトの隣に座った。三人は元気よく声を揃えて「いただきま~す」と言うとパクッと一口カレーを口に入れた。カレーは少しだけ甘口で作られており、アギトもザナハも絶賛していた。アギトに至ってはカレーライスがよっぽど好きなのかどんどん口の中に平らげて行き、その様子を横目で見つめるリュート。
「おかわり、たくさんあるけどあまり食べ過ぎないでよね?」
「わーかってるって! でも美味いモンはしょうがねぇだろ!」
「・・・ホント美味しいわ、ちょっと悔しいかも。」
ザナハは少し複雑そうな面持ちだったのでリュートはてっきりカレーライスがザナハの口に合わなかったのかと心配したが、綺麗に全部たいらげていたのでとりあえず安心した。
朝から食べ過ぎたらお腹を壊すかも知れないと気を使ったリュートは、結局おかわりしようとしたアギトを制止してそのまま食事を終える。満足そうな二人の笑顔を見て、リュートも嬉しくなってきた。
「良かった、ちゃんと美味しく作れて。これでルナとの契約も成功させれば万々歳だよね!」
「まぁな、オレ達にかかればルナもお茶の子さいさいよ!」
「・・・契約を交わすのは主にあたしなんだけど!?」
そんな風に―――――――――、三人は笑顔で語り合った。久しぶりに何気ない会話を楽しんで、大いに笑い、ミラが怒り心頭で迎えに来るまでこの何でもない時間を・・・三人は心の底から楽しんだ。