第254話 「ザナハの心」
< レムグランド ゼグナ地方 洋館にて >
リュートが一人首都へ向かった後、アギト達はミラと一通り打ち合わせを終えたところであった。すぐにでも光の精霊ルナと契約を交わしに行こうと急かしていたアギトとザナハであったが、リュートが無事に戻って来たということもあってとりあえず落ち着きを取り戻している。
しかし手放しに喜んでいるという雰囲気でもなかった、光の精霊ルナ攻略に向けて会議をしている最中でもアギトは時々物思いに耽るようにボーッとしたり、ザナハに至っては始終集中力が見られない。
そんな二人を見てミラはある程度計画を練った後、今日はこれで解散ということにした。
会議が終わった後すぐにアンデューロへ向かうと思っていた二人は虚を突かれたように顔を上げるが、ミラは厳しい表情になって二人を戒める。
「二人とも、心の中で何を思っているのかは知りませんが雑念が多過ぎて集中力を欠いていますよ!?
ここから先は今までの精霊との契約とは比べ物になりません、一体どのような試練が待ち受けているのか知れないんです。
過去にマナ天秤を操作する為に救済の旅に出た歴代の神子達からは上位精霊との試練がどのようなものであったか、話を
聞いたわけではありません。ましてや歴代神子達と全く同じような試練を与えられるとも限らないんです。
この契約に失敗したらどうなるか―――――」
ミラがそう言いかけた時、アギトが遮るように割って入った。
「わ―――――かってるって! 話ならちゃんと聞いてたってば、だからそんな怒ることないじゃん。」
「はぁ・・・、わかってるなら別にいいんです。
とにかく今日はこれで解散します、外もすっかり夜が更けてしまってますし・・・こんな時間にセレスティア教会の大聖堂へ
全員で押しかけたら向こうに迷惑がかかりますからね。
出発は明朝、その頃にはリュート君も直接アビスグランドへ向かってる頃合いでしょうから。」
「―――――リュート。」
ザナハがぼんやりとしながら、小さく呟いた。それを聞き逃さなかったドルチェが隣の席からじっとザナハを見つめる。
ミラの号令で全員が席を立ってそれぞれ自分の部屋へと戻って行った、真っ先にアギトが会議室を出て行くとその後にザナハが重たい足取りで出て行く。覇気のないザナハの様子を見て、ミラは心配そうな表情を浮かべていた。
「ザナハ姫・・・、もう随分前から元気がないようですけど本当に大丈夫なのかしら?
精神面に支障をきたしてるようなら明日の試練、中断も有り得るわね・・・。」
「ルナとの試練は精神世界面の追及、あるいはルナとの戦闘―――――。どちらにせよ心身ともに万全の状態で挑まないと不利。」
ドルチェがそう付け加える、そしてくまのぬいぐるみベア・ブックを弄りながらふと・・・視線を落としたままでミラに明かした。
「ザナハ姫は傷付いている・・・。」
「―――――えっ!?」
小さく呟いたドルチェの言葉にミラが反応する、そしてその言葉の意味を考えながら続きを口にした。
「そうね、ジャック先輩が亡くなられてから・・・ザナハ姫は部屋にこもることが多かった。
よっぽどショックが大きかったに違いないわね、―――――無理もないけれど。」
ミラがそう言うと、ドルチェは不意に首を横に振って訂正した。
「違う・・・、ジャックのこともそうだけれど根本は違う。
少なくともあたしは、そう思う。」
「・・・どういうこと、ドルチェ?」
ミラは怪訝な顔になりながら尋ねた、かつて―――――ドルチェが自らの意思で・・・自分の感じた内容を自分の言葉で表現するということがミラにとってはとても珍しかったのだ。
ドルチェはベア・ブックを抱き締めながら、ミラを見上げた。
「ザナハ姫はジャックが殺される前から、―――――もうずっと前から悩み傷付いているみたいだった。
まるで毎晩泣いてるみたい、いつも目が真っ赤で腫れてた・・・。
多分、何かを思って悲しんでる。 それが何かは今までわからなかったけど・・・今は少しわかる気がする。」
誰かを想って泣いている、ずっと悩み・・・苦しみ・・・傷付くこと。
ミラの脳裏を、不意にルイドの存在が浮かび上がった。ドルチェがザナハの様子にいつ頃から気付いていたのかわからないが、少なくとも―――――大体の時期を見ればルイドのことが明確になってからずっとザナハの様子がおかしかったと、今頃になって理解出来た。
オルフェからある程度のことは聞かされていた、ルイドに宿るディアヴォロの核のこと・・・。
そして彼女が密かにルイドを想っていたことを。
ミラはザナハのそんな残酷な運命を聞かされ、彼女を守り・・・育てることを誓ったのだ。
何より―――――、ザナハは愛する姉の忘れ形見のようなものだから・・・。
ザナハがルイドに想いを寄せなければ、こんなことにはならなかったはずなのに・・・。
そう思い、ミラが口を開こうとした矢先―――――ドルチェの方が言葉を発した。
「ザナハ姫は―――――、リュートに会う度傷付いてるように見える。」
「え・・・!? ―――――リュート、君!?」
ミラがぎょっとした顔になり、思わず声が大きくなってしまった。
慌てて片手で口元を塞ぎながら会議室の扉がきちんと閉まっていることを確認する、それからもう一度ドルチェの方へと視線を戻すとミラの言葉にこくんっと頷くドルチェが目に入った。
「リュートと会った後、話をした後、いつも落ち込んでる。何か思い悩むように、でもそのすぐ後には笑顔に戻ってる。
あたしには気丈に振る舞ってるようにしか見えない。
多分―――――今、ザナハ姫の頭にあるのはリュートのことだと思う。」
ドルチェの言葉に、ミラは返事をすることすら忘れ固まってしまった。
もし―――――。
もしドルチェの言う通りなのならザナハは更に辛い現実を―――――それも二度、体験することになるかもしれない。
いや、その未来はすでに確定されたようなものだった。
(―――――そんな、まさか。)
ただの杞憂であってほしかった、そんなはずはないと。しかしよくよく考えてみれば思い当たる節がないわけでもなかった。
お互い『仲間』だから気遣ったり気にかけたりするのは当然のこと、それがいつ『恋愛』に発展してしまうのか・・・誰にもわからないし咎める権利すらない。それでもミラは心の中でそうあって欲しくないと強く願っていた。
(ザナハ姫はただでさえあのルイドに好意を持っている、ルイドがディアヴォロの核に寄生されたことで闇の戦士の運命を
全うするという結末が決定された。姫様はルイドを失いたくない一心で――――――散々悩み苦しんだと言うのに。
光の塔でルイドと出会い、お互いが歩み寄ることでやっと気持ちの整理がついたというのに。
今度はまたリュート君のことで悩み、傷付かないといけないなんて・・・!)
――――――リュートの方はどうなんだろうか?
彼もまたルイドと同じように闇の戦士の運命を受け入れた勇気ある者だ、その先にある死を受け入れ――――――自分の使命を全うしようとミラに約束した。
もしリュート自身もザナハに対し好意を持っているのなら、一体どんな想いで――――――どんな気持ちで死を受け入れる決意をしたのだろう。
愛する者との永遠の別れを知りながら、覚悟しながら受け入れるというのは・・・どれ程辛い決断なのだろう。
(――――――私なら、出来ない。
誰だって・・・出来れば悲しい思いなんてしたくない、永遠の別れが来ることを前もってわかっていたのなら・・・そんな
日がやって来ないように足掻こうとするのが人間だわ・・・っ!)
ミラの脳裏に亡き夫の顔が浮かぶ、笑顔で『必ず戻る』と約束を交わした夫を思い出し――――――ミラは胸が苦しくなった。
愛する者を失う辛さなら十分過ぎる程わかっている、だからこそ自分以外の人間に同じような思いをして欲しくない。頭ではそうわかっていても今更覆すことが出来るような問題でもなかった。
ルイドの死も、リュートの死も――――――この世界に住む人間がディアヴォロの脅威に怯えることなく、そしてこの世界で生き延びる為にはどうしても必要なことなのだから。
やがて訪れる深い悲しみがあることを知っていても、避けることは出来ない。
再び心を鬼にし、ミラは唇を強く噛み締めた。それからドルチェに微笑みかける、無理のある――――――引きつった笑みを。
「――――――大丈夫です、きっと。ザナハ姫は・・・とても強い心をお持ちですから。」
「・・・・・・。」
自分で言って無理があるとわかっていながら、結局そう言うしかない自分に苛立ちを感じ・・・ミラは割り切るように会議室から出て行った。一人部屋に残されたドルチェは抱き締めたぬいぐるみの顔を自分の方に向けて、真っ黒でつぶらな瞳を見つめる。
「・・・闇の戦士がいずれ消えゆく運命なら、それはつまり・・・あたしにもいつか訪れる運命になる。
多分、その日はもうすぐだから・・・。
闇が光へ還る時――――――、ひとつになる日はもうすぐだから・・・。」